The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
A Case of Upper Thoracic Superficial Esophageal Carcinoma with Intramural Metastasis to the Stomach and Lymph Node Metastasis along the Common Hepatic Artery
Bunpei NabekiHiroshi OkumuraItaru OmotoMasataka MatsumotoYasuto UchikadoTetsuro SetoyamaKen SasakiTetsuhiro OwakiSumiya IshigamiShoji Natsugoe
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2012 Volume 45 Issue 10 Pages 1005-1011

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Abstract

症例は51歳の女性で,上腹部違和感を主訴に近医受診された.内視鏡検査で,胸部食道に長径12 cmの不染帯を指摘され,生検で扁平上皮癌と診断後当院へ紹介となった.精査の結果,胃壁浸潤を伴う右噴門リンパ節(No. 1)転移および総肝動脈幹前上部リンパ節(No. 8a)転移を有する表層拡大型食道癌と診断され,3領域郭清を伴う右開胸開腹食道亜全摘術を施行した.術前に右噴門リンパ節への転移と診断した病変は長径53 mmの巨大胃壁内転移であった.最終病理組織学的検査所見は深達度T1a-MMの低分化型扁平上皮癌で,遠隔リンパ節転移を伴う計10個のリンパ節転移を認めた.また,原発巣にリンパ管新生因子VEGF-Cの高発現が確認され,本症例の高いリンパ行性転移能を裏づける結果であった.術後補助化学療法施行したが,術後9か月目に腹部リンパ節再発を認め,術後29か月で死亡された.食道粘膜癌からの胃壁内転移は本邦報告4例目であった.

はじめに

食道癌では深達度が粘膜筋板に達するとリンパ節転移がみられはじめ,深達度T1a-MM食道癌のリンパ節転移頻度は10%前後で,転移個数は数個以内である1).一方,食道癌の壁内転移はリンパ行性転移の所見であり,その中でも胃壁内転移はまれである2).今回,主病巣は深達度T1a-MMの表層拡大型食道表在癌であったが,巨大胃壁内転移および多数のリンパ節転移を認め,原発巣のリンパ管新生因子の高発現が確認された症例を経験したので報告する.

症例

患者:51歳,女性

主訴:上腹部違和感

既往歴:特記事項なし.

家族歴:特記事項なし.

生活歴:喫煙20本/日×30年,飲酒1~2合/日×30年.

現病歴:上記主訴にて近医受診され,上部消化管内視鏡検査で上部から中部食道にかけて長径12 cmの不染帯を指摘された.生検組織診断で扁平上皮癌と診断され,当科へ紹介となった.

入院時現症:身長162.8 cm,体重49.5 kg,胸部腹部所見に特記すべき所見なし.表在リンパ節触知せず.

入院時検査所見:血液生化学検査値に異常所見なく,腫瘍マーカーではSCCは0.6 ng/mlで正常で,CEAは5.2 ng/mlと軽度上昇していた.

上部消化管内視鏡検査所見:切歯列より18~30 cmの部位に,全周性の粘膜不整と小顆粒を伴う浅い陥凹性病変を認め,深達度T1a-MM~SM1と診断した(Fig. 1A).胃内では噴門部直下小彎側に表面平滑な潰瘍を伴わない隆起性病変を認めた(Fig. 1B).

Fig. 1 

Endoscopic findings. A circumferential irregular mucosa and flat or slightly depressed lesion with small granule is found in non-iodine stained areas (A). At the cardia of the stomach, there is a submucosal tumor without ulcer (B, arrow).

上部消化管造影所見:胸骨上縁から1.5 cm肛門側より全周性に壁硬化像と粘膜の不整像,胃体上部小彎前壁に長径5 cmの隆起性病変を認めた.

CT所見:肝・肺転移や頸部,縦隔の有意なリンパ節腫大所見を認めなかった.腹腔内リンパ節でNo. ‍1:50×40 mm,No. 8a:20×15 mmがリンパ節転移と診断され,No. 1リンパ節は胃壁浸潤が疑われた(Fig. 2A, B).以上の術前所見よりT4(No. 1胃)N4,M0,Stage IVaと診断した.巨大な転移リンパ節に対する術前化療が奏効せずに切除不能となってしまうことを懸念し,切除先行,術後化療の方針とし,3領域郭清を伴う右開胸開腹食道亜全摘術,胸骨後経路胃管再建頸部吻合術を施行した.

