Journal of Environmental Chemistry
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Usability Evaluation of a Web-based Information System to Support Response to the Release of Chemical Substances into the Environment during Disasters and Accidents
Yoshitaka IMAIZUMIYosuke KOYAMADaisuke NAKAJIMAYoshikatsu TAKAZAWANoriyuki SUZUKI
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2025 Volume 35 Pages 39-46

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要約

自然災害の増加に伴い,有害化学物質の環境中への排出事象の激甚化が危惧されている。著者らはこれら事象への対応のための意思決定支援ツールとして情報基盤D.Chem-Coreを公開した。本研究では,本情報基盤の有用性評価などを目的として,仮想的な災害・事故時に必要となる情報の収集や調査方法などを検討する,地方環境研究所職員を主たる参加者とした机上演習を実施した。災害・事故時対応において重要な環境調査計画の立案に着目し,情報基盤等がどの程度計画立案に貢献したか評価するとともに,参加者アンケートにより主観的な評価も実施した。机上演習では,各班で自由に事故シナリオを設定した上で,情報基盤等を利用して情報収集しつつ対応方針などを議論・決定した。有用性評価のために,環境調査計画立案に関連する11項目を整理し,各班での必要情報の入手状況を整理した。必要情報を入手できた割合を有用率と定義し,項目別有用率を算出したところ,需要がなかった項目以外では全て有用率が0.5以上になった。アンケートの回答者の9割から本情報基盤を災害・事故時に利用したいという高い評価も得た。これらにより本情報基盤の高い有用性を確認した。

Summary

There is a concern about the sudden release of hazardous chemical substances into the environment during natural disasters and accidents. To enhance responsiveness to this concern, we published Chemical Risk Assessment and Management Resource Core for Disaster and Emergency (D.Chem-Core), a web-based information system. In this study, a tabletop exercise was conducted with staff from local environmental research institutes to evaluate the usability of this system, which is designed to support in responding to such unexpected events. We assessed usability in two ways: how the system contributed to the planning of environmental surveys, and how participants perceived it. During group work in the tabletop exercise, each group independently decided a chemical release accident scenario, discussed how they would respond to the situation, and documented the decision-making process. For system evaluation, we identified eleven items related to environmental surveys and summarized whether each group was able to obtain the necessary information. The useful ratios, the ratios of the number of groups that could obtain the necessary information, were at least 0.5 for all items except the one for which there was no demand. According to the survey, approximately 90% of respondents expressed their willingness to use the system in response to disasters and accidents. As a result, we confirmed that the system demonstrates strong usability in such situations.

1. はじめに

近年自然災害が増加しており,それに起因する有害化学物質の環境中への排出・流出事象の発生が危惧されている。例えば,2019年8月佐賀県豪雨に伴う油流出事故,2019年10月福島県で台風19号によるシアン流出事故などが挙げられる。地震に伴う事象では,東日本大震災における危険物施設の被害として,施設約21万のうち,火災が42件,流出が193件,それぞれ発生したことが報告されている1。自然災害起源ではなく事故等に伴って有害な,または有害性が懸念される化学物質が環境中に排出・流出する事象も起きている。2018年7月福井県若狭町の化学工場爆発事故,2019年5月茨城県常総市のスクラップ置き場での火災などがその例である。

