Journal of Information and Communications Policy
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2021 Volume 5 Issue 1 Pages 199-204

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第204回通常国会において成立した「国立研究開発法人情報通信研究機構法の一部を改正する法律」は、将来における我が国の経済社会の発展の基盤となる、次世代の通信インフラであるBeyond 5G(いわゆる6G)の実現に不可欠な革新的な情報通信技術の創出を推進するため、国立研究開発法人情報通信研究機構について、高度通信・放送研究開発に係る助成金交付業務の対象を拡大するとともに、当該業務並びに情報の電磁的流通及び電波の利用に関する技術の研究及び開発に関する業務のうち一定の要件を満たすものに要する費用に充てるための基金を設ける等の所要の措置を講ずるものである。

1.はじめに

第204回通常国会において成立し、2021年(令和3年)2月11日に施行された「国立研究開発法人情報通信研究機構法の一部を改正する法律(令和3年法律第1号)」は、Beyond 5Gに関する政府方針等を踏まえ、Beyond 5Gの実現に不可欠な革新的な情報通信技術の創出を推進するための所要の措置を講ずるものである。

本稿では、本法律の制定に至る検討の経緯及び論点を紹介した上で、本法律の内容について解説することとしたい。なお、本稿中意見にわたる部分は筆者の個人的見解であることを予めお断りしておきたい。

2.検討の経緯

5G(第5世代移動通信システム)については、「超高速」、「超低遅延」、「多数同時接続」という機能を有する通信インフラとして、2010年頃より標準規格の検討が開始され、我が国においては2020年の商用サービス開始以降、整備が進展している。その一方で、5Gの次の世代の通信インフラであるBeyond 5Gについて、2030年頃の実現に向け、研究開発等の先行投資が米国、欧州、中国、韓国を中心として活発化している。

Beyond 5Gの導入が期待される2030年頃を見据えて、具体的な社会像である「Society 5.01」が提唱されている。これは、「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させることにより、多様なニーズ等にきめ細やかに対応したサービス等を提供することで経済的発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」とされており、それを支える基盤として、あらゆる場所において膨大なデータをリアルタイムに、かつ、安全・確実に流通させることが可能な通信インフラの構築が不可欠となると考えられる。

Beyond 5Gは、これまで技術的に利用が困難だった超高周波数帯を用いて更に高速な無線通信を実現するなど、5Gの機能の更なる高度化に加え、新たな機能として、「自律性(あらゆる機器の自律的連携により、利用者のニーズに合わせた最適なネットワークを構築する機能)」、「拡張性(異なる通信システムがシームレスに繋がり、あらゆる場所で通信可能とする機能)」、「超安全・信頼性(セキュリティ等が常に確保され、障害時等にも瞬時に復旧する機能)」等を具備し、有線・無線が融合した次世代の通信インフラであるとされており、「Society 5.0」時代における通信インフラの要件を満たすものとして、あらゆる産業・社会活動を支える不可欠な基盤となることが期待されている。

図1.産業・社会活動の基盤としてのBeyond 5Gのイメージ

(出典)総務省資料

このようなBeyond 5Gの重要性を踏まえれば、諸外国に遅れることなくBeyond 5Gを自国の技術力に基づいて実現することは、我が国の経済社会の発展に大きく寄与するのみならず、今後不可欠となる技術の確保等は経済安全保障上の観点からも極めて重要である。

その一方で、Beyond 5Gは、5G以前の通信インフラと比較して、超高周波数帯の利用など、その実現に必要となる要素技術の研究開発の難易度が飛躍的に高まるとともに、高い拡張性を実現するため、通信インフラに留まらない、より広範な関連技術との統合が必要になると見込まれる。

これに加え、我が国の通信機器ベンダー等の企業の競争力の低下が指摘されていること2、諸外国においては政府が財政措置を含めた民間支援を発表等していること3等を踏まえれば、政府がBeyond 5Gの実現に向けた取組を積極的に推し進める必要性が高まっている。

こうした状況を踏まえ、総務省は、2020年6月に「Beyond 5G推進戦略 -6Gへのロードマップ-」を取りまとめるとともに 、総務大臣の諮問機関である情報通信審議会は、「新たな情報通信技術戦略の在り方」(2020年8月第4次中間答申)において、我が国の国際競争力強化の観点からも、Beyond 5Gを「戦略的に進めるべき研究領域」の1つとして位置付けて研究開発を積極的に推進することを提言している。また、政府方針でも、「経済財政運営と改革の基本方針2020」、「成長戦略実行計画」、「統合イノベーション戦略2020」(いずれも2020年7月閣議決定)等においてBeyond 5Gに関する投資等の推進が盛り込まれたところである。

