Journal of Information and Communications Policy
Online ISSN : 2432-9177
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ISSN-L : 2432-9177
Architecture for User Sovereignty in the Collaborative Digital Society
Jiro Kokuryo
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2023 Volume 7 Issue 1 Pages 53-67

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要旨

ネット経済の黎明期にはユーザ情報探索力の強化によってユーザ主導型のビジネスモデルが勃興することが予想された。しかし、現実にはその後のクラウドコンピューティングを活用したターゲットマーケティングの登場などによって逆に供給者主導の経済圏へと発展していった。利便性高い社会が生まれた一方でスポンサー利益のためにユーザの権利を侵害することへの懸念が広がっている。この状況を改善すべく、Web3.0や自己主権型アイデンティティなどの名の元でユーザに自分についての情報の流れをより有効にコントロールできるアーキテクチャが提案されつつある。政府による規制やビジネスモデル革新と合わせることで、ユーザの権利を守るデジタル社会を目指すことが望まれる。自己主権型アーキテクチャをいち早く標榜し実装した前橋デジタル田園都市においては、技術的対応に加えて情報提供者の意思と利益を守ることを使命とするデータガバナンス委員会の設置などが行われている。これらの取り組みを進める過程で(1)ユーザ主権の保護と使いやすさの相克、(2)ビジネスモデルの構築などが課題として浮かび上がってきた。いずれについても地域共同体の信頼関係とインセンティブ構造の技術的制度的整備による解決が構想できる。

Translated Abstract

At the onset of the Internet economy, there was great optimism that user-centric business models would evolve due to enhanced capabilities in user information searches. However, with the rise of targeted marketing fueled by cloud computing and related technologies, a supplier-centric economic landscape emerged. While this has resulted in a highly convenient society, concerns are intensifying over the infringement of users' rights in favor of sponsors' profits. More recently, technologies such as Web 3.0 and self-sovereign identity have been proposed to counter this issue. When paired with government regulations and innovative business models, these measures are anticipated to pave the way for a digital society that safeguards user rights. Maebashi Digital Garden City stands out as an early adopter of self-sovereign architecture, with a goal of protecting the desires and interests of its citizens.

1.ユーザ主権型データ社会とプラットフォーム主導型データ社会

本論文ではWeb3.0や自己主権型アイデンティティ(self-sovereign identity)などのシステム構築の新しい設計思想によって実現しうるユーザ主権型のデジタル社会の姿について論じたい。ここでユーザ主権型デジタル共助社会とはユーザの意思や利益を尊重しながら、ユーザが自発的にデータ共有等を行いその利益がユーザや社会に還元される社会のことと定義しておく。そしてその思想に具現化に取り組んでいる前橋におけるデジタル田園都市の先行的事例から得られている教訓を分析し、その対処の方向も検討することによって、広く社会的に展開可能なモデル構築に繋げていきたい。

このような検討が今日意義を持つのは、ネット社会が過度に集権的になっているという認識があるからだ。特にGAFAなどと呼ばれる巨大プラットフォームに情報が集中しており、スポンサーである供給サイドに有利な運用が行われることによって、個人や社会の利益に反する結果をもたらしているという批判が強い(Clemons et al., 2022: Zuboff, 2019: Lessig 2019)。民間だけでなく、国による集中についても警戒する声が強い。

この課題の解決が難しいのは、プライバシーを重視しなければいけない一方でデータを社会的に共有することのメリットが大きいからだ。医療、交通、災害対策など多くの分野で個人由来の情報を集積させて分析を行うことでより安全で利便性の高い社会が生まれる。商業的な分野においても個々の人間の行動履歴をプラットフォーム事業者が把握することで利便性の高いサービスが提供されている。その利便性ゆえに個人情報の提供に抵抗感が少ないユーザも多い。そんな矛盾に対して本論文は、ユーザの意思と利益を限りなく尊重する仕組みを作った上で、その安心感のもとにユーザが自発的にデータ共有を進めるインセンティブを提供するシステムの設計論を展開したい。

議論を進める前に過去の経緯を分析しておくことが有用だろう。インターネット商用化間もなくの1990年代にはネット経済はむしろユーザ側により多くの情報を与えて「エンパワー(力を与える)」する存在として期待されていたことだ(Wathieu et al. ,2002)。人間の認知能力や非合理性による課題に警告する向きは早くから存在した(Howells, 2005)一方で、國領(1999)はネットが供給者間を比較しながらより良い商品をより安く入手することを可能とする「情報の非対称性の逆転」現象を起こしてユーザに大きな力を与える可能性を指摘していた。そして、ユーザが情報過多になる状況に対処するために「購買代理」(エージェント)が大きな役割を果たしてその問題を解決していくと予想した。

