2012 Volume 45 Issue 10 Pages 1020-1025
症例は69歳の男性で,2002年8月,肝腫瘍生検にて診断された肝右葉S5/S6,4 cm大の肝細胞癌に対して肝右葉切除術を施行した.病理組織学的検査にて中分化型肝細胞癌,T2N0M0 stage IIと診断した.切除断端は陰性であった.その後,8年間無再発で経過していた.2010年8月,近医のCTにて膀胱直腸窩に6 cm大の腫瘍性病変を認め,精査加療目的にて当科紹介となった.画像上,gastrointestinal stromal tumor,血管肉腫,malignant fibrous histiocytoma,肝細胞癌の腹膜播種再発を疑った.PET-CTにて他部位に集積を認めず,2010年10月,腫瘍摘出術を施行した.病理組織学的診断は肝細胞癌腹膜播種であった.肝細胞癌切除後8年経過し,肝腫瘍生検が原因と考えられる腹膜播種再発症例と思われ,文献的考察を加え報告する.
肝細胞癌において腹膜播種再発はまれであり,その頻度は0.23%とされている1).また,根治切除後5年以上経過した後の再発は多中心性発癌を除けばまれである2).今回,我々は肝腫瘍生検が原因と考えられ,肝細胞癌根治切除8年後に腹膜播種再発を来し,腫瘍切除術を行った1例を経験したので報告する.
症例:69歳,男性
主訴:特になし.
既往歴:特記事項なし.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:2002年7月,肝S5/S6に造影CTにて造影効果が乏しく(Fig. 1a),MRI,T2強調画像にて高信号を示す径40 mmの腫瘍を認めた(Fig. 1b).肝血管筋脂肪腫の疑いにて,肝腫瘍生検を施行.生検の結果,肝細胞癌と診断された.血液検査所見ではHBs抗原陰性,HCV抗体陰性,AFP:4.0 ng/ml,PIVKA-II:143 AU/ml,ICG15分値:9.9%であり,肝右葉切除術を行った.病理組織学的検査にて中分化型肝細胞癌,T2N0M0 stage IIと診断した.切除断端は陰性であった.術後のフォローアップは術後6か月までは当院,その後は紹介医にて行われ,CTは当初の5年間は6か月から1年ごと,その後は1年から1年半ごとに施行されていた.腫瘍マーカーの検査は3~6か月ごとに施行されていた.2008年10月にPIVKA-IIの値が600 AU/ml台と高値を示したが2009年4月のCT上,再発腫瘍は明らかでなかった(Fig. 2a).2010年9月のPIVKA-II値が4,000 AU/mlとなり,2010年10月の造影CTにて直腸膀胱窩に66 mmの分葉状腫瘤を認め,精査加療目的で当科再入院となった.
Before the previous operation, abdominal CT showed a low density tumor in the liver S5/6 (a), T2-weighted MRI showed a high intensity shadow. There findings were not compatible with regular HCC.
(a) Abdominal CT showed no tumor in the Douglas pouch, 18 months before the tumor recurrence. (b) CT shows a segment-shaped tumor on the left side of rectum (arrow).
入院時現症:身長165 cm,体重60.0 kg,血圧139/76 mmHg,脈拍72/分(整),体温36.3°C,眼瞼結膜,眼球結膜に貧血・黄疸なし.腹部平坦・軟であった.右肋弓下に前回の手術痕を認めた.
入院時血液検査所見:PIVKA-IIが4,652 mAU/mlと高値を認めた以外,異常所見を認めなかった.
腹部造影CT所見:直腸左側に66×51×50 mmの分葉状腫瘤を認めた(Fig. 2b,矢印).3 phase CTでは早期相で不均一に造影された.上直腸動脈より栄養され,下腸間膜静脈への早期還流を認めた.
腹部造影MRI所見:T1WIで不均一な低侵号,T2WIで低~高信号の混在した構造物を認めた.矢状断では直腸膀胱窩に直腸Raの高さを主座として左尿管に接する腫瘍を認めた(Fig. 3a,矢印).以上の所見から鑑別診断としてgastrointestinal stromal tumor,血管肉腫,malignant fibrous histiocytoma,肝細胞癌の腹膜播種再発などが考えられた.PET-CTにて腫瘍部にSUV max値9.9を示す集積を認め(Fig. 3b),腫瘍部以外には集積を認めず,手術の方針となった.
(a) MRI on the sagittal plane revealed that the tumor was close to the urinary tract in the Douglas pouch (arrow). (b) FDG-PET CT showed FDG accumulation in the tumor.
手術所見:2010年10月,手術を施行した.腹腔鏡にて播種性病変や遠隔転移のないことを確認の後,下腹部正中切開にて開腹,腫瘍は直腸Ra前面左側に弾性硬の腫瘤として認めた.直腸や尿管,周囲組織への浸潤は認めなかった.腫瘍周囲を丁寧に剥離し,被膜を損傷することなく腫瘍のみを摘出した.
