2025 Volume 35 Pages 8-15
近年,水環境中のガドリニウム(Gd)濃度が他の希土類元素と比較して特異的に検出していることが報告されている。Gd化合物の形態別分析法として,HILICカラムとICP-MS法を組み合わせた方法が報告されている。本研究では,環境分析で一般的に用いられるICP-MSの仕様で対応可能な,イオン交換カラムを用いた水系移動相によるGdの化学形態別分析法を検討した。分析カラムにGL-science SYPRON AX-1,移動相に炭酸緩衝液を用いた結果,濃度の異なる移動相を切り替えることにより4種のガドリニウム化合物(Gd-DTPA-BMA, Gd-BT-DO3A, Gd-DTPA及びGd-EOB-DTPA)が分離できた。本分析法による河川試料のMDLは,Gd-DTPA-BMA: 2.7 ng of Gd/L, Gd-BT-DO3A: 4.4 ng of Gd/L, Gd-DTPA: 1.3 ng of Gd/L及びGd-EOB-DTPA: 3.3 ng of Gd/Lと既報と同程度であり,河川試料に対して十分適応可能であった。一方で,海水試料は, Gd-DTPA-BMA及びGd-BT-DO3Aは試料に共存する塩の影響を受けたため算出できず,分析法の改善が必要である。
Recently, there has been a concern about specific increases in Gd concentrations in environmental waters compared with other rare earth elements. Hydrophilic interaction liquid chromatography coupled with ICP-MS is used for speciation analysis of Gd contrast agents. Here, we aimed to detect these agents by general specification ICP-MS for environmental analysis using an ion exchange column with an aqueous solvent. Using GL-science SYPRON AX-1 and a carbonate-bicarbonate buffer, four Gd contrast agents ―Gd-DTPA-BMA, Gd-BT-DO3A, Gd-DTPA, and Gd-EOB-DTPA― were separated by stepwise elution (switching between two different concentration solvents). The method detection limit (MDL) for a river water sample of Gd contrast agents is similar to that previously reported (Gd-DTPA-BMA: 2.7 ng of Gd/L, Gd-BT-DO3A: 4.4 ng of Gd/L, Gd-DTPA: 1.3 ng of Gd/L and Gd-EOB-DTPA: 3.3 ng of Gd/L), and applicable to environmental river water samples. On the other hand, some issues were observed in the MDL for sea water samples due to the influence of coexisting salts.
近年,医療機関の磁気共鳴画像診断法(MRI)で使用されるガドリニウム(以下,Gd)化合物が下水処理場等を経て水環境中に排出されることにより,河川等のGd濃度が,他の希土類元素と比較して特異的に増加していることが報告されている1,2,3,4,5,6,7,8)。水環境中に排出されたGd化合物の挙動を把握するには化学形態別に分析(以下,形態別分析)する必要があり,これまでにGd化合物の形態別分析法として,HILICカラムを用いたLC-ICP-MS法が報告されている8,9,10,11)。しかしながら,HILICを用いた分離条件では多量の有機溶媒を使用するため,ICP-MSにおいて信号強度の低下及びプラズマの不安定性が生じる。その対策として,環境分析に使用するICP-MSでは一般的に用いられないオプションガス(Ar/O2)の追加など高コストの仕様を用いる必要があった12,13)。有機溶媒を利用しない方法としては,HILICカラムと酢酸アンモニウム緩衝液を用いた水系移動相による分析条件が報告されている11)。本研究ではHILICカラムに変え,イオン交換カラムを用いた水系移動相によるLC-ICP-MS法を検討したので報告する。
分析対象成分は日本で使用されているGd化合物の造影剤のうち14),ナカライテスク株式会社より標準品が入手できた4種(Gadodiamide: Gd-DTPA-BMA, Gadobutrol: Gd-BT-DO3A, Gadopentetate Monmeglumine: Gd-DTPA, Gadoxetate disodium: Gd-EOB-DTPA)である。分析対象としたGd化合物をFig. 1 に示す。分析対象成分のGd化合物は有機溶媒に難溶なため,超純水を用いて標準溶液を調製した。超純水は超純水製造装置(RFU685DA: ADANTEC)で精製した水を使用した。移動相の緩衝液には,炭酸ナトリウム(試薬特級,関東化学株式会社)及び炭酸水素ナトリウム(試薬特級,富士フイルム和光純薬)を使用した。