このようなユーザ主導型の経済構造が実現せずに逆に供給サイドの力が強まった原因として三点挙げることが可能だ。一つは200x代後半に表舞台に登場したクラウドコンピューティングの発展である。物理的にはデータ格納を分散させながらも論理的には統合的にデータを管理できるクラウドコンピューティングはスマートホンの普及によるユビキタスな通信環境とあいまって、ユーザに物理的な所在に関係なく必要な情報にアクセスできる環境を提供した。その利便性の一方でユーザのデータのほとんど全てが少数の巨大プラットフォーム事業者の管理の下におかれるようになった。

第二はクラウドコンピューティングとほぼ同時期に登場したターゲットマーケティングである。これも今日のデータ社会を形づくる上で大きな役割を果たした。広告というビジネスモデルは第一次世界大戦後の民間ラジオ放送とともに広がった必ずしも新しい存在ではないが、個人の検索や行動履歴をベースに個々のユーザにカスタマイズされた広告はテレビ時代のマス広告とは異なって視聴が購買につながる率(いわゆるConversion Rate)が高い手法としてネット社会の代表的なビジネスモデルとなりネット経済の拡大に大きく貢献した。他方で顧客の行動履歴などによって精度を高めていくターゲットマーケティングの手法がユーザを監視し、時には心理的に誘導して購買に結び付けさせようとする監視行為につながっているとの批判も強い(Zuboff, 2019)。特に欧州では法的な規制によってデータ利用を制限しようという動きが活発である。具体的手法はプライバシー侵害を標的とするもの、市場支配力を問題とするものなど、様々であるが、一貫して巨大プラットフォーム事業者によるデータ独占の制限を試みるものと理解できる。

このような批判が無視できないのは、クラウドコンピューティングとターゲットマーケティングの組み合わせが、プラットフォーム事業者に広告主(つまり供給者)に奉仕する形で集まったデータを活用する強いインセンティブを内包しているからだ。プラットフォーム事業者は供給者がより精巧にユーザに広告を届けられるようにユーザの行動を分析しスポンサーに提供することになる。スポンサーの中には営利的な事業者だけでなく、政治的な意図をもって偏った情報を有権者に流布したいものまで含まれる。ネット(特にソーシャルメディア)が民主主義を脅かす存在とすら見られる帰結を生んでいる。構造的なインセンティブが組み込まれている以上、簡単には状況は改善しないであろう。

第三はAIも含めデータが集積することのメリットが大きくなってきたことだ。情報は多くの他の情報と結合した時に価値を増大させるネットワーク外部性(Katz&Shapiro, 1985)を持っている。例えばカルテ情報も個々には当人以外の人間にとっては価値が少ないが、多くの人間のカルテが集積することで、医学的な知見が得られるようになると価値が増大する。蓄積された情報の中から関連性を見出すことに大きな威力を発揮するAI(人工知能)などの発達によって従来は活用できなかったビッグデータも大きな価値を生み出すエンジンとなるようになっており、データ集積がもたらすメリットも大きくなっている。このようなデータのネットワーク外部性が巨大プラットフォーム事業者に規模の経済を与え支配力を強化した。

2.ソシオテクニカルシステムのアーキテクチャ

前章で述べたような技術システムの特性とインセンティブや法令などの社会的仕組みの設計が複合して社会が構成される現象をソシオテクニカルシステム(Bostrom&Heinen,1977)のアーキテクチャの設計問題ととらえることが可能である。ここでアーキテクチャとは複数の下位システムが連携しながら複合的なシステムを形成するにあたっての下位システム間の機能分担と相互作用のインターフェースの構造と定義しておく。そして技術システムと広義の社会的な制度(その中には企業組織など民間によるものも含まれる)が複合して形成される社会的な仕組みのことをソシオテクニカルシステムと呼ぶ(櫻井&國領, 2022)。アーキテクチャという視点を導入した時に本論文のテーマはユーザ主体性確保とデータから得られる利得の還元がユーザにもたらされるアーキテクチャの設計とその実現方法ということになる。

アーキテクチャ概念がデータ社会の構想に有益なのは往々にしてすれ違いがちな技術サイドの設計と社会制度サイドの設計を統合的に議論できるからである。モジュール、インターフェース、分散・集中、フィードバックなど、共通の概念で技術システムと社会システムの両方を記述することが可能である。そして技術システムと制度システムの間でどのような役割分担がなされ、どのようなインターフェースで相互作用を実現するかを規定することによってトータルの社会システムのアーキテクチャを形成することが可能だ。

