Japanese Journal of Behavioral Medicine
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Cardiovascular Disease and Quality of Life
Misa TAKEGAMI
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2015 Volume 21 Issue 1 Pages 17-21

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要約

循環器疾患は短期的な死亡率が比較的高い疾患であるため、評価指標として生命予後の重要性が他の疾患に比べて際立っており、QOL研究の発展は遅れた。循環器領域における初期のQOL研究としては、降圧剤の影響に関するものがある。治療の結果、医師側が全員、患者は改善したと答えたのに対し、改善したと答えた患者は10%未満であった。医師が患者の血圧コントロールに関心があるのに対し、患者は活力や活動の低下などを問題にしていることが明らかになり、Patient-Reported Outcomesの測定の重要性が示された。近年では治療技術の向上に伴い治療の主な目的が長期予後の改善だけでなく、QOLを改善することにあるとの認識が広まり、循環器疾患領域の種々のガイドラインにおいてもQOL評価が取り入れられつつある。しかしながら、未だに日本でQOL評価が十分になされていない疾患も多い。成人先天性心疾患もその一つである。本稿では、QOLの概念を改めて整理し、循環器疾患領域におけるQOLを用いた臨床研究を紹介するとともに、その一例として国立循環器病研究センターの小児循環器科と共同で実施している成人先天性心疾患患者とその親を対象としたQOL調査を報告する。この調査より通常の診療ではケアの対象となっていない親のQOLが低下していることが示され、QOL評価の必要性が再認識された。

はじめに

近年の臨床研究、アウトカム研究における最大の特徴は、死亡率などの客観的な評価指標に加えて、患者立脚型アウトカム(Patient-Reported Outcomes: PRO)を積極的に取り上げるようになったことである。医療の究極の目的は、患者のQuality of Life(QOL)を向上させることといっても過言ではなく、患者の主観的な健康観や日常生活への影響を多次元的に定量化するQOL評価の必要性が高まっている。本稿では、QOLの概念を改めて整理するとともに、これまでに循環器疾患領域に大きな影響を与えたQOL評価を用いた臨床研究を紹介する。また、QOLを用いた臨床研究の一例として、現在、筆者が共同研究として実施している成人先天性心疾患患者とその家族のQOL研究の一部を紹介する。

QOLとは

QOLの定義をめぐっては混乱がみられる。医療評価としてQOLを用いる際、医療介入以外の外的要因に大きく影響されるOverallな生きがいや経済状態、満足度などは含めず、健康に起因し医療介入によって改善できる可能性のある領域に測定範囲を限定すべきである。これを「健康関連QOL(Health-related QOL: HRQOL)」と呼ぶことが国際的なコンセンサスとなった1,2)。HRQOLを構成する基本的要素についても、国際的に定義されつつある。身体機能、メンタルヘルス、社会生活機能といった3つの要素が基本となり、それに加え、健康状態に起因する日常生活機能の制限や痛み、活力、睡眠、食事、性生活などもHRQOLの要素として含まれることがある。症状スケールもPROの一種であるが、症状スケールが症状の有無、頻度、程度を定量化しているのに対し、HRQOLは症状などが患者の主観的健康感や、毎日行っている仕事、家事、社会生活にどのようなインパクトを与えているかを定量化したものであり、ここに大きな違いがある。

循環器領域におけるQOLを用いた研究

循環器疾患は短期的な死亡率が比較的高い疾患であるため、評価指標として生命予後の重要性が他の疾患に比べて際立っているため、QOL研究の発展は遅れた。しかし、近年の治療技術の向上に伴い治療の主な目的が長期予後の改善だけでなく、QOLを改善することにあるとの認識が広まり、現在の多くの循環器疾患のガイドラインにおいてもQOLの側面からの治療評価が取り入れられている。

循環器疾患領域における初期のQOL研究としては、降圧剤の影響に関するものがある3)。降圧治療の結果、医師側が全員、患者は改善したと答えたのに対し、改善したと答えた患者の割合は10%未満であった。また、医師が患者の血圧コントロールに関心があるのに対し、患者は活力の低下などを問題にしていたことが報告された。この研究により治療の評価に医療者と患者間に乖離があることが示され、Patient-Reported Outcomesの測定の重要性が高まった。1998年に報告された高齢者を対象とした心臓ペースメーカ治療の効果を検討したランダム化比較試験では、主たるアウトカム指標に包括的なHRQOL尺度であるMedical Outcomes Study 36-Item Short-Form Health Survey(SF-36)2,4)が用いられた5)。この研究では、従来から行われているペーシング治療が、生理学的にはより優れているとされていた新規の治療法と比較して、QOLの観点から改善効果に差を認めないという結果を示し、患者のQOLを考慮した上での費用対効果の面で優れた治療法の選択に貢献した。