3.主な改正の内容

3.1.改正のポイント

Beyond 5Gを実現するための革新的な情報通信技術については、飛躍的な技術的進展を要するものであるがゆえに、その確立への道筋は不確かである。従来、国立研究開発法人を含む国等が主として、このような技術を確立するための基礎的な研究を担ってきたが、国等が有する研究開発リソースは人員、設備等の面で一定の制約が存在する。このため、革新的な情報通信技術の確立に向けては、国による財政支援を通じ、より多くの主体による、多様な視点や発想に基づく研究開発を促進することが求められている。

民間等による研究開発に対して国が財政支援を行うに当たっては、情報通信分野における我が国唯一の国立研究開発法人であり、情報通信技術に関する基盤的な研究開発を自ら行うとともに、官民連携の豊富な経験等を有する情報通信研究機構(以下「NICT」という。)に必要な業務を担わせることが効果的であるが、国立研究開発法人情報通信研究機構法(平成11年法律第162号。以下「NICT法」という。)が規定するNICTの現行の業務範囲には一定の制約が存在する。

具体的には、NICTが外部に研究開発を委託する場合は、広く「情報の電磁的流通及び電波の利用」に関する研究開発を対象とすることができる(NICT法第14条第1項第1号)一方で、NICTが外部の研究開発に対する助成を行う場合は、「役務の提供又は役務の提供の方式の改善」の手段として利用することのできる成果を生み出す研究開発に対象が限定されている(NICT法第14条第1項第10号)。これは、NICTの統合前の法人である旧通信・放送機構が実施していた助成金業務の位置付けを引き継いだ規定であるが、革新的な情報通信技術の創出において重要となる、基礎的な研究に対する助成を十分に実施できない状況にある。

また、民間等に対する研究開発の委託・助成に係る予算については、予算単年度主義の下では、会計年度ごとに予算要求及び執行を行い、外部要因等相当な理由がなければ繰越しは認められない状況にある。しかし、Beyond 5Gの要素技術のような、ハイリスクかつ革新的な技術を創出するための研究活動を効率的かつ効果的に行うためには、研究計画の前倒し執行や年度をまたいだ変更等、研究の進展等に対応した弾力的な支出を可能とすることが極めて重要である。

図2.本法律により設置される研究開発推進基金のイメージ

(出典)総務省資料

上記の課題を解決し、革新的情報通信技術の創出を推進するため、本法律では、国による一定の関与の下、専門的な知見等に基づいた総合調整をNICTが行うことを想定し、NICTについて、①喫緊の研究開発課題であるBeyond 5Gを実現する革新的情報通信技術を集中的に創出するに当たり、民間等に対する研究開発の委託・助成に要する費用を弾力的に支出可能とする研究開発推進基金を導入するとともに、②民間資金のみでは実施が困難な研究開発に対して広く助成を行うことを可能とすることとしている。

3.2.研究開発推進基金の設置に係る改正事項

(1)研究開発推進基金の設置

本法律では、革新的情報通信技術の創出を集中的に推進するため、令和2年度第3次補正予算に計上された補助金300億円により、2024年(令和6年)3月末までの間に限り、NICTの研究開発に関する業務(NICT法第14条第1項第1号、第8号及び第10号)のうち、次の①及び②の要件を満たす業務等に要する費用に充てるための研究開発推進基金(「革新的情報通信技術研究開発推進基金」)をNICTに設置することとしている(NICT法附則第12条第1項)。

  • ① 革新的情報通信技術の創出のための公募による研究開発等に係る業務であって特に先進的で緊要なもの
  • ② 複数年度にわたる業務であって、各年度の所要額をあらかじめ見込み難く、弾力的な支出が必要であることその他の特段の事情があり、あらかじめ当該複数年度にわたる財源を確保しておくことがその安定的かつ効率的な実施に必要であると認められるもの

上記①及び②の要件は、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律(平成20年法律第63号)における研究開発に係る基金の要件に関する規定を参考としたものである。

