2015 Volume 21 Issue 2 Pages 91-98
本研究の目的は、社交不安の2つのサブタイプ(全般性、非全般性)における、刺激関係の形成の流暢性と、スピーチ場面で生起する生理的反応の差異を検討することであった。54名の大学生を対象に、パフォーマンス場面に対する不安を測定するSocial Phobia Scale(以下、SPS)、対人交流場面に対する不安を測定するSocial Interaction Anxiety Scale(以下、SIAS)への回答を求め、関係ネットワーク間での刺激関係の形成の流暢性を測定するGo / No-go Association Taskを実施し、スピーチ課題中の精神性発汗を測定した。SPS、SIAS得点の平均値、標準偏差をもとに群分けを行い、基準を満たす30名が分析対象とされた。その結果、全般性の社交不安を示す者は、不安が低い者と比較してパフォーマンス場面をあらわす言語刺激群と、ネガティブな情動をあらわす言語刺激群の間の刺激関係を形成しやすいことが示された。また、不安が低い者は、スピーチ準備期と比較して実施期の精神性発汗の程度が高いことが示された。本研究の結果から、社交不安の2つのサブタイプを関係フレーム理論の観点から記述する有用性が示唆された。
社交不安には、「恐れる場面の数の差異」によってサブタイプが存在することが示されている1)。具体的には、ほとんどの社会的場面で不安を感じる全般性(Generalized type)と、限定された社会的場面で不安を感じる非全般性(Non-generalized type)に大別され、診断基準においても重要視されている1,2)。一方、2つのサブタイプにおいては、恐れる社会的場面の数のみならず、社会的場面で表出される「恐怖反応」や、それらを獲得する「学習歴」も異なることが明らかにされている。例えば、全般性の社交不安を示す者は、非全般性の社交不安を示す者と比較して、スピーチ課題などの社会的場面に曝された際の客観的な生理的反応(例えば、心拍)が低いこと3)、トラウマティックな社会的経験が少ないこと4)、その一方で、質問紙などの主観報告で測定される恐怖反応が大きいことが指摘されている5)。したがって、全般性の社交不安を示す者は、恐怖反応を生理的反応や直接的な恐怖体験などの客観的事実に基づいて言語的に報告をしているわけではないことが予想される。これらの差異に加え、全般性の社交不安を示す者は、非全般性の社交不安を示す者と比較して、認知・行動療法の介入効果が低いことが指摘されている6)。そのため、社交不安の2つのサブタイプの状態像の再理解と、全般性の社交不安に対する治療方法の立案が必要であると考えられる。
これまで、社交不安は、恐怖や回避反応の獲得や維持をレスポンデント条件づけ、オペラント条件づけの2側面からとらえる二要因理論7)に基づいて説明されてきた。二要因理論では、レスポンデント条件づけによって学習された恐怖反応は、刺激般化のメカニズムによって類似した場面や刺激においても拡大すると解釈されている。つまり、二要因理論において、恐怖反応が獲得されるためには、恐怖場面における直接的な恐怖体験の学習歴が存在することが前提となる。しかし、全般性の社交不安を示す者は、そのような直接的な恐怖体験が少ないため、全般性の社交不安に対しては二要因理論に基づく説明が非常に困難である。このような流れから、直接的な恐怖体験に基づかない恐怖反応の拡大に対しては、おもに人間の「言語」や「認知」の側面からの記述がなされている8)。この理論的枠組みのひとつである関係フレーム理論(Relational Frame Theory;RFT)9)では、このような直接的な恐怖体験に基づかない恐怖反応の拡大は、恐怖反応の象徴的般化(Symbolic generalization)10)と称される。RFTの立場に基づけば、この恐怖反応の象徴的般化は、相互的内包、複合的相互的内包、刺激機能の変換を特徴としてもつ「関係フレームづけ(恣意的に適用可能な関係反応)」に基づいて記述される。RFTは、刺激Aの提示下で刺激Xを選択し(以下、A→Xと表記する)、刺激Aの提示下で刺激Yを選択する(以下、A→Yと表記する)という学習をすると(ただし、刺激は恣意的なものである)、さらなる訓練の実施なしに、X→A、Y→Aという関係(相互的内包)、X→Y、Y→Xという関係(複合的相互的内包)が派生するという前提に立っている9)。