Japanese Journal of Behavioral Medicine
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Quality of Life Research and Behavioral Science: Application of “Response Shift”
Yoshimi SUZUKAMO
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2015 Volume 21 Issue 1 Pages 12-16

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要約

医療のアウトカムとして患者のQOLを測定・評価することは、1980年代から様々な分野で実施されてきた。研究の進展に伴い評価における課題も浮き彫りになったが、その一つがレスポンスシフトである。レスポンスシフト(response shift)は患者が報告するアウトカム(Patient-reported outcomes: PRO)に特異的な現象である。自分の健康状態を自己評価する際に、我々は自己内部にある基準を参照して判断するが、この内部基準が変化する現象をレスポンスシフトと呼ぶ。レスポンスシフトは、内的基準の変化(recalibration)、価値の変化(reprioritization)、意味の変化(reconceptualization)の3つに分類される。治療介入効果の検証のために介入前後でPROを測定し比較することはしばしば行われるが、このような経時的比較は、同じものさしで測定すること(基準が変わらないこと)を前提としている。しかし、健康変化や介入によってこれまでに体験したことのない状態を体験すると、自己評価の基準が変わってしまうことがある。この現象が起きると、本人が良くなったと自己評価していたとしてもPROスコアには変化が現れない、またはその逆に、本人は変化していないと感じていてもスコアには差が現れるという現象が生じ、介入の効果が過大・過小評価されてしまう。そのため、レスポンスシフトを検出し考慮したうえで介入効果を評価する統計的手法が検討されてきた。一方、レスポンスシフトは、環境の変化への適応として捉えることもできる。慢性疾患や障害の存在にも関わらず利益や成長を見出すことは、負の影響を軽減するための認知的戦略である。この視点において、レスポンスシフトはバイアスや交絡因子というよりは、それ自体が重要な健康指標であり介入のゴールであると考えることができる。QOL評価研究で培われたレスポンスシフトの検出手法を、行動医学における心理的適応の検出・評価研究に適用することで、さらなる知見が得られる可能性がある。

医療のアウトカムとして患者のQOL(Quality of Life)を測定・評価することは、1980年代から様々な分野で実施されてきた。研究の進展に伴い評価における課題も浮き彫りになったが、その一つがレスポンスシフト(response shift)である。筆者は、このレスポンスシフトという概念とその検出方法が、行動医学領域のさまざまな研究にも活用できるのではないだろうか、と考えている。本稿では、評価バイアスとしてのレスポンスシフトの視点とその検出方法について解説し、さらには、レスポンスシフトの「適応」としての側面について紹介して、今後の展開の可能性について言及したい。

レスポンスシフトとは

レスポンスシフトは患者が報告するアウトカム(Patient-reported outcomes: PRO)に特異的な現象である。アウトカム評価研究においては、何らかのアウトカム指標を設定し、介入前後の指標の変化によって結果を導くことがしばしば行われる。このような評価において、アウトカム指標の値は一つのものさし上を動くことが仮定されている。このことは、アウトカムがQOLやPRO、つまり主観的な尺度の場合においても同様である。しかし、健康の変化などの大きな出来事に遭遇することにより、QOL/PRO尺度に回答する際の個人内の判断基準が変化することがある。この現象をレスポンスシフトと呼ぶ1)

レスポンスシフトは、内的基準の変化(recalibration)、価値の変化(reprioritization)、意味の変化(reconceptualization)の3つに分類される。

1)内的基準の変化

「内的基準の変化」は、内的なものさしの目盛が変わってしまう現象のことである。介入前後で測定を行いその差を検討する際に、もし基準自体が変わってしまうと、実際には変化が起こっていても表面的には測定スコアに変化が現れなかったり、または変化がないにもかかわらず得点が変わっていたりすることがおこる。新たな基準で以前を振り返ってみると、今思えばあのときは良くなかったということが生じる。

2)価値の変化

「価値の変化」は、要素の優先順位の変化である。たとえば、ある人のQOL領域の優先順位は、仕事、家族、健康、という順であったのが、大きな病気をした後は、家族、健康、仕事という優先順位になった、というような変化がこれに当たる。このような場合、“あなたは自分の生活に満足していますか?”のような質問に対して、シフトが起こらない状態では仕事のことを念頭に置いて回答するが、シフトが起こった後には、家族のことを念頭に置いて回答する、という現象が生じる。

