2012 Volume 45 Issue 10 Pages 1046-1051
浸潤性膵管癌に対する膵全摘術は我が国ではあまり施行されていない.多結節性に進展した膵管癌に対し,膵全摘術を施行した症例を経験したので報告する.症例は59歳の男性で,2009年6月上腹部痛で前医受診し急性膵炎,膵癌疑いと診断され経過観察となった.2010年5月当院内科初診となった.CA19-9 390 U/mlと上昇しCTで頭部から尾部に3か所の結節性病変を認め,PETでは同部位に集積を認めた.膵全体の膵癌と診断し2010年6月亜全胃温存膵全摘術を施行した.病理組織学的診断はinvasive ductal carcinoma,pTS4,pT3pN0M0,f-Stage III,3か所の結節を伴う浸潤性膵管癌であった.それぞれの結節は上皮内病変を介して連続しており組織学的にも同一であることから,単一の病変が複数の結節を形成したと考えられた.
膵癌は糖尿病,喫煙,膵癌の家族歴,そして慢性膵炎などがリスクファクターである1).膵癌は予後不良の疾患であり,進行癌で発見される症例が多い.近年は膵癌に対する膵全摘術は術後の合併症などさまざまな理由から行われることは少なくなってきている.今回,我々は多結節性浸潤性膵管癌に対し膵全摘術を施行した1例を経験したので報告する.
患者:59歳,男性
主訴:上腹部痛
既往歴:特記すべきことなし.
家族歴:特記すべきことなし.
現病歴:2009年,特に誘因なく上腹部痛出現したため前医受診.血液検査,CTで急性膵炎と診断され入院加療となった.膵癌の可能性があるためPETを施行するも膵全体に集積を認めたため,慢性膵炎と診断され経過観察となっていた.その後特に症状が出現することなく経過していた.2010年,転居を機に当院内科初診となった.初診時の腫瘍マーカーで異常値(CA19-9 390 U/ml)を呈し精査目的に当院入院となった.
入院時現症:身長165 cm,体重74 kg,血圧136/88 mmHg,脈拍70回/分.入院時自覚症状なし.腹部平坦,軟で腫瘤は触知せず,圧痛も認めなかった.
入院時血液生化学検査所見:腫瘍マーカーCA19-9 390 U/mlと高値を示した.また空腹時血糖値128 mg/dlとやや高値であった.その他に特記すべき異常所見は認められなかった.
腹部造影CT所見:膵頭部,膵体部,膵尾部にそれぞれ約10 mm大の造影効果に乏しい充実性腫瘤を認めた.また一部脾静脈への浸潤が疑われた(Fig. 1).

A) Enhanced abdominal CT revealed multi-focal tumors in the pancreatic head, body and tail (arrows). B) FDG-PET revealed three hot nodules in the pancreas (SUV max 3.41).
腹部エコー所見:膵頭部に10 mm大の低エコー腫瘤を認めた.膵体部,膵尾部の腫瘤は描出されなかった.
腹部MRI所見:膵頭部,膵体部,膵尾部にT1,T2ともに軽度高信号な腫瘤像を認めた.
FDG-PET所見:膵頭部,膵体部,膵尾部に集積を認めた.standardized uptake value(以下,SUVと略記)max 3.41(Fig. 1).その他に明らかな集積は認められなかった.
膵管造影検査所見:膵頭部で主膵管不整狭窄,途絶を認めた(Fig. 2).

ERP showed obstruction of the main pancreatic duct in the pancreatic head (arrow).
膵管内擦過細胞診:Class V,adenocarcinoma.
術前診断:3か所の結節を伴う浸潤性膵管癌cTS4,cT4{PV(+)},cN0M0,c-Stage IVa.
手術所見:同年6月に亜全胃温存膵全摘術を施行した.明らかな周囲組織への浸潤は認められず,肝転移や腹膜播種も認められなかった.膵と上腸間膜静脈の剥離が困難であったため,環状切徐(約3 cm長)し5-0プロリン2点支持の端々吻合で再建した.手術時間は8時間30分,出血量は1,205 mlであった.
病理組織学的検査所見:浸潤性膵管癌,Pbth,pTS4,tub2,int,INFβ,ly1,v2,ne2,pT3{CH(–),DU(–),S(+),RP(+),PV(–),A(–),PL(–),OO(–)},pN0M0,f-Stage III,BCM(–),DPM(–),R0.それぞれの結節はmoderately differentiated adenocarcinomaであり,ほぼ同様の組織型を示していた.さらに,それらはpancreatic intraepithelial neoplasia(以下,PanINと略記)を介して連続していた(Fig. 3, 4).

The resected specimen. The circle shows the area of invasive ductal carcinoma, and the square indicates PanIN. All tumors were connected with PanIN.

