Journal of Information and Communications Policy
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ISSN-L : 2432-9177
Data Assets and Firm Markups:
Quantitative Analysis
Hiroshi OHASHITsuyoshi NAKAMURA
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2020 Volume 4 Issue 1 Pages 33-46

Details
Abstract

近年、欧米では企業のマークアップ、すなわち限界費用に対する価格の水準が上昇し続けている。これに対して日本企業のマークアップには、目立った上昇が見られない。欧米におけるマークアップの特徴として、特にマークアップの高い企業がさらにマークアップを高め、かつ市場シェアを拡大していることがある。そしてこのような傾向の源泉としては、データ資産を有効に活用する企業の存在が指摘できる。データ資産の活用は、他社との差別化を可能にし、より顧客の嗜好に合う製品・サービスを提供しながら、マークアップを高めるとともに市場シェアの拡大にも寄与する姿が見て取れる。顧客との取引データなどのデータ資産がこれによってさらに蓄積され、更なる活用を通じて一段とマークアップの上昇がもたらされていることになる。

わが国における企業のマークアップが欧米企業と大きく異なる傾向をもつのは、このようなデータ資産の活用が有効になされていないためではないか、という問題意識のもとに、日本企業におけるデータ資産とマークアップの関係を定量的に分析する。データ資産の保有状況や活用状況については、総務省情報通信政策研究所が実施した「データの活用に関する調査」によって得られた2018年度の状況に関するデータを用い、マークアップについては財務データを用いて推計した値を用いた。分析対象となる企業には、製造業企業、非製造業企業の双方が含まれる。

分析の結果、データ資産の保有量はマークアップと相関を持たず、日本企業においてはデータ資産がマークアップの上昇につなげられていないことが明らかになった。データの利用頻度が高い企業の場合は、相対的にはデータ資産とマークアップの相関が強まるものの、有意とは言い難い。また、データの処理方法としてAIなど高度なものを用いているか否かにかかわらず、同様にデータ資産とマークアップの相関は見られないという結果となっている。

その一方で、マークアップの代わりにTFPについて分析したところ、データ資産を多く保有する企業では、TFP水準が有意に高い傾向が見られた。以上の分析より、日本企業は、保有するデータ資産を事業の効率化やコストダウンなど、生産性の向上のためには活用できているが、他社と差別化された製品・サービスを提供し、収益性を高めることにはつなげられていないのが現状であるといえる。

Translated Abstract

In recent years, corporate markup, that is, the level of price against marginal cost, has continued to rise in Europe and the United States. On the other hand, the markup of Japanese companies does not show a noticeable increase. A characteristic of markup in Europe and the United States is that companies with particularly high markups are further increasing their markups and expanding their market shares. And as the source of such a tendency, it can be pointed out that there are companies that make effective use of data assets. It can be seen that the utilization of data assets makes it possible to differentiate from other companies, provide products and services that better suit the tastes of customers, enhance markup, and contribute to expanding market share. Data assets such as transaction data with customers will be accumulated, and utilization will bring about further increase in markups.

In this paper, based on the above awareness of the issues, while treating the data held by companies as one of the important input factors in corporate activities, we assess the impact of data assets such as customer information and transaction records on the profitability of Japanese companies.

1.はじめに

新型コロナウィルス感染拡大のなか、経済のデジタル化が一気に進んでいる。外出自粛が長引くなかで、経済活動の多くがデジタル化されるようになり、それと共に、AI(人工知能)の社会実装が世界的なスケールで進められている。データ解析技術や機械学習などの急速な発展に伴って、企業にとっての新たな投入要素としてのデータの価値に世界の関心が集まっている。AIネットワーク社会推進会議 AI経済検討会(2020)では、わが国のICT(情報通信技術)に対する投資が十分でなく3、従って生産性向上に対する効果も限定的であったとの指摘があった。データを無形資産として活用することがどれだけ企業の収益を生み出すのか、わが国においても知見を蓄えながら、企業のビジネスモデルのあり方を再構築する必要がある。