3)意味の変化

「意味の変化」とは、概念の再構成が生じるような変化のことをいう。たとえば、精神と身体は別物と捉えていたのに、シフトが起こった後には、精神と身体は一体である、と感じるようになったり、ある質問に回答する際、以前はその質問は能力の問題だと考えていたのに対して、シフトが起こった後には、能力ではなく社会的な問題だと考えるようになったりする場合がそれにあたる。

4)レスポンスシフトの理論モデル

医療アウトカム評価において測定基準が変化することがあるという問題を最初に報告したのは、1999年、SprangerとSchwartz2)である。彼女らは、教育学分野で使われていた「レスポンスシフト」という概念をこれにあてはめ、理論モデルを提示した(Fig. 1)。何らかの触媒(カタリスト)になるような大きな出来事が起こると、人にはその環境の変化に対応しようとするメカニズムが働く。メカニズムの起こりやすさや起こし方には、前提として、その人の社会統計学的な要因や性格などが関わり、この変化への対応のメカニズムの結果として、基準の変化であるレスポンスシフトが起こると考えられている。その結果、主観的QOLやPROの測定結果が影響を受けることになる。

Fig. 1.

レスポンスシフトのメカニズム(Spranger and Swartz (1999)2)より筆者訳)

評価バイアスとしてのレスポンスシフトの検出

治療介入効果の検証のために介入前後でPROを測定し比較することはしばしば行われるが、先にも述べたように、このような経時的比較は同じものさしで測定すること(基準が変わらないこと)を前提としている。しかし、健康変化や介入によってレスポンスシフトが起こり自己評価の基準が変わってしまうと、正確な評価ができなくなる。本人が良くなったと自己評価していたとしてもPROスコアには変化が現れない、またはその逆に、本人は変化していないと感じていてもスコアには差が現れるという現象が生じ、介入の効果が過大・過小評価されてしまう。

そのため、レスポンスシフトを検出し、調整することが求められ、いくつかの手法が開発されてきた。大まかに分類すると、個々に尋ねる方法とデータに尋ねる方法(統計的手法)がある3)

1)個々に尋ねる方法

最初に使用された代表的な手法は、「Then test」と呼ばれる方法である。Then testは、介入後の評価時点で「今」の状態を尋ねるのに加えて、介入前の「あのとき」の状態を振り返って回答してもらう。介入前の評価とThen testとの差分をレスポンスシフトと捉え、介入後テストの得点からレスポンスシフトにあたる差分を加減した値が真の値と考えられる。レスポンスシフトは、事前の評価を思い出してもらうのとは異なることが検証されている4)が、だとしても振り返り評価が正確であるかどうかは議論されるべき点である。また、Then testはレスポンスシフトの3タイプのうち「内的基準の変化」の検出を目指しており、他の2タイプを検出することはできない。

もう一つの個々に尋ねる方法として、昨今慢性疾患や緩和医療のQOL尺度として注目されているThe Schedule for the Evaluation of Individual Quality of Life(SEIQOL)5, 6)が挙げられる。SEIQOLは、他のQOL尺度のようにあらかじめ準備された項目への回答を得る方法とは異なり、自分にとって重要なことがらを選択しそれらがどの程度の重みをもつのかを決めた上で、得点化を行う。介入前後で重要なものや重みが変われば、価値の変化や意味の変化をとらえることが可能である。この手法の利点は個人の差異や価値観を尊重できることであるが、評価に時間がかかること、評価自体が心理的介入効果を持つこと、得られた得点が他の個人と同等に扱えるかどうかが不明であること、などが考慮すべき事項として挙げられる。

2)データに尋ねる方法(統計的手法)

経時的に2回以上得られたデータを用いて、統計的にレスポンスシフトを検出する手法が、既存の統計的手法を応用して検討されてきた。構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling: SEM)3, 7)、潜在軌道解析(latent trajectory analysis)8)、分類回帰木解析(classification and regression tree analysis)9)、項目反応理論(Item response theory)10)などが挙げられる。

