2012 Volume 45 Issue 9 Pages 905-913
症例は73歳の女性で,主訴はなし.胸部X線写真にて異常陰影を指摘され,当院受診した.CTで左胸腔内に巨大な腫瘍と,さらに,胃壁に連続した腫瘍を認めた.EUSでは胸腔内の腫瘍は食道第4層と連続しており,穿刺吸引組織診にて食道gastrointestinal stromal tumor(以下,GISTと略記)と診断した.胃腫瘍についてはEUSにて第4層との連続を認めたことから胃原発の間葉系腫瘍と診断した.画像診断より完全切除可能と判断し手術を施行した.摘出した食道腫瘍は最大径130 mm,胃腫瘍は42 mmで,いずれもKIT陽性であることから食道GISTと胃GISTが重複した極めてまれな症例と診断した.食道GISTは高リスクであり,c-kit遺伝子変異解析でexon11の変異を認めたことからimatinibの術後補助化学療法を開始したが,副作用のため中止した.2年3か月経過した現在までに再発を認めていない.
Gastrointestinal stromal tumor(以下,GISTと略記)のうち,食道原発のものは全GISTの2–5%程度とまれである1).今回,我々は食道GISTと胃GISTを合併した極めてまれな1例を経験したので文献的考察を加えて報告する.
患者:73歳,女性
主訴:なし
家族歴:特記すべきことなし.
既往歴:特記すべきことなし.
現病歴:右手関節骨折にて近医を受診し,術前評価の胸部X線写真にて異常陰影を指摘され,精査加療目的に当院を紹介受診した.
現症:身長154 cm,体重58 kg,血圧110/75 mmHg,脈拍74/min,結膜に貧血,黄疸なく,表在リンパ節は触知しなかった.胸部・腹部に特記すべき所見は認めなかった.
来院時検査所見:血液・生化学所見および腫瘍マーカーに異常値は認めなかった(Table 1).
| WBC | 4,670 /μl | SCC | 0.9 ng/ml |
| Hb | 13.7 g/dl | CYFRA | 0.6 ng/ml |
| Plt | 494×103 /μl | CEA | 1.3 ng/ml |
| TP | 7.4 g/dl | AFP | 2 ng/ml |
| Alb | 4.6 g/dl | SLX | 19.1 U/ml |
| BUN | 10 mg/dl | NSE | 10.1 ng/ml |
| Cr | 0.61 mg/dl | IL-2R | 316.8 U/ml |
| AST | 17 U/l | HCG | 2.5 mlU/ml |
| ALT | 11 U/l | HCGβ | <0.1 ng/ml |
| LDH | 211 U/l | Pro GRP | 19.0 pg/ml |
| ALP | 189 U/l | ||
| γ-GTP | 19 U/l |
胸部単純X線写真所見:左肺野に65 mm大の表面平滑な腫瘤陰影を認めた(Fig. 1).

A Chest X-ray film showing a mass shadow in the left lower lung field.
造影CT所見:左胸腔内に内部density不均一な径13 cm大の腫瘤を認め,腫瘤は大動脈,心囊および食道に接していた.胃には3.5 cm大の管外発育型の腫瘤を認めた(Fig. 2).

Computed tomographic scans of the chest. (a) There was a heterogeneous mass in the left side of the thoracic cavity, measuring approximately 13 cm in diameter. (b) A well-defined mass was found in the stomach.
MRI所見:腫瘤の内部intensityは不均一で,大動脈,壁側胸膜,心囊,横隔膜および肺に接していた.腫瘍と壁側胸膜との境界は不明瞭で浸潤が疑われたが,大動脈,心囊および横隔膜との間は一層保たれており,直接浸潤はないと判断した.
食道造影検査所見:下部食道に左側より約9 cmにわたって表面平滑な圧排像を認めた.
上部消化管内視鏡検査所見:下部食道および胃体部大彎側で,腫瘍による壁の圧排を認めた.粘膜面には異常を認めなかった.
上部消化管超音波内視鏡検査所見:左胸腔内の腫瘍は13 cm大で不整形であり,内部エコーレベルは不均一であった.食道の第4層と連続しており,食道の間葉系腫瘍と診断した.胃の腫瘍についても第4層との連続を認め,胃原発間葉系腫瘍と診断した.食道腫瘍についてはEUS guided fine needle aspiration biopsy(以下,EUS-FNABと略記)を施行した.