かつては技術用語の色合いが強かったアーキテクチャという用語が経営学で議論され始まって以来(國領,1999; 藤本&武石&青島,2001; Amit, 2015)、環境政策(Biermann, 2009)や国際安全保障(神保,2011)さらには法学(松尾編, 2017)などでも使われるようになってきた。これはネットワーク化を背景に世界で多くのシステムが結合し、多様な主体や異質の下位システムの結合によって上位システムが形成される場合の構造分析に活用されている。

ICT分野に目を向けると、建築や都市設計などで使われてきたアーキテクチャの概念が情報システムの分野で多用されるようになってきたのは、ハードウェアとソフトウェアの分離や、応用基本ソフトウェアと応用ソフトウェアの分離などが進み、システム全体がモジュール化してきたからと理解できる。下位システムとしてのモジュールがどのように他の下位システムと結合し全体システムを構成するのか、その全体像を規定するのがアーキテクチャということになる。

アーキテクチャが必ずしも同一のシステムを作ることを目指すものではないことには留意しておきたい。むしろモジュールとインターフェースの設計に一定のルールを設けることによって多様なシステムを柔軟に構築しながら、共通の価値観とシステム個別のニーズにより的確に応えていこうとする考え方となる。このような考え方を建築分野からシステム論に大きな影響を与えたAlexander (1964)は“City is not a tree”という表現で表した。トップダウンの計画的な街づくりの限界を指摘し、全ての建物や道路敷設を定めたルールのもとに自己組織的に街の発展を構想したのである。

アーキテクチャの設計問題は設計方針を決める上での重要な変数についての意思決定問題と理解することができる。代表的には何をもってモジュールとするかがある。従来、ハードもソフトも一体設計していたコンピュータを分離構造化したのもアーキテクチャの決定だったし、そのソフトウェアを基本ソフトと応用ソフトに分離したのもそれに該当する。そしてそのようなアーキテクチャの意思決定を行う場合の追求する目的があることも留意しておきたい。例えば基本ソフトと応用ソフトの分離はその決定をアーキテクチャの決定者が行うことによって、現場でのソフトウェア開発者をシステム全体の設計問題から解放して作業効率を上げることにあった(Brooks, 1995)。

インターフェースに標準的なものを使うか、独自のものを使うかというのもアーキテクチャ設計の大きな意思決定ポイントとなる。標準的なものを使うことによって、より多くの他社製品と自社製品をつないでいくことが可能となって自社製品の付加価値が高まる一方で、自社製品に対する競合製品を開発することの魅力も高まってより激しい競争にさらされることもありえる。

他にも重要変数には様々なものがあるが、本稿の論旨に関連したものとして、2022年にWeb3.0をめぐる議論の中で脚光を浴びたのが分散と集中の選択問題である。この点は少し踏み込んで検討してみよう。Web3.0は分散をキーワードに掲げて、クラウドとプラットフォームサービスによる集中的な管理とは異なるアーキテクチャを提起した(Buterin, 2022)。この時に何を分散させるかをはっきりさせないと議論が深まらない。ここでは(1) ID管理(崎村,2021)の分散、(2)データ管理の分散、(3)アルゴリズム管理の分散、の3つの分散を軸に分析することが可能だ。

第一のID管理の分散は本人確認や身元確認などの証拠の管理をプラットフォームなどに委ねるのではなく、本人が自らの端末やクラウド上で管理する方式である。公開鍵暗号方式を採用する場合にはこれは秘密鍵をユーザ自らが管理することを意味している。秘密鍵を有していることをもってアクセスしてきている者が本人であることを証明したり、文書が本人によるものであることを証明したりすることになる。

第二のデータ管理の分散はデータを単一主体の管理に集めて連携をはかる方式ではなく、それぞれのデータを発生源に近い主体のもとに置きながら、必要に応じて連携を行うという考え方である。プライバシー保護をしやすいという以外に、それぞれの種類のデータを最も正確に把握できる主体が管理すればよく、同一の情報があちこちに散在して同期が取りにくくなるといった問題が起こりにくいというメリットもある。

第三のアルゴリズム管理の分散はソフトウェア管理の分散と言っても良い。ソフトウェアがSaaSとして提供されるようになって以来、アプリケーションの管理も急速に集中的に行われるようになった。この状況に対してWeb3.0のスマートコントラクトの考え方は取引が行われると自動的に暗号通貨による支払いが実施されるなどコンテンツとアルゴリズムが一体化した構造を作ることによって特定プラットフォームがアルゴリズムを支配する構造を崩している。

分散-集中の技術的アーキテクチャの選択問題が社会的な意味でのソシオテクニカルのアーキテクチャの選択問題でもあることを指摘しておきたい。Web3.0の技術的アーキテクチャは巨大プラットフォームに依存しないICT活用の生態系を作りたいという明確な目的意識のもとに構築されている。特にID管理をプラットフォームから独立して行う役割分担の構造は今日のICTにおける力関係を根底から変える可能性がある。

