The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CLINICAL EXPERIENCE
Intravenous and Intraperitoneal Paclitaxel Combined with S-1 for Advanced Gastric Cancer with Peritoneal Metastasis
Norifumi OhashiSatomi JinnoDaisuke KobayashiChie TanakaSuguru YamadaTsutomu FujiiShuji NomotoMichitaka FujiwaraShin TakedaYasuhiro Kodera
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2012 Volume 45 Issue 11 Pages 1137-1143

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Abstract

腹膜播種陽性胃癌に対してS-1+パクリタキセル(以下,PTXと略記)経静脈・腹腔内併用療法が注目されているがPTXの腹腔内投与は保険収載がなく日常臨床として行うことはできない.2011年より高度医療評価制度を用いて臨床試験を実施することとなり,協力機関としての承認を受けるために,当院の生命倫理審査委員会の承認を経て,腹膜播種陽性進行,再発胃癌に対して5例の投与経験を得た.3週を1コースとしてS-1 80 mg/m2 2週,day 1,8にPTX 50 mg/m2静脈投与および20 mg/m2腹腔内投与し,可能なかぎり継続した.治療継続期間中央値は13か月であり4例で1年以上の無増悪生存が得られた.特に同時性転移例では3例中2例で腹膜播種の消失を認めR0-1手術が可能となった.2例にGrade 4の好中球減少を認めたが減量により継続は可能であった.本治療は腹膜播種陽性進行再発胃癌に対して有望な治療法と考えられる.

はじめに

腹膜播種を伴う胃癌はIV期に分類され1),胃癌治療ガイドライン2)では化学療法などが推奨されている.また,癌性腹膜炎に対する化学療法についてはタキサン系薬剤や経口摂取可能症例でのS-1による奏効例の報告が記載されているもののはっきりした標準治療法の記載はなく,現時点において本邦で再発進行胃癌における標準レジメンであるS-1+CDDPによる化学療法が標準治療と考えられる.SPIRITS試験登録患者における腹膜播種患者のMSTは明らかにはされていないが3),その治療群別死亡比率からおよそ16か月と推察されている.

腹膜播種は原発巣より離脱した遊離癌細胞が大網や腹膜を形成する中皮と接着,そこから中皮下へと浸潤することにより形成される.そのため以前から本邦では胃癌腹膜播種をターゲットとした腹腔内化学療法が考案されてきた.しかし,マイトマイシンC4)やCDDP5)を用いた腹腔内化学療法の有効性は低く一般的な治療とはならなかった.一方タキサン系薬剤は脂溶性で分子量が大きいことから腹腔内に薬剤を投与した際に高い腹腔内濃度が維持されることが明らかになっており4),米国では卵巣癌患者へのパクリタキセル腹腔内化学療法の有用性が認められNCIの推奨レジメンとなっている6)7).胃癌におけるタキサン系抗癌剤を用いた化学療法は2000年代半ばより散発的に報告がなされその有効性が報告されてきた8)9).なかでも2010年Ishigamiら10)によって報告されたS-1+パクリタキセル(以下,PTXと略記)経静脈・腹腔内併用療法は腹膜播種を伴う切除不能胃癌および再発胃癌40例を対象に1年生存率78%,MST 22.5か月の成績を示し大幅な生存期間の延長が期待される治療である.しかし,保険適応外であることから日常診療ではもちろん,臨床試験としても実施できないため,厚生労働省における高度医療評価制度11)を利用して臨床試験が計画されるに至った.この臨床試験に参加するためには高度医療評価制度の協力機関として承認される必要があり,このために本治療の実施経験が求められることから,当院の生命倫理審査委員会の承認を得て,校費負担により5例の治療経験を得たので,本治療法の有用性,安全性について文献的考察を加えて報告する.