事業所等での事故防止や被害拡大防止についての規制や安全工学的な研究は広く進められているものの,災害・事故等に起因する有害化学物質の一般環境の汚染への対応について,体系的な研究は限られている2,3。環境関連法令のうち大気汚染防止法,水質汚濁防止法,ダイオキシン類対策特別措置法については事故時の応急措置等についての規定があるものの,それらは事業所に課している対応であり,かつ,それぞれの法令において規制や監視等の対象になっている物質に限定したものである4。これらの規定の対象外である場合には,地方公共団体担当者や専門家が各現場で臨機応変に対応している状況であり,現場の対応力を強化することが急務である。環境省は大規模な地震や豪雨など災害の発生に起因する化学物質の漏洩・流出などの事故が発生する可能性が高まっていることを踏まえて「地方公共団体環境部局における化学物質に係る災害・事故対応マニュアル策定の手引き」5(以降,「マニュアル策定の手引き」という。)を公表し,地方公共団体環境部局の災害・事故への対応力向上を進めている。マニュアル策定の手引きの第3章および第4章では,初動調査や環境調査について言及されており,状況把握の重要性が指摘されている5。また,災害・事故時の化学物質対応に関する調査研究6において,化学物質に関するデータベースの重要性が指摘されており,災害・事故時対応に特化したデータベースの整備が求められている。

これらの状況を踏まえ,我々は災害・事故に伴う化学物質リスクの評価と管理に必要な諸技術と情報を集約する情報基盤D.Chem-Core(Chemical Risk Assessment and Management Resource Core for Disaster and Emergency)を開発・公開した7。本研究では,突発的な化学物質の流出事象に対応する際の意思決定支援ツールとして,新たに開発した情報基盤の活用を提案し演習を通じて情報基盤の有用性等を評価するとともに,演習が参加者の対応力強化に寄与するかどうか評価した。演習の実施にあたり,対象事象の対応力強化を目的とした演習等の進め方(演習デザイン)に関する既存知見がなかったため,演習デザインを考案した。特に,不明かつ多様な化学物質を検討対象にする必要がある演習に関して,演習デザインの設計は重要な研究課題である。本論文では,D.Chem-Coreの意思決定支援ツールとしての有用性を示すこと,提案した机上演習デザインが参加者の対応力強化に有効であることを示すことを目的として,D.Chem-Coreの主要な機能を紹介するとともに,演習デザインおよび演習に基づく情報基盤の有用性の検証方法を説明し,演習の有用性を示す。特に,災害・事故への対応において重要な検討課題である環境調査計画の立案に着目し,当該研究基盤が計画立案にどのように貢献したか,しうるかという点を重視して演習での検討状況等を解析した。演習の参加者としては,実際の事故対応において調査等を担当する可能性があることを鑑み,環境基準等の調査を日常業務として遂行している地方環境研究所(地環研)の職員に依頼した。なお,本論文では演習を実施した時点のD.Chem-Coreについて記述しているため,最新のウェブサイトとは異なる可能性があることに留意されたい。

2. 方法

2.1 D.Chem-Coreのコンセプトと基本構造

D.Chem-Coreは,国立環境研究所で公開している誰でも利用可能なウェブサイトであり,災害・事故等に伴う突発的な化学物質リスクに対処するための情報基盤として開発された3。突発的な化学物質の排出等への対応では,様々な専門的知識が必要になるものの,対応する利用者が必要な知識を網羅的に把握しているとは限らないため,専門的知識を有していない利用者でも必要な情報に到達できるように,トップページに「状況別メニュー」,「目的別メニュー」,「情報全体からの検索」,「有用情報リンク集」というメニューを配置し,利用状況や目的に応じて情報を選択できるようにしている。状況別メニューと目的別メニューにはサブメニューがあり,迅速に必要な情報を探すことができる(Fig. 1)。状況別メニューのサブメニューからは,「物質や事業所の所在を知りたい」や「物質の存在量を知りたい」など具体的な状況を分かりやすくリスト化したサブサブメニュー一覧を確認でき,それらをクリックすることで,D.Chem-Coreの該当情報を検索できるページへのリンク(内部リンク)や関連情報を参照できる外部ウェブページへのリンク(外部リンク)を概要説明付きで確認できる。目的別メニューからはより迅速に必要情報に到達できるように内部リンクを情報の種類ごとに整理している。より詳細な情報についてはサイト本体7や既報3を参照されたい。

