2020 Volume 4 Issue 1 Pages 145-158
携帯電話やWiFi、衛星通信に代表される無線通信は、既に現代社会の社会経済活動に欠かせない存在となっているが、電波を使用する特殊性から、有線の通信と比べて各国・事業者に課される制約は多い。世界各国が国際拘束力を有す規律を遵守することではじめて、混信のない、適正で安定的な電波の利用が維持できる。こうした無線通信の国際規律は「無線通信規則(RR:Radio Regulations)」に集約されているが、第5世代移動通信システム(5G)など新たな無線通信システムの導入等に際して改訂される。
この改訂は、3~4年毎に開催される世界無線通信会議(WRC)で決定されるが、各国政府、通信事業者、製造業者等は、自国あるいは自社に有利な技術や運用ルール、又は、既存システムを十分保護できる基準等を含む規律の制定を目指す。近年の5G等の無線通信技術の開発競争は、欧米・日本主導から韓国、中国等の新興国主導へとシフトしつつある。WRCでの審議は、こうした無線通信分野の目覚ましい技術発展や無線局種・局数の増大に伴う周波数資源のひっ迫、加えて、これら技術要素以外の各国等の思惑が絡まって複雑化し、利害関係のある地域・国・関係者間の対立はますます厳しくなっている。
本稿では、RRの改訂過程で生じる地上業務vs宇宙業務の代表的な対立構造として、「新規・従来システム間の対立構造」、「近接国間の対立構造」、「地域グループ間の対立構造」を取り上げ、これらの具体的な事例を分析し、国際規律の合意に当たっての考え方やその改善の状況等について明らかにするとともに、この結果を踏まえた今後の課題や方向性を探る。
Wireless systems represented by cellphones, WiFi, and satellite communication have already become indispensable part of the socio-economic activities of modern society. Due to the peculiarities of radio waves, there are many restrictions imposed on country and industry compared with wired communication. Only when every country around the world complies with internationally binding rules can the proper and stable use of radio waves without harmful interference be maintained. These rules for radiocommunications are compiled into the Radio Regulations (RR), which is revised when a new system such as the 5th generation mobile communication system(5G) will be introduced.
This revision is decided at the World Radiocommunication Conference (WRC), which is held every three to four years. Government, carriers and manufacturers of each country may aim to establish rules including technology or operational rule advantageous to their own country or company, or standard that can sufficiently protect existing system. The deliberation at the WRC is getting complicated by the remarkable technological development in the radiocommunication field, the congestion of frequency resources due to the increase in the number of radio stations and their types, and the speculation of each country other than these technological elements, and conflicts between regions, countries and stakeholders who have interests are becoming more and more severe.
