Journal of Japanese Association for Operative Medicine
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2025 Volume 46 Issue 2 Pages 121-126

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麻酔科医にとって常識的なことも,初期研修医は知らない。麻酔科研修は,いわゆる全身管理や急性期の危機管理能力,そして多くの基本手技を効果的に身につけられる重要な機会である。しかし,いきなり麻酔管理の実務を課すと,初期研修医はその場しのぎでマニュアル的に手順だけ覚え,理解が追いつかない。シミュレーション教育を活用したオリエンテーションを提供することにより知識の体系化を促し,患者を練習台にすることなく実践とのギャップを埋め,安全かつ効果的な麻酔科研修の第一歩を支援できる。

1. 麻酔科研修のニーズ評価

1) プログラム責任者のニーズ

医師臨床研修制度では,医師国家試験合格後に2年間の初期研修で基本的な診療能力を身につけることが法で定められている。現在,12週以上の必修科目である救急科の研修を4週間まで麻酔科に振り替えることが認められている。初期研修で経験すべき手技等の多くを麻酔科研修では経験できる。特に気道確保(気管挿管),人工呼吸(徒手換気を含む)については他科の研修より頻回かつ確実に適切な指導下で経験する機会が得られることから,当院のように麻酔科を必修扱いにしている研修プログラムも多いと考えられる。

臨床研修の目標は多岐にわたるが,研修指導ガイドライン1)の要件を満たすという視点からは具体的な経験目標として定められている基本的手技(特に気道確保,人工呼吸)を研修医に自ら行う経験をさせることが病院の研修プログラム責任者が麻酔科研修に求める役割と言える。

2) 初期研修医のニーズ

初期研修医のほとんどは麻酔科医にならないため,学習意欲の動機づけが難しい。麻酔科医にならない人は,麻酔科研修に何を求めるのだろうか。当院のアンケート結果で多いのは,手技の経験である。初期研修医は他科でも必要とされる静脈路確保はもちろん,気管挿管,腰椎穿刺(脊髄くも膜下麻酔)といった手技の修得に意欲的である。

進路として麻酔科を意識していない研修医でも,医師として学んできた生理学や薬理学など,医学の理論的知識がリアルタイムに患者状態の変化として目に見える様子から,学問としての麻酔科学に興味を持って積極的に学ぶ姿勢を見せることが多い。研修医がこうして麻酔科の魅力に気づき,選択研修や入局にまで至った者も数名いる。一方で,麻酔科研修中にもかかわらず既に入局を決めていた科の手術見学にしか興味を示さず,麻酔管理を放棄しているような研修医がいたこともある。このような研修医には麻酔に関心を持たせるというよりは,もともと関心を持っている領域と麻酔の接点からアプローチする指導が適しているかもしれない(手術を可能にする技術としての麻酔など)。

2. ニーズ評価:麻酔科のニーズ

全国的に麻酔科のマンパワー不足は深刻であり,初期研修医には労働者として麻酔科の業務を担ってもらうことを期待している側面が多い。おそらく多くの病院では初期研修医を並列で指導するような体制を取らざるを得ない。初期研修医に全身麻酔の導入や抜管を一人で行うことを期待することはできないが,監督下に一通りの手技を安全に完遂でき,術中の麻酔維持で異常があれば速やかに気付いて初期対応をしつつ上級医に相談できれば初期研修医としては上出来ではないだろうか。

3. 古典的な麻酔科研修の問題点

従来の研修では麻酔科に配属された朝から麻酔を担当してもらっていたが,とても即戦力として期待できない。麻酔導入時は上級医が在室してフォローするので患者の安全は守られていると言えるのかもしれない。しかし,麻酔管理経験値ゼロの状態で実戦配備することは患者安全という観点はもちろん,研修医本人の精神衛生上も最適な指導方法とは言えないだろう。

理解が追いつかないまま実務をこなすことを強いられると,どうしてもその場しのぎのマニュアル的な麻酔管理になってしまう。当院で受け継がれる逸話だが,乳腺外科手術で初期研修医に「検体が出たらフェンタニル100 μgを静注するように」指導していたところ,整形外科手術に入った従順な研修医が「検体が出ないのですが,いつフェンタニルを投与したらいいですか?」と相談してきたという。初期研修医に初日からフェンタニルの薬物動態や副作用などの理解に基づく麻酔管理の実践を求めることは現実的ではないが,研修の過程で考える視点を身につけ,マニュアル依存から脱却していくことが期待される。

