2021 Volume 5 Issue 1 Pages 205-217
第204回通常国会において成立した特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の一部を改正する法律は、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が増加する中で、発信者情報の開示請求についてその事案の実情に即した迅速かつ適正な解決を図るため、①発信者情報の開示請求に係る新たな裁判手続を創設するとともに、②開示請求を行うことができる範囲を見直す等の措置を講ずるものである。
①については、近年、SNSの普及等により、法制定時と比べて、誹謗中傷等の権利侵害が増加・深刻化する傾向にあること等を踏まえ、現在、発信者の特定には2回の裁判手続を別々に経る必要があるのを、「一つの裁判手続」により行うことを可能にするとともに、書面審理等を適切に活用することにより、裁判所の迅速な判断を可能とする仕組みを設けるものである。
②については、近年普及している大手SNSには、そのシステム上、実際に投稿を行った際の通信記録の保存は行わず、アカウントにログイン等したときの記録のみを保存している「ログイン型サービス」が多いこと等を踏まえ、開示請求の相手方として、「ログイン型サービス」のアカウントにログイン等したときの通信を媒介等した者を追加すること等により、被害者救済をより一層円滑ならしめるものである。
令和3年4月28日に公布された特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の一部を改正する法律(令和3年法律第27号。以下「本法律」という。)は、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が増加する中で、発信者情報の開示請求についてその事案の実情に即した迅速かつ適正な解決を図るため、発信者情報の開示請求に係る新たな裁判手続を創設するとともに、開示請求を行うことができる範囲を見直す等の措置を講ずるものである。
本稿では、本法律の制定に至る検討の経緯及び論点を紹介した上で、本法律の各改正事項の概要について解説することとしたい。なお、本稿中意見にわたる部分は筆者らの個人的見解であることを予めお断りしておきたい。
図1.特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律の一部を改正する法律の概要
特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(平成13年法律第137号。以下「法」という。)は、平成13年の制定当時、インターネットを通じた情報流通の急速な拡大に伴い、インターネット上で他人の権利が侵害されるという負の事象が顕在化していたことを背景として、特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害された場合に、当該特定電気通信による情報の送信を防止する措置を講じた特定電気通信役務提供者は、当該情報の発信者に生じた損害について賠償の責めに任じないこととするとともに、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、一定の要件を満たす場合に限り、関係する特定電気通信役務提供者に対し、当該特定電気通信役務提供者が保有する当該権利の侵害に係る発信者情報の開示を請求することができること等を定めたものである。
その後、総務省は、情報通信技術の進展等を踏まえ、平成23年、平成27年及び令和2年に特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第四条第一項の発信者情報を定める省令(平成14年総務省令第57号)を改正し、開示を請求できる発信者情報を追加することにより開示範囲を拡大する等の見直しをしてきた1。
さらに、令和2年4月、近年のインターネット上の情報流通の増加や、情報流通の基盤となるサービスの多様化、それに伴うインターネット上における権利侵害情報の流通の増加を受けて、総務省は、発信者情報開示制度の見直しに向けた検討を行う「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を開催することとした。