This paper analyzes three specific conflict structures between new and conventional systems, between neighboring countries and between regional groups as typical structures of terrestrial service vs. space service that occur in the process of RR revision, and clarifies the way of thinking in agreeing on international rules and the status of its improvement. It also discusses future issues and directions based on these results.
過去20年来、周波数オークションや2次取引を代表とする市場メカニズムを用いた周波数割当てが各国で議論され、一部の国で既に導入が進んでいる。一方、無線通信は、一旦電波が発射されると使用目的以外の場所にまで到達し、そこで使用されている電波と混信し、使用できなくなる恐れがある。このため、電波の使用に際しては、国際電気通信連合(ITU:International Telecommunication Union)が定める無線通信規則(RR:Radio Regulations)に従わなければならない。RRは拘束力を有する国際規律であり、周波数の国際分配や電波の発射制限値、無線局の運用・調整ルールなど技術標準(デジュリ標準)を含む規則である。新たな無線通信システムの導入等に際して、3~4年毎に3千人規模で開催される世界無線通信会議(WRC: World Radiocommunication Conference)で改訂される。今日まで、船舶や航空機の無線通信、放送や衛星通信、最近では、高高度プラットフォーム局(HAPS: High Altitude Platform Stations)や第5世代移動通信システム(5G)に至る様々な無線通信システムが取り扱われてきた。すなわち、このような新たなシステム導入に当たっては、周波数オークション等を含む様々な各国制度(国内割当て)の前段階で、電波の物理的な特性等を踏まえた国際分配等が決定されている。このような国際規律はどのような仕組みで決定され、また、発展途上国を含めた世界各国、機関、企業等のステークホルダーがどのような意図をもって参画しているか明らかにすることは、今後の各国の国際周波数政策の立案や周波数オークション等の国内割当ての進め方の参考とすることができ、有意義であると考えられる。本稿では、近年のWRCの議論で表面化した代表的な対立構造のうち、いくつかのケースについて取り上げ、それぞれの議論や対立の背景等について述べる。そして、国際規律の合意に当たっての考え方や方法が改善されつつある状況等について考察しながら、これらの対立構造に共通的な課題及び今後の方向性について言及する。
無線通信規則(RR)に規定される業務は地上業務と宇宙業務に大別され、それぞれに様々な業務が定義されている。その主な業務を示すと次の表1の通りである。
地上業務 | 固定業務 | 移動業務 | 放送業務 | 無線標定業務 | 無線航行業務 | 気象業務 | 電波天文業務 | アマチュア 業務 |
宇宙業務 | 固定衛星業務 | 移動衛星業務 | 放送衛星業務 | 無線標定衛星業務 | 無線航行衛星業務 | 気象衛星業務 | 地球探査衛星業務 | アマチュア 衛星業務 |
RRでは、電波の伝搬特性や混信発生の可能性を考慮し、世界を3つの地域(第一地域 欧州・アフリカ、第二地域 北米・南米、第三地域 アジア・オセアニア)に分割して、周波数帯毎に使用できる上記業務の種別を示す国際分配表を管理している。これらの業務は、一次業務と二次業務(二次業務は、一次業務に有害な混信を与えてはならず、一次業務からの有害な混信に対して保護を要求できない。分配表には、一次業務は大文字、二次業務は小文字で表示される)に区別して記述されている。
この周波数分配表には、同じ周波数帯の中にいくつかの業務が共存して使用できるように複数の業務が記載されており、その共存(共用)の基準・条件等が脚注や別表、独立した決議等で定められている。
(出典)総務省電波利用ホームページから作成
図1 RRの国際分配表と3地域の境界2
ITUでは、会議運営・承認の基本的な手続きとして、それぞれ等しい権利を有す加盟国3の出席者間の議論を通じ、コンセンサスにより承認する方法を採る。このため、加盟国間で利害が大きく対立する議題では承認に至るまで長時間を要す場合もあるが、最終的には関係者が歩み寄り、妥協点を見い出すことで、既存の無線通信システムの保護と新規システムの導入が、それぞれに過度な制約が課されることなく存立する共用を実現している。