対象と方法

2010年6月以降に,腹膜播種陽性が疑われ他に非治癒転移因子がない原発性胃癌および胃癌腹膜再発例5例を対象とし,開腹術もしくは審査腹腔鏡の前に本治療法について文書を用いて説明し同意を得た上で校費負担にて本治療法を行った.胃癌取扱い規約第12版におけるP1症例は進行中の手術後のPTX腹腔内投与療法の臨床試験(INPACT試験)12)への登録を優先するため,本治療法の対象はP2,P3症例とした.手術時の腹膜播種診断後,腹腔内投与用カテーテルリザーバーを留置したがカテーテルの先端はそれぞれ播種病巣が最も顕著な部分とした.経口摂取不能例には胃空腸吻合術,直腸狭窄例に対しては人工肛門造設術を併施した.治療プロトコールはS-1 80 mg/m2/日の2週間連続投与とday 1,day 8のPTX 50 mg/m2の点滴静注,および20 mg/m2の腹腔内投与用リザーバーカテーテルを介した腹腔内投与を施行,1週間の休薬をおいて3週間1コースとした(Fig. 1).腹腔内投与は生理食塩水500 ml注入後アクセスに問題がないことを確認したうえで生理食塩水にPTXを混注し注入した.治療は術後できるだけ早期から開始し,腫瘍の増悪,許容できない有害事象の発生ないしは患者の治療中止希望まで継続とした.毒性はCTCAE v4.0に従ってGrade判定を行った.治療効果は通常の化学療法に準じて1か月おきの腫瘍マーカー測定,3~4か月おきの腹部造影CTにて効果判定を行い,腹膜播種の完全消失が疑われる例では審査腹腔鏡や原発巣の切除が考慮された.審査腹腔鏡,開腹術を施行した症例では腹腔洗浄細胞診が行われた.

Fig. 1 

Protocol of weekly intravenous and intraperitoneal paclitaxel combined with S-1.

結果

1. 症例の内訳

初発症例3例,再発症例に2例に対して本治療を施行し,2011年12月現在再発症例のうち1例が治療継続中である(Table 1).初発症例3例中,1例は4型残胃癌であり2例は3型胃癌でそのうち1例に胃空腸吻合術が施行された.再発症例のうち1例は審査腹腔鏡にて診断,1例は腹膜播種による直腸狭窄に対して人工肛門造設術を施行時に診断された.組織型は中分化型が1例,低分化型が4例であった.

Table 1  Summary of 5 cases.
No. Primary/Recurrent Macroscopic appearance Histological type Prior chemotherapy Primary surgery
1 recurrent Type 3 tub2 adjuvant S-1 staging laparoscopy
2 primary Type 3 por gastrojejunostomy
3 primary Type 3 por laparotomy
4 recurrent Type 3 por S-1/CDDP+S-1 colostomy
5 primary Type 4 por laparotomy

2. 治療成績

治療投与コース数の中央値は18コース(2–25)治療継続期間は13か月であった(Table 2).治療中止理由は初発例ではconversion手術2例,増悪1例,再発例では治療拒否が1例であった.初発例に対して手術を行った2例とも肉眼的腹膜播種は認めなかったが,1例(残胃癌症例)では洗浄細胞診が陽性でありR1手術となった.一年生存は5例中4例(80%)で得られ,うち3例(60%)では1年を超える無増悪生存が得られている.

Table 2  Summary of outcomes and adverse reactions.
No. Outcomes Adverse event
Courses Survival (M) Alive/Death Treatment Histological effect Neutropenia  Stomatitis Bleeding stomach
1 23 19 alive ongoing G4
2 20 17 alive progression, BST
3 18 16 alive conversion surgery, R0 Grade 1a G2 G3
4  2 10 death refusal G4 G3
5 12 12 alive conversion surgery, R1(CY1) Grade 1a G3

3. 有害事象

血液毒性としてG4好中球減少を2例に認めた.非血液毒性としてG3口内炎を1例認めた.G3の消化管出血(胃)を1例認めたが腫瘍部潰瘍底からの出血であり内視鏡的に止血した.G4好中球減少を認めた2例中1例に対しては両薬剤の減量を行い治療を継続できたが,1例は本人の希望に基づいて治療を中止した.1例で2コース治療後のリザーバー留置部創感染によるリザーバー抜去が必要となり,後日再挿入を行った.