(a) Gadodiamide, (b) Gadobutrol, (c) Gadopentetate Monomeglumine, (d) Gadoxetate disodiumu
分析方法の検出下限値(以下,MDL)及び定量下限値(以下,MQL)の算出及び添加回収試験に供する試料として,雷山川の河川水及び大牟田沖の海水をポリプロピレン製容器に採取した。試料は分析直前まで冷蔵庫内(6.5°C)で保管した。
2.3 測定条件形態別分析法の装置には,分離部に高速液体クロマトグラフ(Agilent 1200LC),質量分析部にICP-MS(Agilent 7900)を用いた。機器の接続は,分析カラムの後端よりPEEKチューブ(内径 0.18 mm,外径1/16,長さ 0.58 m)及びUniFITチューブ(PFA製,内径 0.25 mm,長さ 0.26 m)を用いてICP-MSのネブライザーに接続した。形態分離における金属成分との干渉を抑制するため,Agilent 1200LC内部の溶液に接する面はバイオイナートによる不活性処理を用いている15)。GdのICP-MSにおける測定質量は,m/z: 156, 157, 158等があるが,Gd156, Gd158にはDyの干渉があるとされていることから,干渉の影響を考慮し16),メーカーの推奨するm/z=157(Gd)をHeガスモードで測定した。詳細なICP-MSの装置条件をTable 1 に示す。
2.4 分離条件の検討今回調査対象としたGd化合物は,その構造から水溶液中において中性-陰イオンの電離状態として存在していることが推定されたため,分離カラムには陰イオン交換カラムのSYPRON AX-1(粒径 5 μm,2.1 mm I.d., 100 mm+ガードカラム 10 mm,ジーエルサイエンス)を用いた。このカラムは,メタクリレート系ポリマーを母材として,官能基には4級アンモニウムを用いている。LC-MS/MSによる水中の陰イオン分析を目的として設計されており,低い塩濃度での陰イオン溶出を想定している17)移動相には炭酸ナトリウム(Na2CO3)と炭酸水素ナトリウム(NaHCO3)を混合した炭酸緩衝液を用いた。炭酸緩衝液は,2.5 mM Na2CO3/2.5 mM NaHCO3 のようにNa2CO3 とNaHCO3 の濃度が同濃度となるように調整した。検討に用いた各炭酸緩衝液の濃度及びpHをTable 2 に示す。
2.5 環境水を用いた添加回収試験MDL及びMQL算出のため,河川水試料には4種のGd化合物濃度がそれぞれ 50 ng/Lとなるように混合標準液を添加した。海水試料は試料の塩濃度の影響を考慮し,海水試料中のGd化合物濃度がそれぞれ 500 ng/Lとなるように混合標準液を添加し,それを超純水を用いて10倍希釈した。また添加回収試験として,河川試料は各Gd化合物濃度が 500 ng/L,海水試料は各Gd化合物濃度が 2,500 ng/LとなるようにGd混合標準液を添加し,海水試料は超純水にて10倍希釈した。試料は 0.20 μmのディスクフィルター(GLクロマトディスク:水系13A オレフィン系ポリマー)を用いてろ過し,LC-ICP-MSに導入した。
2.5 mM炭酸緩衝液を移動相(流量 0.4 mL/min)として,Gd混合標準液(Gd化合物濃度として,各 100 μg/L)を 10 μL導入して測定を行った。その結果,3つのピークが得られた(Fig. 2(a))。検出された各成分について個別に確認したところ,Gd-DTPA-BMA及びGd-BT-DO3Aが保持時間(Rt.)0.6~0.9 min付近で重複していた。Gd化合物の保持を長くし,Gd-DTPA-BMAとGd-BT-DO3Aとを分離するため,移動相に 0.5 mM炭酸緩衝液を用いた(Fig. 2(b))。その結果,Gd-EOB-DTPAのピーク形状がブロードとなり,強度の低下が見られたが,ピークが重複していたGd-DTPA-BMA及びGd-BT-DO3Aのピークトップが分離し,4種のGd化合物の分離を確認できた。
(a) Gd contrast agents with 2.5 mM carbonate-bicarbonate buffer.
(b) Gd contrast agents with 0.5 mM carbonate-bicarbonate buffer.
(c) Gd contrast agents with stepwise elution using eluent A (0.25 mM carbonate-bicarbonate buffer) and elute B (20 mM) as described in Table 3.
Fig. 2(a),(b)に示すように単一の移動相を用いた条件では複数の化合物に適した分離条件を得ることが難しかったため,濃度の異なる移動相の溶液濃度を切り替える分析条件を用いてピーク分離と形状の改善を検討した。Gd-DTPA-BMAとGd-BT-DO3Aとの分離及びクロマトグラム後半に検出されるGd-DTPA及びGd-EOB-DTPAのピーク形状改善のため,A液には 0.25 mM炭酸緩衝液,B液には 20 mM炭酸緩衝液を用いて,Table 3 に示すタイムテーブルで移動相濃度を切り替えて分析を行った。その結果,4種のGd化合物全てを分離することができ,ピーク形状も良好であった。また,十分な感度を得ることを目的として注入量を 10 μLから 50 μLへ増加しても良好な分離が確認されたため(Fig. 2(c)),これ以降の検討では注入量を 50 μLとした。
Injection Volum: 50 μL
Flow Late: 0.4 mL/min.