Fig. 2 

An abdominal computed tomography scan shows circumscribed large tumor at the cardia of the stomach (A, arrow) and lymph node swelling along the common hepatic artery (B, arrow).

術中所見:No. 1リンパ節転移と診断した病変は巨大胃壁内転移であり,切除時に横隔膜脚も合併切除した.また,No. 8aリンパ節は術中迅速組織診で食道癌の転移と診断された.

切除標本所見:上部食道に長径88 mmの全周性の0-IIc+0-IIb病変を認め,胃内噴門部直下小彎側に表面平滑な53×44 mmの隆起性病変を認めた(Fig. 3A, B).

Fig. 3 

The gross appearance of the resected surgical specimen shows a circumferential superficial flat or slightly depressed lesion which measured 88 mm in length from the upper to middle of the esophagus. The mapping of the depth of tumor on the iodine stained specimen was indicated (A). A large gastric submucosal tumor which measured 53×44 mm is seen (A, B arrow; B: cutting surface).

病理組織学的検査所見:食道病変は上部食道中心(UtMt),大きさ93×60 mm,一部粘膜筋板内に浸潤を認め,深達度T1a-MMの表層拡大型の低分化型扁平上皮癌と診断された(Fig. 4A).念のため全ての切片において深切りを行い観察したが,粘膜下層浸潤は認められなかった.胃の正常上皮下に53×50 mmの胃壁内転移巣を認めた.静脈侵襲は認められなかったが,リンパ管侵襲が著明で,D2-40染色を施行し,主病変より肛門側のリンパ管内に癌細胞を認めた(Fig. 4B).また,免疫化学染色法によるリンパ管新生因子VEGF-Cおよびその受容体であるVEGFR-3蛋白発現の検討では,原発巣で高発現が確認された(Fig. 5).リンパ節総転移個数は10個であった(No. 1:6/6,No. 3:1/7,No. 7:1/7,No. 8a:1/1,No. 104L:1/15).最終病理組織学的診断はpT1a-MM,ly3,v0,pN4(No. 8a)pM1,IM1-St,Stage IVbであった.

Fig. 4 

The poor differentiated squamous cell carcinoma in the MM layer (A). Lymphatic vessel invasions are detected with D2-40 staining (B).

Fig. 5 

The immunohistochemical findings show the high expression of VEGF-C and VEGFR-3 (inset) in the primary tumor.

術後経過:術後1か月目から,Docetaxel+CDDP+5-FUによる補助化学療法を3コース施行した.術後7か月目に,腹部リンパ節再発を認め,CDDP+5-FU+Radiation(60 Gy)の治療を行ったが,最終的には胸椎に転移がみられ,術後29か月で死亡された.

考察

食道癌の壁内転移は,癌がリンパ行性に粘膜上皮下のリンパ管内を非連続性に縦軸方向へ進展するリンパ行性転移の所見である3).1933年にWatson4)によってはじめて報告され,本邦では7~17%の症例で認められたと報告されている5).壁内転移には食道壁内,胃壁内への転移があるが,胃壁内転移はまれで,その頻度は1.0~2.7%である1)

転移形成の機序は,食道壁内のリンパ管が粘膜固有層の浅網,深網および粘膜下層の排導リンパ管で構成され,深網リンパ管から流れを受けた縦走する排導リンパ管により縦軸方向への伸展経路が形成されることによると考えられている6).胃壁内転移は噴門部に多く,大きさについては原発巣に対してかなり大きい傾向がある7).これは腫瘍発育の場の違い,すなわち粘膜表面では細胞喪失が大きいのに対し,深層では細胞喪失が少ないことと,食道と胃の血流の違いにより成長速度に差が生じていることが原因と考えられている8)9)

