The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
A Patient with Gastric Cancer Who Developed Acquired Hemophilia Related to Coagulation Factor VIII Inhibitor during the Perioperative Period
Tetsunobu UdakaSumiharu YamamotoIzuru EndouMasatoshi KuboMinoru MizutaKatsuya Miyatani
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2013 Volume 46 Issue 10 Pages 717-724

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Abstract

非血友病患者で胃癌周術期に第VIII凝固因子インヒビターが出現したために,術後に腹腔内出血,胸腔内出血の治療に難渋した1例を経験したので報告する.患者は69歳男性で,黒色便にて入院.PTは12.4秒と正常であったがAPTTは50.9秒と延長していた.出血性胃癌の診断で幽門側胃切除術を施行した.術翌日と7日目に腹腔内出血にて止血術を,8日目に両側胸腔内出血にて胸腔穿刺ドレナージ術を施行した.凝固検査でAPTTが著明に延長しており,第VIII凝固因子活性が11.6%と低下していた.そこで第VIII因子製剤を投与したが,第VIII凝固因子活性が上昇せず,第VIII因子インヒビターが5 BU/mlと出現していた.プレドニゾロンの投与で腹腔内,胸腔内出血は漸減し軽快退院した.第VIII凝固因子インヒビター出現による出血傾向は本症例のような重篤な出血傾向を呈することが多く,本疾患に対する認識と迅速な対応が必要であると思われた.

はじめに

出血傾向の既往や凝固因子製剤の使用歴がないにもかかわらず,自己免疫疾患,悪性腫瘍,分娩などを契機に凝固因子に対するインヒビターが産生されることがあり,特に第VIII凝固因子活性の低下を起こすものは後天性血友病と呼ばれている1).近年,第VIII凝固因子インヒビター症例の報告1)が増えつつあるが消化器癌周術期に発症することは比較的まれである.今回,我々は胃癌周術期に第VIII凝固因子インヒビターによる後天性血友病を発症した1例を経験したので文献的考察を加え報告する.

症例

患者:69歳,男性

主訴:黒色便

既往歴:糖尿病,高血圧,59歳時に右膝蓋骨骨折にて手術を受けた.

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:糖尿病,高血圧にて,当院通院中,2000年10月頃黒色便が出現.貧血を指摘され,2000年11月精査目的にて入院となった.

入院時現症:身長160 cm,体重56.6 kg,体温36.7°C,脈拍78回/分・整,血圧125/65 mmHg.眼瞼結膜に貧血あり,眼球結膜に黄染なし.

入院時検査所見:RBC 213×104/μl,HGB 4.8 g/dl,HCT 16.7%,血清鉄7 μg/dlと鉄欠乏性貧血を認め,HbA1c 8.7%,空腹時血糖152 mg/dlと糖尿病を認めた.また,PT 12.4秒と正常であったが,APTT 50.9秒(正常値:23~39秒)と延長していた(Table 1).

Table 1  Laboratory data on admission
Hematology Biochemistry
 WBC 5,620​/μl  TP 6.7​ g/dl
 RBC 213×104​/μl  T-Bil 0.3​ mg/dl
 Hb 4.8​ g/dl  AST 12​ IU/l
 Ht 16.7​%  ALT 9​ IU/l
 Plt 20.3×104​/μl  ALP 28​ IU/l
Coagulation  BUN 19​ mg/dl
 PT 12.4​ sec  Cr 0.9​ mg/dl
 APTT 50.9​ sec  Fe 7​ μg/dl
Tumor markers  Na 138​ mEq/l
 CEA 0.9​ ng/ml  K 4.6​ mEq/l
 CA19-9 2.5​ U/ml  Cl 103​ mEq/l
     HbA1c 8.7​%
     BS 152​ mg/dl

上部消化管内視鏡検査所見:幽門前庭前壁に出血を伴う陥凹性病変を認め,生検の結果はtub2であった(Fig. 1).

Fig. 1 

Upper digestive tract endoscopy revealed a hemorrhagic excavated lesion in the anterior wall of the antral gastric region.