3.サイバー文明の到来と持ち寄り経済圏

新しい世代のソシオテクニカルシステムのアーキテクチャを考えるためにも、我々が目指したい新しい社会の姿についてイメージを持っておいた方が良いだろう。ユーザ主権型のアーキテクチャもその文脈に合致した時に実践的な意味を持つようになってくる。

國領(2022)はデジタル経済が(1)ネットワーク外部性、(2)低マージナルコスト、(3)複雑系、(4)高トレーサビリティの四つによって、工業経済とは大きく異なる特性を持っていることを指摘し、それが従来の所有権交換型の経済システムから、アクセス権許諾型の経済システムへの転換を促し、ひいては構成員が自分の持てる資産を他者の用に供しあうことで成立する「持ち寄り経済」が形成されるとした。これもソシオテクニカルシステムのアーキテクチャの一種といえる。シェアリングサービス、サブスクリプションビジネスモデル、XaaS(X as a service)と分類されるサービスモデルなど既にデジタル化が進んだ分野で持ち寄り(アクセス権付与型)経済化の流れは定着しつつあるといっていい。そしてそのような経済においては排他的所有権を有する財の蓄積を競うことが社会全体の富を増やすという競争原理よりも、持てるものがより多くの財を社会の利益のために供出する利他的倫理(altruism)が社会的なウェルビーイングを高める道となる。このような倫理、ひいては法的な枠組みも変化しようとしている今日の現状は文明の転換点と認識することが可能だ。倫理まで見直されつつあるという意味で、我々は近代工業文明からサイバー文明への転換期を生きている。

どうしてそのような文明的転換が想定されるのか、もう少し分析しておきたい。所有権交換経済から持ち寄り経済への転換に直接的に大きな役割を果たすのがトレーサビリティの高まりである(國領,2013)。トレーサビリティは追跡可能性と訳される。経済活動においては生産した商品がどこにいったかを追跡したり、現在手元にある商品がどこから来たかを遡及したりできる能力のことである。これが今日大きな意味を持っているのは近代工業文明におけるトレーサビリティの「低さ」が所有権交換モデルを発達させてきた主たる原因である一方で、ネットワークの発達でトレーサビリティが劇的に高まってきているからだ。

産業革命以来、近代的工場は地域の需要を大きく上回る商品を生産するようになっていった。結果としてより遠くに商品を送って販売しないと投資が回収できなかった。一方で、インターネット登場以前の世界においては地域を超えて商品の行方を追跡できるようなトレーサビリティを実現することは技術的にもコスト的にも非現実的だった。結果として供給者は遠方の誰とも分からない匿名大衆に向けて商品を作り出荷していくことになった。当然のように相手が信頼できない。結果として生まれたのが、商品に排他的所有権を設定しつつ、生産物の出荷時に金銭と交換に所有権を他者に売り渡す方式(いわゆる市場経済)である。工業社会の発展とともに、所有権を確立する民法や、市場経済を発展させる制度的基盤を形成した商法などが発展していった。本論文の論理に従って表現するなら、工業社会は市場経済という大きなアーキテクチャにそって技術システムと制度システムの複合体を発達させていったのである。

市場経済の発達とともに、本来は所有権概念とは必ずしも相性のよくない知的財産権などの無体物も市場取引の対象とされていった。特に音楽などの著作物はデジタル化されると複製しても質は劣化せず、複製コストが低い(低マージナルコスト)ことで価格がゼロになるのが市場原則からすると自然ともいえる(Shapiro&Varian, 1999)。そのような中で、様々な法や制度、時には技術によって情報の複製物の取引に制限がかけられ、希少性を生み出すことによって商品としての取引が成立するようにされた。このようにより多くのものを市場経済の範疇に取り込む努力をしてきたのが工業文明といっていいだろう。

ところが21世紀に入ってネットワークとセンサー技術の発達によりトレーサビリティが大幅に向上しつつある。今や地球のほぼどこに行ってもネットワーク接続が確保されている。これによって広がってきているのが、所有権の移転を行うかわりに財やサービスの機能にアクセスをすることを許すアクセス権付与型ビジネスモデルの発達である。ソフトウェアを手元にもたずにクラウドで提供されているサービスにモバイル端末でアクセスするような形態がごく一般的になりつつある。デジタル商品だけでなく、車、キックボード、バッテリーなど様々なハードウェアがシェアリングサービスとして貸し出されるようになっているが、それが可能なのはそれぞれの製品に通信機能が備わって所有者が自分の貸し出している財が今どこにあるかを把握することができるから可能となっているのだ。