4. 麻酔科研修へのオリエンテーション

なるべく速やかに麻酔科の業務に慣れ,限られた研修期間で多くの経験をしてもらうため,麻酔科研修初日の午前中にシミュレーション教育を取り入れたオリエンテーションを実施している。後述の通り主な内容として①麻酔器の始業点検,②気道管理ガイドライン,③気管挿管,そして時間や人員などの体制が許せば④全身麻酔導入を含めている。

①麻酔器の始業点検:実機によるシミュレーション

麻酔科では毎日の始業前,そして症例毎に生命維持装置である麻酔器の点検を行う。通常は自動点検機能を用いて何回かのボタン操作で何も考えずに行えるが,麻酔器の設計思想や点検項目の背景には麻酔科的な安全に対する考えが多く詰まっている。詳細は別の記事2)で紹介しているが,麻酔器(実機)を使い,日本麻酔科学会が定めている手動の点検手順(図1)3)を実践させ解説することで,麻酔の安全を支えている様々な目に見えない配慮や,数々の事故(純笑気投与,誤配管など)から得られた教訓を肝に銘じてもらう。

図1  麻酔器の始業点検手順(1ページ目)4)

②気道管理アルゴリズム:ペーパーシミュレーション

実際に気管挿管の手技を行っていくまえに,日本麻酔科学会の気道管理アルゴリズム(図2)4)の分岐を問答形式で追っていく。全身麻酔の導入を前提に記載されているが,より広い意味で呼吸が停止した患者へのアプローチとして麻酔科研修を終えた後も役に立つ考え方として紹介している。

図2  日本麻酔科学会の気道管理アルゴリズム図表(表面)4)

グリーンゾーン

グリーンゾーンの冒頭に「最適頭位・体位,カプノメータ装着,3分間酸素吸入」と書かれている。手術室には専用のベッドがあり,専用の枕があり,モニターも完備され,酸素もすぐに吸入できる設備が整っている。病棟など手術室以外の場所で呼吸が停止している患者に遭遇したら,頭位や体位を整え,モニターや酸素投与の準備をするところから指示しなければいけない可能性を意識してもらう。

全身麻酔導入前に「3分間酸素吸入」を行う理由は麻酔科専門医にとっては常識であるが,初期研修医に試問すると知らない,わからない,考えたこともない,という反応が常である。しかし,答えを導くために必要な知識を研修医は実は持っている。既に持っている知識を引き出し,その関係性に自らに気付かせ体系化させることが成人学習の基本となる。呼吸を止めると,おそらく2–3分で意識を失い,4–5分で低酸素脳症など不可逆的な損傷が起きてくる可能性があることは初期研修医も知っている。体内に酸素の蓄えがあり,それが血液と肺にそれぞれ存在するという答えもほとんどの研修医から引き出すことができる。

血液中におよそ500 mLの酸素がヘモグロビンと結合している。室内気(O2 21%)を吸っている時点で酸素飽和度(SpO2)は100%に近く,血液中の蓄えは大幅に増やすことができない。対して肺には機能的残気量(FRC)としてガスが蓄えられており,FRCは死腔と違ってガス交換が可能な領域である。正常値に幅はあるが約1,500 mLと仮定した場合,空気で満ちていると純酸素としておよそ300 mLしかない計算になる。

血液中に500mL,肺に300 mL,合計800 mLの蓄えを,どのくらいのスピードで消費するのだろうか。運動耐容能を表す4 METsという表現を知っている研修医もいるが,1 METという単位の意味はほとんど知られていない。1 METは安静時の酸素消費量で,約3.5 mL/kg/minである。50–60 kgくらいの成人だったら,1 METはおよそ200 mL/min。800 mLの蓄えが,たった4分で枯渇する計算になる。