Fig. 1 Submenus within situation-specific and purpose-specific menus

災害・事故等への対応のために開発されたウェブシステムとしては,災害時に関連情報を集約し,災害対応の意思決定を支援するためのシステム「SIP4D」が開発され運用されている8。「SIP4D」では様々なデータ形式の情報を一つのプラットフォームに集約して共有することで迅速な意思決定を支援している9,10。しかし,化学物質についての情報については対象としておらず,把握・管理すべき化学物質が分からない状況下で,化学物質の環境状況を把握し,対応を検討するために有用なシステムとは言い難い。また,災害廃棄物情報プラットフォーム11では,災害廃棄物に関する対策や対応についての情報を公開しており,その中で有害物質への対応についても取り上げられているが,廃棄物に含まれる一部の汚染物質についての情報に限られており,環境中に排出等された化学物質対応についての情報は含まれていない。環境中の化学物質のリスクに関連する情報源としては,Webkis-Plus12やNITE-CHRIP13などが存在するが,いずれも平時の化学物質管理に関する情報を整理しており,緊急時に短時間で必要情報を入手するには化学物質管理や毒性評価,化学物質の物理化学的性状などについての高い専門性を必要とする。加えて,これら化学物質の環境リスクについての情報源には国全体の情報が多く,県単位の集計結果が一部に存在する程度である。事業所単位の化学物質情報源としては,PRTRインフォメーション広場14にPRTR届出情報の地図上表示システムが存在する。個別事業所の情報を地図から検索できるものの,D.Chem-Coreで整備している推定存在量がないことや,毒性情報等,各物質情報へのリンクがないことなどの災害・事故時での利便性が高いとはいえない。

D.Chem-Coreでは,ここで紹介したWebkis-PlusやNITE-CHRIPなどの個別物質ページへのリンクを外部リンクとして整備するなど,外部の関連情報への到達しやすさにも配慮してシステム開発を進めた。

2.2 D.Chem-Coreの地図情報検索

地図情報のページは,「地図検索」,「地図からのPRTR事業所検索」,「ユーザーデータ表示」,「外部リンク」の4種類のタブから構成されており,それぞれのタブに地図描画等に関する機能が配置されている。タブを変更しても地図部分は変わらないため,異なるタブの機能を利用して必要な情報を地図に集約していくことができる。外部リンクタブでは,外部の地図情報との連携を容易にするために,現在表示している地図範囲を,外部の地図サイト(Googleマップや重ねるハザードマップなど)で表示して,同じ地域の情報確認を迅速にできるようにしている。

PRTR事業所検索機能では,PRTR制度15によって集計・公表されたデータ等を基に,各事業所の場所や届出内容等を地図上で検索できる。その際,化学物質を指定することや事業所の業種を選択する(複数選択含む)ことで目的とする事業所を絞り込んだ上で検索・表示することも可能である。該当する事業所は地図上で風船型のマーカーとして表示され,そのマーカーをクリックすることで事業所の情報を確認することができる。さらに,詳細表示ボタンをクリックすることで当該事業所が届出している物質の一覧を,その排出量,移動量,推定在庫量とともに確認することが可能である。なお,推定在庫量はPRTR制度に伴い届出・公表された値ではなく,中村らの方法16に基づいて算出した値である。

ユーザーデータ表示機能では,利用者が緯度,経度,値などを直接またはテンプレートファイル(テキストまたはMicrosoft Excel形式)を介して入力し,値に応じた色のポイント(円マーク)を地図上に表示することができる。この機能により,GIS(地理情報システム)を利用することなく,ファイル等を共有することで地点に関する情報(利用者が地図上に示したポイント群)を共有することが可能になる。

その他,これらの地図表示ページでは,地図上の地点をクリックすることで当該地点の緯度経度を確認することや,逆に緯度経度を入力することで該当地点を確認すること,現在地にポイントを追加することなどができる。