4. Conversion手術症例

症例3では胃全摘術,脾臓摘出術を施行した.腹膜播種を認めずCY0であった.手術所見はT4aN3aのstage IIICだったがR0手術が施行しえた(Fig. 2).組織学的効果判定はGrade 1aであった.症例5では残胃全摘術,脾臓,膵臓,肝臓,横行結腸の合併切除が行われた.手術所見はM-03-T T4b(膵)N2,肉眼的腹膜播種は認められなかったものの腫瘍近傍に癒着により孤立した腔があり腹水の貯留をわずかに認めその細胞診においてCY1と診断されR1手術となった.組織学的効果判定はGrade 1aであった.

Fig. 2 

Complete response of peritoneal metastasis in a case of primary gastric cancer. A: Abdominal CT showed peritoneal metastasis (arrow) in the pelvic cavity before treatment, which was confirmed on laparotomy. B: Peritoneal metastasis was confirmed by staging laparoscopy. C: Abdominal CT showed complete remission of peritoneal metastasis after 12 cycles of treatment. D: Absence of peritoneal metastasis was confirmed by staging laparoscopy after 1 year of treatment.

5. 後治療

Conversion手術症例においては腹膜播種がよく制御されているのに対しリンパ節浸潤が目立ったことから,S-1治療に対する耐性も考慮し両症例とも進行胃癌に対する化学療法に準じて半年間のカペシタビン+CDDP療法を選択した.術後早期のCDDP投与は毒性の点で困難と考え1コース目はカペシタビン単剤投与とし治療を継続し,ともに無増悪生存中である.治療後PD(播種増悪)となった症例2に対しては本人の希望に基づき後治療は施行しなかった.

考察

Ishigamiら10)の報告ではP0CY1など比較的軽度の症例を含む腹膜播種陽性症例での本治療法の1年生存率が78%であった.今回,我々の治療経験は旧分類P2,3症例が対象となった.そのため腹膜播種のより進行している症例が多かったと考えられるが,1年生存割合80%,初発症例3例中2例でconversion手術が可能であったことなど,非常に良好な治療成績が示された.再発症例に関しても1例で18か月を越える無増悪生存を得られていることは本治療の播種に対する高い感受性をうかがわせるものである(Fig. 3).我々の治療経験にRECISTでの測定可能病変のある症例はなかったが,臨床的には腹膜播種に対して80%の有効性が示された.毒性に関しても薬剤の減量でコントロールは可能であり,5例中3例で1年以上の治療継続が可能であった.また本治療法は最初のポート留置以外は全て外来での治療が可能であり,標準治療としてのS-1+CDDP療法が通常入院を必要とすることを考慮すれば,QOLの上でも優れた治療法と考えられる.

Fig. 3 

Complete response of peritoneal metastasis in a case of recurrent gastric cancer. A: Abdominal CT showed ascites and peritoneal metastasis foci (arrow) on the diaphragm. B: Peritoneal metastasis and ascites were not detectable on a follow-up CT after 9 months treatment and intra-abdominal catheter observed (arrow).