Histological examination. A) The pancreatic head tumor (HE: ×100). B) The pancreatic body tumor (HE: ×100). C) The pancreatic tail tumor (HE: ×100). All were moderately differentiated adenocarcinoma. D) All tumors were connected with PanIN (HE: ×40).
術後経過:血糖コントロールは良好で1日インスリン量26単位を自己注射し血糖値100~200 mg/dlを維持していた.その間に低血糖のエピソードは認められなかった.また消化酵素配合剤としてべリチーム2 gを1日3回投与とした.術後35日目よりgemcitabine(以下,GEMと略記)1,500 mg/body/weekの投与を開始した.術後42日目に当科退院となり外来でGEM投与を計6クール行った.術後8か月を経過したとき点で体重は約4 kg減少したが明らかな再発は認められず,Grade 2程度の白血球減少を認めたがその他に有害事象は認めていない.
膵癌は他の消化器系悪性疾患と比較して明らかに生存率が悪く,2007年膵癌全国登録によるとその5年生存率は11.6%,切除例でも14.5%と報告されている.また,膵全摘術例は1,573例中49例(3.1%)と少数である.そのうち,本症例のような膵全体癌は49例中16例であった1).
複数の結節を伴う膵癌の報告はいくつか散見されるが,その多くはintraductal papillary mucinous neoplasm(以下,IPMNと略記)症例やPanINから発生する腫瘍の報告であった2)~4).多発する浸潤性膵管癌に対し膵全摘術を行った症例を,医学中央雑誌で1983年から2010年までで「膵癌」,「多発」や「膵癌」,「膵全摘」などのキーワードで検索した結果,調べえたかぎりでは自験例を含め5例認めた(Table 1)5)~8).自験例のように多発する結節がPanINで連続している症例は認めていないことから,本症例のように連続する多結節病変を形成する進展形式はまれである.
| Author | Year | Age/Sex | Tumor number | Place | PanIN/IPMN | Outcome |
|---|---|---|---|---|---|---|
| Yamada5) | 1990 | 50/F | 2 | H/T | No data | Death (5 month) |
| Bando6) | 2003 | 70/M | 2 | H/B | No data | No data |
| Esaki7) | 2004 | 69/F | 2 | H/B | No data | No data |
| Koizumi8) | 2009 | 52/M | 2 | H/T | –/+ | Alive (11 month) |
| Our case | 59/M | 3 | H/B/T | +/– | Alive (8 month) |
H: pancreatic head, B: pancreatic body, T: pancreatic tail
IPMNやPanINに発生する腫瘍は浸潤癌や管状腺癌,乳頭癌などさまざまな組織型を同時に呈する症例が報告されている.切除方法は膵頭十二指腸切除や膵体尾部切除が標準術式となっているが,術中膵液細胞診を行った結果,悪性細胞を検出したため膵全摘術を施行した報告も認められた3).PanINとは2001年にHrubanら9)によって提唱された膵管上皮病変の膵癌前駆病変の用語である.PanIN-1からPanIN-3までの3グレードに分類され,もっとも異型度の高いPanIN-3は従来のcarcinoma in siteに分類される.本症例はそれぞれの浸潤癌の間はPanIN-3を介して連続していた.本症例の進展形式として考えられるものとして,膵管内に広く分布したPanINが複数箇所でほぼ同時期に結節を形成した可能性がある.そのため,それぞれの結節径に大きな差が生じなかったのではないかと推測される.別の進展形式として,単一の浸潤癌が膵管内進展をして行く過程で結節病変を形成した可能性も考えられる.ただ,本症例がこのどちらの進展形式をとったものかの確証を得られる根拠は認められなかった.
膵全摘術は膵癌だけではなく,慢性膵炎,壊死性膵炎などさまざまな膵疾患に対して行われてきた10).特に1970年代に多中心性膵癌やリンパ節転移を伴う通常型浸潤性膵管癌に対し膵全摘術を行うことが多かったが,膵癌の多中心性発生はまれであり,また膵全摘術後のquality of lifeが不良であるにもかかわらず生存率の改善が少ないため,膵全摘術は膵癌の標準手術とはされていない10)~12).しかし,近年では高度の膵管内進展,多中心性腫瘤形成や遠隔部位での腫瘤形成などのためにIPMN症例に対する膵全摘術の報告が認められている10).
膵全摘術の合併症は血糖コントロール不良,sugical site infection,出血などが挙げられる13).Reddyら13)によると,1970年から2007年の膵全摘術症例の合併症発生率は膵頭十二指腸切除症例より高率(69.0% vs. 38.6%;P=0.0002)であったが,そのほとんどは軽症の合併症であった.また術後管理の技術向上から術後30日以内の死亡率も徐々に低下し(1970–1989,40%;1990–1999,8%;2000–2007,2%),また膵全摘術症例と膵頭十二指腸切除症例の5年生存率に差は認められなかった(18.9% vs. 18.5%,P=0.32).医療技術の進歩により周術期管理や術後の血糖管理が適切に行われるようになり,死亡率が低下したものと考えられる.本症例は膵腫瘍が膵全体に分布しているため,膵全摘術以外に根治を得られないと判断した.
既往歴もなく,また年齢も59歳と比較的若年であったことから,膵全摘術の耐術性は十分あるものと予想でき,結果的に術後合併症もなく,またインスリン自己注射も支障なく導入することができた.ただ,今後も全身状態や生活習慣の変化から血糖値の変動が起こることも十分考えられ,それに応じた血糖管理の変更が必要となるであろう.また一方で,膵外分泌の廃絶に伴う消化酵素剤などの投与についても,状況に応じて適宜考慮される必要がある14).これらの管理上の問題点を留意して行えば,膵全摘術は安全かつ適切な治療方法となりうると考えられた.
利益相反:なし