Post Run: 2.5 min.
段階的に調整したGd化合物標準溶液を測定して検量線を作成した。検量線の濃度範囲・直線性(相関係数:R)をFig. 3 に示す。次に,検量線作成用の最低濃度の標準溶液(Gd化合物濃度として,各 50 ng/L)を繰り返し(n=8)測定し,装置の検出下限値(IDL)を算出した(Table 4)。IDLの算出には,次の計算式(IDL=t(n-1, 0.05)×σn-1, I×2, t(n-1, 0.05):危険率5%,自由度n-1 のt値(片側),t(n-1, 0.05)=1.8946(n-1=7),σn-1, I:IDL算出のための測定値の標本標準偏差)を用いた18)。その結果,Gd-DTPA-BMA, Gd-BT-DO3A, Gd-DTPA及びGd-EOB-DTPAのIDLは金属Gd (ng of Gd) として,それぞれ 69 ng of Gd, 140 ng of Gd, 74 ng of Gd及び 62 ng of Gdであった。
Injection conc.: 50 (ng of Gd compound/L)
Injection volume: 50 (μL)
本分析法によるMDLとMQLを次の計算式(MDL=t(n-1, 0.05)×σn-1, M×2,MQL=10×σn-1, M,t(n-1, 0.05):危険率5%,自由度n-1 のt値(片側),t(n-1, 0.05)=2.0150(n-1=5),σn-1, M: MDL, MQL算出のための測定値の標本標準偏差)を用いて算出した18)。その結果をTable 5 に示す。検量線の最低濃度(50 ng/L)に調製した河川試料からは良好なクロマトグラムが得られた(Fig. 4)。河川試料のMDLは金属Gd濃度(ng of Gd/L)として,Gd-DTPA-BMA: 2.7 ng of Gd/L, Gd-BT-DO3A: 4.4 ng of Gd/L, Gd-DTPA: 1.3 ng of Gd/L及びGd-EOB-DTPA: 3.3 ng of Gd/Lであり,既報のHILICカラムを用いた方法と同程度であった(Table 6)9,10,11)。一方で海水試料では,Gd化合物濃度,各 50 ng/Lの標準液を測定した場合と比較して,Gd-BT-DO3Aはピークとして得られず,Gd-DTPA-BMAは面積値が増加,Gd-DTPAは面積値が減少していた(Fig. 4)。これは海水に含まれる塩が分離に影響したものと推測されたため,塩化ナトリウム(NaCl)を0.002%~0.035%に調製した標準溶液の測定を行った。その結果をFig. 5 及びFig. 6 に示す。Gd-BT-DO3AはNaClの濃度が高くなると検出時間が早くなり,ピーク形状に変化が見られた。NaCl濃度がGd化合物のRt.に与える影響をTable 7 に示す。このように,海水試料においては,Gd-DTPA-BMAとGd-BT-DO3Aのピークとが重なり,個別の化合物として評価することが難しくなったことから,Gd-DTPA-BMAとGd-BT-DO3AについてはMDL及びMQLは算出しなかった。
Injection volume: 50 (μL)
(a) Standard solurion (purified water).
(b) Calculate for MDL and MQL (river sample).
(c) Calculate for MDL and MQL (sea sample)
※1 MDL: Method Detection Limit
※2 LOD: Limit of Detection
添加回収試験結果(n=5)をTable 8 に示す。添加回収試験に用いた河川水試料(n=2)からはGd化合物は検出されなかった。河川水試料におけるGd化合物の回収率は91~107%の範囲であり良好な結果が得られたことから,河川水の評価に適応可能であると考えられる。海水試料においては,3.4と同様にGd-DTPA-BMAとGd-BT-DO3Aの分離が不十分であり,分析法の改善が必要である。
本研究では,イオン交換カラム及び炭酸緩衝液の水系移動相を用いたLC-ICP-MSによるGd化合物の分離を検討し,炭酸緩衝液の移動相濃度を切り替えることにより,4種のGd化合物の良好な分離を確認した。本測定法は,海水試料においては良好なピークを得ることが難しかったが,河川水の測定には十分適応可能であることを確認した。以上のことより,本測定法においても移動相に有機溶媒を使用することなくGd化合物が定量可能であることを確認した。
日本国内では今回調査対象とした4種に加え,計6種のGd化合物が使用されており14),更に環境中では,上記以外のキレート構造となっている可能性も予想されるため11,14),今後は,他の形態のGd化合物についても分析法の開発が必要であると考えらえられる。
本研究の一部は,令和5年度公益財団法人河川基金(2023-5211-008)及び日本学術振興会(JSPS KAKENHI,助成番号24K15384)によって実施しました。ここに記して深く謝意を表します。