病理組織学的検査所見(EUS-FNAB):棍棒状核を有した紡錘形細胞の錯綜を認め,免疫染色検査にてKITおよびCD34が陽性で,S-100,α-SMA陰性であり,GISTと診断した.MIB-1 indexは9%であった.
以上より,食道GISTおよび胃原発間葉系腫瘍の重複症例と診断し,手術を施行した.
手術所見: 仰臥位から上半身を右側臥位に捻転させた体位とし,分離肺換気下で手術を開始した.画像診断にて腫瘍を切り込む可能性が低い第6肋間前方から開胸を先行し,腫瘍を確認しながら左胸腹連続斜切開を行った.左横隔膜については,腫瘍の浸潤および癒着がないことを確認した後,食道裂孔に向かって肝三角靭帯の左側を通って切開し,良好な視野を確保した.食道腫瘍は13 cm大で,左肺下葉に強固に癒着していたが,心外膜との癒着はごく軽度で剥離は容易であった.食道GISTについては,下部食道から噴門側胃までと左下葉の一部を合併切除して腫瘍を摘出した.胃腫瘍は胃体部大彎側にあり,胃部分切除を行った.再建は胃管再建とし後縦隔経路にて胸腔内で吻合した.切開した横隔膜を修復し,腸瘻を造設して閉創した.手術時間は5時間17分,術中出血量は200 mlであった(Fig. 3).

Operating findings. (a) The esophageal tumor was attached to the esophagus and the lower lobe of left lung. (b) The gastric tumor arose in the posterior wall of the gastric corpus.
摘出標本肉眼所見:食道腫瘍は130×125×95 mmで,線維性皮膜を伴い,割面は充実性で,一部に壊死や出血を認めた.胃腫瘍は42×30×30 mmで,線維性皮膜を伴い,割面は充実性であった(Fig. 4).

Macroscopic appearance. An esophageal tumor, measuring 130×125×95 mm (A), was excised with the esophageal wall (B) and the gastric wall (C). The gastric tumor measured 42×30×30 mm (D).
病理組織学的検査所見:食道腫瘍は棍棒状核を有した紡錘形細胞の錯綜配列から成り,免疫染色検査にてKITおよびCD34は陽性で,S-100,desminは陰性であり,GISTと診断された.MIB-1 indexは30%であった(Fig. 5).なお,肺には浸潤を認めなかった.胃腫瘍は棍棒状核を有した紡錘形細胞の錯綜配列から成り,免疫染色検査にてKITおよびCD34陽性で,S-100,desmin陰性であり,GISTと診断された. MIB-1 indexは5%であった.

Microscopic findings of the esophageal tumor. Immunohistochemically, the tumor cells were positive for KIT (a) and CD34. The MIB-1 index was 30% (b).
c-kit遺伝子変異解析:食道および胃GISTともにexon11の遺伝子変異を認めた.
術後経過:術後9日より食事開始し,経過良好にて術後19日に退院となった.術後1か月よりadjuvant chemotherapy目的でimatinib 400 mg/日の投与を開始したが,内服経過途中で嘔気と食欲不振が出現し,継続したためimatinibの内服を中止した.その後,4か月ごとに厳重にCTにてフォローを行っているが,術後2年3か月の現在までに再発を認めていない.
消化管の間葉系腫瘍全体はKIT,CD34陽性のGISTと,desmin,α-SMA陽性の筋原性腫瘍,s-100陽性の神経原性腫瘍に大別できる.GISTは主に消化管の粘膜下に発生し,カハール介在細胞に由来する2).臨床的なGISTの発症頻度は人口10万人当たり年1~2人程度で,60~70%程度は胃に発生し,小腸に25~35%,結腸に5%,食道には2~5%程度発生する1).
GISTの診断についてであるが,GIST診療ガイドラインではCTおよびEUSが有効な検査とされており,中でもEUSは,EUS-FNABを用いることで術前に確定診断が可能となる唯一の方法である3).GISTはEUS上第4層由来の低エコーからやや低エコーの粘膜下腫瘍として同定される.間葉系腫瘍の鑑別には免疫組織化学を含めた病理診断が必須であり,①3 cm以上,②結節分葉状,③内部エコー不均一,④無エコー域,⑤潰瘍の5つのmalignant signのうち1~2つ以上を有する症例では,EUS-FNABを行うことが望ましいとされている4).EUS-FNABはGISTの診断において感度68~89%,特異度88~100%,正診率79~91%と良好な成績が報告されており5),MIB-1 indexを用いることで悪性度評価にも役立つ6).