同研究会においては、現行において裁判を通じて発信者情報の開示を請求する場合、一般に、発信者が侵害情報を流通させたSNSや電子掲示板等を運営するプロバイダ(以下「コンテンツプロバイダ」という。)に対する発信者情報開示仮処分(以下単に「開示仮処分」という。)の申立てを行い、当該申立てが認容された後、当該発信者がSNSや電子掲示板等に侵害情報を記録等する通信を媒介したプロバイダ(以下「経由プロバイダ」という。)に対する発信者情報開示請求訴訟(以下単に「開示請求訴訟」という。)を提起するという、二段階の手続を経ることが必要となっており、被害者にとって時間やコストの面で負担となっているという課題に対処するため、一つの裁判手続により侵害情報の発信者を特定することを可能とすること等について議論が行われた。令和2年7月には議論の内容を「中間とりまとめ(案)」として公表し、その中では、「今後、被害者の救済の観点のみならず発信者の権利利益の確保の観点にも十分配慮を図りながら、様々な立場からの意見を幅広く聴取して、法改正により新たな裁判手続を創設することについて、創設の可否を含めて、検討を進めていくことが適当」とされた。
その後、同研究会は、新たな裁判手続の具体的な制度設計等について検討を進め、令和2年12月に「最終とりまとめ」を公表した。最終とりまとめにおいては、発信者の権利利益の確保に十分配慮しつつ、迅速かつ円滑な被害者の権利回復が適切に図られるようにするという目的を実現するために、「開示可否について1つの手続の中で判断可能とするような非訟手続を創設することが適当」とされ、開示請求を行うことができる範囲の見直しについても「法改正及び省令改正を行うことが適当」とされた。
政府は、この最終とりまとめにおける提言内容を踏まえて取りまとめた法案を令和3年2月26日に閣議決定し、第204回国会に提出した。その後、国会における審議を経て、同年4月21日に本法律が成立し、同月28日に公布された。
図2.発信者情報開示の在り方に関する研究会の概要
本法律による改正前の法(以下単に「改正前の法」という。)は、全5条と小規模な法律であるため、章による区分は設けられていなかった。しかしながら、本法律による改正後の法(以下「新法」という。)は、条文数が13条増えて全18条となることから、検索の利便を確保するため、これらの類型ごとに章として構成することとした。
具体的には、まず、第1章「総則」において、新法の趣旨を明らかにするとともに、基本的な用語の定義を定めている。
次に、第2章「損害賠償責任の制限」において、特定電気通信による情報の流通により他人の権利が侵害された場合に権利を侵害した情報の不特定の者に対する送信を防止する措置を講じた特定電気通信役務提供者について、その損害賠償責任が制限される場合等を規定している。
さらに、第3章「発信者情報の開示請求等」において、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が開示関係役務提供者に対して発信者情報の開示を請求する根拠となる発信者情報開示請求権等を規定している。
最後に、第4章「発信者情報開示命令事件に関する裁判手続」において、決定手続により発信者情報の開示を請求することができる発信者情報開示命令事件(以下単に「開示命令事件」という。)に関する裁判手続について定めている。なお、開示命令事件は、訴訟事件2ではなく非訟事件3に該当するものであり、その手続には原則として非訟事件手続法(平成23年法律第51号)第2編の規定が適用されることとなるところ、本章は、非訟事件である開示命令事件に関する裁判手続に関し、同法の特則を定めるものである。
図3.新法の章の構成
近年、SNSの普及等により、約20年前の法制定時と比べて誹謗中傷等の権利侵害が増加・深刻化する傾向にあるところ4、発信者情報の開示請求は一般に裁判上で行われることが多く、特に権利侵害が明らかな誹謗中傷等の事案について、より迅速な被害者救済を可能とすることについての要請が高まっていた。
他方で、発信者情報の開示請求は、開示要件の該当性の判断が容易な事案から高度な判断を要する事案まで様々であり、また、発信者が開示請求についてどの程度争うかも事案により様々であるところ、改正前の法の下では、裁判により発信者の氏名及び住所の開示を受けるためには、訴訟手続を要することとなっている。
さらに、発信者情報の開示請求の裁判は、
ここで、㋐の裁判が終わらなければ㋑の裁判に進めないことは、以下の課題を生じさせている。
4.1.の課題を踏まえ、事案ごとの開示要件の判断困難性や当事者対立性に応じて裁判の審理を簡易迅速に行うことができるようにするため、発信者情報開示請求権(新法第5条第1項及び第2項。以下単に「開示請求権」という。)を前提として、これを実現するための方法として、従来の裁判外での行使や訴訟手続による行使に加えて、非訟手続による行使(新法第8条に規定する発信者情報開示命令(以下単に「開示命令」という。)の申立て)を可能とした。
ただし、開示請求権は実体的権利であることから、その存否を終局的に確定するに当たって当事者に訴訟手続で争う機会を保障するため、開示命令の申立てについての決定(開示を命ずる決定及び開示命令の申立てを却下する決定をいう。以下同じ。)に不服がある当事者は、その取消し又は変更を求める異議の訴えを提起できることとした。