本稿では、上記の問題意識を踏まえつつ、企業が保有するデータを企業活動における重要な投入要素の1つと扱いながら、顧客情報や取引記録といったデータ資産がわが国企業の収益性に与える影響を定量的に分析することを目的にする。企業の収益性には幾つもの指標がある。例えばEBIT(利子支払い前・税引き前利益)を使った利潤率や資本の投資収益率などが考えられるだろう。本稿では、マークアップに着目する。マークアップとは、限界費用に対する価格の大きさであり、企業の価格設定力を示すと共に、企業が生み出す付加価値も表している。例えば、同業他社と差別化された製品・サービスを提供できている場合には、費用に対して高い価格がつけられるため、マークアップの水準も高くなる。後に見るように、欧米の企業においては近年このマークアップの上昇傾向が続いており、その背景に関して様々な議論が展開されている4

Nakamura and Ohashi (2019)は、2000年代以降のわが国企業のマークアップについて分析を行い、目立った上昇傾向は見られず停滞している等、日本では欧米とは異なる様相が見られることを報告した。本稿では、このような日本企業の現状をデータ資産の活用という観点から実証的に分析する。具体的には、AIネットワーク社会推進会議 AI経済検討会 データ専門分科会5における検討・分析を踏まえ、総務省情報通信政策研究所が実施した「データの活用に関する調査」において把握された企業のデータ保有量と、その企業のマークアップとの間にどのような相関関係が見られるかを定量的に明らかにすることを主眼とする。データ資産と企業のパフォーマンス指標の関係については、生産関数ないし生産性との関連で分析された先行研究はいくつかある(例えばBrynjolfsson and McElheran (2016)Müller, Fay, and vom Brocke (2018)など)が、本稿ではマークアップの観点から分析しているところに特徴がある。

マークアップは費用に対してどれだけ高い価格がつけられるかを示す指標であるため、マークアップが高いということは、より高い利益を得ることにつながる。日本企業については、優れた生産技術を持ちながら、それを収益につなげることが課題になっていると長く言われてきた(例えば、経済産業省(2010))。マークアップに着目することで、日本企業が直面する課題について、本稿の分析を通じて何らかの政策的含意が浮き彫りにされることが期待される。

さらに本稿では、データ資産は単純な保有量だけでなく、それをどのように活用しようとしているかにも着目する。同じデータ資産を保有する場合でも、その企業の収益に対する貢献は、かなり異なることが予想される。データは単に保有するだけでは十分な意味を持たず、何らかの加工や処理を経て、企業の意思決定に役立つ情報を引き出す必要がある。Bajari, et al. (2019)では、収集するデータの範囲や時間的な長さ、データ活用に補完的な投資や組織慣行が、データを利用した予測の精度を高める上で重要であることを指摘している。このように、データ資産とマークアップの関係は、活用するデータの属性や活用方法によっても左右されるため、本稿ではこの点についての検証も行うことにする。

本稿の構成は以下の通りである。第2節では、分析の背景にある日本企業のマークアップの推移について概観する。第3節では、使用するデータ及び分析枠組みを提示する。第4節では主要な結果とその含意について述べる。第5節はまとめである。

2.わが国企業のマークアップ

企業のマークアップについては、近年多くの分析がなされ、その結果に注目が集まっている6。これらの分析は、いずれも特定の産業に限定せず、各国の経済全般を対象に、比較的長期の動向を探っているという共通点を持つ。1950年代まで遡るアメリカ企業のデータを用いたDe Loecker, Eeckhout, and Unger (2020)や、2000年以降の主要先進国の企業データを用いたIMF (2019)では、経済全体で集計されたマークアップ(個々の企業について推計されたマークアップを、それぞれの売上高シェアをウェイトとして加重平均したもの)について、次の点が観察されている:

  • (観察事実1) 近年(De Loecker, Eeckhout, and Unger (2020)では1980年代以降、IMF (2019)では分析対象期間を通じて)集計されたマークアップは上昇傾向を続けている。
  • (観察事実2) このマークアップの上昇は、特にマークアップの高い企業において顕著であり、かつそのような企業の売上高シェアが拡大していることが主な要因となっている。

これらの観察事実の背景にある要因として、Crouzet and Eberly (2019)は無形資産の役割に注目している。データ資産をはじめとする無形資産は、効果的に活用されることで自社の製品・サービスを他社と差別化し、マークアップを高めることに資するものとなっている。そして無形資産には、スケーラブルである(Haskel and Westlake, 2018)という特徴があり、ひとたび構築されると、その規模を拡大して生産性を高めることが容易である。