ITUで発言権のある加盟国の主管庁は、自らが認める通信事業者や製造業者、関係機関・団体等の国内利害関係者を代表団の一員として参画させながら、ITU無線通信部門(ITU-R)の作業部会(WP: Working Party)やWRC開催前の準備会合(CPM: Conference Preparatory Meeting)等4で寄与文書を提出するなどして、自国が提案するシステムや技術、運用ルール等の規則化を図る。逆に、他国が計画し、提案する新たなシステムの導入により自国の既存システムが悪影響を受けることがないよう、同様に寄与文書を提出し、これを保護できるよう対抗する。このため、技術的に共用が容易ではないシステム同士の共存を検討する議題においては、新たなシステムを導入する側と既存システムの保護を主張する側とでしばしば対立する。
近年各国はWRCでの規則改訂に向け、6つの地域グループ(第一地域:欧州、アラブ、アフリカ、旧ソ連、第二地域:米州、第三地域:アジア・太平洋)に分かれて共同提案を策定することで.地域を通じた事前調整や自国利害の最大化を図っている5。各地域グループではそれぞれWRCの会期中、5~10回程度のWRC準備会合を開催している。(図2)
各地域グループでは、そのWRC会期で検討する議題のそれぞれについて専門家を割り当て、グループ内での議題のとりまとめを行う(従来はDG(Drafting Group)の議長であり、近年では、以下のコーディネーターも兼務することが多い)。また、他の地域グループに地域代表(「コーディネーター」)を出席させ、自らの地域の見解や提案を周知する。この際、出席する他の地域グループ内の検討状況やステークホルダーの勢力等について情報収集を行い、自らのグループに戻って状況報告を行う。場合によっては、水面下での情報交換や調整を行うことも可能である。すなわち、各地域グループのコーディネーターは、地域内の意見の実質的な取りまとめ役(各地域のDG議長)であるとともに、他地域のコーディネーターとの調整機能も有している。但し、コーディネーターは一般に、他のグループや国と、その時点での自地域の見解や提案を逸脱して独自に取り決め等を交わすことはできず、自らの地域に戻り、了解を得る必要がある。
従来は、欧米主要国や日本を含む欧州(CEPT6)、米州(CITEL7)、アジア・太平洋(APT8)の3地域グループがRRの改訂を主導してきたが、近年は、旧ソ連(RCC9)、アフリカ(ATU10)、アラブ(ASMG11)の地域グループが積極的にWRCへ共同提案を提出するため、相対としてこれらの地域の発言力が高まっている。[1]
(出典)総務省電波利用ホームページから作成
図2 WRC会期の流れと地域グループの発展
WRCの議題は、基本的に前会期のWRCで予め決議されている。この決議に従い新たな会期では、各議題が割り振られたWP等で技術検討を開始する。WRC開催の半年前までにCPMが開催され、ここでWP等の技術検討結果を踏まえ、規則改定案及び方法論(Method)を検討し、WRC本番で参照する(議論の土台となる)CPMレポートを完成させる。
WRCの議題には、周波数分配表に対象となる無線通信システムの使用周波数及び業務名を新規追加/拡張するもの(周波数の追加分配)や、既に二次業務として分配表に記載のある業務を一次業務に格上げするもの(二次業務の一次格上げ)、電波発射時の電力制限値の規制強化/緩和、衛星調整手続きの厳格化/簡素化など多岐にわたる。このうちWRCで取り扱われることの多い周波数の追加分配では、使用する周波数帯及びその隣接周波数帯で既に運用されている既存システムと共存(共用)が可能かどうか、周波数の共用検討が必須となる。そして、この共用検討の結果を上述のようにWP等に提出し、共用可能か否か、また、その共用に必要な技術は何か等について議論し、勧告やレポートとして取りまとめ、共用可能性を技術的に立証する。
なお、使用する周波数帯「インバンド」以外に、その隣接周波数帯「アウトバンド」での共用検討を行うのは、新たに導入するシステムがインバンドで使用する電波からアウトバンドで不要に漏れ出る電波(不要輻射)によりアウトバンドの既存システムに混信を与えないことを明確にするためである。図3左図のように、従前と異なる方式の衛星システムを導入する場合、隣接帯で既に運用されている地上システムや衛星システムに不要輻射による混信を与える(与干渉)可能性について検討する必要がある(図3左図の干渉ケース①、④、⑤、⑧)。
また、外国が新たなシステムを導入する場合には、自国の同一帯域あるいはその隣接帯域で運用している既存業務が混信を受ける(被干渉)可能性について技術検討を行い、共存困難と考えればWP等に寄与文書を提出し、共存できない旨をレポート等に反映する必要がある。(図3右図)。
図3 新たなシステム導入による干渉シナリオ