アクセス権付与型(持ち寄り型)の経済モデルが21世紀的文脈で拡大する理由が2点ほど指摘できる。一つはそれが環境問題などで持続可能性が問われる時代と適合していることだ。所有権販売型のビジネスモデルが主流の時には一つでも多くの商品を販売することに力点がおかれていた。そして所有者が使っていないときには寝てしまう多くの商品が稼働率が低いままに寿命を迎えて廃棄されるという無駄を発生させてきた。それがシェアリングモデルのようなアクセス権付与型モデルになると、いったん作られたものはなるべく多くの人間に使ってもらうことが利益につながる。情報技術を駆使してダイナミックプライシングなども行うことで、需要と供給を平準化して稼働率をさらに高めていくインセンティブも働く。

持ち寄り型経済モデルが合理性を持つ第二の理由はより根源的にそれがネットワーク外部性を生かして、デジタルデータが生み出す価値を最大化するモデルだからだ。先に述べたとおり、情報は他の情報と結合することによって大きな価値を生み出す。例えば「A氏が△月〇日にXというレストランにいた」という情報はそれだけではあまり意味を持たないが「A氏は総理大臣である」という情報と「野党党首も△月〇日にXというレストランにいた」という情報と組み合わさると政局に非常に大きな意味を持つことになる。AIなどもデータが集積することで価値が大きくなっていく。

情報だけでなくハードウェアについても例えば携帯電話のような他者とのつながりで価値を生み出すような商品の場合、一つしかないとつながりゼロで価値ゼロである。これが2台あるとつながり1、3台あるとつながり3、4台だと6というように指数関数的に価値が高まっていく。そしてユビキタス社会が到来した今日、ほとんどのハードウェアが接続して相互に機能を高める時代となっている。そしてそのような機能高度化の決め手となるのがデータ共有である。各端末から得られるデータを集積させて分析を行うことで、それぞれの端末の性能を上げることも可能であるし、遠隔で制御ソフトウェアのバージョンアップを行うことも可能な時代となっている。ユーザの権利と利益を守りながらこのデータの共同利益を実現させる「持ち寄り」を実現するのがデジタル社会の大きなテーマだということになる。

4.ユーザ主権型持ち寄り経済の構成要素とアーキテクチャ

持ち寄り(アクセス権付与)経済への移行の必然性と、その中でのユーザ主権尊重の社会的ニーズを認識した時に気づくのがそれを可能とするいくつかの技術が開発されていることだ。それは技術サイドから見ると偶然に見えるかもしれないが、社会側から見るとニーズを背景に基礎技術が時代の要請に応えるアーキテクチャの中に再配置されていくプロセスと見ることもできる。その基本的な設計思想は大きく言って二つある。一つは「個人の意思と利益の尊重」であり、いま一つが「自発的な共有への動機づけ」である。

ユーザの意思と利益の尊重を具現化する技術として自己主権型アイデンティティ(self-sovereign identity)がある。Web3.0の活動家でもあるAllen (2016)が主唱したSSIは上述の分散ID(DID)管理によって実現され、特定プラットフォームから解放されたID管理の手法である。DIDの考え方はW3Cで展開され(W3C, 2022a. W3C2022b)、EUによって支持されたことにより急速に認知が高まっている。中でもENISA(2022)はDIDとSSIの関係について“As DIDs are just an identifier, they do not provide information about the subject itself. In practice, DIDs are used in combination with Verifiable Claims (VC) to support digital interactions in which information about the subject must be shared with third parties, by proving to those third parties that the DID subject has ownership of certain attestations or attributes. ”という解説を加えている。すなわちSSIを主体の属性情報まで含まれる概念であり、そのコントロール(ownership)を主体に与えるものとして位置付けている。そしてverifiable claims(検証可能なデジタル証票)を活用すると言っている。これは選択的属性開示(selective attribute disclosure)と呼ばれる概念(Slamanig et al. ,2014)を実装する取り組みで、ユーザが自分の属性を検証可能な形でサービス提供者に提出することを可能とする。その際に選択的に内容を決められるところがポイントで、例えば自分の住所や生年月日を開示しないで20歳以上であることのみを証明できる。このような検証可能で表示事項選択可能な証票には様々な種類のものがあるが、総称してトークンと呼ぶことができる。暗号通貨などもトークンの一種だ。そしてToken Economyが生まれるとしたのがVoshmigir(2020)である。特定のプラットフォームの台帳の上ではなく、ユーザが個人で管理するウォレットの中でも管理が可能なトークンが自由に流通する世界が構想可能だ。