そのような関係反応が観察された場合を「派生的刺激関係の確立(ここでは等位の刺激関係)」、派生的刺激関係が確立した刺激の集合を「関係ネットワーク」と呼ぶ。そして、この関係ネットワーク内のひとつの刺激に対して恐怖反応誘発機能が獲得されると、派生的刺激関係の種類に応じて、ネットワーク内の他の刺激に対して恐怖反応が生起(および減弱)するようになる(刺激機能の変換)。これらの理論的枠組みによって、直接的な恐怖体験が随伴した場面や刺激(例えば、実際のスピーチ場面)とは「物理的」には関連がなく、かつ、直接的な恐怖体験が随伴していない刺激(例えば、「スピーチ」という言語刺激)が恐怖反応誘発機能を「象徴的」に獲得する作用機序を記述することができる。そして、この関係フレームづけの理論的枠組みを用いることで、全般性の社交不安の臨床像を記述することが可能になると考えられる。すなわち、全般性の社交不安を示す者は、社会的場面をあらわした多くの言語刺激(「スピーチ」、「交流」など)を関係フレームづけ、これらの言語刺激が恐怖反応誘発機能を獲得することで、直接的な恐怖体験をしていない多くの社会的場面を回避していることが想定される。
恐怖反応の象徴的般化が生じるプロセスをRFTの枠組みから記述した研究においては、「スピーチ」といった日常生活で用いられる言語刺激を用いた場合には、当該の言語刺激に対する学習歴の個人差の影響が予測されるため、研究参加者が過去に見たことがない新奇刺激(例えば、「CUG」)が用いられている。そして、恐怖反応誘発機能を直接的に獲得した新奇刺激(「CUG」;実際のスピーチ場面に相当)とは、刺激の形状といった点で物理的にも類似しない刺激(「PAF」;「スピーチ」という言語刺激に相当)であっても、それらの刺激が関係フレームづけられることによって、恐怖反応誘発機能が変換されることが示されてきた10,11,12)。実際、Dymond13)は、この手続きを用いて、クモ恐怖の者とそうでない者との間で、関係フレームづけに基づいて恐怖反応誘発機能が獲得されるプロセスに差異があることを実証的に明らかにしている。また、この刺激機能の変換が起こる刺激間の関係性は、等位の刺激関係のみならず、同類および反対(same / opposite)の関係を通じても生起することが確認されている14)。
しかしながら、先行研究においては、社交不安のサブタイプを対象として、日常生活で用いられる言語刺激(例えば、「スピーチ」)に対する過去の学習歴の個人差を測定した検討は行われておらず、その測定方法も十分に確立されているとはいえない現状にある。
このような学習歴の個人差を記述するためには、それまでに形成されてきた、例えば「スピーチ」や「つらい」といった言語刺激間の関係の学習歴を直接的に測定できる手続きが必要であると考えられる。この測定手続きを用いることによって、一連のプロセスを記述しようとした従来の研究ではむしろ統制すべき変数として位置づけられてきた過去の学習歴を記述することが可能になると考えられる。この具体的な方法の1つとして、Go / No-go Association Task(以下、GNAT)15)がある。GNATは、過去の経験によって自動化されている知識の概念間の結びつき(潜在的連合)を測定する認知課題とされている15)。最近になって、潜在的連合を測定する認知課題を、RFTの枠組みから再理解する試みがなされつつある。RFTにおいては、潜在的連合を測定する認知課題は、ターゲットの言語刺激群と、属性をあらわす言語刺激群の間の刺激関係の形成における流暢性(以下、刺激関係の形成しやすさ)を測定していると解釈されている16)。すなわち、ある刺激間の関係を形成しやすいことは、その刺激関係の形成がなされた学習歴が存在すると解釈される。そのため、本研究では、GNATを用いて、社交不安のサブタイプにおける、関係ネットワーク間での刺激関係の形成しやすさの差異を検討することを目的とする。すなわち、全般性の社交不安を示す者は社会的場面をあらわす言語刺激群の関係ネットワークを有し、これらの言語刺激群が恐怖反応誘発機能を獲得していることが考えられるため、社会的場面をあらわす言語刺激群とネガティブな情動をあらわす言語刺激群の間の刺激関係を形成しやすいことが想定される。