2.3 机上演習による情報基盤の検証

演習デザインを検討するにあたり,緊急時対応に関する演習等についての既存知見を整理した。消防の分野では大規模災害等の自衛消防組織の対応に関する図上訓練についてガイドライン17で取り上げられ,図上演習等の訓練の有効性18やケーススタディ19が報告されている。これらは消防活動の対象となる火災および地震を主要な対象事例としている。消防計画では,毒性物質の発散も対象災害とされているものの,ここで言及される毒性物質はテロで利用されるような化学兵器についてであり17,図上演習等では取り上げられていない18,19。災害廃棄物対応については,東日本大震災等の教訓を踏まえて整備された「災害廃棄物情報プラットフォーム」11にて研修や演習についての「災害廃棄物に関する研修ガイドブック」が公開されている20,21。研修や演習の効果についてワークショップ型研修22や対応型図上演習23の効果について報告されているものの,災害時に突発的に発生する廃棄物への対応力強化が主目的の演習であり,化学物質については考慮していない。災害・事故時の化学物質の流出等への対応については,机上演習を活用して看護師の対応力を評価した研究24や公的・私的公衆衛生機関からの参加者による机上演習の事例報告25があるものの,いずれも主に医療系機関を中心とした被害者が存在する状態での迅速な対応力の醸成等を対象とした演習であった。本論文で対象としているような,不明かつ多様な化学物質の中から,調査対象にすべき物質群を判断し,あるいは複数の分析法を並行して検討し,迅速に環境実態把握を進めることを主な対象とした演習の実施報告はなかった。これらは地方公共団体の環境部局が対応すべき事象であり5,これら事象を研修や演習の対象とした研究報告が存在しないため,本研究において独自に演習をデザインする必要があった。

上述した既存報告やガイドブックを参考にしつつ,多様な化学物質を対象とすることを踏まえた演習デザインを作成した。「災害廃棄物に関する研修ガイドブック」26では,演習(参加型研修)を,講義(座学)や訓練(実技)とは別の分類に位置づけた上で,討論型図上演習,対応型図上演習(問題発見型),対応型図上演習(計画検証型)の三種類に大別している。本研究で実施する演習は,情報基盤の有用性評価を一つの目的としているため,討論型演習と対応型演習(問題発見型)の両者の特徴を有する演習デザインを考えた。なお,D.Chem-Coreを含むインターネット上の情報源を活用するため,本論文では図上演習ではなく机上演習と呼ぶこととする。本机上演習は,システムの使用方法や対応策などを参加者に説明するような一方通行の講習ではなく,参加者とコーディネーター(著者らシステム開発者を含む演習の管理・進行役)が双方向にコミュニケーションを図る課題解決型研究活動(アクションリサーチ27)と位置づけた。双方向のコミュニケーションには,演習の対象となる事故シナリオの選定も含まれており(詳細は2.5参照),今までにない本机上演習の特徴である。これは,化学物質の環境排出事象という多様なシナリオについて参加者自身の経験も踏まえて考えてもらうことによりその多様性が担保されより効果的な演習になること,参加者からのフィードバックを期待していることを事前に伝えることにより演習デザインの効率的な改善につながることを期待したためである。既存報告には,参加者が災害の状況を議論した上で演習中に変更しながら検討をすすめたという事例28はあるものの,多様な化学物質の選定も含む事故シナリオ自体を参加者が考えるという事例はなく,本演習の大きな特徴の一つである。

演習冒頭に,D.Chem-Coreの改善や机上演習の進め方の改善も演習の目的である旨を参加者に説明し,否定的な意見も含め様々な意見・提案を求めた。演習は班ごとに実施し,事故シナリオを踏まえて必要な検討・判断・行動を議論し記録していくという方法とした(詳細は2.4参照)。情報基盤の有用性の検証は,机上演習の中で参加者が検討した内容からの評価と,参加者の事後アンケートの解析からの評価から実施した(詳細は2.6参照)。