WRCでは毎会期30前後の議題が審議される。当該会期の議題設定にも拠るが、いくつかの議題では、与干渉(新しいシステムの導入)側と被干渉(既存システムの保護)側とで厳しい対立に至る場合がある。共用検討の組み合わせは、大枠としては、地上業務vs地上業務、宇宙業務vs宇宙業務、地上業務vs宇宙業務となるが、近年厳しい対立に発展する議題の多くは地上業務vs宇宙業務の構図である。これは、地上業務と宇宙業務の技術専門性が元々相違することによる相互理解の醸成、5Gのような地上通信技術の飛躍的発展や固定衛星業務の移動利用など宇宙通信技術の高度化による周波数ひっ迫(周波数ニーズの拡大)等が背景にあると考えられる。しかし、WRCでは、世界の地域・国、機関、企業等の思惑が動く会議であり、このような背景以外の要因によっても問題解決が難しくなっている。
本章では、無線通信の国際規律の策定に当たり、議題解決を難しくしている地上業務vs宇宙業務の対立構造について考察する。こうした対立にはどのような背景や課題があるのか、代表的な対立構造を具体的に分析しながら明らかにしていく。
まず、近年の地上業務vs宇宙業務の代表的な対立構造として、①新たな無線通信システムの参入と被干渉側となる従来システムとの「新規・従来システム間の対立構造」を挙げる。次に、②地理的に近接する複数国間で地上システムと宇宙システムを導入する「近接国間の対立構造」、さらに、③近年の地域会合の成長により互いに譲れない状態に陥る「地域グループ間の対立構造」を取り上げる。
そして、これらの対立構造の題材として、それぞれ、①HAPSシステムの新規参入と既存の固定衛星業務の保護(WRC-2000)、②音声衛星放送の導入と第3世代移動通信システム(3G)の保護(WRC-03)、③5Gの導入と隣接する地球探査衛星の保護(WRC-19)での議論を取り上げる。
5.1.新規・従来システム間の対立構造WRC-2000の議題1.5では、高度20km上空に停留して通信の用に供するHAPSシステムの導入が検討された。HAPSは成層圏に停留して通信を行うため宇宙業務ではなく地上業務に分類される。日本及びAPTは、移動及び固定業務用に適した周波数帯として31GHz(↑)/28GHz(↓)を第3地域の関心国に追加分配する提案を行った。APT提案は、事前のAPT準備会合で日本が主導して共同提案化を図ったものである。
(出典)ITU-R RECOMMENDATION ITU-R F.1569
図4 HAPSシステムへの新規分配
この日本提案に関連し、HAPSシステムの導入推進の立場をとったのは、中国を除くAPT加盟国であり、中でも豪州との協力関係を築いた。これに対し、既存の固定衛星業務等の保護の立場をとったのが、欧州(特に、英国、仏国)、米州(特に、米国、加国)であった。
27.5-28.5GHz帯は従来から固定衛星業務のアップリンク(地上にある衛星地球局から衛星方向の回線)に使用されていたため、この帯域をHAPSのダウンリンク(成層圏にあるHAPSからHAPS地上局方向の回線)としてそれぞれ反対方向に使用するリバースバンドワーキングにより共用検討が行われた。この結果、成層圏のHAPSから衛星への干渉の影響は少ないが、衛星地球局からHAPS地上局への干渉を回避するため両局間に一定の離隔が必要となる。HAPSシステムの新規参入による共用によって、既に小型の衛星地球局を高密度に展開している固定衛星業務の事業者は、将来の衛星地球局の置局や運用に制約がかかるとして、従来から固定衛星業務を運用する米国、カナダ、仏国などが強く反対した。特に米国は強い反対を示し、検討帯域を27.5-28.35GHzに縮小する要求をしたため、日本はAPT共同提案署名国の同意を得て譲歩した。
31.0-31.3GHz帯は、アウトバンドで地球探査衛星の受動センサー12が運用されており、不要輻射による干渉の可能性があるとして仏国、中国、ロシア、WMOが反対した。議論の結果、受動センサーを保護するための規定を追加するとともに、WRC-03までは下半分の31.0-31.15GHzのみを使用することで合意した。
最終的には、日本を含む12カ国において、31.0-31.3GHz (↑)と27.5-28.35GHz(↓)でHAPSの使用が認められた。ただし、他の固定業務等に有害な干渉を与えず、保護を求めない条件とし、引き続きITU-Rで追加分配を検討することとされた13。[2]
HAPSの新規参入に対し、既に衛星を運用している欧米主要国から強い反対を受けたのは、技術検討が十分でないという主張だけでなく、HAPSの新規参入により、既に運用している衛星システムの将来の置局等に制約がかかるとの懸念からであり、日本は150MHz幅を当初提案から失った。一方で、この譲歩により、HAPSの当該帯域での新規参入が可能となったとも言える。
5.2.近接国間の対立構造WRC-03の議題1.34では、移動体向けの音楽や準動画を放送する非静止衛星(NGO)による音声衛星放送に追加分配(2630-2655MHz)するため、前会議で仮設定された暫定的な調整閾値(他国との国際調整が必要となるトリガー値。以下で、「暫定閾値」と呼ぶ)の見直しと規則手続きの制定が検討された。