また、関係フレーム理論の枠組みにおいて、社交不安における生理的反応の生起は、恐怖反応誘発機能のなかでも、直接体験に基づいて獲得されたレスポンデント反応誘発機能(以下、レスポンデント機能)としてとらえることができる。これまでの先行研究から、非全般性の者は、直接的な恐怖体験が存在することが明らかにされているため4)、実際の恐怖場面が有するレスポンデント機能として、生理的反応の生起が認められることが想定される。本研究では、全般性の社交不安を示す者と非全般性の社交不安を示す者の、実際の恐怖場面が有するレスポンデント機能の差異を検討することを目的として、生理的反応を測定する。
1.GNAT課題において、全般性の社交不安を示す者は、非全般性の社交不安を示す者、また不安の程度が低い者と比較して、社会的場面をあらわす言語刺激群と、ネガティブな情動をあらわす言語刺激群の間の刺激関係を形成しやすい。
2.全般性の社交不安を示す者と不安の程度が低い者は、非全般性の社交不安を示す者と比較して、スピーチ場面における生理的反応の生起(レスポンデント機能)の程度が小さい。
私立大学の学生54名(男性20名、女性34名:平均年齢20.22±1.59歳)を研究参加者とした。研究参加者の募集にあたり、(a)スピーチ場面が設定されていること、(b)生理指標の測定機器を体に装着すること、(c)実験のどの段階においても参加を取りやめることが可能であること、について事前に説明を行った。
2. 調査材料(1)パフォーマンス場面に対する不安
Social Phobia Scale 日本語版(以下、SPS)17)を用いて測定した。SPSは20項目で構成される尺度で、回答方法は0(まったくあてはまらない)~4(非常にあてはまる) の5件法であり、得点が高いほどパフォーマンス場面に対する不安が強いことを示す(range: 0–80)。
(2)対人交流場面に対する不安
Social Interaction Anxiety Scale日本語版(以下、SIAS)17)を用いて測定した。SIASは20項目で構成される尺度で、回答方法は0(まったくあてはまらない)~4(非常にあてはまる)の5件法であり、得点が高いほど対人交流場面に対する不安が強いことを示す(range: 0–80)。
(3)精神性発汗(mental sweating)
実験参加者の非利き手の手のひらに、SKINOS社製の流量補償方式換気カプセル型発汗計(SKD-1000)のカプセルホルダを装着し、日本光電社製のポリグラフシステム(PEG-1000)に記録した。
(4)関係ネットワーク間での刺激関係の形成しやすさ
GNAT15)を用いて測定した。GNATは、Nosek & Banaji15)を参考に4つのブロックで構成され、本研究においては、社会的状況をあらわす単語(標的語)、文房具をあらわす単語(妨害語)、ポジティブな情動をあらわす単語(属性語)、ネガティブな情動をあらわす単語(属性語)の4カテゴリーを用いた(Table 1)。社会的場面をあらわす単語の選別に関しては、大学生27名を対象に予備調査を行い、社会的場面をあらわす単語を募集し、その上で、研究者が妥当だと判断した単語を用いた。その単語を、NTTデータベースシリーズ「日本語の語彙特性」第1巻単語親密度18)において単語親密度が高い順に15語選別した。また、3名の大学院生が15語の単語に対して、パフォーマンス場面、対人交流場面に分類し、3人の評定が一致した単語を優先的に選別し、それ以外の単語を大学院生との協議のもと、パフォーマンス場面と対人交流場面に振り分け、ひとつの課題において社会的状況をあらわす単語が5語ずつのGNATを合計2つ(p-GNAT、i-GNAT)を作成した。p-GNATで用いた単語は、パフォーマンス場面をあらわす単語であり、i-GNATで用いた単語は、対人交流場面をあらわす単語であった。各GNATには、2種類の条件が含まれており、一方は社会的場面をあらわす単語かポジティブな情動をあらわす単語が提示された場合にのみ反応キーを押す条件 (ポジティブ条件) 、もう一方は社会的場面をあらわす単語かネガティブな情動をあらわす単語が提示された場合にのみ反応キーを押す条件(ネガティブ条件)であった。