胃壁内への転移がリンパ管を通して生じるため,組織学的リンパ管侵襲は重要な因子であると考えられている10).本症例も著明なリンパ管侵襲(ly3)が認められ,胃壁内転移や高度リンパ節転移を形成したと考えられる.腫瘍の特性を調べるために,リンパ管新生因子VEGF-Cおよびその受容体であるVEGFR-3蛋白の発現を,免疫組織化学染色法を用いて検討した結果,原発巣で高発現が認められた.VEGF-CとVEGFR-3経路を介したリンパ管新生は腫瘍の進展,転移にとって重要な役割を果たすことが知られており,これらの蛋白の発現はさまざまな癌腫においてリンパ管侵襲,リンパ節転移などの臨床病理学的因子と関連深いことが報告されている11).当科のデータでは,SM癌でVEGF-C:51%11),VEGFR-3:29%の発現率で,VEGF-C発現とリンパ節転移には関連が認められたが,VEGFR-3発現とは認められなかった.ただし,両者の共発現している22症例中19例にリンパ節転移陽性が陽性で,有意に予後不良であった(現在投稿中).本症例のように深達度の浅い表在癌の時期であっても腫瘍細胞自らVEGF-CおよびVEGFR-3を発現することで,リンパ管新生を促し,胃壁内転移と広汎なリンパ節転移を来す可能性があると考えられ,これらの蛋白の高発現は本症例の病態を特徴づける極めて重要な因子であると考えられる.

本症例は長径93 mmの表層拡大型表在癌である.表層拡大型食道癌は全表在癌の15%を占めると報告されている12).食道癌は粘膜内の基底層に始まり,粘膜の全層を置換し,肥厚するとともに粘膜下に浸潤する13)14).表層拡大型病変はmonofocalに発生し基底膜を広く側方に進展していく可能性を指摘する説がある一方で,multifocalに癌化した病変が存在し,それぞれが水平方向に広がり融合して広い範囲の病巣を作った可能性も指摘されている12)15).表層拡大型食道癌は脈管侵襲やリンパ節転移の頻度が比較的高く,予後不良と考えられている.その理由は,深達度の大部分がEPからLPM程度の浅い病巣と診断されても,部分的にMMからSM1病変が存在する場合があるからである.これを正確に術前診断することは困難であるため,実際には深達度を一段深く読んで治療方針を立てる必要がある16).本症例は,内視鏡所見では最深部MM~SM1と診断され,最終病理組織学的検査ではMM癌であった.また,通常の0-II型に比べ,表層拡大型では,p53の遺伝子異常の頻度が高く,分子生物学的にも浅い病変でも悪性度が高いことが報告されている17)

医学中央雑誌にて,「食道表在癌」,「胃壁内転移」をキーワードに1983年から2011年5月までで文献検索したところ,学会抄録を除いて19件検索できた.そのうち「症例報告」は17件であったが,術前化学療法を行った症例を除き,その詳細を検討すると粘膜癌は3件存在し,本症例が本邦4例目の胃壁内転移を伴う食道粘膜癌の報告であった5)7)10)18)~31).いずれの症例もリンパ管侵襲,N2以上の広汎なリンパ節転移,5 cm以上の巨大胃壁内転移巣を有していた.今回の症例で,粘膜癌でも高リンパ節転移能を有する症例が分子生物学的に確認されたことで,食道表在癌においては,粘膜癌であっても胃上部腫瘍を合併している症例では胃壁内転移を疑う必要があり,また巨大な胃上部腫瘍を有する症例では食道表在癌の存在を考慮して検査を行う必要がある(Table 1).

Table 1  Reported cases of intramucosal esophageal carcinoma with intramural metastasis to the stomach
Author
(Year)
Age/
Sex
Primary esophageal cancer Intramural metastasis to the stomach
Location Size (mm) Type Deapth of invasion Lymph node metastasis Lymphatic invasion Venous invasion Histologic type Location Size (mm)
Yoshida22)
1989
64/M MtLt 20×16 0-III MM N3 ly (+) v (–) mode. C 70×50
Ebihara26)
2002
45/M Lt 45×40 0-IIc+
0-IIb
LPM N2 ly3 v0 well C 65×60
Nishimura29)
2008
79/M Ae 20×15 0-IIc MM NX ly1 v0 well U 90
Our case 51/F UtMt 93×60 0-IIc+
0-IIb
MM N4 ly3 v0 por C 53×50

Por.: poorly differentiated SCC, mode.:moderately differentiated SCC, well: well differentiated SCC, C: Cardia, U: Upper third of the stomach

本症例は3領域郭清を行った後,補助化学療法を施行したが,術後9か月目に腹部リンパ節再発を認め化学療法および化学放射線療法による治療の末,術後29か月で死亡された.胃壁内転移を伴う食道癌は予後不良であり,今後集学的治療法の確立が重要であると考える.

本論分の要旨は第61回食道色素研究会(2009年6月27日,横浜市)にて発表した.

利益相反:なし

文献
 

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