Japanese Journal of Behavioral Medicine
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Tailored Behavioral Change Intervention for Cancer Screening Behavior
Kei HIRAI
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2015 Volume 21 Issue 2 Pages 57-62

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要約

日本の乳がん検診の受診率は極めて低く、さらに系統的ながん検診受診率対策が十分に行われていなかった。そこで、乳がん検診(マンモグラフィー検査)に関して、トランスセオレティカルモデル・計画的行動理論などの行動変容の理論と方法を用いて、行動変容モデルを作成し、モデル内の変数を用いた対象者セグメンテーションを行い、さらに異なるセグメント毎に心理的特性を考慮したメッセージを作成し、それらを送り分けるテイラード介入を実施し、コントロール群との実際の受診率の違いを無作為化比較試験によって検討した。641名の女性に対する調査の結果、目標意図・実行意図・がん脅威などの心理的変数からなる行動変容モデルが開発された。このモデルに基づいた対象者セグメンテーションが行われ、その妥当性が示された。3つのセグメント毎に開発されたメッセージを送り分けるテイラード介入を1,859名の女性を対象とした地域介入研究において実施した。その結果、テイラード介入群(19.9%)とコントロール群(5.8%、Odds ratio 95%信頼区間: 2.67–6.06)、さらにコントロール群と3つのセグメントの間で受診率に有意な違いがあることが明らかとなった。これらの研究から、行動変容モデルに従って対象者をセグメントに分け、そのセグメントがどのような心理的特性を持った人たちによって構成されているかを精緻に調べ、それに対応したメッセージとデザインを開発するという一連の方法は、効果的な行動変容を実現するためにはとても有効な方法であるのではないかと思われる。

はじめに

がん検診の目的である死亡率を減少させるには、有効性の確立したがん検診を正しく実行し、さらに、一定水準の高い受診率を保つことが不可欠である。がん検診受診率を向上させるための代表的な取り組みとして、乳がん検診の普及啓発運動である「ピンクリボンキャンペーン」が挙げられる。「ピンクリボンキャンペーン」を含むさまざまな取り組みによって、乳がんや乳がん検診自体の認識は非常に高くなったといえよう。しかしながら、2007年の国民生活基礎調査1)によると、日本の乳がん検診の受診率は20.3%で、イギリス73.8%、アメリカ51.0%、韓国45.8%と比較するととても低かった2)。そこで、2008年に定められたがん対策基本計画においてはその目標となる受診率が50%と設定された。しかし、我が国では、実際に受診行動に結びつくような系統的ながん検診受診率対策が十分に行われておらず、科学的根拠に基づく受診方法の開発と、がん検診提供者への情報発信や教育・啓発を行う体制の整備が急務となった。

一方で、欧米ではがん予防の分野において、行動科学の理論とその技法が活用されている。米国国立がん研究所(NCI)が2005年に出版した「Theory at a glance: A guide for health promotion practice」3)では、「健康増進のための効果的プログラムにはさまざまなレベルでの行動変容が含まれる」とし、行動変容に適応されるいくつかの主要な健康行動のモデルと理論が紹介されている。がん検診受診行動についても行動科学の理論と方法を用いた研究がなされており、乳がん検診の対象者の心理特性を生かしたテイラード介入方法によりその受診率が向上することが明らかになっている4)。しかし、我が国では、がん検診の受診率対策に関して、これまで行動科学を応用した取り組みは体系的にはなされてこなかった。

そこで、われわれは、平成20年度から始まった、厚生労働科学研究費補助金 がん臨床研究事業 「受診率向上につながるがん検診の在り方や、普及啓発の方法の開発等に関する研究」班(渋谷班)において、行動変容の理論に基づき、乳がん検診の対象となる年代の特性を明らかにする調査により、乳がん検診受診行動についての行動変容モデルを開発し5)、さらにモデルを用いて乳がん検診の対象者を心理特性に基づくセグメンテーションを行った6)。最後に、乳がん検診の対象者セグメントごとに受診を勧めるテイラードメッセージを送付する地域介入研究を実施した7)

乳がん検診受診行動の行動変容モデルの開発

まず、われわれの研究グループでは、我が国における乳がん検診の受診行動に影響を与える心理・行動的特性を明らかにするために、Trans-theoretical model8), Theory of Planned Behavior9)行動変容の理論と、目標意図(Goal intention)と実行意図(Implementation intention)」10)、がん脅威(Cancer worry)11)からなる仮説モデルを作成し、641名の40~50代女性を対象とした横断調査(インターネット調査会社の登録モニター)を行い、仮説モデルの適合性を構造方程式モデル分析により評価した5)。この中で目標意図とは、「検診を受けるつもりである」というような行動そのもの意図であるのに対して、実行意図とは「いつ検診をうけるか」、「どこで検診を受けるか」などの行動の実行のための具体的な計画を形成する意図のことである。