また、4.1.の二段階の裁判手続に係る課題(コンテンツプロバイダとの裁判中に経由プロバイダが保有する発信者情報が消去されるおそれがあること及び同一の要件の該当性の審理を二回行う必要があること)に対応するため、新法においては、裁判所が、コンテンツプロバイダに対する開示命令の申立てをした者(以下「申立人」という。)の申立てを受けて、開示命令より緩やかな要件により、コンテンツプロバイダに対し、当該コンテンツプロバイダが保有するIPアドレス等により特定した経由プロバイダの氏名又は名称及び住所(以下「氏名等情報」という。)を申立人に提供すること等を命じること(以下「提供命令」という。)ができることとした。これにより、申立人は、コンテンツプロバイダに対する開示命令の発令を待たずに、経由プロバイダに対する開示命令の申立てができることとなる。
また、提供命令を受けたコンテンツプロバイダは、申立人から経由プロバイダに対する開示命令の申立てをした旨の通知を受けた場合には、その保有する発信者情報(IPアドレス及びタイムスタンプ等)を経由プロバイダに提供することになるため、経由プロバイダは、コンテンツプロバイダに対する開示命令が発令されるより前に、その保有する発信者情報(発信者の氏名及び住所等)を特定することが可能となる。
さらに、開示命令の審理中に開示を請求している発信者情報が開示関係役務提供者によって消去されてしまわないようにするため、新法においては、裁判所が、開示命令の申立てをした者の申立てを受けて、開示命令より緩やかな要件により、開示関係役務提供者に対し、当該開示命令の申立てに係る開示命令事件(異議の訴えが提起された場合にはその訴訟)が終了するまでの間、その保有する発信者情報を消去してはならない旨を命ずること(以下「消去禁止命令」という。)ができることとした。
図4.新たな裁判手続の創設
裁判所が、権利を侵害されたとする者の申立てを受けて、訴訟手続によるよりも簡易迅速な決定手続により、開示関係役務提供者に対し、新法第5条第1項又は第2項の規定による請求(開示請求)に基づく発信者情報の開示を命ずること(開示命令)ができる旨を規定している(新法第8条)。
4.2.2.国際裁判管轄開示命令の申立てについて、我が国の裁判所に国際裁判管轄が認められる場合を定めるほか、国際裁判管轄が認められるとしても特別の事情があるときには申立てを却下することができる旨及びその管轄権の有無を判断する標準時を定めている(新法第9条)。
なお、同条における国際裁判管轄の定めは、基本的に民事訴訟法における規律と同様のものであり、具体的には、開示命令の申立ての相手方の主たる営業所等が日本国内にあるとき及び日本国内で事業を行う者を相手方とする場合において申立てが当該相手方の日本における業務に関するものであるとき等は、我が国の裁判所に国際裁判管轄が認められる。
4.2.3.国内裁判管轄開示命令の申立てについて、管轄権を有することとなる裁判所を定めるほか、提供命令があった場合等における専属管轄の規律を定めている(新法第10条)。
具体的には、相手方の主たる営業所等の所在地を管轄する地方裁判所に開示命令の申立てについて管轄権を有する旨を定めるほか、管轄権を有する地方裁判所が東日本に所在する場合は東京地方裁判所、西日本に所在する場合は大阪地方裁判所にも、開示命令の申立てをすることができる旨を定めている。
さらに、裁判所が発した提供命令に基づき、当該提供命令の申立人が当該提供命令を受けた開示関係役務提供者から他の開示関係役務提供者の氏名等情報の提供(新法第15条第1項第1号イ)を受けた場合において、当該申立人が申し立てた当該他の開示関係役務提供者を相手方とする開示命令事件(以下「後続事件」という。)は、既に裁判所に係属している当該提供に係る侵害情報についての他の開示命令事件(以下「先行事件」という。)があるときは、当該他の開示命令事件が係属している裁判所に専属することとしている(新法第10条第7項)。これにより、権利を侵害されたとする者が提供命令を活用した場合には、経由プロバイダを相手方とする後続事件は、必ずコンテンツプロバイダを相手方とする先行事件が係属する裁判所に係属することになることから、裁判所は、これらの開示命令事件の手続を併合(非訟事件手続法第35条第1項)した上で一体として開示要件についての審理を行い、開示命令の申立てについての決定をすることができるものである。
4.2.4.開示命令の申立書の写しの送付等裁判所は、開示命令の申立てがあった場合には、一定の場合を除き、当該開示命令の申立書の写しを相手方に送付しなければならないこととするとともに、開示命令の申立てについての決定をする場合には、一定の場合を除き、当事者の陳述を聴かなければならないこととしている(新法第11条)。