例えばある企業が自社で保有するデータ資産を活用して、ある自社製品を顧客の好みに対応して提供できるようになると、その情報はその企業の他の製品を提供するときにも活用でき、比較的容易に適用対象を広げることができる。そのため、ひとたびデータ資産の活用によって他社製品に対する優位性を築くことができると、マークアップが上昇するのみならず、市場シェアの拡大も容易になる。顧客情報や取引記録のようなデータ資産は、売上が増えるにつれて蓄積が進み、それらを活用することでさらに他社に対する優位性を強めることができる。このようなメカニズムにより、一部企業は高いマークアップをさらに高め、同時に市場シェアも拡大させていく。データ資産やITを有効に活用し、他社に対する優位性を確立して、高いマークアップと市場シェアを享受している企業を「スーパースター企業」(Autor, et al. (2020))とよぶことがある。欧米諸国に見られる集計されたマークアップの上昇は、そうしたスーパースター企業によって牽引されているということができる。

ところが日本では、上記の観察事実のような傾向は認められない。Nakamura and Ohashi (2019)は、De Loecker, Eeckhout, and Unger (2020)IMF (2019)と同じく、日本企業の大規模パネルデータセットを用いて、2000年代以降のマークアップを推計した。その結果は下の図1のようになる。

(出典)Nakamura and Ohashi (2019)のFigure B1より作成。

図1.日本および主要国のマークアップ

IMF (2019)の結果と比較するために2001年の水準を1とするように基準化を行っているが、先進27ヶ国で集計したマークアップが2001年以降持続的に上昇しているのに対し、日本企業のマークアップは横ばい、ないしやや低下傾向が見られる。また、欧米諸国では集計されたマークアップの上昇をもたらしている高マークアップ企業についても、日本では目立った動きを見せていない。図2にはマークアップの分布における上位10%分位点の推移を示しているが、IMF (2019)の結果では上昇傾向が続いていることが見てとれるが、日本については上昇・下降を繰り返し、傾向としては横ばいという方が適切な様相となっている。日本では、特にマークアップが高い企業といえども「スーパースター企業」とよべるような存在にはなっていないのが現状といえよう。

(出典)Nakamura and Ohashi (2019)のFigure B2より作成。

図2.マークアップ上位10%企業におけるマークアップ

このような、近年のマークアップの傾向における日本企業と欧米企業との違いについて、日本企業の無形資産、特にデータ資産の活用が1つの鍵を握っているのではないか、というのが本稿の問題意識である。GAFAMに代表されるような欧米のスーパースター企業が高いマークアップを実現している背景には、データ資産が有効に活用されているということがあるのだとすると、日本企業ではデータ資産がうまく活用されていない実態があるのではないかとの疑問も湧く。以下では、この点をデータから検証していく。

3.分析枠組みと使用するデータ

本稿における基本的な分析枠組みは:

  
Yi=βXiSi+γZi+ui(1)

のように、企業iのマークアップYiと、企業iのデータ保有量Xiの相関を、マークアップに影響しうる他の企業属性Ziをコントロールした上で検証するというものである。ただしデータ保有量の係数βは、企業iのデータ活用実態Xiに依存しうる定式化を用いる。

データの保有量やデータの活用実態については、2020年2~3月に総務省情報通信政策研究所によって実施された「データの活用に関する調査」で得られた情報を利用する。これは、日本の全上場企業と一部の非上場企業を対象として、各社の2018年度におけるデータ保有量や、活用状況、分析体制などをアンケート調査したものであり、569社(うち製造業企業は174社)から回答を得ている。Siは、2018年度のデータ保有量(対数値)とする。データの活用実態については、以下の3つの変数を用いる。

1つ目は、活用対象となるデータの期間である。調査では、分析に用いるデータの期間を「ほぼその日のデータのみ」から「1年以上前のものも含む」まで、7段階のうちのどれになるかを尋ねている。Bajari, et al.(2019)では、より長期にわたるデータを分析に用いると、同じ顧客について繰り返し情報を得るなどして予測の精度が高まることを論じている。それだけデータがもたらす情報の信頼性が高く、利用価値が高まることが予想される。「ほぼその日のデータのみ」を1とし、より長い期間が回答されるほど大きな値をとるように定義する。