2.4 机上演習の達成目標と方法

情報基盤の検証のために,また,将来的な対応力向上に資するため,机上演習では次の達成目標を設定して演習デザインを検討した。具体的には次の目標を設定した。

目標1:様々な災害・事故について検討すること

目標2:各班の検証結果を正しく記録に残すこと

目標3:参加者の感想や意見をなるべく把握すること

それぞれの目標を達成するために,事故シナリオの設定や演習の記録の方法を工夫し,事後アンケートを実施した。

机上演習は事前説明,グループワーク(GW),全体討論からなる三部構成とした。GWは,既存報告23を参考にしつつ,参加者の議論・検討が深まるように5~6名の班を構成して実施した。具体的な演習の構成及び時間配分をTable 1 に示す。「(1)概要説明」では必要最低限のD.Chem-Coreのシステム紹介と机上演習の進め方を説明した。説明を必要最低限にした理由は,実際の災害・事故対応を想定した時に,システム等の理解度が低い状況下でも有効に活用できる情報基盤にするべきと考えたためである。「(2-1)シナリオ設定」では,各班でリーダーを含む役割分担(記録担当など)の決定と,取り組む事故シナリオの設定を実施した(詳細は2.5参照)。「(2-2)グループワーク」では,前段で設定した事故シナリオを出発点として,事故等に対処する必要がある機関の担当部署として,どんな対応をし,どのような環境調査を計画・実施するべきか班内で議論し,その決定等を記録することとした。その際,自身の所属組織や職位に関係なく,想定事故に対処すべき機関の担当者としてどうするべきかという観点で検討・議論を進めるよう依頼した。次に,検討した調査や対応を仮に実施した場合に得られる情報等を想定して,その状況下で追加的に必要となる対応や調査等を検討するという手順で進めた。このように,発生事象やその対応について推移も含めて検討し,最終的には全ての対応が完了するまで,調査・検討とその結果の入手,それに基づく対応というサイクル(または流れ)を回すことを意識して演習を進めるように設定した。班内で事故シナリオを決定しているため,参加者は対応すべき物質が分かっているものの,実際の事故時には当事者がそれを把握できているとは限らないため,演習でもそれらが分からない,あるいは分析や調査をすることで初めて分かるという実際の状況を想像・想定して演習を進めることとした。検討の際にはD.Chem-Coreの活用を促しつつ,実践的な演習にするためにD.Chem-Core以外のウェブサイトの活用も推奨した。「(3)全体討論」では,事故シナリオの概要や想定した環境調査の概要などを各班のリーダーが発表し,それを受ける形で自由討論を進めた。なお,GWではコーディネーター側からの介入・声かけは実施せず,各班の主体的な議論に任せた。

Table 1 Structure and time schedule for the tabletop exercise

a) A one-hour lunch break was taken during the group work session

演習には地環研の職員44名が参加した。地環研では大気の担当部署と水域の担当部署が異なっていることが多く,今回の参加者は水域を担当する部署に所属している者が多かった。演習には共同研究者や環境省の行政官も参加した(8名)。班分けは事前にコーディネーター側で実施した。GWでは実在の場所での事故等を想定した上で演習を進めるため,土地勘のある場所の方が効率的かつ深い検討ができると考え,所属機関の地域を参考に班を構成した。また,地理的に近い機関であれば,参加者間で何らかの交流が既に存在しているかもしれず,その場合にはより活発に意見交換が期待できるとも考えた。

GWの際には,各班にホワイトボードと模造紙を準備し,模造紙での検討を活性化させるために付箋紙も準備した。模造紙への直接記入でも,メモを記入した付箋紙を貼っても良いこととし,記載方法・内容ともに特にルールを設定せず道具のみ提供した(Fig. 2)。模造紙に加え,コーディネーターが作成した記録用テンプレートファイル(Microsoft Word形式)にも検討状況や調査内容を記録した。これは記載項目および記載例を書きこんだものであり,記載事項として「事故シナリオ」および「対応方針の組立」という項目を設け,事故および対応を記録する形とした。さらに「具体的に調べた内容」という項目も作成し,「必要な情報」,「調べた情報源」,「分かったこと(分からなかったこと)」,「必要な情報に到達するための課題」という4つの列タイトルのみ記載した空の表を作成し,調査計画の立案の際に収集した情報やその取得方法・取得可否等を記録することとした。