日本でも、うっ血性心不全や心筋梗塞の患者を対象としたHRQOLを活用した研究が報告されている。Katoらは、慢性心不全の外来患者を対象にQOL調査を実施し、日本の慢性心不全患者において、抑うつ傾向が心不全の身体的な症状とは独立にQOLの低下と関連していること、QOLが心不全患者において予後を予測する独立した因子であったことを報告している6)。また、Sakaiらは、退院後のAMI患者を対象としてQOL調査を実施している。その結果、退院後の生存率はよいが、QOLは国民標準値までは回復していないこと、退院後の抑うつ症状が身体的QOLの回復の遅延と関連していることを報告している7)。これらの研究より、患者の抑うつ傾向を早期に見つけて対応することが患者のQOLを高める可能性があること、QOLを評価することで患者の予後を予測し、ハイリスク患者を特定できる可能性があることが示された。これらの研究は、臨床的な検査指標の評価だけではなく、患者の主観的な側面からの評価を治療の評価として取り入れることが有用であることを示している。また、心血管疾患のリハビリテーションにおいては効果指標としてQOL研究が多く実施されており、ガイドラインにおいてもQOLが重視されている8)

このように、循環器疾患においても、患者の主観的な健康観や日常生活への影響と多次元的に定量化するHRQOLを活用する必要性が高まっているが、未だにQOLに関する報告は十分ではない。

成人先天性心疾患患者とその親のQOL調査

先天性心疾患患者に対する診断技術や手術成績の向上に伴い、90%以上の先天性心疾患患者において長期生存が望めるようになった。成人となった先天性心疾患患者を成人先天性心疾患(adult congenital heart disease: ACHD)患者という。ACHD患者は、新生児や乳幼児期に手術をしても、合併症、残遺症、続発症を伴い、心機能の悪化、難治性不整脈、チアノーゼの再出現、血栓塞栓症などの合併症が生じ、緊急入院が必要となる症例もある。また、ACHD患者は、医学的な問題だけでなく、進学、就職や結婚、出産といった社会生活を送る上での問題が生じることが多い。それゆえ、患者の病状や合併症といったものだけでなく、その日常生活への影響を評価することが重要である。

ACHD患者のHRQOLを調査した研究は、日本にはほとんどない。また、ACHD患者の予後に関する研究は多数あるが、その多くは血行動態や運動耐容能といった臨床的指標をアウトカムとした研究である。また、障害がある子供の親のQOLは低下することが報告されているが、先天性心疾患の親を対象とした研究は日本にはない。そこで筆者らは、ACHD患者とその親を対象としたQOL調査を立ち上げた。

研究概要

国立循環器病研究センターの先天性心疾患専門外来に定期受診、または計画入院した16歳以上のACHD患者と患者の両親のうちの一人を研究対象とした。研究デザインは、前向きコホート研究であり、現在、ベースラインの症例を登録している。ベースライン調査において、SF-36の短縮版であるSF-12を含んだ自己記入式質問票調査を実施した。同時に、診療録より患者の現在の治療、手術歴を含む治療歴、合併症、NYHA(New York Heart Association)心機能分類などの臨床情報を得た。この調査は国立循環器病研究センターの倫理委員会の承認を得て現在進行中だが、本稿ではベースライン調査において現在までに登録された症例について、ACHD患者とその親のQOLを記述すること、患者のQOLと親のQOLの関連を検討することを目的として解析した結果を報告する9)

包括的HRQOL尺度SF-36の概念モデル:3因子モデル

SF-36は包括的なHRQOL尺度の一つである。包括的なHRQOL尺度は健康な人から疾患のある人まで、共通のものさしでの測定が可能で、ある疾患の患者が一般集団に比べてどの程度QOLが低下しているかを定量的に評価することできる。また異なる疾患において、疾患によるインパクトを比較することも可能である。

SF-36は、8つの下位尺度から成る。SF-36の概念モデルは、8つの下位尺度の上位に身体的な因子(主に「身体機能:PF」「日常役割機能(身体):RP」「体の痛み:BP」「全般的健康感:GH」)と精神的な因子(主に「心の健康:MH」「日常役割機能(精神):RE」「社会的機能:SF」「活力:VT」)の2つの概念が位置している4)。これに基づき、身体的サマリースコア(Physical Component Summary: PCS)と精神的サマリースコア(Mental Component Summary: MCS)が算出される。しかし、このSF-36の概念の構造(因子構造)は、日本や台湾などのアジア諸国と欧米で異なっていることが報告されており10)、欧米の概念モデルに基づいて算出されるサマリースコアが何を意味するかはわからなかったため、得点を解釈することができなかった。最近、3因子モデル(three-component model)の検証が行われ、日本においては、身体的な因子、精神的な因子に加え、RP、RE、SFと強く関連する社会的な因子を加えた3因子モデルが適合することが報告された11)Fig. 1)。これにより、日本では、PCS、MCSに加え、役割/社会的サマリースコア(Role/social Component Summary: RCS)の3つのサマリースコアを算出できるようになった。SF-12は、SF-36の短縮版であり、このモデルが適応される。本研究でもサマリースコアの算出にこのモデルを用いた。

Fig. 1.