機能的残気量を酸素に置き換えたらどうなるだろうか。空気だと純酸素として300 mLだったが,全量の1,500 mL使えるとしたら,血液中の500 mLに足して合計2,000 mLの酸素を蓄えられる。これを200 mL/minで消費しても,理論的には10分間の生命維持が可能となる。10分あれば応援を呼んだり,別の手段を試す時間ができる。機能的残気量が空気から酸素に置き換わるのに要する時間が,通常の呼吸では3分程度と言われている。深呼吸をさせるなど,分時換気量を増加させて短時間で行うことも可能で,呼気の酸素濃度(ETO2)を見ることで客観的に判断できる。

イエローゾーン

マスク換気ができず,挿管もできなかった場合,麻酔科的には既に緊急事態である。応援を要請し,緊急気道器具(エアウェイカート)を手配する。当院では数ヶ月に1回くらいは手術室内緊急放送で「気道Kコール」が発報されることがある。

イエローゾーンでは「意識レベルの回復と自発呼吸の再開」つまり麻酔状態から覚醒させることを考慮するよう記載されているが,超短時間型の麻酔薬や各種拮抗薬の選択肢が増えている現在でも,導入量の麻酔薬を投与してしまったら最速でもリバースに3–5分以上はかかる。覚醒させることが必ずしも最善の選択肢とは限らないが,覚ますのであればこの時点で舵を切る判断が必要となる。

イエローゾーンでの管理手段は声門上器具である。マスク換気,挿管は既に試みて失敗しているので,このアルゴリズムでは失敗した手段に戻らず次の手段に進む。声門上器具で換気が不十分なりにも可能であれば酸素供給が再開できるため,生命維持の継続が可能となり,「状況を判断し,安全な気道管理方法を選択」することができる。具体的には気道困難の原因究明や手術継続の可否,抜管の可否や集中治療室への入室の必要性など話し合うことは多くあるが,酸素が供給できていれば話し合う時間ができる。

レッドゾーン

いよいよ,修羅場に突入する。マスク換気不能,挿管も失敗し,声門上器具でも換気ができないまま時間を消費してしまった。「循環を維持せよ,救急カートを手配せよ」という記載は,つまり呼吸原性心停止に至りACLSに準じた蘇生を気道管理と並行して進める必要があるということだ。このような状況になってしまったら,挿管を試みている場合ではない。輪状甲状膜(CTM)を同定し,外科的に切開して気道確保を試みる。CTMが同定できない場合の頚部切開について英国のガイドラインには「尾側から頭側に向かい8–10 cmの正中切開を置き,両手の指で鈍的に剥離しながら喉頭の位置を同定する」と読んでいて目を疑うようなことが書いてある5)。

初期研修医が担当するような予定手術でレッドゾーンに突入することはない(あってはならない)。麻酔科専門医でさえ希にしか経験しないような状況について,麻酔科1日目の初期研修医に話す必要があるのだろうか。筆者は必要だと考えている。日常的に行われている全身麻酔導入だが,毎回ものの数分でレッドゾーンに至る可能性を伴う行為であること。そして,その最初の分岐点はマスク換気の十分・不十分であることを心に銘じてもらいたい。マスク換気ができていれば酸素が供給され,生命は維持される。あとはガイドラインにあるとおり如何なる方法で管理してもよい。マスク換気が不十分・不能な場合,酸素は供給できておらず,限られた蓄えを急速に消費し,早ければ数分以内で致死的な状況に至る。毎回それなりの覚悟と緊張感を持って全身麻酔導入に臨むことを初日に伝える必要があると思っている。

③気管挿管:気道管理シミュレータを用いて

前置きがだいぶ長くなったが,ようやく気管挿管に挑むための準備と知識の背景が整った。実際の道具を使って,手順を実践していく。前酸素化を経て全身麻酔を導入し,マスク換気が十分できているという前提で,マスクを外して挿管操作に入るところからシミュレーションをスタートする。

挿管人形と呼ばれるような気道管理シミュレータ(図3)で,頭位の調整や開口(クロスフィンガー法など),ブレードの持ち方,挿入と展開の方向,口唇や歯牙損傷への注意,Cormackグレード,BURPなど,喉頭展開して視野を得るまでの工程を実践していく。視野が得られた段階で一度止め,挿管チューブの種類と使い分けについて説明する。ノーマル,スパイラル,RAE,マイクロカフ,カフなし,カフ上吸引付き,ダブルルーメンなど,それぞれの特徴や用途について説明した上で,まずはノーマルチューブにスタイレットを入れて挿管する。

