2013 Volume 19 Issue 2 Pages 64-67
生活習慣病の予防のための健康増進において運動習慣の定着や禁煙とならび食習慣の改善は重要視されている。しかしながら食習慣などの生活習慣を変えることは非常に難しい。2型糖尿病は生活習慣病として最も代表的なもののひとつであるが、糖尿病のコントロールの改善のためには、糖尿病をセルフマネージメントするための教育が治療のアウトカム改善に重要であるとされている。糖尿病の患者教育では自己効力感を中心においた教育プログラムの有用性が示されており、その中でセルフモニタリングをはじめとした行動医学的な手法が頻用されている。これまで食事のセルフモニタリングは紙に記録して自分でカロリーを算出するという方法でなされていた。しかし、この方法には記録の日時の把握が不可能であるという欠点や、食事を記録し、栄養素を計算するという手間が非常に煩雑であるためセルフモニタリングの継続が困難であるという欠点があり、限定的にしか用いられていなかった。この欠点を克服できる方法として携帯情報端末を用いた食事日記について研究が行われるようになっている。本稿では健康増進でも中心的な位置を占める食習慣の改善に対する行動医学の適応の一例として、携帯情報端末を用いた食事日記とその応用例としての2型糖尿病に対するセルフケアシステムについて概説する。
健康増進のための行動変容のために行動医学は汎用されている。行動医学的なアプローチが有効に働くためには診療の場で相談した内容をいかに生活環境下で実行してもらうかが重要であり、その中でEcological Momentary Intervention(以下EMI)という考え方が注目されている。
EMIとは生活環境下でその瞬間に介入を行うような治療の枠組みであり、リアルタイムで治療を提供するという考え方である1)。具体例としては、心リハの患者にストレスがかかっていると感じるときにリラクゼーション法の練習をしてもらうようにすることや、禁煙外来の患者でタバコを吸いやすい時間帯に対処行動についてのメールを受け取れるようにすることなどがあげられる。近年、情報通信技術が発達してきたのに伴い、携帯情報端末や携帯電話を用いたEMIの手法が使用されるようになっている。携帯情報端末をEMIに用いることにより、日常生活の中での携帯性の向上、プログラムを用いることによりいろいろな問診や介入を組み込めること、双方向的な文章・データの送受信を行えることといった利点がある。
Heronらは携帯情報端末を用いたEMIに関する研究についてレビューを行っている1)。27の原著論文のうち、禁煙治療に関するものが8報、不安の軽減に関するものが6報、減量治療が5報、糖尿病が4報であった。介入内容としても行動修正、認知の再構成、フィードバック、動機付けなど多彩となっている。
本稿では健康増進に対するEMIの適用の一例としてPDAを用いた食事日記について概説するとともに、2型糖尿病患者に対するセルフケアシステムの開発について紹介する。
2型糖尿病は網膜症、腎症、大血管障害など多彩な合併症を引き起こす慢性疾患である。2型糖尿病患者は世界的に増加しており、社会的な問題となっている2)。2型糖尿病の治療では経口血糖降下薬やインスリンといった薬物療法以外にも食事療法、運動療法が重要とされている。また、過体重、肥満における2型糖尿病の発症予防でも体重減少が有効な手段とされている。食事や運動といった生活習慣を変えていく(行動変容)ための取り組みとして糖尿病をセルフマネージメントするための教育が治療のアウトカム改善に重要であり3)、認知行動療法や他の心理学的な手法を併用した行動変容プログラムがアウトカムの改善に重要とされている。
セルフモニタリングは認知行動療法のような行動の変容を目指す治療法のなかでよく使われる技法のひとつである。Kerferは、セルフモニタリングを「行動を被験者自身が記録し、統合的に観察することで、行動を目的の状態に近づけること」と定義している4)。Wildeらはセルフモニタリングの構成要素として、「身体症状、感情、日々の行動、認知のプロセスへ意識を向けること」と「記録や測定を通して自分で変化のための行動を起こしたり、治療者に相談できるようになること」の2点を挙げている5)。そして、この2点により症状や問題点を明確にできるようになり、症状のコントロールの改善や、適切な目標設定ができることによるQuality of lifeの向上につながるとセルフモニタリングの効果をモデル化している。