本研究では、各条件とも練習試行として20試行、本試行として60試行実施した。各GNAT、各条件ともに提示順序はカウンターバランスをとった。各試行は、最初に画面中央に注視点(+)を500 ms提示し、注視点が消えた直後に単語を1語ランダムな順序で画面中央に提示した。実験参加者は提示された単語のカテゴリーをできるだけ早く正確に判断し、指定されたカテゴリーであった場合にのみ反応キーを押すように求められた。また、刺激語の提示時間は1,500 msまでとし、それまでに反応がない場合は次の試行へ移行した。各GNAT課題は、説明文及び刺激語及びプログラムをSuperlab4.0(Cedrus社製)で作成し、Apple社製パーソナルコンピュータMacBook Proにて、SuperLab4.0を用いてナナオ社製の17インチのCRTディスプレイ(Flex Scan T550)に提示した。刺激語は、48ポイントの黒字で作成され提示された。反応キーはCedrus社製RB-530を用い反応時間を1 ms単位で計測した。
Social situation words − targets in performance-GNAT | |||||
カラオケ | スピーチ | 発表 | 面接 | 試合 | |
Social situation words − targets in interaction-GNAT | |||||
デート | パーティ | おしゃべり | 会話 | 交流 | |
Stationery words − distracters in performance-GNAT | |||||
万年筆 | ノート | 絵の具 | えんぴつ | 消しゴム | |
Positive emotional words − attributes in p-GNAT and i-GNAT | |||||
快い | 楽しい | 心地よい | うれしい | 気持ちいい | |
Negative emotional words − attributes in p-GNAT and i-GNAT | |||||
つらい | 切ない | 悲しい | さびしい | 情けない |
GNAT= Go/No-go Association Task.
(5)主観的不安感
Visual Analog Scaleを用いて、実験開始時(ベースライン時)と各スピーチの前後に測定を行い、0~100点で得点化した。
3. 手続き実験は個別に行われた。実験参加者は、実験開始の1時間前から激しい運動、食事、カフェインやアルコールの摂取が禁止された。実験は、(a)インフォームド・コンセント、(b)健康アンケートへの記入、(c)顕在指標(SPSとSIAS)への記入、(d)p-GNAT、i-GNATの実施(実施順序はカウンターバランス)、(e)生理指標測定機器の装着、(f)生理指標測定のベースライン測定(4分間)、(g)スピーチ内容の教示、(h)スピーチの準備(2分間)、(i)スピーチの実施(3分間)、(j)生理指標測定機器の取り外し、(k)リラクセーションの実施、(l)デブリーフィング、という流れで構成された。スピーチ課題では、研究参加者に「これから『あなた自身』をテーマとしたスピーチを3分間行ってもらいます。話す内容は自由です。今から2分間スピーチを考える時間を与えます」と教示し、スピーチ内容を考える時間を2分設けた。研究参加者の対面には、1.5 m離れた位置にビデオカメラを設置し、スピーチ課題を実施した。
4. データの処理GNATはTeachman19)と大月ら20)の算出方法に従い、(a)標的語、評価語、妨害語において誤反応率を算出し、ブロックで40%以上、課題全体で30%以上の誤反応率を示したらデータから除外、(b) 300 ms以下、800 ms以上の反応は誤反応とする(c)総試行数の10%以上で300 msを下回っていたらデータから除外、(d)妨害語に対する反応時間はデータから除外し標的語と属性語に対する反応時間のみを分析に用いる、(e) 正反応のみでポジティブ条件とネガティブ条件の反応時間の平均値を算出する、(f)各条件の反応時間の平均値を全条件の標準偏差で割りD-GNAT得点とする、という手続きをとった。結果として除外されたデータはなかった。D-GNAT得点は、負の値に大きいほど、社会的場面をあらわす言語刺激群と、ネガティブな情動をあらわす言語刺激群の関係ネットワーク間における刺激関係を形成しやすく、正の値に大きいほど、社会的場面をあらわす言語刺激群と、ポジティブな情動をあらわす言語刺激群の間の刺激関係を形成しやすいことをあらわす。
