2015 Volume 21 Issue 2 Pages 69-75
わが国の労働者の健康に対してストレスの悪影響は大きいため、国や事業場は様々な対策を講じている。事業場は、ストレスレベルのチェックやストレス理解を促す研修会を実施しており、現在多くの労働者がストレスレベルのチェックや研修会へ参加するようになっている。しかし、彼らがストレスチェックや研修会へ参加することが、その後のセルフケアの実施に結びついていないことが問題である。この理由として、筆者らは、労働者各個人の「ストレスの捉え方の傾向」の個人差が影響していると仮説を立てた。すなわち、ストレスレベルの自己評価は、ストレス対処行動を生じさせるために必要な最初の段階である。体験しているストレスのレベルやストレス・マネジメントの重要性を過小評価しやすい態度を持っている者は、十分なストレス対策を実施しないであろうと考えられる。本稿では、現在までの研究のうち、ストレス性疾患である急性心筋梗塞患者を対象としたストレスの捉え方の質的研究、労働者を対象とした量的研究をそれぞれ紹介する。一連の研究結果を応用し、本人の「ストレスを過小評価する傾向」の要因を追加することで、ストレスチェックやメンタルヘルス研修の効果をより高めることが期待される。
わが国におけるうつ病による経済損失は1年で1兆2,870億円とも試算され1)、労働者を対象としたメンタルヘルス対策は喫緊の課題である。わが国の事業場では厚生労働省の指針2)に基づき、セルフケア、ラインによるケア、事業場内産業保健スタッフ等によるケア、事業場外資源によるケアの4階層からなる対策を推進することが求められている。このうちセルフケア対策は、さらに、a. ストレスやメンタルヘルスの理解、b. ストレスへの気づき、c. ストレス対処の支援の3つに分かれている。メンタルヘルス対策に積極的に取り組んでいる事業場では、研修で知識を向上させ(aおよびc)、高ストレス者にセルフケアの実施を促すことをねらいとしたストレス調査(b)を導入している。ストレス調査については、2014年に労働安全衛生法が改正され、2015年12月より1年に1回以上のストレスチェックの実施が義務化される3)こと等を背景に、今後事業場で導入が進むと考えられる。
各種対策の結果、メンタルヘルス研修やストレス調査に参加する労働者は増加しているが、有効なセルフケア(効果的なストレス・マネジメントの習慣化)の実施につながっていないことが課題である。つまり、各労働者が高リスク群である場合に、自分で気づきを高め、自分から相談行動やセルフケア行動を起こすことを促進するための方策や、高リスク群を対象とした面談において本人の気づきを促すような情報提供方法についての検討が必要である。
そこで我々は、個人のセルフケア実施に影響する認知的要因、具体的には、ストレスやストレス・マネジメントに対する考え方や認識、信念等を検討している。効果的な介入プログラムが実証され4, 5)、各事業場でストレスチェック制度3)を導入する準備が行われている現在、個人のストレスやストレスケアへの認知(例えば「今自分はストレスを感じているから、何か対策をとる必要がある」「ストレスが長期間続くと、健康に悪い」といったストレス状態の主観評価や態度等)をターゲットとする介入を追加することで、ストレスチェックや研修の効果をより高め、セルフケア実行意図の向上に役立つと考えている。
本稿では、我々が主に壮年期の労働者を対象に実施している「ストレスの存在や対処の重要性を過小評価する傾向」の研究経過、および関連する認知的要因について紹介する。それらをふまえ、労働者のストレスのセルフケアへの動機づけを向上させる方策について述べる。
研究は、労働者世代にとって代表的なストレス性疾患である急性心筋梗塞を発症した患者を対象にした質的研究から開始した6)。日本人男性では、ストレスが「多い」と回答した者よりも「普通」と回答した者の方が冠動脈疾患のリスクが高いことを示唆する先行研究7)等から、冠動脈疾患患者には、ストレスやストレスケアへの態度に特徴が認められると考えたためである。男性の急性心筋梗塞患者178名(平均年齢56.1歳、SD=9.3)を対象とした面接調査を行い、生活環境、生活習慣、生活上のストレスや対応について尋ねた。
面接内容に関する質的分類を行ったところ、1)ストレスを感知しない態度(例:何がストレスかわからない、自分ではそう思わないが周りの人からストレスが多そうだと言われる)、2)ストレスを回避する態度(例:ストレスは難しいものなので真剣に考えない方がよい、ストレスは無視するのがよい)、3)ストレスが過多である状態を一般化する態度(ストレスはいつものことで、当たり前のものであると思う)、4)ストレス対処への楽観的な態度あるいは過度な効力感(例:自分はどんなストレスでも乗り越えられる、自分はストレスをためないたちである)、5)サポートを受けることに対する否定的な態度(例:自分のストレスは周りに理解されない、他人に相談しても役に立たないことの方が多い)、6)ストレス・マネジメントを行うことに対する重要性の低さ(例:まとまった休みをとったことがない、ストレスは身体の健康に影響しない)といった特徴が認められた。
つまり、ストレスの存在、その影響、あるいは対処の重要性を過小評価し、そして援助要請に対するネガティブな態度を持つために、ストレスが多い生活を送っているにも関わらず必要な対処を行わないというライフスタイルが維持され、結果としてストレス状況が慢性化し、急性心筋梗塞の発症に至った可能性が考えられた。