その結果、Fig. 1に示すような高い適合性を持った乳がん検診受診行動のステージを最終被説明変数とする行動変容モデルを得ることができた。このモデルにおいては、乳がん検診受診行動のステージは、実行意図と目標意図のそれぞれから説明されるが、実行意図の影響のほうが強いことが明らかになった。この実行意図には遺伝的な要因などの実際のリスクや家族歴が直接関係する一方で、目標意図に対して、がん脅威(Cancer worry)やがん検診の重要性などの主観的評価と周囲や主治医からの勧めといった主観的規範が関係していた。

Fig. 1.

Structural equation modeling for stages of mammography adoption5).

この結果から、検診の重要性を指摘する、規範を作るという従来の普及啓発を進める一方で、これらに加えて、具体的な実行計画が作られる・実際の手順がイメージできるような対策が必要で、がん検診受診を促す情報提供にあたっては受診期間を区切る、検診を受けられる場所のリストを載せる、申し込み方法や当日の検査の流れをフローチャートで示すなどの対策が有効である可能性が示された。

行動変容のための対象者セグメンテーション

前述の研究で得られた乳がん検診の行動変容モデルでその行動変容に重要であることが示された変数のうち、目標意図・実行意図・がん脅威を用いて対象者セグメンテーション(Audience segmentation)を作成した。対象者セグメンテーションとは、ヘルスプロモーション、ヘルスコミュニケーションの分野において、効果的なキャンペーンを計画する際に用いられる方法であり、対象者の属性や心理的特性などによって、対象者を複数のグループ(セグメント)に分ける方法である12)。行動変容モデル開発で用いた同じサンプルを対象(641名)に、実行意図(1点以上)、目標意図(5点)、がん脅威(3点以上・以下)を基準に5つのセグメントを作成し(Fig. 2)、15か月後に追跡調査を行い、セグメントごとに実際の乳がん検診の受診率を比較した6)。641名のうち559名が回答した。実行期にあるセグメント5(n=172)、高い実行意図を持つセグメント4(n=29)、高い目標意図を持つセグメント3(n=17)、がん脅威の高いセグメント2(n=16)、がん脅威の低いセグメント1(n=16)のそれぞれのマンモグラフィー検査の受診率は、62.6%、48.3%、29.3%、21.6%、17.4%となり、セグメント5に対して他のセグメントは有意に受診率が低かった(OR=0.13〜0.56)。またセグメントにより幾つかの心理特性が有意に異なることが示された。つまり、乳がん検診について受診行動を維持しているセグメントから、実行意図を持つセグメント、目標意図を持つセグメントの順番に実際の検診の受診率の高くなっていたことから、われわれの行った対象者セグメントは、予測妥当性があると言える。そこで、このセグメンテーション・アルゴリズムを実際の地域での乳がん検診の受診勧奨の介入に用いることとした。

Fig. 2.

Segmentation algorism of mammography adoption6).

乳がん検診受診の行動変容を意図した地域介入研究

前述の2つの研究知見を用いて、実際に1つの自治体の検診事業において、行動変容モデルとセグメンテーションを使った乳がん検診受診向上のための行動変容介入を行った7)。前項のセグメントのうち検診受診習慣のあるセグメント5除き、介入の実施可能性を高めるため実行意図の高いセグメント4と目標意図の高いセグメント3を統合し、検診受診意図の高いセグメントA、受診意図が低く、がん脅威の高いセグメント2に対応するセグメントB、受診意図が低く、がん脅威も低いセグメント1に対応するセグメントCの3つのセグメントを設定した。それぞれのセグメントごとに乳がん検診受診意図の形成の訴求に有効であると考えられたメッセージ群を開発した。最後に、開発したメッセージをセグメントごとに送り分けるテイラードメッセージ介入を、関東地方のある都市で過去2年間の乳がん検診受診経験のない 51~59歳(55歳を除く)の1,859名の女性を対象として実施し、その有効性を従来の自治体が作成したメッセージをコントロールとして無作為化比較試験によりテイラード介入の有効性を検証した。

目標意図・実行意図・がん脅威などについて尋ねた事前調査(対象者8,100名)の回答者3,236名のうち、2年以内の未受診者1,859名をランダムに介入群とコントロール群に割りつけた。それぞれの群は、セグメントAからCが含まれる人数を同じ割合とし、テイラード介入群では、セグメント毎に、それぞれのセグメントの特性に合わせた3種類のデザインとメッセージを含むがん検診の受診勧奨のリーフレット(Table 1)が送付された。