病理組織学的検査所見:腫瘍径は70×45×35 mmで,被膜を有し多結節状を呈していた.割面は白色充実性で多結節癒合型の肝細胞癌に類似していた(Fig. 4a).HE染色では不規則な索状構造,多結節状に増殖する像を認めた.明るい細胞質を有する細胞がシート状に増殖する像や偽腺管構造を呈する像も認められた(Fig. 4b).既往の肝細胞癌の組織像とほぼ同様であった(Fig. 4c, d).
(a) The resected specimen was an encapsulated multinodular tumor, 70×45×35 mm in size. (b) Histologically, the tumor cells consisted of bright cytoplasm and proliferated with palisade formation (HE ×100). (c) The resected specimen of the previous operation showed an elastic hard tumor with a capsule. (d) Histologically, the tumor cells consisted of bright cytoplasm and proliferated with palisade formation, as in the specimen of the previous operation (HE ×100).
術後経過:術後10日で軽快退院した.術後1年4か月が経過したが,再発所見なく外来通院中である.
肝細胞癌の腹膜播種は比較的その頻度は低い.牧野ら3)は,過去20年の腹膜播種切除本邦報告例として48例をまとめ,肝細胞癌による腹膜播種は限局した発症をすることが多く,切除することにより良好な予後が得られることが多い,と報告している.PubMedにてhepatocellular carcinoma,peritoneal dissemination,recurrenceをキーワードに1950年から2011年までで検索すると5編4)~8),さらに,hepatocellular carcinoma,peritoneal recurrence,implantaionをキーワードに1950年から2011年までで検索すると7編4)9)~14)の報告を認めた.医学中央雑誌にて肝細胞癌,腹膜播種再発をキーワードに1983年から2011年までで検索すると7編3)15)~20)の報告を認めた.さらに,医学中央雑誌にて肝細胞癌,腹膜播種,肝腫瘍生検をキーワードに1983年から2011年までで検索すると,肝腫瘍生検が原因と考えられた腹膜播種例の報告は3編であった4)21)22).
第18回全国原発性肝癌追跡調査報告(2004年~2005年)1)によると,登録19,499中,肝外再発は637例(3.26%)に認められ,肺225例(1,15%),骨185例(0.94%),リンパ節110例(0.56%)の順に多かった.腹膜再発は45例(0.23%)に認められた.
肝細胞癌の腹膜播種の原因として,肝細胞癌破裂の既往を認める報告がある6)23)24).その他には,経皮ラジオ波焼灼療法など医原性と考えられる報告も認められる25).Takahashiら4)は肝腫瘍生検が原因で腹膜播種,さらに皮膚転移を来した症例を報告しており,肝腫瘍生検が原因で腹膜播種が起こる頻度は1.6–5%としている.肝癌診療ガイドラインでは肝細胞癌の確定診断のための肝腫瘍生検の必要性について,画像診断で確定される場合には組織診断の必要はない,また,画像所見が非典型な場合に生検による組織診の適応があるが,この場合も個々の症例に応じて慎重にその適応を決めるべきである,としている26).本症例では8年前,原発巣に対する診断目的で肝腫瘍生検を施行している.切除標本での断端は陰性であり,脈管侵襲も認めなかった.手術操作にも大きな問題は認められず,肝腫瘍生検が腹膜播種の原因ではないかと推察される.
肝切除から腹膜再発までの期間は41日22)から10年27)とさまざまな報告がある.牧野ら3)の過去20年の本邦報告例によると初回手術より5年以上経過して発見された症例は3例であり,単発であったのはそのうちの1例であった.長堀ら24)は肝内再発よりも遅く発症する傾向があると報告した.その理由として腹膜播種の形成には腫瘍細胞の腹膜中皮への接着,中皮細胞同士の解離,腹膜組織での増殖といった多段階のプロセスを経るためではないかと考察している.肝細胞癌の切除後は残肝再発を中心にフォローアップされる事が多く,また,腹膜播種は画像診断が困難であるため確定診断が遅れるとする報告もある28).本症例では播種結節は発見時に6 cm大とかなり大きなものであった.2009年4月の単純CTでは明らかな再発腫瘍は認めなかったが,造影CTを施行されておらず,観察期間も1年以上の間隔が空いていた.その間に肝腫瘍生検時に脱落した細胞が局所にて上記のプロセスを経て,徐々に増大したものと考えられた.本症例を振り返ると,腫瘍マーカーが上昇してきた段階で,より短期間の画像検査を施行していれば腫瘍が小さな段階で発見できた可能性があり,術前に肝腫瘍生検を施行した症例に対しては特に長期にわたる慎重な経過観察を行うべきと考えられた.
肝細胞癌の腹膜播種を含めた遠隔転移の予後は不良であり,肝外転移巣の非切除群では1年生存率が約20%,3年生存率は得られなかったとの報告がある29).肝細胞癌腹膜播種に対する治療方法に関しては一定の見解が得られていない.金城ら17)は播種巣に対する外科治療にて良好な予後を得られたと報告しており,一般的には切除が推奨される.切除不能な場合,全身化学療法が行われるが,十分なエビデンスを有する薬剤は報告されていない.
利益相反:なし