4.2.5.開示命令事件の記録の閲覧等開示命令事件の記録について、当事者又は利害関係を疎明した第三者は、裁判所書記官に対し、その閲覧等を請求することができることとしている(新法第12条)。
4.2.6.開示命令の申立ての取下げ開示命令の申立ては、当該申立てについての決定が確定するまで、その全部又は一部を取り下げることができることとするとともに、当該申立ての取下げは、当該申立てについての決定がされた後である場合その他一定の場合においては、相手方の同意を得なければ、その効力を生じないこととしている(新法第13条)。
4.2.7.異議の訴え開示命令の申立てについての決定(当該申立てを不適法として却下する決定を除く。)に不服がある当事者は、当該決定の告知を受けた日から一月の不変期間内に異議の訴えを提起することができることとするとともに、当該訴えについての判決においては、当該訴えを不適法として却下するときを除き、当該決定を認可し、変更し、又は取り消すこととしている(新法第14条)。
また、同条においては、開示命令の申立てについての決定を認可し、又は変更した判決で発信者情報の開示を命ずるもの(以下「開示を命ずる判決」という。)は、強制執行に関しては、給付を命ずる判決と同一の効力を有する旨が定められており(第4項)、これにより、開示を命ずる判決があった場合は、当該判決は執行力5も有することとなる。
さらに、異議の訴えが一月の不変期間内に提起されなかったとき、又は却下されたときは、当該訴えに係る開示命令の申立てについての決定は、確定判決と同一の効力を有する旨が定められており(第5項)、これにより、当該開示命令の申立てについての決定は、既判力6に加えて、執行力も有することとなる。
4.2.8.提供命令開示命令事件が係属する裁判所は、侵害情報の発信者を特定することができなくなることを防止するため必要があると認めるときは、当該開示命令の申立てをした者(以下「申立人」という。)の申立てにより、決定で、当該開示命令の申立ての相手方である開示関係役務提供者(主にコンテンツプロバイダを想定)に対し、以下の㋐・㋑を命ずることができることとしている。
ここで、提供命令は開示命令に付随する処分であるところ、本条においては、その発令の要件を「侵害情報の発信者を特定することができなくなることを防止するため必要があると認めるとき」と規定していている。この要件については、具体的には、申立人が、提供命令が速やかに発令されないと発信者情報が消去されてしまい、発信者を特定することができなくなるおそれがあることを主張・疎明すれば、提供命令の決定を受けることができるものと考えられる。
4.2.9.消去禁止命令開示命令事件が係属する裁判所は、侵害情報の発信者を特定することができなくなることを防止するため必要があると認めるときは、当該開示命令の申立てをした者の申立てにより、決定で、当該開示命令の申立ての相手方である開示関係役務提供者に対し、当該開示命令事件(当該開示命令事件について異議の訴えが提起されたときは、その訴訟)が終了するまでの間、当該開示関係役務提供者が保有する発信者情報を消去してはならない旨を命ずることができることとしている。
ここで、消去禁止命令は開示命令に付随する処分であるところ、本条においては、その発令の要件を「侵害情報の発信者を特定することができなくなることを防止するため必要があると認めるとき」と規定していている。この要件については、具体的には、申立人が、消去禁止命令が速やかに発令されないと発信者情報が消去されてしまい、発信者を特定することができなくなるおそれがあることを主張・疎明すれば、消去禁止命令の決定を受けることができるものと考えられる。
4.2.10.非訟事件手続法の適用除外開示命令事件に関する裁判手続には、原則として、非訟事件手続法第2編の規定が適用されるが、当該手続に関しその適用が除外される同法の規定として、裁判所による手続代理人の資格に関する特則(許可代理)を規定する同法第22条第1項ただし書、手続費用の国庫立替えを規定する同法第27条及び検察官の関与を規定する同法第40条を定めている。
4.2.11.最高裁判所規則開示命令事件に関する裁判手続の細目については、最高裁判所規則で定めることとしている。
改正前の法の制定当時において、同法第4条第1項に規定する発信者情報の開示請求が活用されることが想定されていた主なインターネットサービスは、当時、匿名による他人の権利を侵害する投稿(以下「権利侵害投稿」という。)が問題化していたいわゆる電子掲示板サービスであった。