韓国は、本帯域で静止衛星(GSO)による音声衛星放送を実現するため、日本の一企業と連携し、暫定閾値の緩和を提案していた。その後日本は、NGO(準天頂衛星)による音声衛星放送の実現のため、本帯域を避けた2.3GHz帯での追加分配並びに暫定閾値の緩和及び2.3GHz帯への適用を豪州と連携して提案した。当時準天頂衛星は、日本上空の天頂付近で滞留時間が長く、ビル陰等の影響を受けにくい移動体向け高仰角サービスとして、測位機能以外にも放送機能等を併せ持つシステムとして検討されていた。
一方、本議題では、被干渉側となる地上業務、特に3Gの保護が問題となり、中国や欧州は、3Gの保護のため暫定閾値を更に厳しくした上で、衛星からの電波発射を国際調整に依らず一律に厳しく規制するハードリミットにすべきと主張し、韓国の緩和提案に反対した。日本が提案した2.3GHz帯は、既に国内で独自のワイヤレスブロードバンドに割当てる政策決定をした韓国が、中国や欧州とともに、議題設定のない2.3GHz帯で追加分配を狙う日本提案に反発した。この時韓国は、ワイヤレスブロードバンドの技術仕様が固まっていないことを理由に、日本の準天頂衛星システムとの共用のための技術検討に応じることなくブロックした。
本議題はWRC-03で最も困難な議題の一つと言われ、当初、日中韓及び欧州諸国の攻防が続いた。会議後半からは、地理的に離れ、低仰角による衛星電波の到来を抑制する調整閾値に妥協点が見いだされたため、欧州諸国は議論から離脱し、日中韓の政策の違いに起因する隣接3カ国間の調整に収斂された。しかし、会議終盤に入っても解決案が見出せなかったため、WRC議長14の仲裁による日中韓調停会合が開催された。この結果、日本提案の2.3GHz帯ではなく、本議題で隣接する2605-2630MHz帯を追加分配する例外措置を議長が全体会合で提案するという議長提案で妥結した。この提案を議長が用意した背景には、2.3GHz帯で移動体向け音声衛星放送の運用を日本に認め、影響の大きい隣接国(韓国及び中国)の同意を得ることは事実上困難であったこと、一方で、本議題の対象周波数帯(2630-2655MHz)に隣接する帯域は電波の性質等からこれまでの技術検討の結果が適用できるとの推定があったこと、加えて、準天頂衛星による音声衛星放送という新たなシステムの新規参入を促し、WRCを成功裏に終わらせたいとの議長の特別の配慮があったことが推測される。
最終的には、2630-2655MHz帯のGSO音声衛星放送の調整閾値を暫定閾値より厳しい値で確定した。また、日本と韓国に限り2605-2630MHz帯の使用が暫定閾値より厳しい一定条件下で認められた。[3]
(出典)総務省資料
図5 WRC-03で追加分配されたNGO音声衛星放送の帯域
本議題では、同一帯域、近接国間で地上システムと宇宙システムを導入する際の干渉問題が表面化するとともに、隣接国が政策決定あるいは国内割当を公表した後での調整の難しさが浮き彫りになった。世界的にも第三地域、とりわけ日中韓は、歴史的・政策的な背景がある中、RRで認められる範疇で、地域グループでの調整もなく各国が独自の国内割当を進めてきており、今後も新たなシステムを導入する際は、地上システムと宇宙システム間で難しい調整が発生する恐れがあると言える。
5.3.地域グループ間の対立構造WRC-19の議題1.13では、IMT-2020(いわゆる5G)用周波数の追加分配が検討された。5GはIoT時代のICT基盤として、4Gを発展させた「超高速」に加え、「多数接続」、「超低遅延」といった新たな機能を有す。15
WRC-15では、5G用周波数の追加分配に向け、WRC-19の新議題で検討対象とする候補帯域について議論が行われた。日本から提案した候補帯域と最終的にWRC-19の検討対象として合意された候補帯域は次のとおりである。16 [4]
図6 WRC-19の新議題として合意した5G候補帯域
(出典)総務省資料
上記候補帯域の中からWRC-19で5G用周波数を特定するため、WRC-19会期のITU-Rでの技術検討では、候補帯域における共用検討に先立って、5Gの技術仕様とともに24.25-86GHzにおける周波数需要(=必要な帯域幅)の算出も進められた。この算出は、既存システムとの共用の必要性を示すばかりでなく、必要な帯域幅の目安が分かることで、不必要な共用検討の回避など効率性の向上も期待できる。[5]
以下では、議題1.13の候補帯域のうち、WRC-19で最も解決が困難な課題の一つと言われた24.25-27.5 GHz帯を取り上げ、その中で最も問題となった、5Gの新規参入と隣接帯(23.6-24 GHz)で運用中の地球探査衛星(受動センサー)の保護のための共用検討について述べる。