図3  気道管理トレーナ(レールダルメディカルジャパン株式会社)6)

改めてシミュレーションを再開。チューブを挿入し,気管に入ったことを確認する。シミュレータでは観察できないが,モニター(ETCO2波形)で食道と気管挿管を鑑別し,聴診で片肺挿管の除外やカフリークの確認を行うことを示し,人工呼吸に切り替えてテープ固定をしていくことを宣言させる。気道確保に集中させるために,ここでは人工呼吸器の設定についてはあまり深入りせず,テープ固定方法についても統一が難しく時間がかかるため省略している。繰り返し手順を実践させ,5回連続して気管挿管に成功するまで指導する。5回という回数は便宜的に設定したものだが,成功率が50%なら5回連続で成功できる確率は3%(0.5の5乗)しかない。成功率が95%なら,5回連続で成功できる確率は77%(0.95の5乗)となる。故に5回連続して成功できることは手技が安定していることを表す指標になると考えている。

ビデオ喉頭鏡の時代に気管挿管の教育はどう変わるか?

自動車のマニュアル(MT)車とオートマ(AT)車の運転が一見似ているようで本質的に異なるように,喉頭鏡とビデオ喉頭鏡も似ているようで全く異なる道具である。2025年から自動車免許の教習は道路交通法改正に伴いATが主体になり,MTはオプションの追加教習になるようだ。当院でも初期研修医には従来のマッキントッシュ型喉頭鏡を第一選択として使用させていたが,ビデオ喉頭鏡に関するエビデンス7)の蓄積を鑑み2025年からビデオ喉頭鏡を第一選択に変更した。

④高機能シミュレータを用いた麻酔導入シミュレーション

麻酔器の始業点検を行い,気道管理アルゴリズムを心得て,気管挿管の手技も身につけたところでそれらを統合して全身麻酔の導入に望める。当院のシミュレーションセンターにはモニターや麻酔記録端末を備えた麻酔器や医療ガス配管に加え,マスク換気や挿管・人工呼吸が可能な高機能シミュレータ「HPS」(図4)を配備しており,全身麻酔導入を現場と同じ道具と手順でリアルタイムに経験することが可能である。酸素吸入からから挿管,人工呼吸開始までの手順を解説し,実演させる。その後,覚醒〜抜管までの手順を解説し,実演させることも可能である。

図4  高機能シミュレータ「HPS」8)

シミュレータの設定は開眼して自発呼吸をしている状態で開始。各種モニターを装着し,麻酔器から酸素を投与して前酸素化を行い,ETO2が上がってきたことを確認して(麻酔薬は指導医が入れるという体で)全身麻酔導入の準備ができたことを宣言してもらう。麻酔薬を投与したらシミュレータは閉眼して自発呼吸が停止し,筋弛緩も効いた状態に設定する(筋弛緩モニターの設定もできるが,気道管理に集中できるように省略)。HPSは吸気ガスの成分や換気量を検出して,生理学モデルに応じて呼気ガスもリアルに変化する。有効な換気を検出しないとETCO2は出ない。十分な前酸素化ができなかったり,挿管に時間がかかって無呼吸のまま経過すると容赦なくSpO2が低下してくる。気管挿管をした後はETCO2や聴診による確認,人工呼吸も設定換気量が入っているか実機で確認も可能である。時間が許せば,引き続き開眼して自発呼吸のある設定に戻し,抜管の手順も確認できる。

5. まとめ

麻酔科研修は,気道・呼吸や循環の管理(いわゆる全身管理)や急性期の危機管理能力を効果的に身につけられる重要な機会といえる。シミュレーション教育の導入により,患者を練習台にすることなく知識と実践のギャップを埋め,安全かつ効果的な麻酔科研修の第一歩を支援できる。麻酔科学は物理,化学,生理学などの基礎科学に加え,工学など応用科学の要素もあり,学問的にも幅広く興味深い分野だと個人的には思っている。初期研修医にも麻酔という仕事のやり甲斐と,麻酔科学を学ぶ楽しさを共に感じてもらえるのではないかと思って研修機会の提供に取り組んでいる。

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