食習慣のセルフモニタリングは体重減少を目的とした行動変容プログラムの中心的な要素の一つである。介入期間を通じて、食事毎に食事内容を専用のブックレットに記録し、専用のカロリーブックを用いて食事摂取量の計算を行うという形でモニタリングを行う(paper and pencil format)のがその一例である6)。
食習慣のセルフモニタリングは実際に体重の減少や維持に有効であることが報告されている7)。中でもセルフモニタリングを高い頻度で行っている群の方が有意な体重減少を達成し、食後速やかにセルフモニタリングを行う群(まとめ書きをしない群)の方が有意な体重減少を達成すると報告されている8)。
従来のセルフモニタリングはほとんどすべてがpaper and pencil formatで行われていた。しかしpaper and pencil formatによるセルフモニタリングには、記録の日時の把握が不可能であるという欠点や、食事を記録し、栄養素を計算するという手間が非常に煩雑であるためセルフモニタリングの継続が困難であるという欠点があると報告されている9)。そのため、臨床の場面で食習慣のセルフモニタリングを含めた治療は限定的な場面でしか行われていない。これらの欠点を補う方法として携帯情報端末(PDA)を用いた食事日記が開発されている。PDAを使用した食習慣のセルフモニタリングでは被験者が記録を行うたびに記録時刻を被験者に変更できない形で記録することが可能である。これによりまとめ書きについて評価し、まとめ書きを減らすための介入を行うことができるようになる10)。またPDAを用いることで食品データベースを内蔵し、栄養素の計算を簡便化することにより、被験者の負担感を軽減できる可能性がある。
Beasleyらは健常成人を対象にPDAで得られた食事データと24時間思い出し法による食事データの比較を行い、食事記録の正確性を評価している11,12)。24時間思い出し法は管理栄養士などによる対面での聞き取り調査により前日の摂取カロリーを評価する方法であり、臨床的に標準的とされている方法である。この研究ではPDAの記録された1日の摂取カロリーと24時間思い出し法によるカロリーの間のPearsonの相関係数は0.713であった。また減量治療を受ける肥満患者を対象に同じPDAおよびpaper and pencil formatの食事日記と24時間思い出し法との比較を行ったところ、PDAの食事日記ではSpearmanの相関係数が0.542だったのに対して、paper and pencil formatの食事日記では0.773であった。一方McClungらは健常人でPDAを用いた食事日記とpaper and pencil formatの食事日記のそれぞれと二重標識水法による摂取カロリーの比較を行っている14)。二重標識水法は生活環境下でのエネルギー摂取を評価する上でのゴールドスタンダードとなっている方法であるが、この研究ではPDAでのみ有意な相関を認めた(r=0.60)。
PDAによる食事日記はpaper and pencil formatの食事日記と同等以上の正確性が期待されるが、一貫した結果が出ていない。こうした背景の中、Beasleyらは秤量化した食事を健常成人に摂取させ、PDAへの記録を行わせることにより、摂取エネルギー評価におけるエラーの理由の推定する研究も行っている。この研究の結果としてポーションサイズ(実際に摂取した食事の分量)を評価する際に生じたエラーが摂取エネルギーの評価エラーに最も影響したと報告している13)。
この結果を受けて冨久尾らはメニュー写真を内蔵したPDAを用いた食事記録システムを開発し、正確性、実行可能性を検討している15)。この研究では健常群、糖尿病群それぞれに食事データの正確性と食事記録の実施可能性を評価した。正確性については両群ともPDAに入力された1日分の摂取カロリーは管理栄養士が施行した24時間思い出し法により評価されたカロリーと有意な相関を示した(Pearsonの相関係数:健常群0.854、糖尿病群0.808)。さらに値の絶対的な一致度の指標である級内相関係数(ICC-A)は健常群で0.854、糖尿病群で0.801と高い一致度を示した。