受動センサーは、本候補帯域のアウトバンドで使用されているが、電波の発射を禁止された帯域で運用されており、陸域水蒸気量や海面水温の観測等に使用され、衛星から電波を発射して反射波を受信するのではなく、地球側から自然に放射される微弱な電波を受信する非常に感度のよいセンサーである。地上で多数の5G基地局が設置された場合、発射される帯域外の不要輻射の総和がどれ程の電力になり、この受動センサーに影響を与えるかが焦点となった。しかし、共用検討に使用された5G基地局や受動センサーの参照モデルだけでは様々な運用形態(例えば、5Gの基地局密度、仰角運用等)が仮定できたこと、また、5G基地局装置の開発結果及び実運用中の受動センサーの実力レベルが非開示であったことから、5G導入を優先する国と既存の受動センサーの保護を優先する国とで共用検討の結果が乖離した。このため、ITU-Rの検討結果をまとめたCPMレポートにおいても、APTのWRC準備会合で作成された共同提案においても受動センサーの保護条件を特定するには至らなかった。
WRC-19では、5G導入を優先するCITEL(米州)、ASMG(アラブ)、ATU(アフリカ)、韓国等と、受動センサーの保護を優先するCEPT(欧州)、RCC(旧ソ連)、中国との乖離が埋まらず、デッドロック状態に陥った。日本は、移動通信事業者と受動センサーを運用するJAXAの意見が反映されたためこれらの中間的な立場となり、不要輻射の制限値を一位に決めず、幅値で提案した。
図7 各地域・国の提案する不要輻射制限値(5G基地局)
このような硬直状況が1か月の会議終了日の直前まで続いた。最終的には、WRC議長17が仲裁する地域グループ代表者会合で双方の利用実態や装置の実力レベルを踏まえた全体妥協案「世界分配パッケージ」18が作成され、決着した。その中で、不要輻射制限値は当初-33 dBW/200MHzに設定し、2027年9月1日以降に-39dBW/200MHzを適用するとされた。[6]
本議題では、IMT導入を優先する地域と既存業務の保護を優先する地域とで勢力が二分され、地域グループ間の対立が会期終了直前まで続いた。地域グループは、本来、WRCへの準備のため、予め各地域で調整/合意した提案をWRCに行い、円滑なRR改訂を目指すものである。そのため、各地域のコーディネーターは、自地域の意見を取りまとめ、他地域と調整を行うことができる。しかし、一旦地域グループで決定した共同提案であるため、リアルタイムで進む会議での交渉に地域のコーディネーター(あるいは、そのコーディネーターが属する国)の判断だけで容易に妥協できないという側面が逆に表面化したものと考えることができる。
さらに、一地域/国が妥協しても他が折れないから自分も降りない、あるいは、移動通信システムはWRCで世界的に周波数特定がされなくても国内問題として最低限の事業展開はできるといった心理も影響し、問題解決を難しくしていると考えられる。実際に、米国は、24GHz帯を既に周波数オークションにより自国の事業者に独自の使用許可を与えていたため、米国は妥協が困難な状況に陥っていた。19
APTにおいては、WRC開催前の準備会合の時点から同様の事態に陥っており、グローバルな対立関係を内包する地域と言うこともできる。
前章では、無線通信の国際規律の策定過程において、WRCでの3つの代表的な対立構造を取り上げた。2000年代前半には、①新規・従来システム間の対立構造を基本とし、②隣接国間の対立が問題となり、2010年代後半には、③地域グループ間の対立が表面化した。本章では、これらの対立構造が国際規律の合意の考え方にどのような変化をもたらしたかを考察するとともに、課題や問題点を整理して今後の望ましい方向性を探る。
6.1.コンセンサス方式の進化第3章でも述べたように、ITUでは旧来から、各加盟国等のステークホルダーが集まり、極力、投票20に依らず、反対意見の表明のない「コンセンサス」により承認する方式を採る。このコンセンサス方式は、解決の難しい技術的課題においても会議出席者が歩み寄ることにより妥協点を見い出し、この結果として策定されるRRを各国等ステークホルダーが遵守するメリットがあるが、利害対立の大きい議題では、加盟国間の合意に至るまで長時間を要す場合もある。以下では、この旧来からの伝統的なコンセンサス方式を、個々の加盟国等からなる集合体としての承認方式として「慣習によるコンセンサス方式」と呼ぶこととする。
2010年代になると、全ての加盟国の合意の取り付けに時間を要すデメリットを改善し、WRCで円滑なRR改訂等を目指すため、各地域グループでは、それぞれ自らの地域に関わる課題の解決法をそれぞれのグループ内で予め調整/承認するメカニズムを発展させた。この結果、2010年代のWRCでは、各地域グループが代表して地域の共同提案を説明し、地域間での合意を図るコンセンサス方式(「地域グループによるコンセンサス方式」)が定着した。一方で、前章のWRC-19のケースにあるように、地域グループによるコンセンサス方式は、地域間の対立によるデッドロックを引き起こす弊害も現れ始めている。
また、地域グループによるコンセンサス方式では、グローバル企業の優位な関与も懸念されている。[1] 欧米主要国や中国、韓国等のグローバル企業は、他の発展途上国や新興国の無線通信政策の下支えをするとともに、WRCでは当該国及びその国の属する地域グループの代表として発言することができる。一方で、こうしたグローバル企業は、加盟国や地域グループとしての発言を活用したグローバルな標準化戦略活動を展開し、自らの企業戦略を遂行している。こうしたグローバル企業は無線通信の標準化をリードする反面、その影響力が強固であるため、グローバル企業を有しない加盟国や新興企業等にとって、新たな無線システムの標準化やその自由な開発競争が阻害される恐れも懸念されている。