精神性発汗は、一定時間内における発汗量の平均値を指標として用いた。具体的には、細羽ら21)の手続きに従い、個人差を統制するために、安静時の平均値を分母とし、スピーチ準備中、スピーチ課題中の1分ごとのデータの平均値を分子として得点化した。なお、安静時の平均値は、ベースライン測定の4分間のうち、変動の大きかった最初の1分間を除く3分間の平均値とした。
5. 群分け研究参加者54名のうち、金井ら17)が算出したSPS、SIASの平均値、標準偏差をもとに群分けを行った。具体的には、SPS、SIASの得点がどちらも平均点より0.5SD以上の者を「全般性群」、SPSもしくはSIASが0.5SD以上の者を「非全般性群」、どちらの得点も平均値より0.5SD以下の者を「低不安群」とした。
6. 倫理的配慮本研究は、早稲田大学「人を対象とする研究に関する倫理審査委員会」の承認を得て実施された(承認番号:2009–123)。
7. 解析方法データ解析は、D-GNAT得点においては群3(全般性群、非全般性群、低不安群)の1要因被験者間計画、主観的不安感においては群3(全般性群、非全般性群、低不安群)×時期3(ベースライン時、スピーチ前、スピーチ後)の2要因混合計画、精神性発汗においては群3(全般性群、非全般性群、低不安群)×時期5(準備期1分、準備期2分、スピーチ期1分、スピーチ期2分、スピーチ期3分)の2要因混合計画に基づく分散分析を実施した。解析ソフトはIBM SPSS Statistics version 22を用いた。有意水準はp=0.05とした。
群分けの結果、「全般性群」(N=12;男性4名、女性8名)、「非全般性群」(N=8;男性2名、女性6名)、「低不安群」(N=10;男性5名、女性5名)が抽出された。また、群分けの基準に当てはまらない14名を除外し計30名を分析対象者とした。サブタイプのなかでも非全般性群においては、SIAS得点のみが高い者は8名中6名であり、全般性群、非全般性群ともに対人交流場面に対する不安が共通していることが考えられた。これらの分布の特徴は、対人交流場面に対する不安がわが国の社交不安の特徴を示すと示唆する先行研究22)ともおおむね一致すると考えられる。
2.サブタイプにおけるGNAT得点の差異の検討各GNATのD-GNAT得点を従属変数とした群3(全般性群、非全般性群、低不安群)の分散分析を行った(Fig. 1)。その結果、p-GNATのD-GNAT得点において、群の主効果が有意であり(F(2, 27)= 6.60, p=0.01, partial η2=0.33)、多重比較の結果、全般性群は、低不安群と比較して、有意にp-GNAT得点が低かった(p<0.01)。i-GNAT得点においては、サブタイプ間の有意な差異は認められなかった。
Comparison of D-GNAT scores between subtypes and types of the GNAT. Note. Error bars represent standard errors. GNAT=Go / No-go Association Task. The target words for the p-GNAT were related to social performance situation. The target words for the i-GNAT were related to social interaction situation. The D-GNAT score was set such that lower scores indicate easier to form stimulus relations among relational networks that contain verbal stimuli representing performance situations and negative emotions.