また、基金の造成は予算単年度主義の特例となることや研究開発上の具体的なニーズ等を考慮し、本法律では研究開発推進基金の設置期間を定めている。具体的には、総務省は、2025年までを「先行的取組フェーズ」と位置付け、Beyond 5Gの主要な要素技術の確立を目指しているところ、その中でも、特に、当面2年間程度の「研究開発の立ち上げ期」における効率的かつ効果的な研究開発の実施が極めて重要となる。このため、「研究開発の立ち上げ期」に対応する2023年(令和5年)3月末までの間、基金を活用して研究開発を実施することとし、後述する研究開発終了後の評価に係る期間も考慮し、研究開発推進基金の設置期間を2024年(令和6年)3月末までとしている。

(2)研究開発推進基金の運用等に関する規定の整備

本法律では、研究開発推進基金の運用の適正性及び透明性を確保するため、①基金の運用によって生じた利子その他の収入金の当該基金への充当、②基金の運用方法の限定、③基金の額が過大であると認めた場合の総務大臣による国庫返納命令、④基金廃止時の残余の額の国庫納付に係る規定を整備している(NICT法附則第12条第2項から第5項まで)。

(3)区分経理に関する規定の整備

本法律では、研究開発推進基金の運用の適正性及び透明性を、財務面においても確保するため、基金に係る業務に関する経理について、NICTの他の業務に関する経理とは区分して行うことを義務付けている(NICT法附則第13条)。これにより、例えば、基金残高や人件費・管理費等の業務コストなどが明確になるとともに、研究開発推進基金の廃止の際に国庫返納すべき残余額の確定が容易となる。

(4)国会への報告等に関する規定の整備

本法律では、毎事業年度、NICTに、研究開発推進基金に係る業務に関する報告書を総務大臣に提出させた上で、総務大臣は、当該報告書について、意見を付して国会に報告することとしている(NICT法附則第14条第1項及び第2項)。

また、これに加え、本法律では、NICTに、研究開発推進基金により実施した研究開発等の成果についても評価させた上で、その評価に関する報告書を総務大臣に提出させるとともに、概要の公表を義務付けている(NICT法附則第14条第3項)。

これは、本法律により構築された、国の関与の下で基金を活用して研究開発等を集中的に推進するという仕組みが、意義あるものとして機能したか否かについて総括を行い、今後の国における研究開発戦略の検討や、革新的な情報通信技術の創出に寄与することを想定したものである。

3.3.高度通信・放送研究開発に係る助成金業務の対象拡大

革新的情報通信技術の創出を推進するためには、役務の提供の方式の改善等の手段として利用することのできる成果を生み出すものか否かにかかわらず、民間資金のみでは実施が困難な研究開発に対して広く助成金を交付可能とすることが必要となることから、本法律では、助成金交付業務の対象を、高度通信・放送研究開発の一部(高度通信・放送研究開発のうち「その成果を用いた役務の提供又は役務の提供の方式の改善により新たな通信・放送事業分野の開拓に資するもの」)から、高度通信・放送研究開発全体に拡充している(NICT法第14条第1項第10号)。

4.おわりに

本法律により、300億円のBeyond 5G研究開発推進基金が創設され、我が国でも本格的に当該分野の研究開発がスタートした。更に総務省は、Beyond 5Gに関する継続的な支援に向け、当該基金も含めて当面5年間で1,000億円超の研究開発予算の確保を目指すこととしている。

本法律を契機に、産学官における多様な主体の参画を得て、Beyond 5Gの早期の実現に向けた研究開発や知財・標準化活動等が加速し、我が国の国際競争力の強化が図られることを期待する。

Footnotes

狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く、新たな社会を指すもので、第5期科学技術基本計画(2016年1月閣議決定)において、我が国が目指すべき未来社会の姿として初めて提唱された。

5G国際標準必須特許件数の約半数を占める上位6社のうち我が国企業は1社のみ、5Gの標準化団体(3GPP)に提出された提案数の約半数を占める上位4社は中国、欧州及び韓国企業であり、我が国企業はかろうじて9位となっている。また、2019年(第1~3四半期)における携帯基地局の世界市場シェアでは、中国、欧州及び韓国の企業5社が97%を占めている。

米国は、バイデン政権の公約の中で、次世代通信技術等へ巨額の研究開発投資(4年間3,000億ドル)を表明。欧州は、6G研究開発プロジェクト「Hexa-X」を2021年1月から2023年6月まで実施。中国は、2019年11月、政府主導で「6G技術研究開発推進活動チーム」等が設立。韓国は、2020年8月、「6G R&D推進戦略」を公表し、5年間で2000億ウォン(約200億円)をコア技術開発に投資するとしている。

 
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