6.2.技術検討の改善5.1節で述べたように、HAPSシステムの新規参入では、共用相手となる固定衛星事業者の強い反対を受けたが、その理由は、将来の衛星地球局の置局や運用に制約がかかるという定性的な主張であった。また、近年、新規あるいは既存システムの技術仕様や装置の実力レベルが不明のため、妥協点の見い出しや共用検討の収束に長時間を要すケースが出ている。一方で、直近のWRC-19では、5.3節で述べた5Gの周波数需要や世界分配パッケージのように、将来需要や実際の利用実態を踏まえた議論により合意に達しており、改善されつつある。
今後、より高い周波数帯域で衛星システムと地上システムの共用が進展すると見込まれる中で、新規システムや既存システムがその参照モデルにマージンを多く含めた状態で検討を進めても、共用困難との結論が容易に導出されたり、デッドロックに陥る可能性がある。各国の周波数利用の実態調査により実際に運用されている既存システムの特定を図るとともに、適切な需要予測に基づき新規システムの収容を図ることが課題となる。
この際、新たなシステムの導入促進を図ることは言うまでもないが、グローバル企業等の新システムの導入ばかりが優先され、既存業務の保護が疎かになることがないよう注意を払う必要がある。
6.3.対立構造に共通的な課題と望ましい方向性今後、前述のようなデッドロックの回避とデッドロックに陥った場合のコンセンサス形成のための機能強化が課題となる。この場合、例えば、議題コーディネーターを活用した更なる情報交換・調整を促進することや、議長仲裁会合の権限強化などが対策として考えられる。これと同様に、第三地域や日中韓など隣接国同士の問題解決を促すには、合意が見込めそうな候補帯域を予め設定するため、各国関係者との事前の政策調整を有効に活用することが考えられる。
知の探究等を目的とする科学業務や災害等に利用される衛星業務の継続性確保と、技術革新の目覚ましい地上システムの新たな需要の収容との両立性確保の判断は、今後ますます見極めが難しくなっていくと想定される。こうしたケースに備え、経済的な価値だけでは判断できない科学業務や衛星業務の評価の在り方や、既得権益に捉われない実態に即した柔軟な共用の検討促進が期待される。
欧米主要国や新興国のグローバル企業が国際標準化を優位に進める中で、衛星システムと地上システム間の対立構造は鮮明になりつつある。各国が国内問題として独自の技術基準で地上システムの周波数オークション等を先行実施することは、かえってWRCでの妥結を複雑化・困難化させるリスクとなる。無線システムのグローバルな展開を狙う企業等を有す加盟国は、WRCに参画するステークホルダーとの国際的な協調作業が必要となること念頭においた節度ある国内対応が望まれる。
本稿では、RRの改訂を巡る国際的な対立構造を分析した。このような対立が近年顕在化してきた背景には、移動通信システムの急速な普及や広帯域化がある。追加帯域や高い帯域確保が必要となることで、その帯域で運用中の既存の衛星システムとの共用が生じる。しかし、高い帯域での新たな共用検討は、適切な保護基準や参照モデルが整備されていないことが多くなり、短期間での適正な共用検討は難しくなっている。また、欧米主要国や韓国、中国の製造業者により5G基地局等の無線装置のブラックボックス化が進み、開発中の実機データの入手も容易でなくなり、共用検討は難航する。
このような状況にあって、国際的な対立が深まるリスクとして、既存システム側が過剰な保護を求め、新規参入側が既存システム保護への適切な配慮を怠る場合がある。また、干渉発生リスクの高い近接国間の調整では、政策の相違等により調整不能に陥る場合がある。こうした事態を回避する方策としては、合意が見込めそうな候補帯域を設定すること、そのため、隣接国等の周波数利用状況を調査し、十分な余裕をもって周波数選定や共用検討を進めて調整を図ることなどがある。最近強まる地域グループ間の対立については、地域グループが一旦決定した共同提案は容易な変更が難しくなることを踏まえると、重要議題については議題コーディネーターのポストを獲得し、WRCの会議開催前の早い段階から反対の立場の地域グループの情報収集及び調整に努めることが考えられる。
また、本稿では、国際規律の合意に当たっての考え方の変遷についても考察し、従来の慣習によるコンセンサス方式から地域グループによるコンセンサス方式への進化、将来需要や利用実態を踏まえた技術検討への改善状況について明らかにした。
1 早稲田大学国際情報通信研究センター
2 The ITU、“Regionally harmonized bands”、 https://www.itu.int/en/ITU-R/information/Pages/emergency-bands.aspx (accessed、December、2019).