スピーチ前、スピーチ中の主観的不安感を従属変数とした、群3(全般性、非全般性、低不安群)×時期3(ベースライン時、スピーチ前、スピーチ後)の分散分析を行った。その結果、時期の主効果が有意であった(F (2, 54)=7.70, p=0.00, partial η2=0.22)。多重比較の結果、スピーチ前の主観的不安感は、ベースライン時、スピーチ後と比較して有意に高かった(ps<0.01)。そのため、サブタイプにかかわらず、スピーチ課題によって主観的不安感が喚起されたことが示された。
4.サブタイプにおける精神性発汗の程度の差異の検討生理指標測定機器の不具合により5名のデータが欠損したため、「全般性群」(N=10)、「非全般性群」(N=6)、「低不安群」(N=9)となった。まず、安静期における精神性発汗が群間で等質であることを確認するため、ベースライン期の精神性発汗の平均値を従属変数とした群3(全般性群、非全般性群、低不安群)の1要因分散分析を実施した結果、ベースライン期の精神性発汗に有意な差異は認められなかった(F(2, 22)=0.30, p=0.74, partial η2=0.03)。したがって、ベースライン期の精神性発汗は群間で等質であるとみなし、ベースラインを基準(分母)とした精神性発汗得点を算出した。スピーチ前、スピーチ中の精神性発汗を従属変数とした群3(全般性群、非全般性群、低不安群)×時期5(準備期1分、準備期2分、スピーチ期1分、スピーチ期2分、スピーチ期3分)の分散分析を行った(Fig. 2)。その結果、交互作用が有意であった(F(8, 38) =2.45, p=0.03, partial η2=0.34)。単純主効果の検定の結果、低不安群において、スピーチ期2分、スピーチ期3分の精神性発汗の程度が、準備期2分と比較して、有意に高いことが示された(ps<0.05)。
Comparison of mental sweating between subtypes and time. Note. Error bars represent standard errors.
本研究の目的は、社交不安の2つのサブタイプにおける、刺激関係の形成しやすさと、実際の恐怖場面におけるレスポンデント機能(生理的反応)の差異を検討することであった。
まず、社交不安のサブタイプ間における、社会的場面をあらわす言語刺激群と、情動をあらわす言語刺激群の間の刺激関係の形成しやすさの差異を検討した。その結果、全般性の社交不安を示す者は、不安の低い者と比較してp-GNAT得点が低かった。GNATは条件間の平均反応時間の差異で解釈する相対的指標であるという限界点はあるものの、これらの結果は、全般性の社交不安を示す者が、他の者と比較して、パフォーマンス場面をあらわす言語刺激群と、ネガティブな情動をあらわす言語刺激群の間の刺激関係を形成してきた学習歴が相対的に多いか、パフォーマンス場面をあらわす言語刺激群と、ポジティブな情動をあらわす言語刺激群の間の刺激関係を形成した学習歴が相対的に少ないことを示すものと考えられる。しかしながら、p-GNATにおいて、全般性群と非全般性との間に有意な差異が認められなかった。このことから、仮説1は一部支持されたと言える。その一方で、i-GNAT得点においては、群間の差異が認められなかった。このことから、対人交流場面をあらわす言語刺激群と、情動をあらわす言語刺激群の間の刺激関係の形成しやすさは、サブタイプ間において差異がないことが示された。先行研究20)では、社交不安傾向とGNAT得点の関連が見受けられないことが報告されている。本研究ではサブタイプごとに検討を行い、より重症度の高い全般性の社交不安の者ではGNAT 得点が低いことを示した。この点において、本研究は意義のある結果を示したといえる。
次に、社交不安のサブタイプ間で、スピーチ課題中における精神性発汗の程度の差異について検討した。その結果、低不安群においてのみ、スピーチ期2分、3分における精神性発汗の生起が、スピーチ準備期2分と比較して、有意に高かった。すなわち、不安の程度の低い者において、スピーチ中の生理的反応の生起が認められることのみが明らかになった。このことから仮説2は支持されなかった。先行研究においては、非全般性の者は、全般性の者と比較して、生理的反応の生起の程度が高いことが明らかにされているものの3)、本研究における非全般性のサンプルにおいては、生理的反応の十分な生起が見受けられなかった。