胃癌出血による貧血があるため術前に濃厚赤血球の輸血を行い,11月に幽門側胃切除術,D2+No. 16a2,16b1リンパ節郭清を施行し,Billroth I法で再建した.術中は軽度出血傾向を認め,術中出血量は800 gで術中に濃厚赤血球2単位,新鮮凍結血漿2単位を輸血した.

摘出標本所見:幽門前庭前壁に大きさ43×35 mmのType 0(IIc)の病変を認めた(Fig. 2).

Fig. 2 

In the extirpated specimen, a type 0 (IIc) gastric cancer measuring 43×35 mm was detected in the anterior wall of the antral gastric region (arrow).

病理組織学的検査所見:L,Ant,Type 0(IIc),43×35 mm,tub2,pT2(MP),int,INFc,ly3,v1,pN2(4/87)(No. 6(3/4),No. 8a(1/3)),pPM0,pDM0,H0,P0,CY0,M0,stage IIB,R0であった(Fig. 3).

Fig. 3 

Histopathological examination of the extirpated specimen showing moderately differentiated adenocarcinoma (HE objective magnification ×10).

術後経過:術後5時間頃より腹腔内ドレーンより出血が出現し,止血しないため開腹を行ったところ,右上腹部を中心に血液および凝血塊を認めた.固有肝動脈の枝より動脈性に出血していたため,動脈を結紮し止血した.術後4日目より腹腔内ドレーンより出血が出現し,次第に出血が増量してきたため,術後8日再度開腹止血術を行った.膵前面に多量の出血と凝血塊を認めた.凝血塊を除去するも明らかな出血点は認められず,腹腔内を洗浄しドレーンを留置した.術後,集中治療室で経過を見ていたが術後9日目の胸部X線で両側胸水を認めたため,試験穿刺したところ,血性胸水であったため両側胸腔内に12 Fr.胸腔ドレーンを留置した.皮下出血などは認められなかった.血液検査上,感染やdisseminated intravascular coagulation(以下,DICと略記)は伴っていなかった.腹腔ドレーン,胸腔ドレーンからの出血が続き,ビタミンK,新鮮凍結血漿を投与したが,出血傾向は改善しなかった.術後16日目APTTが53.2秒と延長しており,また第VIII凝固因子活性が11.6%(正常値:80.0~140.0%)と低下していた.同日より第VIII凝固因子製剤を1,000単位/日を5日間投与した後,第VIII凝固因子活性を再検ところ11.7%と変化がなかった.そこで第VIII凝固因子インヒビターの存在を疑い測定したところ5 BU/ml(正常値:0 BU/ml)と第VIII凝固因子インヒビターが発生しており後天性血友病と診断した.術後25日目より,プレドニゾロン(以下,PSLと略記)20 mg/日の投与を開始した.出血に対しては適宜,濃厚赤血球を輸血しヘモグロビン値の維持を行った(Fig. 4).腹腔ドレーンおよび胸腔ドレーンからの出血はしだいに減少し術後30日目に腹腔ドレーンを43日目に胸腔ドレーンを抜去し,術後74日目に退院となった(Fig. 5).PSLは6週間投与した.後天性血友病の経過観察のため術後補助化学療法は行わなかった.術後7か月には第VIII凝固因子インヒビターは消失していた.

Fig. 4 

Changes in the volume of blood loss, blood transfusion volume, and hemoglobin level.

Fig. 5 

Changes in the coagulation system and treatment.