本症例の食道GISTについては,術前鑑別診断として肺間葉系腫瘍と食道間葉系腫瘍が考えられたが,CT,MRIなどの画像での診断は困難であった.食道間葉系腫瘍を考えた場合には,さらにGIST,筋原性腫瘍,神経原性腫瘍の鑑別が治療方針および術式の決定のために必要となる.本症例では診断の方法として,特にGISTであった場合の胸膜播種のリスクを考慮しEUS-FNABを選択した.その結果,食道第4層との連続を認め,病理組織学的検査所見および免疫染色検査にてKIT陽性であったことから術前にGISTの確定診断を得た.胃腫瘍については,術後の病理組織学的検査所見および免疫染色検査にてKIT陽性であったことから,胃GISTと診断した.
本症例における食道GISTと胃GISTの関係についてであるが,転移か重複かが問題となる.一般的にGISTの転移について考えていくと,リンパ行性転移はまれであり血行性転移が多い7).そのため本症例では,主に血行性転移の可能性と壁内転移の可能性について検討を行った.本症例の両腫瘍間の5 mm毎のスライスを作成し,綿密に病理組織学的検討を行った.まず血行性転移についての検討であるが,食道および胃GISTともに正常組織との境界は明瞭であり,いずれのスライスでも脈管侵襲などの血行性転移を疑う所見はなかった.また,下部食道の胃側からの血流支配は左胃動静脈が主であることを考えると,本症例の下部食道GISTから15 cm以上離れた胃体部大彎側への血行性転移は考えにくいと思われた.次に壁内転移の可能性を検討した.文献的には,食道癌の場合には,食道と胃の移行部では粘膜下層を縦走する排導リンパ管が胃に連続性を持ち,壁内リンパ管を介しリンパ行性に食道から胃に転移し粘膜固有層と粘膜下層に転移巣を形成することが多いことから8),食道癌の胃壁内転移の9割にリンパ管浸潤が認められたと報告されている9).本症例の病理組織学的検討では,これに準じて,各スライスでさらにリンパ管侵襲を検討したが,いずれのスライスでもリンパ管侵襲は認めず,また食道および胃GIST間に介在する正常組織との境界は明瞭であり,免疫染色検査でもKIT陽性のGIST細胞を認めないことから,壁内転移は否定的であると考えられた.以上のことから,本症例の発生様式が転移性であることは否定的と考えられ,食道GISTと胃GISTの重複症例と診断した.
通常GISTは単発性に発生することが多く,重複症例は家族性多発性やvon Recklinghausen病に合併するものなど一部の特殊な病態として発生することが多い10).Von Recklinghausen病ではNF1遺伝子変異が,家族性やsporadicな多発性ではc-kit遺伝子あるいはPDGFRA遺伝子の変異がみられ,GIST発生の原因と考えられている11).本症例では家族性多発性やvon Recklinghausen病を疑うような家族歴,既往歴は認めず,sporadicな多発性GIST症例と考えられた.
本邦における食道GISTについての報告を,医中誌Webで「食道GIST」をキーワードに2001年~2011年の範囲で検索した結果,調べうるかぎりでは自験例を含め26例の切除報告を認めたのみであった(Table 2)12)~31).平均年齢は64歳で,26例中21例(81%)は下部食道に発生しており,食道GISTと胃GISTとの重複症例については過去に報告を認めなかった.