本治療経験を通して浮かび上がった問題点が三つある.第一に治療開始時期であるが,本経験症例中2コース後のリザーバーポートの感染が認められた.因果関係は明らかではないがこの症例ではポート留置後4日目に治療が開始されており,創部の安定を待って治療を行うことが予防策として重要ではないかと考えられた.第二に原発巣がある症例で効果が認められた場合のconversion手術に踏み切るタイミングの問題である.当科における2症例は化学療法開始後14か月(症例3)と11か月(症例5)で手術を行っている.症例3は治療開始後12か月で審査腹腔鏡を行い,腹膜播種の消失を確認したうえで手術を行ったが,切除した原発巣や所属リンパ節はCT上最も効果を示していた時期と比較するとやや増悪していた.症例5では胃癌手術後の高齢の残胃癌であったためconversion手術に踏み切ることに躊躇もあり本治療の長期継続を余儀なくされた.組織学的効果判定では両症例ともGrade 1aであり腹膜播種の消失と比較すると効果に乖離が見られた.両症例とも原発巣に対する効果はすでに弱まっていた可能性が考えられる.腹腔内に投与されたPTXが原発巣に対してそれほど強い効果を示すとは考えにくく,原発巣あるいはリンパ節に対してはS-1と経静脈的に投与されたPTXのみが効果を示していると考えられる.通常のS-1+PTX併用化学療法の無増悪生存期間はほぼ6か月といわれていることから13),conversion手術を考えるなら,より早い時期に審査腹腔鏡による評価を考慮してもよかったかもしれない.第三に手術の既往に伴う癒着形成による薬剤の到達範囲の問題があげられる.症例5では腹腔内投与リザーバー再留置(4か月後)の際に審査腹腔鏡を施行しているがその時点で腹膜播種の消失,洗浄細胞診の陰性化が確認された.しかし,11か月後の手術所見では肉眼的播種は認めないものの,腫瘍近傍に癒着により孤立した腔があり,ここから採取した腹水によりCY1と診断された.残胃癌であったことから,病変部の癒着が薬液の到達を妨げた可能性も考えられた.以上より,本治療ではconversion手術でR0/R1切除を得ることが現実的な目標となりえるが,その適応や実施時期についてはさらなる検討が必要である.またconversion手術を行わない場合についても,PTXの長期投与に伴う有害事象を考慮すると14),臨床的に無増悪と判断される場合の治療継続期間などについて,検討の余地が残されている.さらに,石神ら15)の最新の報告によると再発形式については明らかではないがconversion手術後の再発が50%以上認められる.Conversion手術後の後治療については手術所見,病理組織学的検査所見,組織学的効果判定を参考に補助療法を選択すべきであろう.本治療法が高い腹膜播種制御率に比較してリンパ行性,血行性転移の制御については効果的な治療とは言いがたく,また,術後の治療であり毒性が強く出やすいことなどを念頭に治療法の選択を行うべきと思われる.さらに,増悪後の治療についても現段階ではエビデンスのない状況の中で個々のPSなどに配慮した選択がなされるべきであろう.

医中誌Web ver. 5で2000年~2012年までに「胃癌」,「パクリタキセル」,「腹腔内投与」をキーワードに検索(会議録を除く)したところ,36編の論文が見いだせるが実際に患者に対してPTXの腹腔内投与を行った報告は15編であった.その中で安全性忍容性などの評価の論文を除くと9編の臨床試験,症例報告の論文が見いだされた.腹膜播種陽性の定義が一定ではないが,従来切除不能と考えられてきた腹膜播種陽性胃癌に対してS-1の内服およびPTXの腹腔内投与により,切除の可能性が向上していることが報告されている.中でも石神ら16)によると本治療法では60例中23例で旧根治度B以上の切除が可能であったと報告している.これらの経験の多くは腹腔内化学療法が保険診療外であることから大学病院を中心とした校費負担などで治療が可能な研究施設に限られていることが多い.現状では一般臨床において実施できないものの一般化,保険収載に向けての第III相臨床試験による評価を進めていくに当たって限られた診療経験を広く共有し理解することが重要なステップと考えられる.

本治療法に関して現在,厚生労働省の高度医療制度下に腹膜播種を伴う胃癌を対象にS-1+PTX経静脈・腹腔内併用療法を試験治療,S-1+CDDP併用療法を標準治療とする第III相臨床試験の症例登録が開始されている.当科においても今回の治療経験を経て,本試験への参加登録が可能となった.本試験の成否は胃癌腹膜播種に対する有効な腹腔内化学療法を一般化するために重要な役割を担うと考えられるが,これに平行して,個々の症例を詳細に検討することにより,さらに多くの知見を得ることができるものと期待している.

腹膜播種を伴う進行再発胃癌に対するS-1+PTX経静脈・腹腔内併用療法は本治療経験から有望な治療法と思われた.血液毒性への注意が必要だが,適切な投与量や治療スケジュールの変更によりコントロールは可能であった.本治療法の標準化へ向けた第III相臨床試験に期待するところは大きい.

利益相版:なし

文献
 

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