こうした電子掲示板における権利侵害投稿による被害は現在も多く発生しているが、他方で、近年、特に権利侵害投稿が問題化しているのは、一部の海外事業者が運営する大手SNSである。こうした海外事業者が運営するSNSは、個別の投稿ごとにそれに付随するIPアドレス等のアクセスログが記録されることが多い従来型の電子掲示板等(以下「従来型サービス」という。)とは異なり、そのシステム上、投稿時のアクセスログが記録されず、アカウントへのログイン時やログアウト時等の通信(以下「ログイン等通信」という。)に付随するアクセスログのみを記録していることが多いという特徴がある(以下、こうした特徴を持つSNSを「ログイン型サービス」という。)。
加えて、最近のSNSは、同一のアカウントに対して、異なる通信事業者が提供する複数の通信回線を経由して同時にログインすることが可能であるため、結果として、どの通信事業者が提供する通信回線を通じて権利侵害投稿が行われたかが不明となることが多い。
他方で、改正前の法においては、「開示関係役務提供者(特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が発信者情報の開示を請求する場合において、当該請求の相手方となる特定電気通信役務提供者)」は、条文上、「当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者」(第4条第1項)と規定されているため、改正前の法の下では、仮にログイン型サービスの運営者であるコンテンツプロバイダからログイン等通信に付随する発信者情報(例:IPアドレス及びタイムスタンプ等)の開示を受けることができたとしても、その後の通信事業者に対する開示請求訴訟の審理において、どの通信事業者が改正前の法第4条第1項に規定する「当該特定電気通信(侵害情報を流通させた特定電気通信。以下「侵害投稿通信」という。)」を媒介した通信事業者であるかを確定することができないとして、発信者情報の開示が認められない結果となることがあるという課題があった。
5.2.改正の概要 5.1.の課題を踏まえ、ログイン等通信に付随する発信者情報の開示を通じて被害者を救済する必要性が高まっている状況に対応し、侵害関連通信(ログイン等通信のうち侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内であるものとして新法第5条第3項に規定する総務省令で定めるもの。以下同じ。)を媒介する電気通信役務を提供した者を開示関係役務提供者に追加することとした(同条第2項)。 ただし、侵害関連通信は、侵害情報の発信者が送信したものであるものの、それ自体が権利侵害性を有するものではなく、侵害投稿通信よりも発信者のプライバシー及び表現の自由、通信の秘密の保護を図る必要性が高いことから、新法において新設する特定発信者情報(発信者情報であって専ら侵害関連通信に係るものとして総務省令で定めるものをいう。以下同じ。)の開示請求は、特定電気通信役務提供者が特定発信者情報以外の発信者情報を保有していないと認める場合等にすることができることとした(同条第1項)。図5.開示請求をすることができる範囲の見直し
権利を侵害されたとする者は、現行の開示要件(権利侵害の明白性及び開示を受けるべき正当な理由があること)に加えて、特定発信者情報の開示を要することについての補充的な要件(下記㋐~㋒のいずれか)を満たす場合に、特定電気通信役務提供者に対し、特定発信者情報の開示を請求することができることとしている(新法第5条第1項)。
5.1.のとおり、現行において、ログイン型サービス上での権利侵害投稿について発信者情報の開示を求めて通信事業者に対する開示請求訴訟を提起した場合に「開示関係役務提供者」の該当性が問題とされて請求が棄却されることがあるのは、「開示関係役務提供者」の該当性の判断が、当該通信事業者が個別具体的な侵害投稿通信を媒介したかどうかに着目してなされることによる。
そこで、新法においては、権利を侵害されたとする者は、侵害関連通信を媒介したのみであり、侵害投稿通信を媒介したかどうかは不明である電気通信役務提供者(関連電気通信役務提供者)に対しても、コンテンツプロバイダから開示された当該侵害関連通信に係る特定発信者情報(例:IPアドレス及びタイムスタンプ等)を用いて、発信者情報(例:侵害情報の発信者の氏名及び住所等)の開示を請求することができることとしている(新法第5条第2項)。
5.2.3.侵害関連通信の定義「侵害関連通信」とは、侵害情報の発信者が当該侵害情報の送信に係る特定電気通信役務(SNS等)を利用し、又はその利用を終了するために行った識別符号その他の符号の電気通信による送信(ログイン等通信)であって、当該侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内であるものとして総務省令で定めるものと定義している(新法第5条第3項)。