2つ目は、活用対象となるデータの利用頻度である。これは「ほぼ毎日」から「1年以上の間隔」まで7つの選択肢から回答するようになっている。データ資産はスケーラブルであり、同じデータでも繰り返し新たな目的に使うことが可能である。そのため、利用頻度が高いほど、データがマークアップの上昇に貢献することが予想される。この変数は、「ほぼ毎日」を1とし、頻度が高いほど小さな値をとるよう定義する。

最後に、データ処理方法としてどれだけ高度なものを用いているかを表す変数である。データの処理については、「データそのものの閲覧」「時期別に集計、企業規模別に集計等の処理」「統計的な分析(相関分析、分散分析など)」「機械学習・ディープラーニングなど人工知能(AI)を活用した予測」の4種類について行っているかを尋ねている。統計的な分析や、AIを活用した予測を行っていれば、より価値創造につなげる活用ができているものと考えられる。より高度な処理方法を用いているほど大きな値をとるよう、この変数を定義する。なお、これら3つの変数については、活用領域別、あるいはデータの種類別に調査を行っているため、分析ではそれらの回答を平均した値を用いている7

企業のマークアップは、De Loecker and Warzynski (2012)で提唱され、Nakamura and Ohashi (2019)でも採用した手法を用いて推計する。この手法はDe Loecker, Eeckhout, and Unger (2020)IMF (2019)でも採用されており、特定の産業に限らず、包括的に経済全体の企業のマークアップを推計するのに有用なものである。具体的には、日本の上場企業の2000~18年度の財務データから産業別8の生産関数を推計し、得られた生産関数のパラメータと、財務データとして得られる売上高、売上原価の値から、各年の企業ごとのマークアップを推計している。生産関数も通常の財務データから推計に必要なデータを得られることから、財務データが利用できる企業であればマークアップの推計が可能であるという高い汎用性を持つ手法である。データ保有量の水準が2018年度のものであることから、2018年度のマークアップの値をYiとして用いる。なお、このように推計されたマークアップは、時として極端に大きな、あるいは極端に小さな値をとることがある。このような外れ値の影響を取り除くため、分析においてはマークアップが上位1%と下位1%の観測値を除外することとした9

企業属性Ziについては、企業年齢、企業規模、産業ダミーを用いる。Nakamura and Ohashi (2019)では、企業のマークアップは企業年齢が高いほど高い傾向を認めている。企業規模については、2018年度における売上高の対数値を用いる。

4.データの活用は何に貢献しているのか

式を最小2乗法で推定した結果は、表1及び表2のようになる10。表1では、βXiに依存しない定数として推定しており、保有データ量とマークアップの平均的な関係を見ていることになる。係数の値は正であるが有意なものではなく(P値=0.898)、データ資産をどれだけ保有しているかは、マークアップには結びつかないことがうかがえる。

表1.データ資産とマークアップの関係:データ活用実態の差を考慮しない場合
  係数 標準誤差    
保有データ量 0.002 0.017
企業年齢 0.012 0.006 b
企業規模 0.162 0.059 a
決定係数 0.179
観測値数 254
         

(注)被説明変数: 2018年度におけるマークアップ

最小2乗法による推定。標準誤差は、分散不均一性に頑健性を持つもの。

a: 1%有意 b: 5%有意 c: 10%有意

産業ダミーを含む。マークアップが極端に高い(>99%分位点)または極端に低い(<1%分位点)ものは除外して推定。表2表3も同様。

その一方で、データの活用実態によって、保有データ量とマークアップとの結びつきは異なることも明らかになった。表2では、保有データ量とデータの活用実態を表す変数の交差項を用いて、βがデータの活用実態を表す3つの変数に依存する定式化を推定している。3種類の交差項のうち、データ活用の頻度との交差項については有意水準10%で有意に負の係数をとる結果となっている。すなわち、データ活用の頻度が高いほど保有データ量の差がマークアップの差に比較的強く結びつくことが示された。保有するデータを繰り返し活用することで、保有するデータ資産の価値を高めることができているといる。ただいずれにしてもβの値は大きくはなく、有意に正であるとは言い難い。