Conceptual model of SF-36 in Japan: three-component model. * The bold lines indicated factor loadings from factor analysis that have strong association.

結果の概要

解析には157名のACHD患者とその親のデータを用いた。対象となったACHD患者のうち男性は41.1%、平均年齢(標準偏差)は28.2(8.2)歳、ACHD患者の親のうち男性は14.9%、平均年齢(標準偏差)は57.2(8.2)歳であった。NYHA機能分類がIII度(心疾患があり、身体活動が著しく制約されるもの)以上の患者は、29.7%であった。

ACHD患者とその親のSF-12の下位尺度とサマリースコアの平均値をFig.2に示す。SF-12の下位尺度とサマリースコアの算出は、国民標準値偏差(Norm-based scoring: NBS)得点を用いた。これは、日本人の国民標準値を50点、標準偏差を10点として算出されるものである。ACHD患者は、日本人の一般集団と比べて、下位尺度においてはPF、RP、GH、サマリースコアにおいてはPCSが低下していたが、MCSやRCSについては国民標準値と統計的な有意差はなかった。一方、ACHD患者の親のQOLは、一般集団に比べてMCS、RCSが統計的に有意に低下していた。ACHD患者の親のMCSは患者のNHYAにより測定された疾患重症度と関連が見られた(p for trend, p=0.003)。ACHD患者のQOLとその親のQOLとの関連をFig.3に示す。ACHD患者の親のRCSの低下は、患者の重症度で調整した後も患者のPCSとRCSと関連がみられた(p for trend, p=0.035, p=0.039)。

Fig. 2.

Describe analysis of SF-12 subscales scores and summary scores. * The difference in means between Japanese norm and adult patients with congenital heart disease was examined using one-sample t-test. * p<0.001, ** p<0.05. SF-12 subscales scores and summary scores based on the norm-based scoring (NBS). PF: physical function; RP: role-physical; BP: bodily pain; GH: general health; VT: vitality; SF: social function; RE: role-emotional; MH: mental health; PCS: physical component summary; MCS: mental component summary; RCS: role component summary

Fig. 3.

Relationship between patients’ quality of life and their parental quality of life. * Multivariable linear regression models were used to examine the difference in parents’ HRQOL scores stratified by the HRQOL scores of adult patients with congenital heart disease. All models were adjusted for parental age, presence of chronic disease in parents, and patient’s disease severity. SF-12 summary scores based on the norm-based scoring (NBS). PCS: physical component summary; MCS: mental component summary; RCS: role component summary.

これらの結果から、ACHD患者の親の精神的、社会的QOLが低下しており、その低下は患者のQOLと関連していることが示された。社会的なQOL改善のための患者の親へのソーシャルサポートや社会心理的な介入が患者の親のQOLを改善する可能性がある。また、患者の親のQOLと患者のQOLは関連がみられたことから、患者の親のQOLを改善することにより患者のQOL向上につながる可能性があることが示唆された。

これまでの先天性心疾患患者の治療目標は、患者の臨床的指標の改善に主眼が置かれていた。しかし、臨床情報の客観的な指標と患者の主観的な評価が合致しないことは他の疾患の患者においてすでに報告されている。また、ACHD患者の生存率が向上した現在では、患者のHRQOL、および社会的な自立が治療のアウトカムとして重要である。今後、患者のQOL、および患者の親のQOLと関連する要因を検討するとともに、患者の予後との関連を検討する予定である。

おわりに

臨床研究では、「何が患者や社会にとってrelevantなアウトカムか」ということが強く問われている。根治が望めない慢性疾患が多く占める現代の医療において、患者が納得できる治療選択、社会が納得できる医療政策の決定のためには、患者にとって、さらに社会にとって意味のあるアウトカムの改善を示す必要がある。QOLを用いた研究がこの一端を担うことを期待する。

謝 辞

本稿は第20回日本行動医学会学術総会で発表した内容をまとめたものです。発表の機会を与えてくださいました第20回日本行動医学会学術総会大会長の中山健夫先生、並びにシンポジウムを取りまとめてくださいました宮崎喜久子先生、司会をしてくださいました斉藤信也先生、QOLと行動医学について多くの議論をしてくださいました下妻晃二郎先生、鈴鴨よしみ先生に深謝申し上げます。

文 献
 
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