質的研究で得られたカテゴリーから質問項目を作成し、正規雇用労働者1,326名(男性664名、女性662 名、平均年齢42.5歳、SD=12.2)の協力を得て調査研究を行った8)。その結果、Table 1に示すような12項目からなるストレスの過小評価の信念(SUB: stress underestimation belief)尺度を開発した。SUB尺度は、1)ストレスに対する過度の効力感、2)ストレスに対する非感受性、3)ストレス過多状態の一般化、4)ストレスからの回避の4下位尺度から構成されていた。
ストレス管理に対する過度の自己効力感 |
ストレスに負けない自信がある
私はどんなストレスでも乗り越えられる 私はストレスに対して強い人間である |
ストレスに対する非感受性 |
自分にはストレスがないと思う
私はストレスとは無縁である 自分にとって何がストレスかわからない |
ストレス状態の過度の一般化 |
ストレスは誰しも抱えているので弱音を吐くべきでない
日常生活の中でストレスが多いなどと言っていられない ストレスは皆が抱えているものなので、我慢するしかない |
ストレスに対する回避的信念 |
ストレスは難しいものなので、真剣に考えない方がよい
ストレスは気にしないのが一番だ ストレスは放っておいた方がよい |
*当てはまらない(1点)~当てはまる(4点)の4件法で評定
SUB尺度合計値をパーセンタイル値で3群に分け(低群・中群・高群)、ストレス・マネジメント行動の変容ステージ9, 10)の無関心期、長時間残業者(月81時間以上)の割合、高ストレス症状者(労働者のストレスに関連する症状・不調を確認する項目11)において、疲労、不安、抑うつのいずれかにおいて11点以上を示した者)の割合との関連をχ2検定で検討した。Fig. 1に示すように、ストレスを過小評価する傾向が強い者(高群)は、ストレス・マネジメントの実施に無関心である者の割合が高く、男性においては長時間残業者の割合も高かった。一方、高ストレス症状者の割合は男女共に低かった。横断的には、ストレスを過小評価する傾向は、比較的客観的な指標である労働時間を反映するが、ストレス症状の自己評価は反映しづらい可能性が示された。
SUB score and lack of stress management, overtime work, and stress symptoms. Chi-square tests were significant in Lack of stress management (male: χ2(2)=20.5, p<0.01, female:χ2(2)=5.0, p<0.10), Overtime work (male: χ2(2)=7.9, p<0.05) and High stress symptoms (male: χ2(2)=23.5, p<0.01, female: χ2(2)=29.7, p<0.01). SUB: Measure of stress underestimation belief.
ストレスを過小評価する傾向が強い者は、実際に不調を呈している状態をどのように評価するのだろうか。過去および現在に大きな精神的・身体的な疾患を抱えていないと回答した3,718名の正規雇用労働者(男性2,660名、女性1,058名、平均年齢39.2歳、SD=9.9)の回答を分析した12)。精神的不調を呈している状態の評価は、mental health literacyの先行研究13, 14)で使用された項目を用いた。大うつ病性障害を呈した主人公の短文(Table 2)を読んでもらい、主人公の状態の原因となりうるもの(「うつ病」等全11項目から1つ選択)、専門家の援助を受けない場合の予後(「それ以上何の問題も残さないで十分に回復できる」等全7項目から1つ選択)、主人公にとって役立つ対処(「友人/家族に相談する」「精神科医に診てもらう」「カウンセラーに相談する」等全8項目から1つ選択)について回答をもとめ、ストレスの過小評価傾向との関連をχ2検定と残差分析で検討した。
A雄(女性には「B子」と提示)さんは30歳です。彼は、この数週間、これまでに経験したことがないほどの悲しみと不幸を感じています。彼はいつも疲れているのに、ほとんど毎晩よく眠れないでいます。食欲はなく、体重が減ってきています。彼は仕事のことを考えられず、あらゆる決断を先延ばしにしています。日々の勤めさえ、もはや自分の手に負えないようにみえます。A雄さんの上司もこれに気づき、彼の業績が落ちたことを気遣っています。 |
短文の原因評定では、男性のみストレスの過小評価と有意な関連があり、ストレスを過小評価する傾向が強い者(高群)は他と比較して、うつ病であると評価する割合が低く、問題ないと評価する割合が高かった(Fig. 2)。
SUB score and percentage of the participants chose “depression” or “no problem”. Chi-square tests was significant in the reason of depression vignette (male: χ2(20)=68.5, p<0.0001). Adjusted residuals were significant in “Depression” and “No problem”. SUB: Measure of stress underestimation belief.