また、実施可能性に関しては、1週間の期間中の全食事の内、98%が入力されていたものの、食後30分以内に記録を行った割合は健常群で48%、糖尿病群で28%であった。Sevickらは6ヵ月のPDA使用の際の食事記録率について評価しており、全期間で3食摂取したと仮定した場合、58%であったと報告している16)。これらの入力率は一定の水準には達していると評価されているが、セルフモニタリングの効果を最大限高めるためには改善の余地がある。
肥満や糖尿病患者に対してPDAによる食事日記を用いた介入研究も行われているが、現在のところpaper and pencil formatの食事日記に対する優越性ははっきりしない。Yonらは肥満患者に対してPDAによる食事日記を使用した6ヵ月の行動療法プログラムに参加した群61名とpaper and pencil formatの食事日記を使用した過去の同様の行動療法プログラムに参加した群115名を比較し、両群の体重減少に有意差がなかったことを報告している17)。Forjuohらは未治療の糖尿病患者43名に6ヵ月間、食事、血糖の入力、データの送信機能を持つPDAを使用してもらうという単群の介入研究を行い、9名の予備解析ではHbA1cの有意な低下(9.4%から8.4%)を認めたと報告している18)。Shayらは12週間の減量プログラムの中で食事、運動の記録をpaper and pencil format、PDA、インターネット上の日記の3群に無作為に割り付け、比較している19)。この研究では完遂者についてはどの群でもベースラインより有意に体重減少したものの、平均的な体重減少率に群間差は認めなかった(paper and pencil format:−3.0 ± 3.6 kg、PDA:−2.9 ± 4.2 kg、インターネット:−2.4 ± 4.0 kg)。また自分の好みの方法に割り当てられている場合に、食事記録の頻度が有意に高いと報告している。
現在、2つのグループがPDAの食事日記を用いた無作為化介入研究を行っている。Sevickらは2型糖尿病患者に対して既製の食事記録ソフトウェアを用いた6ヵ月の行動変容プログラムへの参加を介入とし、経過観察を対照群とした無作為化介入研究を実施中である16,20)。Burkeらは肥満患者に対する行動変容プログラムの中でpaper and pencil formatの食事日記を用いる群、PDAの食事日記を用いる群、記録内容に応じたメッセージの表示機能を付け加えたPDAの食事日記を用いる群の3群を比較する無作為化介入研究を実施中である10)。
PDAを用いることにより、臨床場面でのセルフモニタリングが行いやすくなる可能性がある。また、プログラムを使用することで測定結果のグラフ化を自動的に行うことができるようになり、フィードバックをより簡便に行うことができる。さらに体重や血圧など機器を使って測定する身体データを無線により自動記録することも可能であり、身体データの記録も簡便に行うことができるといった利点もあり、様々な応用の可能性を秘めている。
これらの利点をふまえて、著者らのグループは体重、血圧、運動の記録機能、摂取カロリー、体重、血圧、運動のグラフによる可視化フィードバック機能を追加することで、セルフモニタリングをより簡便に行うことができるようなソフトウェアを開発した。
このソフトウェアの食事記録機能では、実際に摂取した食事と調理法や素材の点で似ているメニューをメニューリストから選択し、メニュー毎に、表示される量やデータベースの写真を参考にしながら、実際に摂取した食事の分量を入力するという2段階の操作で、摂取カロリーが自動的に計算される。また栄養情報の表示があるなど参加者が摂取した食事があらかじめ分かっている場合には、自由入力機能を用いて栄養情報を入力することも可能である15)。
入力終了後自動的にその食事のカロリーが反映されたグラフが表示される。グラフには目標摂取カロリーの線をグラフ上に表示したり、体重のグラフを同じ画面に表示したりすることでフィードバック機能が高まるように工夫している。また事前にメニューや食事摂取量からカロリーを計算し、食事量のシミュレーションを行う機能も有しており、フィードバックを受けた後の行動変容の支援も行うことができる。現在、本システムの実行可能性、有効性について検証を行っている21)。
PDAを用いた食事日記とその応用例としての2型糖尿病患者に対するセルフケアシステムの開発について概説した。従来の行動医学に情報通信技術を用いることにより、これまで以上に生活環境下でその瞬間に治療を提供することができるようになる可能性がある。ただし、その有効性については今後さらなる研究により検証される必要がある。