| No. | Author | Reported year | Age (y) | Sex | Location | c-kit | CD34 | Neural | Muscle |
| 1 | Kaneuchi12) | 2000 | 69 | F | Lt | + | + | α-SMA (–), desmin (–) | S-100 (–) |
| 2 | Yamanaka13) | 2002 | 63 | F | Lt | + | + | α-SMA (–), desmin (–) | S-100 (–) |
| 3 | Omoto14) | 2004 | 58 | M | Mt | + | + | desmin (–), HHF-35 (–) | S-100 (–) |
| 4 | Ishibashi15) | 2004 | 65 | F | Ut | + | + | ||
| 5 | Wada16) | 2004 | 24 | F | Mt | + | + | α-SMA (+) | S-100 (+) |
| 6 | Kamei17) | 2005 | 72 | F | Lt | + | + | α-SMA (–) | S-100 (–) |
| 7 | 〃 | 2005 | 45 | M | Mt | + | + | α-SMA (–) | S-100 (–) |
| 8 | 〃 | 2005 | 52 | F | Lt | + | + | α-SMA (–) | S-100 (–) |
| 9 | Kobayashi18) | 2006 | 78 | M | Lt | + | + | α-SMA (+), desmin (–) | S-100 (+) |
| 10 | Fukushima19) | 2006 | 61 | F | Lt | + | + | α-SMA (–), desmin (–) | S-100 (–) |
| 11 | Ishikura20) | 2006 | 65~69 | F | Lt | + | + | α-SMA (–) | S-100 (–) |
| 12 | Masuda21) | 2006 | 64 | F | Lt | + | + | ||
| 13 | Hashiguchi22) | 2007 | 68 | F | Lt | + | + | α-SMA (–) | S-100 (–) |
| 14 | Kubo23) | 2007 | 67 | M | Lt | + | + | α-SMA (–), desmin (–) | S-100 (–) |
| 15 | Abe24) | 2008 | 77 | F | Mt | + | – | α-SMA (–), desmin (–) | S-100 (+) |
| 16 | Yoshida25) | 2008 | 61 | M | Lt | + | + | desmin (–) | |
| 17 | Matono26) | 2008 | 74 | F | Mt Lt | + | + | desmin (–) | S-100 (–) |
| 18 | Asai27) | 2009 | 69 | M | Lt Ae | + | + | α-SMA (–) | S-100 (–) |
| 19 | 〃 | 〃 | 76 | F | Lt | + | + | α-SMA (–) | S-100 (–) |
| 20 | 〃 | 〃 | 52 | M | Lt | + | + | α-SMA (–) | S-100 (–) |
| 21 | 〃 | 〃 | 53 | M | Lt Ae | + | + | α-SMA (–) | S-100 (–) |
| 22 | Miyata28) | 2009 | 76 | F | Lt | + | |||
| 23 | Sato29) | 2010 | 71 | F | Lt Ae | + | + | desmin (–) | S-100 (–) |
| 24 | Nakamura30) | 2010 | 67 | M | Lt | + | + | α-SMA (–) | S-100 (–) |
| 25 | Kobayashi31) | 2011 | 68 | M | Lt | + | + | α-SMA (–) | S-100 (–) |
| 26 | Our case | 71 | F | Lt | + | + | desmin (–) | S-100 (–) |
次に治療についてであるが,ガイドラインでは組織診断がついた原発GIST治療の第一選択は完全切除可能な場合は外科的切除であると示されている3).原則として臓器や臓器機能の温存を目指した部分切除が推奨されているが,腫瘍が進行しGISTが隣接臓器に癒着あるいは浸潤している場合,腫瘍細胞の腹腔内散布を防ぐために隣接臓器も一括切除すべきである.
一方,巨大食道GISTに対しimatinibの術前投与を行い,縮小により完全切除した一例が中村ら30)および小林ら31)により報告されている.腫瘍径が増大すれば完全切除率は低くなり,術中の腫瘍破裂による再発リスク,また手術そのもののリスクも高くなると考えられる.Marginally resectable GISTといわれるかろうじて切除可能なGIST症例に対して,imatinibの術前補助化学療法を行うことでの完全切除率および予後の改善が期待されているが,術前補助化学療法中の消化管穿孔やimatinibへの抵抗性の出現も報告されており,現在は臨床研究段階である30)31).本症例についても,手術先行かimatinib術前投与を行うか議論された.食道GISTは径13 cmと大きく,当初,周囲臓器への浸潤も疑われたが,十分な画像診断により左胸腹部連続斜切開,中下部食道-胃噴門部切除,肺部分切除,胃管再建にて完全切除が可能と判断し,手術を施行し,切除しえた.
本症例のようにhigh riskと診断されたGISTに対しては,外科切除とimatinibによるadjuvant chemotherapyを組み合わせた集学的治療を行うことで,予後の改善が期待されている.Z9001試験ではimatinib 400 mg/日を完全切除後1年間投与するプラセボ対照第III相試験の結果,imatinib投与群における無再発生存率の延長が認められ32),ガイドライン上もimatinibによるadjuvant chemotherapyは推奨度グレードBとされている.本症例もimatinibの投与を行ったが,嘔気と食欲不振が出現したため中止した.その後ガイドラインに基づき4か月ごとにCTによるフォローを行っているが,術後2年3か月の現在までに再発を認めていない.
今後のGISTの治療では,外科的治療とneo adjuvantおよびadjuvant chemotherapyとを組み合わせた集学的治療による予後の改善が期待されている30)~32).新しい臨床試験の結果に基づいた,さらなる集学的治療の発展が望まれる.
利益相反:なし