また、保有データ量とデータ処理方法の交差項については、有意ではない負の値をとっている。高度な手法を用いてデータを活用していても、それが保有するデータ資産の価値の向上や、マークアップの上昇にはつながっていない現状が見て取れる。活用するデータの期間との交差項も、係数は有意ではない。どの程度長い期間のデータを活用するかは、マークアップを左右する要因ではないという結果になっている。ただこの結果については、活用するデータの期間は多くの企業が「1年以上前のものも含む」と回答しており、企業間の差異が少ない変数となっていることに留意が必要である。

表2.データ資産とマークアップの関係:データ活用実態の差を考慮した場合
  係数 標準誤差     係数 標準誤差    
保有データ量 0.016 0.086 0.028 0.023
保有データ量
×活用データ期間
0.002 0.013
保有データ量
×活用頻度
0.012 0.007 c
保有データ量
×データ処理方法
企業年齢 0.011 0.006 c 0.011 0.006 c
企業規模 0.113 0.054 a 0.122 0.053 b
決定係数 0.204 0.209
観測値数 206 214
                 
保有データ量 0.006 0.092 0.045 0.175
保有データ量
×活用データ期間
0.005 0.010
保有データ量
×活用頻度
0.015 0.008 c
保有データ量
×データ処理方法
0.001 0.037 0.016 0.046
企業年齢 0.010 0.005 c 0.011 0.006 c
企業規模 0.108 0.054 b 0.120 0.060 b
決定係数 0.205 0.212
観測値数 237 203
                 

(注)被説明変数: 2018年度におけるマークアップ

a: 1%有意 b: 5%有意 c: 10%有意

表1の注も参照のこと。

表1および表2に示された式の推定結果を総合すると、日本企業においては、第2節で論じたように、データ資産がマークアップの向上に貢献しているとは言えない。しかしながら、データ資産が日本企業のパフォーマンスにまったく貢献していないわけではない。被説明変数をマークアップではなく、企業iのTFP水準として式と同様の式を推定した場合には、表3のように保有データ量が多いほどTFPは有意に高いという結果が得られている11。日本企業においては、データ資産はコストダウンや事業の効率化など、生産性を高める上では役立っているものの、顧客ニーズを的確にくみ取り、すぐれて他社のものと差別化された製品・サービスを提供するところには、まだ目立った貢献をしていないということが示唆される。

表3.データ資産とTFPの関係
  係数 標準誤差    
保有データ量 0.015 0.007 b
企業年齢 0.002 0.001 c
企業規模 0.053 0.017 a
決定係数 0.968
観測値数 254
         

(注)被説明変数: 2018年度におけるTFP(対数値)

a: 1%有意 b: 5%有意 c: 10%有意 

表1の注も参照のこと。

以上見てきたような日本企業におけるデータ資産の貢献について、企業自身はどのように見ているだろうか。「データの活用に関する調査」では、データを活用する上での各段階が、どの程度企業活動に貢献しているか、主観的な認識も尋ねている。その回答を見ると、表4のように、いずれの段階についても半数以上の企業は貢献を認めている12。とりわけ「データの閲覧・集計」の段階は、85%もの企業がその貢献を認識している。その一方で「データの解析・AI活用」については、辛うじて半数の企業が、企業活動に貢献していると答えるに留まっている。データの解析が企業活動に貢献するには、例えば顧客の嗜好を捉えるモデルを適切に構築し、分析に組み込むといった作業が必要であると考えられるが、この部分に課題が見られることが窺える。表2において見られた、データ処理方法が高度であっても、保有するデータ資産をマークアップの向上に活かせていないことについても、同様の課題がその背後にあるものと考えられる。

表4.データ活用段階別 企業活動への貢献度に対する主観的評価
  「とても貢献している」「多少貢献している」と回答したものの割合 (%)
データの収集 75.68
データの加工 61.76
データの閲覧・集計 84.68
データの解析・AI活用 52.41
分析結果の解釈 65.53

5.結び

本稿では、マークアップとの関係に注目して、わが国企業におけるデータ資産の活用状況を分析し、その課題について考察した。欧米企業と異なり、日本企業のマークアップは停滞しており、高いマークアップ率と市場シェアをさらに高めつつあるスーパースター企業といえるような存在も認められない。この差異の背景として、日本企業においてデータ資産が有効な形で収益につながっていないことが指摘できる。マークアップに影響する他の要因を所与とすると、企業が保有するデータ資産の量とその企業のマークアップの間には、有意な相関が見られない。データ資産の活用実態も織り込んで分析すると、データを高頻度で活用している企業については、保有するデータ資産の量がマークアップにつながる傾向が、相対的に強くはなっているが、マークアップを有意に高めるには至っていない。