このようなSSIのアーキテクチャを従来の「バックエンド連携型のアーキテクチャ」に対する「フロントエンド型データ連携アーキテクチャ」という表現で説明することが可能だろう。2002年のe-Japan戦略以来、行政システムの方向性としてバックエンド連携が志向されてきた。市民に多くの書類に何度も同じ情報を記入させることを防いだり、行政の側で市民が受けられるサービスをプッシュ型で案内したりするために、マイナンバーなどの識別子で特定された市民の情報を複数の行政サービス提供部門間で検索可能とすることで実現しようとする考え方である。これに対してフロントエンド型のデータ連携は市民が様々な証明書類を電子的に取り寄せて加工してからそれを必要とするサービス提供者に送付する。プライバシーに対する根強い懸念がある中で特に機微な個人情報が関連した情報連携についてフロントエンド型連携の方がユーザ主権を守りやすい。

SSIを含め、技術的な手段を活用してプライバシーの保護を強化した場合に課題となるのがデータの活用促進方法である。先にも述べたとおり情報は他の情報と組み合わせた時に価値を増大させていく特質を持っている。SSIによって情報を守る仕組みを作ったからには、ユーザが自らの意思で情報を他者と共有するインセンティブを働かさなければ、人類は情報技術の果実を手にすることができない。理想論を言えば自己主権型アーキテクチャがもたらす安心感の下に、ユーザがより積極的に情報開示の輪に加わってくれることを期待したい。(図1

図1: ユーザ主権型デジタル共助社会のアーキテクチャ

善意だけに頼るのは非現実だろう。データにせよ、所有物にせよ、自分のものを他者のために供出する行為には少なくとも認知とご褒美を差し上げたいところである。その面で既に各地で動いている取り組みとして挙げられるのが各種のポイント制度である。自治体などがイベントなどへの参加インセンティブとしてポイントを付与し、ポイントで地域内で商品と交換することを可能とするなどの取り組みが見える。デジタル化によってそのような取り組みを効率的かつ利便性高く実現しようという取り組みも見える。鎌倉発祥の「まちのコイン」のように仕組みが全国に展開しているものもある。今後、デジタル化の進展とともにポイント発行が日常的に行うことができるようになれば、市民による小規模のボランティア活動参加などに対してポイントを付与してよりきめの細かなサービスを市民に提供することも可能となろう。NFT(non-fungible token)などのWeb3.0の道具を使うと、特定のプラットフォームに依存せずに発行されたポイントを自由に流通させることも可能だろう。引っ越した時にでも全居住地で行った貢献を証明できれば自身への信用を高める道具として活用できる。

5.めぶくグラウンドの事例

本節ではユーザ主権型のデジタル社会を具体的に構築しようとしている事例として、前橋のデジタル田園都市の取り組みを取り上げる。自己主権型アーキテクチャがどのように展開されようとしているか、そして実現しようする過程でどのような課題に直面しているかなどを分析することによって、ユーザ主権型デジタル社会の構築の実際についてヒントが得られるだろう。

図2: 前橋デジタル田園都市基本理念

前橋市ホームページより転載

https://www.city.maebashi.gunma.jp/soshiki/seisaku/mirainomesozo/gyomu/6/36031.html

前橋デジタル田園都市のアーキテクチャの基本思想となっているのが「共助社会の構築」であり、その前提となる「めぶく」である。すなわち、システムによって行政がより良いサービスを提供するという思想ではなく、テクノロジーで市民のパワーアップ(能力アップ=めぶき)をはかり、パワーアップされた市民がお互いを助け合うデジタル社会を構想している。このような考え方が重要なのは急激な高齢社会を迎え自治体も採用難に陥っている今日、行政が弱者たる市民にサービスを提供するというモデルでは社会がたち行かないからだ。デジタルの力で市民1人1人が能力を高め社会活動に参画することは社会に役立つだけでなく、自己肯定感を高めてウェルビーイングを高めることに寄与する。(図2: 図3

図3: マイナンバーカードを活用したデータ連携

前橋市ホームページより転載

https://www.city.maebashi.gunma.jp/soshiki/seisaku/mirainomesozo/gyomu/6/36031.html

このような共助型の社会を構想した時に重要性が高まるのが信頼の基盤だ。助ける人と助けられる人がお互いに相手が信頼に足る人物であることが分からないと安心してつながれない。一方で信頼してもらうために自分の住所や生年月日まで全て開示しないといけないのでは参加するのをためらってしまう。