また、専門家の援助を受けない場合の予後の評定では、男女ともストレスの過小評価傾向と有意な関連があり、ストレスの過小評価傾向が強い者は他と比較して、十分に回復できると評価する割合が高く、改善しないか悪化すると評価する割合が低かった(Fig. 3)。
SUB score and expectation without treatment. Chi-square tests was significant in the reason of depression vignette (male: χ2(12)=79.4, p<0.001, female: χ2(12)=21.3, p<0.05). Adjusted residuals were significant in “Full recovery”/“Full recovery with relapse” and “No improvement”/“Get worse”. SUB: Measure of stress underestimation belief.
最後に、主人公にとって役立つ対処では、男性について有意な関連があり、ストレスの過小評価傾向が強い者は、精神科医やカウンセラーを選ばない人の割合が有意に多かった。
以上の結果から、ストレスを過小評価する傾向は、特に男性において、不調を呈した際の正しい判断を阻害し、適切な対策を遅らせる影響を持つことが示唆された。
研究の結果、ストレスやストレス・マネジメントの重要性を過小評価する傾向が強い者は、残業時間が多い一方で自己評定に基づく精神的健康は悪くなかった。彼らはまた、精神的な不調を呈した状態、援助を受けない場合の予後をより楽観的に評価し、適切な援助を選ばない傾向にあった。そしてこうした傾向は、男性において顕著であった。自己評定に基づくという限界はあるものの、本研究の結果は、特に男性においてメンタルヘルス不調の一次・二次予防では、ストレスの過小評価という労働者の認知的側面にもアプローチすることが有用であることが示唆された。
2. ストレスの過小評価に関連する認知的変数以下では、ストレスを過小評価する傾向と関連すると考えられる認知的要因として、不調の感知しづらさ、リスクに対する楽観性、そして脅威性の評価について述べる。
我々の研究において、ストレスを過小評価する傾向が強い者は、自己評定による高ストレス反応者の割合が低かったが、より客観的な指標である労働時間では、長時間労働者の割合が高かった。ストレスを生じさせる刺激とそれによって生じるストレス反応を認めず回避する傾向、つまり不調の存在を無視・ないしは低く見積もる傾向は、感情体験を抑圧する傾向(repressor15)やsupression16)等)という観点から研究が行われている。
Repressor(不安尺度の主観評定が低く、社会的望ましさが高い群と操作的に定義される)を実験的に検討した研究では17)、不安を生じさせる実験で、真に不安が低い群(不安尺度の主観評定・社会的望ましさが共に低い)と比較して、repressorは質問紙による不安は低い一方で、心拍率の変化は最も増加量が大きかった。Repressorとその後の身体疾患発症との関連が示された研究もあり15)、ストレス反応を認めない・感知しない態度は、長期的に見て心身の健康に悪影響を与えることが示唆されている。
次に、我々の研究では、ストレスを過小評価する傾向が強い者は、精神的な不調の状態やその予後を楽観的に評価する傾向にあった。自分に都合良くリスクを解釈することや予測することは楽観性バイアス18)と呼ばれる。楽観性バイアスが存在すると、不調があったとしても、その悪影響を割り引いて評価するため、健康行動の実施に結びつかない19)。プライマリケアの受診者で抑うつ状態を呈する患者への質的調査では、自分の状態を「うつは長続きしない」「日常生活に支障はない」と判断することで、メンタルヘルスケア受診を行わなかったことが示されている20)。