その一方で、データ資産の保有量はその企業のTFP水準とは有意に正の相関を持つ。つまり、現状において日本企業は、保有するデータ資産を事業の効率化やコストダウンなど、生産性の向上のためには活用できているが、他社と差別化された製品・サービスを提供し、収益性を高めることにはつなげられていないといえる。この点は、データ処理の方法が高度であっても同様である。データ資産の持つ潜在的な価値を収益性の向上につなげるためには、単に得られたデータを集計するだけでなく、分析のために顧客の嗜好を適切にモデル化するなどの作業を経た上で、解析を行うといったことが求められると考えられるが、本稿における分析結果や、企業の主観的な評価からも、現状では十分な対応ができているわけではないといえる。この課題に対応して行くためには、単にデータの蓄積を増やすだけでは不十分であるのはもちろんであるが、さらに企業が自らの事業がどのように収益を生み出すものなのかを踏まえつつ、データから適切な情報を導き出すための枠組みを考えていく必要もあるだろう。

そのためには、企業内でデータ分析部門と他の事業部門の連携を深めたり、データ活用人材を育成したりなど、いくつかの企業戦略や政策対応の方法が考えられる。どのような方策が有効なものであるかの検証は、今後重要なリサーチトピックになりうる。企業のデータ保有・活用実態について、さらに詳細な調査と、それをパネルデータ化して政策評価等につなげていくことも肝要である。

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Footnotes

1 東京大学公共政策大学院院長・大学院経済学研究科教授。AIネットワーク社会推進会議AI経済検討会 データ専門分科会(総務省情報通信政策研究所)主査

2 東京経済大学経済学部教授

3 この点はFukao(2013)にも指摘がある。

4 例えば経済の寡占化、それに含まれるがGAFAM(Google, Apple, Facebook, Amazon and Microsoft)等の巨大IT企業による寡占化、付加価値のある商品を提供するに従って適正価格が上昇している点等。Baker (2019)、Philippon (2019)を参照。

5 主査は大橋である。

6 これらの分析のサーベイとマークアップの経済学的な含意については大橋(2020)を参照のこと。

7 より詳細には次のように各変数を作成している。活用対象となるデータの期間については、「顧客(個人)の基本データ」「顧客等とのやり取りデータ」といったデータの種類別に質問しており、該当するデータを保有している場合に活用するデータの期間を回答することになっている。「ほぼその日のデータのみ」を1とし、「1年以上前のものも含む」を7として、回答のあったものについての平均の値として定義している。

活用対象となるデータの利用頻度については、「経営企画・組織改革」「マーケティング」などの活用領域別に質問しており、該当する事業領域がある場合に利用頻度を回答することになっている。「ほぼ毎日」を1とし、「1年以上の間隔」を7として、回答のあったものについての平均の値として定義している。

データ処理の方の高度については、データの種類×活用領域別に、4種類の方法の利用有無を尋ねている。最も高度な方法と考えられる「機械学習・ディープラーニングなど人工知能(AI)を活用した予測」を利用していれば4、その利用がなく、次に高度であると考えられる「統計的な分析(相関分析、分散分析など)」の利用があれば3、「時期別に集計、企業規模別に集計等の処理」までであれば2、「データそのものの閲覧」までであれば1とした上で、回答のあったものについての平均の値として定義している。

8 産業区分には、日経業種コードの中分類を用いている。

9 代わりにマークアップ率上位5%と下位5%を除外した分析も行ったが、次節で述べる結果と定性的には同じものが得られている。

10 生産関数推定に必要な売上高などの財務データが得られ、なおかつ「データの活用に関する調査」で必要項目に回答している企業に対象が限られるため、観測値数は569よりだいぶ少なくなっている。

11 表2と同様の交差項を用いた推定も行ったが、いずれの交差項も係数は有意ではなかった。

12 表4は、回答のあった企業すべてについて割合を計算した結果を示している。式の推定に用いた企業のみについて見た場合も、「データの収集」75.68%、「データの加工」59.46%、「データの閲覧・集計」84.23%、「データの解析・AI活用」45.91%、「分析結果の解釈」63.35%と、ほぼ表4と同じ結果になる。

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