考察

今まで全く出血傾向の既往がないにもかかわらず,自己免疫疾患や悪性腫瘍,分娩などを契機に凝固因子に対する自己抗体,すなわち後天性凝固因子インヒビターが出現することがある.その代表的疾患が抗第VIII因子自己抗体による後天性血友病である.本疾患は従来まれな疾患と考えられていたが,近年は認知度が高くなり,報告例が増加しつつある2).田中ら1)の調査によると後天性血友病のうち,男女比は1:0.9でほぼ拮抗しており,年齢分布は12~85(中央値70)歳で,ピークは70歳代にみられ,75%の患者に基礎疾患を認めた.その内訳は悪性腫瘍17%,自己免疫疾患17%,糖尿病7%,分娩後6%と報告されている.悪性腫瘍の内訳は胃癌が最も多く,次いで大腸癌,腎細胞癌の順であった.悪性腫瘍がインヒビター産生の誘因になっている場合,手術や化学療法により腫瘍がコントロールされるとインヒビターが消失することが多く,反対に腫瘍のコントロールが困難な症例ではインヒビターが残存する傾向があると報告されている3).また,Hauserら4)は,腫瘍の診断時期と後天性血友病の発症がほぼ同時期にみられることより,同様の推測を述べている.自験例は胃癌患者で,糖尿病を合併していたが,診断とほぼ同時期に発症し,R0の根治手術の術後7か月にインヒビターが消失したことから,胃癌が後天性血友病の誘因になった可能性がある.

後天性血友病の臨床症状は,広範な皮下出血や筋肉内出血が多く,先天性血友病で多い関節内出血の頻度は少ないとされているが,出血の程度は先天性に比較して重篤な後腹膜出血,腹腔内出血,卵巣出血,胸腔内出血をみられることが多い1).自験例も胃癌の術後であったが,腹腔内出血,胸腔内出血の治療に難渋した.手術操作の及んでいない両側胸腔からの出血の原因として出血傾向による胸腔内の毛細血管の破綻などが考えられた.

後天性血友病の診断の第一歩は,特に中高年以降に突然みられる出血傾向と血液検査でのAPTTの延長である.このような症例に遭遇した場合には,第VIII因子活性の測定を実施し,低下している場合は抗第VIII因子インヒビターの測定を実施する.後天性血友病ではプロトロンビン時間,血小板数,トロンビン時間,フィブリノゲンやvon Willebrand因子は正常である5).自験例では術前に出血性胃癌による貧血,術後腹腔内出血,胸腔内出血の出血傾向を認め,術前よりAPTTが延長していた.出血傾向が続き,APTTがさらに延長してきたため第VIII因子活性を検査したところ,活性が低下していたため抗第VIII因子インヒビターの測定し,術後25日目に第VIII因子インヒビターの産生が判明し,後天性血友病と‍確‍定‍診‍断‍で‍き‍た.

後天性血友病A診療ガイドライン6)における治療では止血治療と免疫抑制療法がある.止血治療は遺伝子組換え活性化凝固第VII因子製剤(rFVIIa)もしくは活性型プロトロンビン複合体製剤(APCC)を第一選択としている.免疫抑制療法はPSLの単独療法を基本とし,PSLの初期投与量は原則1 mg/kg/日とする.また,患者の年齢や基礎疾患,インヒビター力価,出血症状,これまでの免疫抑制剤の使用歴などを勘案したうえで,より強力な免疫抑制が必要であり,かつ,患者が認容できると判断される場合には,PSLとシクロフォスファミド(以下,CPAと略記)の併用療法も考慮する.自験例では第VIII因子製剤を1,000単位/日を5日間投与したが第VIII因子活性に変化がなく出血傾向が続いた.ガイドラインによる活性化凝固第VII因子製剤(rFVIIa)の投与が必要であった可能性がある.第VIII因子製剤の投与無効であったため,術後25日目より,PSL 20 mg/日を経口投与したところ,APTT値,第VIII因子活性に変化がなかったが,出血傾向が軽減して,ドレーンからの出血が減少してきたため術後30日目に腹腔ドレーン,43日目に胸腔ドレーンを抜去することができた.ドレーン抜去時のAPTTは延長しており,第VIII因子活性も低下した状態であった(Fig. 5).PSLの量はガイドラインによる60 mg/日が必要であった可能性がある.APTTが延長し,第VIII因子活性も低下した状態で,ドレーンからの出血が減少した理由としてPSL投与によりインヒビターの産生を抑えた可能性がある.術後129日目にはAPTT,第VIII因子活性ともに正常値となり術後7か月には第VIII因子インヒビターが消失していた.