最後に、脅威性の評価は、健康行動を実施するきっかけとなり得る認知の1つであるが、ストレス状況を低く見積もることや楽観的に予測する傾向が強い者は、脅威性の評価が低いであろう。健康行動のHealth belief model21)によれば、マスコミからの情報や他者の勧め等のきっかけが与えられるのみでは健康行動は生じず、罹患性、罹患した場合の自分にとっての影響(重大性)、その疾患への脅威、および行動実施のメリット・デメリットといった認知的要因を介して、行動の実行意図が高まると想定されている。ストレスケアの文脈で考えると、事業場でメンタルヘルス研修を受けたとしても(きっかけ)、「自分はストレスによる悪影響を受けない(罹患性を低く評価)」あるいは「ストレスによる悪影響の話題は、自分とは関係ない話だ(重大性を低く評価)」さらに、「ストレスによる悪影響はたいしたことはない(脅威性を低く評価)」と評価し、かつ「忙しいのでストレス・マネジメントのために何かを始める時間はない(デメリットを大きく評価)」と判断した場合、ストレス・マネジメントを行う意図は生じないであろう。
我々の研究において、ストレスを過小評価する傾向が強い者は、ストレス・マネジメントに対して無関心期者の割合が多かった(Fig. 1)8)。これは、以上に述べたような認知的要因が関与したプロセスの結果であることが示唆され、ストレスを過小評価する傾向を扱うことの有効性を支持するものであると考えられる。
3. 今後の展開個人が行動変容の重要性を自覚し実際に行動を起こすまでの間に認知的要因(代表的なものとして、自己効力感22)、メリット・デメリットの評価23)、不合理な信念2424)等がある)の影響が大きいことは、身体活動や食行動等ストレスケア以外の健康行動では実証されている2525)。しかしながら、ストレスに関わるセルフケア行動に対する認知的要因の影響については、うつ病に対する態度や偏見が援助要請へ与える影響を検討した研究26)やTranstheoretical modelの認知的要因の研究23)があるものの、検討は不十分である。したがって、個人の認知的要因に注目した研究知見を蓄積することで、高ストレスでありながら、ストレス調査やメンタルヘルス研修を受けてもセルフケアを行わない者へのアプローチが可能になると考えられる。今後ストレスケア行動増進の領域で認知的要因を扱う際の課題を2点挙げる。
第1に、研究手法が結果に与える影響を考慮する必要がある。ストレスを過小評価する傾向が強い者に自記式の質問票を用いると、体験している症状の自己評定が低い方向に歪む可能性がある。心疾患患者のストレス反応について、本人による自己評定と家族による他者評定を比較すると、男性について、患者本人の報告が家族による報告よりも有意に低くなる現象は既に報告されている2727)。また、先述のrepressorに関する研究17)では、質問紙の不安評価と生理指標の不一致が生じていた。つまり、アウトカムの測定方法(自記式の指標だけでなく労働時間や疾病罹患有無等より客観的な指標を用いる)、研究デザイン(横断研究だけでなく、縦断研究でその後の健康への影響を検討する28))、研究手法(調査研究と実験研究を組み合わせ)を工夫した研究を行う必要がある。
第2に、認知的要因への介入に際し工夫が必要である。我々の研究で取り上げたストレスを過小評価する傾向が強い者は、不調を否認し、状況を楽観的に考えることが特徴であった。問題の存在を見ないようにしている者、あるいは、リスクや予後の予測が過度に楽観的な者に対しては、「放っておくとひどいことになる」と脅すのがよいのだろうか。心理学の領域では、fear appeal(脅威アピール)というテーマで研究が行われている29)。先行研究によれば、脅威アピールの効果は、対象者の特徴、脅威を与える方法、提示する対処行動の効果等によって異なることが明らかになっており、脅威を喚起するだけでは予防行動を生じさせるどころか逆効果となる場合もあることが示されている30)。したがってストレス対策の領域で、今後、研究の知見を応用し「どのような認知タイプの人に」「何を」「どのように」伝えるとセルフケア行動につながるような動機づけを高めることができるのか、あるいは現在持っている過小評価の傾向を変容させることができるのか、さらに検討することが必要である。我々も、過小評価の強い群にとってより印象に残りやすいようなストレス関連情報の提示方法について実験研究を行う計画である。
乳がん検診未受診者を検診受診への態度で3群(検診意図が高い群、検診意図が高くがん不安が高い群、検診意図が低くがん不安も低い群)に分け、同じ検診促進情報を、各群の特徴に合わせ提示方法のみを変えることにより受診率を向上させることに成功した研究がある31)。我々の研究も最終的には、過小評価の傾向別により効果のある情報の提示方法を提案し、フィールドで活用することが目標である。