Table 1. Three types of tailored persuasive statements and the design of leaflets
Tailored message Design
Segment A Clear information about where/when/howthey can receive screening
Segment B Gain-framed message:“Detecting cancer early can lead to a higher chance of cure”
Segment C Loss-Framed Message:“Not detecting cancer early can increase the risk of fatality”

セグメントの心理的特性に応じて開発されたテイラードメッセージと異なるデザインを含むリーフレットは、ソーシャルマーケティングと呼ばれる方法により作成された。ソーシャルマーケティングとは、企業のマーケティングで使われるさまざまな手法を社会的な課題の解決に用いていこうというもので、禁煙キャンペーンなどの企画や実施において用いられるものである。予めセグメント毎の対象者を集めたインタビュー調査を行い、それぞれのセグメントに属する人が反応するメッセージとデザインを選びリーフレットを作成した。セグメントAは、乳がん検診の重要性をすでに理解しているが、受診に対する面倒くささを感じていたので、がんに対する罹患可能性と重大性、がん検診を受けることでの便益に関する情報は最小限としつつ、実行意図の形成に繋がるように検査手順のフロー図式化と連絡先を明記する内容のリーフレットとなった。セグメントBは、がん検診の受診意図が小さく、さらに乳がんは怖いけれどがんが発見されることに対してより恐怖を感じていたので、このセグメントに対するリーフレットは、「日本人女性の20人に1人が乳がんになる」という罹患可能性を示しつつ、「乳癌は早期のうちに発見して治療をすれば90%治る」というがん検診を受診することの便益を積極的に示す(Gain-frame)メッセージとし、さらにイラストを中心とした優しい印象となるデザインのリーフレットとした。セグメントCは、がん検診の受診意図が小さく、がんに対する脅威も小さく、「自分は、大きな病気になったことがないから乳がんにはならない」と考えているような人たちで、他のセグメントと同様に「日本人女性の20人に1人が乳がんになる」という罹患可能性を示した上で、さらに「発見が遅れ、手遅れになることもあるため、毎年一万人以上の日本人女性が 乳がんで命を落としている」という損失を明確に示す(Loss-frame)メッセージを用い、濃い青色でレントゲン写真を使用することで深刻さを強調するデザインのリーフレットとした。

上記のテイラードメッセージを用いた受診勧奨を行い、その後の受診率のフォローアップを行った。その結果、テイラード介入群(19.9%)とコントロール群(5.8%;OR=4.02;95%信頼区間: 2.67–6.06)、さらにコントロール群と3つのセグメントの間で受診率に有意な違いがあることが明らかとなった(Fig. 3)。特に、目標意図がすでに形成されているセグメントAに対して実行意図の向上を意図したメッセージを用いたものが最も受診率が高いことが明らかになった。1人の受診者を増やすために必要なコストの計算を行ったところ、テイラード介入群では2,544円であったのに対して、コントロール群では4,366円とテイラード介入のコスト面での優位性が示された。

Fig. 3.

Effect of Intervention on Attendance of Breast Cancer Screening7).

まとめ

一連の研究により、我が国の乳がん検診の行動変容について、Trans-theoretical Model、Theory of Planned Behavior、実行意図と目標意図、がんに対する脅威性(Cancer worry)を用いた行動変容モデルとそれに基づくセグメンテーション、そしてセグメントの心理的特性に対応したテイラード介入は有効な方法であることが示された。この結果において、実行意図の形成を目指すメッセージと、便益を示すGain-frameメッセージと、損失を示すLoss-frameメッセージの使用が有効であったのではないかと考えている。行動変容モデルに従って対象者をセグメントに分け、そのセグメントがどのような心理的特性を持った人たちによって構成されているかを精緻に調べ、それに対応したメッセージとデザインを開発するという一連の方法は、効果的な行動変容を実現するためにはとても有効な方法であるのではないかと思われる。その際、行動変容の理論に含まれる心理変数はターゲットに応じた行動変容のモデルを考える際には大きな参考になるものであると考えられる。

一方で、この研究で行ったテイラード介入にも限界がある。それは、介入の手順に人的なコストがかかり、通常の自治体のがん検診業務にそのまま取り入れるのには大きなコストがかかることである。この点については、今回の研究結果を踏まえ、例えば、セグメントAの占める割合が一番大きかったことから、実行意図の形成を意図したリーフレットのみを採用するという方法をがん検診の受診率対策を行う自治体に推奨するということが考えられる。また、今回の結果はあくまでも乳がん検診についての結果であり、他のがん検診については異なる結果となることが予想される。現在、大腸がん検診についても同様の介入を行ったが、異なる傾向があることが分かってきている。よって、今後もより体系的ながん検診の受診率対策の方法が整備され、さらに行動変容に関する学術的な知見を深めていくために、さらなる研究知見を積み重ねることが求められる。

文 献
 
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