Fig. 2 Photos of group work and whiteboard

2.5 事故シナリオの設定方法

事故シナリオの設定の際には,参考としてコーディネーターから事故シナリオ例を示しつつ,基本的には班ごとに参加者主体で決定した。その際,具体的な場所(実際の場所)を想定すること,また実際に問題になったことがある,あるいは問題になりそうな排出物質(=対処が必要な物質)を想定することとした。より自由な発想・検討にするため,固有名詞など想定地点が特定されるような情報は記録に残す必要はないことも伝えた。

このように事故シナリオを各班で設定する手法を採用した意図や期待した効果は次の3点である。

a)各班が独自に事故シナリオを設定することにより,多様な事故を多角的に検証できる。

b)どのような事故が起こりうるかという想像を参加者自身がすることで,事故対応を“より身近なこと”,“自分事”として取り組むことができる。なお,受け身ではなく主体的にシミュレーションする(何が起こりうるか考える)ことの重要性は有友らも指摘している28

c)自身の担当地域,あるいは近隣地域での事故シナリオとすることで,普段の活動範囲あるいは土地勘のある地域での演習となり,実際の事故対応時に近い,具体性かつ現実性のある検討になる。

2.6 情報基盤の有用性の検証方法

情報基盤の有用性は,各班で検討した結果を記録した成果物(模造紙および記録用電子ファイル)の解析と演習後に実施したアンケート調査から検証した。

成果物の解析では,環境調査の計画立案に関連する項目をマニュアル策定の手引き5より整理した上で,各項目について班ごとの検討結果を整理し,集計した。具体的な項目は,1)物質の種類や量の推定,2)化学物質の有害性・毒性,3)環境基準等,4)全国的なモニタリングデータ,5)分析手法,6)事故現場・周辺地域の状況把握,7)化学物質の流れに寄与する環境情報(風向・風速や河川流域など),8)モニタリング範囲(地理的な範囲),9)モニタリング媒体,10)モニタリング頻度,11)モニタリング終了の目安,である。情報基盤の有用性の評価の算出では,各班の成果物を解析し,項目ごとの検討状況・検討結果を次のように整理した。まず,検討した記録があるかどうか,必要な情報を得られたか,情報源としてD.Chem-Coreが利用されたかによって,D.Chem-Coreで必要な情報が得られた場合は情報基盤の有用性が高い(H),検討したが必要な情報が得られなかった場合は有用性が低い(L),D.Chem-Core以外の情報源から情報が得られた場合はO(Other Sources),未検討や記録なしの場合はNA(No available)と整理し,項目ごとに該当する班の数を整理した。次に,有用性の尺度として,需要に対して必要な情報をD.Chem-Coreから得られた割合を有用率(H/(H+L))と定義し,項目ごとに算出した。本論文ではD.Chem-Coreの評価を考察することから,D.Chem-Core以外から情報を入手した場合は,有用性の評価の対象外とした。なお,D.Chem-Coreと他の既存システムを共に利用した場合は評価対象とし,状況によってHまたはLと判定した。

アンケート調査では,机上演習の進め方,D.Chem-Coreの有用性,今後の机上演習の開催について,参加者の評価や意見を選択式と自由記載により収集した(付録資料参照)。参加者の属性についても情報収集した。アンケート調査はMicrosoft Formsを活用し,机上演習終了後にURLを送付した上で,匿名で回答を収集した。本論文では,その中で机上演習における事故シナリオの設定方法と情報基盤の有用性の検証に用いた回答のみ取り上げて解析した。