このような課題を前橋では、めぶくIDと呼ばれる自己主権型IDとそれを活用した情報連携基盤を構築している。my FinTech株式会社が技術と認証局機能を提供し、IDの発行と連携基盤の提供をめぶく後述のめぶくグラウンド株式会社が提供している。連携基盤の大きな特徴は選択的属性開示を実装していることだ。より具体的にはマイナンバーカードをトラストアンカーとする分散IDの発行と、その分散IDを活用して発行するデータ請求権トークンをめぶくグラウンド株式会社が提供している。Aという主体がサービスを提供するために(例えば子供に給食を用意する会社)が、保育園からアレルギー情報を入手したい場合にめぶくグラウンド会社にデータの請求権のトークンの発行を要求する。めぶくグラウンドは予め登録された保護者の許諾登録を確認した上でトークンを発行する。そしてトークンを発行する際にユーザは提供する属性情報を自分が提供したものに絞ることが可能で、例えば住所情報を省くことが可能である。公的個人認証の署名を使って同じようなことを実現しようとすると署名用証明書に住所情報が書き込まれていて伝わってしまうところが公的個人認証を直接使う場合と異なる点で、めぶくIDがマイナンバーカードを補完する仕組みとして存在意義を発揮する点である。(図4)

いったん発行してしまったトークンを回収したり、流れてしまった情報を消したりすることはできないが、トークンの無効化をすることで、信頼を失った事業者が新たにデータを取得することを止めることはできる。めぶくグラウンドのデータ連携基盤は失効したトークンを使って情報を引き出すことを止める機能を持っているからだ。

図4: めぶくグラウンド提供システムの概要

アレルギー分野以外の具体的なデータ連携の例としては共助掲示板、コミュニティ共助学習、健康手帳、視覚障がい者自律歩行サポート、市民コミュニケーション基盤などがある。さらには地域通貨基盤の提供などが計画されている。国による補助対象事業のほかに民間ベースで立ち上げている様々なアプリケーションがこのデータ連携基盤を活用して実現していくことになっている。この技術と基盤は前橋以外の地域で利用可能で江別市が既に採用しているほか、大村市も採用することが決まっている。(図4

前橋の取り組みの大きな特徴は運営を2022年秋に設立されためぶくグラウンド株式会社という官民連携会社が担っていることだ。57の民間企業や団体の出資に加えて、前橋市が政府補助金によって開発されたシステムを現物出資することで、官民協創の体制を整えている。官民、営利・非営利全ての形態のパートナーが集結して市民の共助を支える。会社組織とした大きな狙いは国による補助が終了した後も事業が継続する体制の整備である。早期に事業会社としてスタートさせ、サービスに対する対価も参加企業などからいただいて持続可能とする体質を構築している。これまでの多くの政府の取り組みが補助金終了とともに消えてしまったり、補助対象となった地域以外への横展開ができないで終わったりしてしまった教訓に学んで、早い段階から収益を上げられる組織としてスタートさせている。同社の定款は次を会社の目的としてうたっている。

第2条 誰一人取り残されることなく Well-Being を享受することができる社会の実現のために当会社は存在する。この理念を具体とするために、当会社は、人々が自らの意志で共助型未来都市であるデジタルグリーンシティを創生することを支える事業を展開する。ゆえに当会社は官民共創会社としての成り立ちを柱とし、IDやデータ連携基盤の開発、提供、運用を行い、安全なデータの利活用を通して、様々な公益サービス・準公共サービス・民間サービスを芽吹かせてゆく。得られる知見や利益は、地域社会へ循環還元させ、持続可能なまちづくりを支え、次世代への継承をめざす。

このように共助型未来都市構築をうたい、A種株主として自治体を入れて定款変更の拒否権を与えることで公的な使命を負うことを担保している。さらにはデータガバナンス委員会の設置も定款でうたっているのも特徴である。

第 41 条 当会社は、次の理念の下に、データガバナンス委員会を置く。

(1)データガバナンス委員会は共助による豊かで人に優しい社会の構築に向けて、データを持ち寄って下さる個人、行政、企業、団体の意思と利益を守ることを使命とする。

(2)データ利用者と提供者の利害や意思が相反する場合は、データ提供者の利益を優先させる運用を会社に徹底させる。この原則下にデータの持ち寄りを促進して社会的、経済的な利得を拡大させることを志し、その果実を市民、事業者や地域プラットフォームを含むステークホルダーで適正に分け合うことを保障する。データガバナンスにもステークホルダーの参加をあおぐことで以上の実現をはかる。

このように定款で取締役会と同列にデータガバナンス委員会を設け、自治体がA種株主としてその改廃を止められる拘束の強い体制を敷いてユーザ主権型のソシオテクニカルシステムのアーキテクチャを構築しようとしているのがめぶくグラウンド株式会社と言っていい。

めぶくIDの活用はまだ始まったばかりで成功事例と呼ぶにはまだ早い。一方でその立ち上げを行う過程で直面した課題は自己主権型IDを活用する上での課題を示しており先行事例として貴重である。