これらの結果から、全般性の社交不安を示す者は、不安の低い者と比較してスピーチ場面をあらわす言語刺激群と、ネガティブな情動をあらわす言語刺激群の間の刺激関係を形成しやすいことが示された。その一方、レスポンデント機能(精神性発汗の程度)に関しては、不安の低い者のみレスポンデント機能の程度が高まったことが示された。
本研究では、GNAT得点や精神性発汗の程度において、サブタイプ間(全般性と非全般性)で有意な差異が認められなかった。この要因として、本研究で非全般性群となった研究参加者のほとんどが、結果的に対人交流場面に対する不安が高い者であったことが挙げられる。本研究では、非全般性群の8名のうち6名が、対人交流場面に対する不安が高い者であった。先行研究では、全般性の社交不安を示す者が、対人交流場面に対する不安を顕著に呈することが示唆されており5)、全般性群と非全般性群ともに対人交流場面に対する不安が高かったことが、両者に差異が認められなかったことに影響したと考えられる。また、i-GNAT得点においては、すべての群間で有意な差異は認められなかった。このことから、本研究で用いたGNATは、サブタイプの弁別においては、十分な感度を有しているとは言いがたいと考えられる。この要因として、GNATで用いた属性語が想定した状態を反映していなかった可能性も考えられる。本研究は、社会的場面をあらわす言語刺激群と、ネガティブな情動をあらわす言語刺激群の間の刺激関係の形成しやすさが、回避行動(オペラント機能)の生起を予測するという前提に基づいていた。しかしながら、属性語として情動をあらわす言語刺激群を用いたGNATの場合、回避行動などのオペラント行動を予測しないと指摘する研究も存在する23)。そのため、今後はGNATにおいて属性語となる言語刺激群を、オペラント機能をあらわす言語刺激群(例えば、「逃げる」)に設定することで、社会的場面に対して肯定的な傾向を有しながらも、回避にいたる機序を明らかにする必要がある。また、仮説と異なり、不安の低い者のみに精神性発汗の変動が認められた要因としては、全般性の社交不安において自律神経系の機能が低下している可能性24)が考えられ、これらはアロスタティックロード25)に起因する可能性も否定できない。今後は、このような生理学的側面に関する知見を踏まえながら、レスポンデント機能が低減しても症状(回避行動)を維持させる要因(例えば、ルール支配行動)を検討する必要がある。加えて、低不安群においては、スピーチ準備期2分とスピーチ期1分において有意な差異は認められなかった。スピーチ期1分においては、精神性発汗の生起の程度の分散が大きく、スピーチ課題による精神性発汗の生起の程度の個人差が大きいことが推察される。今後は、全般性群、非全般性群の者が共通して不安を示した「対人交流場面」を設定し、不安喚起場面の妥当性を高める必要がある。
最後に本研究の限界を述べる。本研究では、恐れる社会的場面の「数(パフォーマンス場面と対人交流場面の2場面を恐れるか、どちらか片方の1場面を恐れるか)」を基準として、対象者をサブタイプに分類した。そのため、非全般性群のなかには、同じ単一の場面を恐れる者であっても、質的に異なる場面を恐れている者が混在している可能性が考えられる。本研究で用いたSPS、SIASを用いてサブタイプを分類する手続きは、先行研究で用いられているものの26)、今後は、本研究の結果から、面接などを用いて恐れる社会的場面を直接聴取することで社会的場面の質的側面を考慮することなどが必要であると考えられる。また、本研究では、非全般性群に割り当てられた者の人数が8名と少なかった。先行研究においては、社交不安を示す者のなかでも、非全般性の者の割合は、全般性の者と比較して低いことが明らかにされている27)。したがって、本研究において、非全般性の者の人数の割合が全般性と比較して低かったことは、先行研究と概ね一致する結果であると考えられるが、精神性発汗の解析のサンプルの少なさや不安低群における男性の割合の高さも見受けられ、より多くのサンプル数をもとに検討していく必要がある。また、本研究における精神性発汗の指標は、ベースライン時の精神性発汗を分母とした変化量として得点化されている。そのため、ベースライン時の精神性発汗の量の差異が結果に与える影響性は少ないと考えられるが、今後は実験室の温度など精神性発汗に影響を与える変数のさらなる統制が必要であろう。加えて、本研究の対象者は大学生であった。社交不安に関する研究では、SAD患者が示す社交不安と健常者が示す社交不安に質的な差異はなく、量的な差異であることが示されており28)、大学生を対象として社交不安に関する研究が行われているものの20)、本研究の結果が、SAD患者に適用できるかについて更なる検討が必要であると考えられる。