3. 結果と考察

3.1 各班で検討された事故シナリオとその設定方法の有用性

GWでは自由な発想と経験に基づいて事故シナリオが設定された。結果として多種多様な事故シナリオについての検討となった。事故シナリオの概略とその特徴をTable 2 に示す。各班で想定された事故シナリオは,何らかの影響を覚知することが出発点になり原因を探索することが最初期のミッションになる原因探索型と,事故自体を覚知することが出発点になりその影響を評価することがミッションになる影響評価型に大別された。前者は5班,後者は4班が該当した。事故等が起きる要因としては,地震が4班,豪雨が2班,流出が2班,火災が1班だった。地震によって火災が発生するシナリオは2班で採用されており,シナリオ内で火災が考慮されたのは計3班ということになる。原因探索型のシナリオにおいて,第一報が通報によるものだったのは5班。また,シナリオの中ですべての班が河川等を検討対象の媒体とした一方で,大気を検討対象に含めた班は3班しかなかった。これは,所属組織で水域を担当している参加者が多かったことに起因していると考えられる。

Table 2 Overview of accident scenarios

a) C: Cause investigation; I: Impact assessment

b) E: Earthquake; R: Heavy rain; L: Leakage; F: Fire

c) A: Air; W: Surface water (e.g., rivers, lakes); S: Soil; G: Ground water

事故シナリオを班内で議論して設定した点について,アンケート調査の結果からその有用性を評価した。アンケートは38名(地環研以外1名含む)から回答を得た。具体的な複数の考えられる効果から選択されたものを集計した結果,“自身が関わる可能性が高いシナリオを題材にできた”(26名),“他の組織とのコミュニケーション強化につながった”(24名),“事故シナリオを検討するプロセスで新たな知見が得られた”(21名)点が特に多くの支持を得られた(Fig.3)。

Fig. 3 Number of respondents who selected each option for the question: ‘what do you think are effective aspects of considering scenarios within a group?’ (multiple selections allowed)

3.2 D.Chem-Coreの有用性評価

環境調査計画立案における各項目についての有用性の解析結果をTable 3 に示す。算出可能なすべての項目で有用率は0.5以上であった。D.Chem-Coreは計画立案に対して一定の有用性があることを確認できた。有用率が相対的に低い項目については,「物質の種類や量の推定」では油等の排出事業所の推定が難しい点が,「化学物質の有害性・毒性」では生態系への毒性情報などが不足している点が,「事故現場・住変地域の状況把握」では最終処分場や浄水の取水点情報の入手が困難だという点が,「モニタリング範囲」では拡散シミュレーションモデルの有用性が低い点や海域での拡散状況が分からない点などが指摘された。NAの班が多かった項目のうち,「全国的なモニタリングデータ」,「モニタリング頻度」,「モニタリング終了の目安」については,一度調査して現状把握した後に判断してもよい項目のため,未検討の班が多かったと考えられる。GWにおける検討が対応完了まで到達しなかったのは,演習の長さについてのアンケートに対して63%が短いまたはやや短い(1~5の尺度で1または2の回答)と回答していることとも整合している。また,「環境基準等」については,有害性・毒性の把握に包含されていた,もしくは対象物質が環境基準の対象外であることを認識していたため記録されていなかった可能性がある。「物質の種類や量の推定」に関しては,そもそも推定が困難な火災や事象を覚知した際に,この検討をするよりも迅速に調査すべきという判断により検討しなかった可能性がある。

Table 3 Evaluation of the usability of D.Chem-Core for each item related to environmental surveys

a) H: This item was examined, and the results confirmed the high usefulness of the system.

b) L: This item was examined, and the results confirmed the limited usefulness of the system.

c) O: This item was examined, and information was obtained by the other information sources or participants knowledge.

d) NA: This item was not assessed, or no evaluation records were available.