課題の第一に挙げられるのが、利便性と安全性のバランスの問題である。オプトインを行うためにはユーザに一定の負荷がかかって、ユーザにとっては利便性に劣ると受け止められがちである。商業用のプラットフォームが包括的にデータ連携の許諾を得ることで、ユーザへの負荷を下げ、使いやすさを実現しているのに比して面倒になりがちである。この問題への対策としては(1)過剰な安全性の要求をしている部分を洗い出して簡素化する、(2)パーソナルAIエージェント(中川,2020)などユーザ側のアシストをする仕組みを導入してユーザエクスペリエンスを向上させるといった方策が考えられるだろう。

第二はビジネスモデルの構築である。今日の多くの商業プラットフォームはターゲットマーケティングという強力なビジネスモデルを有している。強力さゆえにどんどん個人情報を蓄積しスポンサー利益に活用するインセンティブ構造ができていることは指摘済みである。自己主権型のアーキテクチャはこの強力なビジネスモデルに対抗しうるようなモデルを開発できるかが大きなポイントになるといっていい。めぶくIDの生み出す信頼関係をデジタル地域通貨を活用することなどでビジネスに育てていくことが持続可能性を高める上で重要な取り組みとなる。

6.地域社会の信頼と利他主義に依拠するシステム

技術や制度によるユーザ主権保護と共有のインセンティブづくりを論じて来たが、最後に倫理や信頼が果たす役割を論じたい。

近代工業社会は新しい相手とも滞りなく経済取引が可能となるように様々な市場経済の仕組みを発達させてきた。中でも所有権の確立が大きかったのは上述のとおりである。その過程で発達させていたのが資本主義の倫理である。背後には各個人が自分の所有する富(所有物)を増やす努力を続けることが結局社会としての富を増やすことにつながるという考え方がある。勤勉、節約などの禁欲的な規範とともに、排他的所有権の専有競争が奨励されてきた。

これを利己主義による競争社会と呼ぶならば、今日の世界に求められているのは利他主義による共助社会の構築と言って良い。ネットワーク外部性が働くデジタル社会においては排他的な所有物を増やす競争論理ではなく、より多くの人と共有をする利他主義倫理がより大きな利得を生み出すのである。競争を行うとするならば、より大きな貢献を行うことの競争を奨励したい。EUによる”Digital Governance Act”(EU, 2023)が経済的対価なく自発的にデータを社会のために供出する倫理のことをデジタル利他主義(digital altruism)と呼んで立法の根幹に据えていることに注目したい。より具体的には“Data altruism is about individuals and companies giving their consent or permission to make available data that they generate – voluntarily and without reward – to be used in the public interest.”そのような考え方に到達することに経済的必然性があることは本論文で述べてきたとおりである。EUのaltruismと多少立場が異なるとすると、EUがrewardなき貢献を求めていることに対して、本論文では非経済的な認知を含めて社会からの報酬のメカニズムを肯定している。とはいえ、根本の思想は同じものと考えていい。

そのような貢献と共有を行う場としての地域の役割も再認識すべきだろう。データの共有を考えた時に地域社会に根づく信頼関係が大きな役割を果たすと考えられるからだ。資本主義は生産の規模の経済性を背景に、より大きな商圏の形成に向けて細分化された地域市場経済をより大きな市場の一部に組み込んできた。デジタル世界にも同じような規模の経済性が続くと考えられる一方で、機微な個人情報を含むデータの共有を安心感を持って行なって行くためには、「顔の見える」単位のコミュニティの持つ信頼関係とガバナンスを活用することが重要になってくると考えられるからだ。

めぶくグラウンドのような地域に根差したプラットフォームは、そのガバナンスの構造から言って地域住民のデータを商業的な利益から守って住民利益のために運用してくれることが期待できる。このような機能が重要なのは技術がユーザに自己主権的にデータの管理をする機能を提供したとしても、ユーザには認知限界があって、すべてを自分で行うと考えることには無理があるからである。やはりユーザ側の立場にたってデータの管理を行う主体が欲しい。これを國領(1999)は電子商取引の文脈で販売エージェントに対する購買エージェントの重要性という形で表現したが、ターゲットマーケティングの登場によって販売サイドのエージェント全盛となってしまったのは冒頭で述べたとおりである。地域社会に根差したデータガバナンスを志向するということは、ユーザ利益にたったエージェントを再度確立しようとする動きと言い換えることができる。

このようなユーザエージェントがきちんと機能した暁には、そのプラットフォームがユーザから信託を受ける形でデータをより大きな(例えば全国的な)データ連携の輪の中で運用する未来が構想できる。

脚注

1 慶應義塾大学総合政策学部教授

参考文献
 
© 2023 Institute for Information and Communications Policy
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