ここで、ログイン等通信のうち「侵害情報の発信者を特定するために必要な範囲内であるものとして総務省令で定めるもの」を「侵害関連通信」として規定しているのは、ログイン等通信はそれ自体は権利侵害性のない通信であり、侵害投稿通信よりも発信者のプライバシー及び表現の自由、通信の秘密の保護を図る必要性が高いことから、これに付随する情報の開示については抑制的にする必要があるためである。
改正前の法第4条第2項は、開示請求を受けた開示関係役務提供者が侵害情報の発信者から意見を聴取する義務を負う事項として「開示の請求に応じるかどうか」を定めているところ、新法では、これに加えて、侵害情報の発信者が「開示の請求に応じるべきでない旨の意見である場合には、その理由」も聴取する義務を負うこととしている(新法第6条第1項)。
これは、開示関係役務提供者は、開示請求への対応如何について発信者に意見を聴いた場合は、原則としてこれを尊重して対応しなければならないと解されることから、開示請求に応じるかどうかについて発信者の意見を聴き、開示請求に応じるべきでない旨の意見である場合にはその理由も聴取する義務を負うこととすることで、当該理由が示された場合には、開示関係役務提供者は、原則として、それを尊重して対応することが求められることを明らかにしたものである。
6.2.開示命令を受けた旨の通知義務現行において、開示関係役務提供者から侵害情報の発信者の氏名及び住所の開示を受けるためには、開示請求訴訟を提起することが一般的であるが、新法の下では、開示命令の申立てをすることにより発信者の氏名及び住所の開示を請求することが多くなると考えられる。
ここで、開示請求訴訟においては、意見聴取に対し発信者が開示すべきでないとする意見を述べた場合はそれを踏まえた上で、公開対審という手続保障が十分に確保された方式により開示関係役務提供者が争い、その結果として開示判決がなされることとなるが、非訟事件である開示命令事件については公開対審原則が妥当しないから、開示すべきでないとする意見を述べるという形で当該事件の裁判に事実上関与した発信者に対しては、追加的に手続保障を図ることが適当である。
そこで、新法第6条第1項に規定する意見聴取に対して侵害情報の発信者が開示請求に応ずるべきでない旨の意見を述べた場合において裁判所が開示命令を発したときは、当該開示命令を受けた開示関係役務提供者は、原則として、当該発信者に対し、遅滞なく開示命令を受けた旨を通知しなければならないこととしている(新法第6条第2項)。
6.3.提供命令により提供された発信者情報の目的外使用の禁止開示請求権の行使により発信者情報の開示を受けた者は開示された発信者情報を濫用してはならない旨が定められているところ(改正前の法第4条第3項、新法第7条)、提供命令を受けた開示関係役務提供者が当該提供命令に基づいて他の開示関係役務提供者に提供した発信者情報も、個人のプライバシー等として保護される事項であるという点において、開示請求権の行使により開示された発信者情報と異なるものではない。
そこで、提供命令により発信者情報の提供を受けた開示関係役務提供者は、当該提供を受けた発信者情報を、提供命令がその制度趣旨として本来予定している「その保有する発信者情報(当該提供に係る侵害情報に係るものに限る。)を特定する目的」以外に使用してはならないとする義務を課している(新法第6条第3項)。
本法律は、公布の日(令和3年4月28日)から起算して1年6月を超えない範囲内において政令で定める日から施行することとされている。
本法律の施行により、発信者情報の開示請求について、その事案の実情に即した迅速かつ適正な解決が図られるようになることを期待する。
1 平成23年の省令改正により「インターネット接続サービス利用者識別符号」及び「SIMカード識別番号」を、平成27年の省令改正により「ポート番号」を、令和2年の省令改正により「発信者の電話番号」を、それぞれ発信者情報に追加した。また、平成25年には、インターネット選挙運動の解禁等を内容とする公職選挙法の一部を改正する法律の施行に伴い、選挙運動期間中における名誉侵害情報の流通に関する公職の候補等に係る損害賠償責任についての特例(法第3条の2)が新設された。
2 裁判所が当事者の意思如何にかかわらず終局的に事実を確定し当事者の主張する実体的権利義務関係の存否を確定することを目的とする事件(最大決昭和45年6月24日民集24巻6号610頁等参照)。
3 裁判所の取り扱う事件のうち、訴訟事件以外のもの。
4 一例として、東京地方裁判所における開示仮処分の申立て件数は、平成26年度からの5年間で約2.5倍となっている(平成26年度258件→平成31(令和元)年度630件)。
5 給付決定等によって命じられた給付義務を強制執行手続によって実現する効力のこと。
6 確定判決が当事者及び裁判所に対して有する、権利・法律関係の存否に関する判断を不可争とする効力のこと。