情報基盤の有用性と事故シナリオの関係を解析するために,事故の要因ごとに有用率の平均を計算したところ,地震,豪雨,流出,火災に関して,それぞれ0.76,0.53,1,0.33になった。流出に関しては,環境中濃度の異常値の検知によって事故等が覚知され,対象物質が特定された状態だったことで有用率が高くなったと考えらえる。逆に,豪雨や火災では,対応すべき物質が不明な状態で様々な情報を検討する必要がある有用率が相対的に低くなったと考えられる。

その中で「本演習を通して,災害・事故対応に対する心構えが変わったと感じますか」,「本演習を踏まえて,ご自身の組織で自主的に演習を実施しようと思いますか」という問いに対して,それぞれ9割,7割の回答者から“そう思う”もしくは“どちらかといえばそう思う”という回答が得られた。これは,D.Chem-Coreが有用な支援ツールだと参加者が判断したことを反映した結果である。

各メニューの有用性についての回答結果をTable 4 に示す。メニューによっては使用していない参加者もいたことから使用者に対する回答者率で比較すると,とても有用だと感じたという回答率が最も高かったのは地図検索機能(61%)であった。続いて,有用情報リンク集(53%),目的別メニュー(44%)の順に高かった。有用だと感じたという回答も合わせると,状況別メニュー,目的別メニュー,地図検索機能,有用情報リンク集は全て94%以上の回答率であり,これらのメニューは全て有用だと評価された。情報全体からの検索は,とても有用または有用との回答が81%に達しており,他よりも低いものの十分に高い有用性だという評価になった。

Table 4 User evaluation of menus and functions in D.Chem-Core (Number of respondents and percentage among users who used the function)

D.Chem-Coreについて事故対応と日常業務で利用したいかどうか聞いたところ,事故対応では9割,日常業務では7割の参加者が利用したいと回答した。日常業務で利用されるシステムであれば,事故時でもスムーズに利用でき,対応力の向上にもつながる。特に地図上でPRTR届出事業所を検索できる機能を高く評価するという回答がアンケートの自由記述で寄せられ,日常業務においても環境調査計画の立案に有用であるという評価を受けた。

各班の成果物の解析およびアンケートの解析の両面からD.Chem-Coreの有用性を評価した。その結果,両解析ともに有用性が高い情報基盤であるとの評価が得られた。さらに,個別の機能や情報源を精査するといくつか改善の余地があることも明らかになった。これら本演習を通じて収集した,情報基盤の向上に資する様々な意見を参考にして,今後D.Chem-Coreの実践的な有用性をさらに高めていきたい。なお,参加者が化学物質の分析業務に従事していることや,参加者自身が事故シナリオを考えたことで,排出物質が有名な,情報が豊富に存在する物質になってしまうなど,演習デザインに依存したバイアスが存在している可能性もあり,より多角的な検証も必要である。

謝辞

本演習では,27都道府県の地方環境研究所31機関(北海道,札幌市,岩手県,仙台市,山形県,埼玉県,さいたま市,茨城県,千葉県,東京都,新潟市,富山県,福井県,長野県,岐阜県,静岡県,名古屋市,愛知県,三重県,滋賀県,大阪府,堺市,兵庫県,奈良県,和歌山県,山口県,高知県,福岡市,佐賀県,沖縄県)のほか,環境省,他の研究機関等からもご参加・ご協力いただいた。本研究は,環境省・(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF18S11700)(JPMEERF20231M01)により実施した。また,国立環境研究所と地方環境研究所とのII型共同研究「災害時等における化学物質の網羅的簡易迅速測定法を活用した緊急調査プロトコルの開発(2022-2024)」および「公共用水域における有機-無機化学物質まで拡張した生態リスク評価に向けた研究(2022-2024)」の協力を得て実施した。ここに感謝の意を表す。

文献
 
© 2025 The Authors.

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