後天性血友病患者の転帰であるが,田中ら1)によると追跡可能であった40例のうちインヒビターが消失したのが21例(52%)であった.残存していたものが9例,死亡は10例であった.インヒビターが消失した21例の発症からインヒビター消失までの期間は0.5~15か月(中央値2.0か月)で,81%が半年以内に消失していたが,12か月,15か月経った時点でようやく消失した例など遷延化するものもみられた.また,消失例のうち1例8か月後に再燃後,再び7か月後に消失した症例があったと報告している.そのためインヒビターが消失しても長期の経過観察が必要と思われる.自験例では術後7か月には第VIII凝固因子インヒビターは消失していたため,術後1年間経過観察したが再燃の可能性があるためもう少し長期の経過観察が必要であったと思われる.

後天性血友病患者の周術期の出血予防法はいまだ確率されていない.医中誌Webで1983年から2012年まで「後天性血友病」,「胃癌」または,「凝固因子」,「インヒビター」,「胃癌」をキーワードとして検索したところ,胃癌術前または術後に後天性血友病を発症した症例は自験例を含めて9例であった(Table 27)‍~14).このうち,術前に発症していたのは自験例を含めて5例であった.5例中術前に後天性血友病と確定診断ができたのは2例で,術前に1例はPSL,活性型第VII因子製剤,CPA,活性型プロトロンビン複合体製剤の投与がなされ,もう1例はPSLの投与がなされていた.それにより第VIII因子インヒビターの消失または低下により出血傾向が改善され胃切除術が施行されて,術後合併症なく退院となっていた.残りの3例は術後に確定診断されたが,自験例以外は出血またはDICによる多臓器不全にて死亡していた.このことから術前発症例に対して,術前の確定診断と対策をたててからの手術が必須であると考えられる.自験例では,術前より胃癌からの出血による高度の貧血を認め,さらに,APTTが延長して出血傾向を認めていたが,手術を施行した.しかし,腹腔内出血や両側胸腔内出血など,多量の輸血を必要とする出血の合併症を回避することができなかったため,本疾患に対する認識が不十分であったと反省している.

Table 2  List of gastric cancer patients who developed acquired hemophilia before or after surgery?
Case Author Year Age Sex Onset after opration Sympton Time of diagnosis Factor Factor activity (%) Inhibitor (BU/ml) APTT (sec) Treatment Prognosis
1 Hosomi7) 1998 68 M 9 months black stool 10 months after operation VIII ≤1.5 33.5 47.1 Imuran+PSL dead
2 Yokota8) 2000 67 M pre-operation bloody stool after operation VIII, IX not mentioned VIII: ‍≥10, IX: ≥10 not mentioned VIII, PSL, PE dead (POD30)
3 Kiguchi9) 2000 69 M 1 month hematemesis, melena 2 months after operation VIII 3 78 53.9 PSL alive
4 Mouri10) 2008 78 F 3 months melena not mentioned VIII not mentioned present prolonged PSE, PE dead
5 Sakamoto11) 2009 81 M 52 days subcutaneus bleeding 64 days after operation VIII <1.0 >5 76.9 APCC, PE, PSL+CPA dead (POD103)
6 Hayashi12) 2010 85 M pre-operation subcutaneus bleeding pre-operation VIII 2 64 70.9 PSL, VII, CPA, APCC alive
7 Sano13) 2011 83 M pre-operation subcutaneus bleeding, bleeding of gastric cancer POD2 VIII <1.0 174 61.7 PSL dead (POD14)
8 Yamasaki14) 2011 70 M pre-operation black stool pre-operation VIII <1.0 17.7 95 PSL alive
9 Our case 69 M pre-operation black stool POD24 VIII 11.6 5 50.9 VIII, PSL alive

VIII: factor VIII concentrates, PSL: predonisolon, CPA: cyclophosphamide, PE: plasma exchange, VII: activated factor VII concentrates, APCC: activated prothorombin complex concentrates

消化器癌の術前にAPTT延長を認めた場合,本疾患を念頭に置いて早期に診断治療することが重要と思われた.

利益相反:なし

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