3 国際電気通信連合条約では、「連合の会議、総会及び会合の一般規則」の「投票権」において、「構成国によって正当に委任された代表団は、会議、総会又は他のすべての会合において、一の票を投ずる権利を有する」とある。
4 総務省、“電波利用ホームページ ITU-R”、 https://www.tele.soumu.go.jp/j/adm/inter/itu-r/index.htm (accessed、December、2019).
5 各国は、各地域標準化グループ内で自国の提案が受け入れられず、共同提案とならなかった場合であっても、当該提案をWRCに直接提出することができる。
6 CEPT (Conference of European Postal and Telecommunications Administration ) :欧州郵便・電気通信主管庁会議
7 CITEL (The Inter-American Telecommunication Commission) :米大陸諸国間電気通信委員会
8 APT (Asia Pacific Telecommunity) :アジア・太平洋電気通信共同体
9 RCC (Regional Commonwealth in the field of Communications) :(旧ソビエト連邦構成国による)合同通信地域連邦
10 ATU (African Telecommunications Union):アフリカ電気通信連合
11 ASMG (Arab Spectrum Management Group): アラブ周波数管理グループ
12 地表面から自然に放射される微弱な電波を観測する感度の高い衛星搭載用センサー。これに対し、能動センサーとは、搭載された衛星から自ら電波を発射し、地表面で反射される電波をとらえて観測するもの。
13 その後、WRC-03では、ロシア、韓国等8カ国が加わり、第一地域及び第三地域で計20カ国に分配された。WRC-07で27.9-28.2GHz(↓)の追加分配が確定し、第二地域でも使用可能となった。WRC-15では、HAPS用ゲートウェイ回線への周波数として6GHz帯が豪州等4か国に分配された。直近のWRC-19では、WRC-23の新議題として、HAPSの航空用周波数及びIMT用の追加周波数の分配の検討が設定された。
14 WRC-03議長はカナダのRawat氏
15 超高速:現在より100倍速いブロードバンドサービスを提供(最大10GBps)、多数同時接続:身の回りのあらゆる機器がネットに接続(100万台/km2)、超低遅延:リアルタイムに遠隔地のロボット等を操作・制御可能(1msec程度)
16 日本提案の6-20GHz 帯は既存業務との共存が難しく、ミリ波帯で十分必要帯域を確保できると欧州、旧ソ連、アラブ地域が反対したため外れた。日本、韓国及び米国が推した27.5-29.5GHz帯は既に全世界的な衛星利用が進展していると欧州、旧ソ連地域等が反対したため外れた。欧州等は本帯域を同じくWRC-19の新議題「移動する地球局(ESIM)」の候補帯域としていたため、5G用としてはこの隣接の24.25-27.5GHz帯を提案した。なお、RR上移動通信システムは、WRCで世界的に協調された周波数として特定されなくとも国内問題として当該国内での事業展開は可能である。
17 WRC-19議長はエジプトのBadawi氏
18 上記以外の主な項目:適用される5G帯域(24.25-27.5 GHz)、5G屋外基地局のポインティング精度は通常水平以下に制限、5Gの運用は既存・将来とも受動センサーを保護、各国は受動センサー保護のためガードバンド等の追加措置を各国は検討、技術・運用特性の定期的見直し等(下線は努力規定)
19 総務省、“世界情報通信事情「5G」”、https://www.soumu.go.jp/g-ict/item/ltedevelopment/index.html (accessed, June, 2020)
20 国際電気通信連合条約では、「連合の会議、総会及び会合の一般規則」の「投票権」において、「構成国によって正当に委任された代表団は、会議、総会又は他のすべての会合において、一の票を投ずる権利を有する」とある。