もっとも多く使用されているのはSEMを用いた手法である。SEMは、一つ一つの項目の回答とその概念との関係の大きさを数値化して表し、さらに、この数値が介入前後でどの程度変化したかを検定することができる。この手法では、3タイプのレスポンスシフトすべてを検出し、統計的検定を行うことが可能であり、さらにはレスポンスシフトを考慮した上で真の変化の量を求めることができる。SEMを用いて検出されたレスポンスシフトやThen testなどの個々に尋ねる方法で検出されたレスポンスシフトとの関連についても議論が進められている11)

心理的適応としてのレスポンスシフト

ここまで、レスポンスシフトは医療アウトカム評価において結果を歪める測定バイアスとして検出・調整するための手法が開発されてきたことを述べた。一方、レスポンスシフトは、環境の変化に対する適応の結果として捉えることができる。慢性疾患や障害の存在にも関わらず利益や成長を見出すことは、負の影響を軽減するための認知的戦略である。この視点において、レスポンスシフトはバイアスや交絡因子というよりは、それ自体が重要な健康指標であり介入のゴールであると考えることができる。de Ridderらは、慢性疾患への心理的適応に関する過去10年間の文献レビューをLancet誌に発表し12)、心理的適応が健康に及ぼす重要性について議論している。このレビューでは心理的適応を4側面(生理、心理、行動、認知)から検討しているが、レスポンスシフトは、認知的側面の一つとして扱われている。

2013年の国際QOL研究学会(International Society for Quality of Life Research: ISOQOL)では、レスポンスシフトSIG(Special Interest Group)において、レスポンスシフトのポジティブな側面がトピックとして扱われた。Spirituality(スピリチュアリティ)、Meaning(意味)、Gratitude(感謝)、Hope(希望)、Compassion(思いやり)、Forgiveness(寛容)、Mindfulness(マインドフルネス)などがこれにあたるとされている。

筆者らは、かつて心理的適応を測定する尺度であるNottingham Adjustment Scale13)日本語版(NAS-J)14)を開発し、視覚障害者の心理的適応に関する研究を行った。NAS-Jは、心理的適応を複数の認知的変数が高い状態と定義し、「不安・うつ」「自尊感情」「自己効力感」「障害者への態度」「障害の受容」「ローカスオブコントロール」の6領域を測定する尺度である。NAS-Jのを用いて視覚障害への心理的適応の構造モデルを作成し、心理的適応とが3階層のモデルから成ること、3階層のうち第2番目の内的自己価値が高まることが社会参加に影響することを明らかにした(Fig. 215)。このモデルは、障害があっても何らかの行動を起こすことによって自己の行動統御感が高まると、不安やうつが解消され自尊感情が高まることで社会参加が促進される可能性を示している。社会参加は、視力からの影響よりも、内的自己価値からの影響を強く受けており、社会参加の促進に心理的適応が果たす役割が大きいことを意味している。

Fig. 2.

心理的適応と社会参加の関連モデル(鈴鴨,200015)

この例のように、心理的適応に関する研究は、NAS-Jのような直接適応を測定する尺度を用いて行われてきた。QOL評価研究で培われたレスポンスシフトの検出手法を、心理的適応の検出・評価研究に活用することで、さらなる知見が得られる可能性が広がるであろう。

レスポンスシフト研究の今後

Barcey-Goddard Rらは、レスポンスシフト研究の5つの課題を提示している3)。第1に、用語と理論モデルに関するコンセンサスをさらに深めること、第2に、レスポンスシフトの臨床上の重要性を究明していく必要があること、第3に、重要な交絡因子としてのレスポンスシフトの測定方法と調整方法を確立すること、第4に、レスポンスシフトが治療の対象である場合の治療手法を検討すること、第5に、レスポンスシフト理論を現実に活用するための手法の確立、である。

行動医学研究においては行動変容に伴う認知変容の評価が求められる場合があるが、レスポンスシフトの概念や検出方法を活用することは、十分に可能であると思われる。今後のこの分野の研究発展を期待したい。

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