2013 Volume 46 Issue 10 Pages 769-776
小腸癌切除1年後に腹直筋転移を来した症例を経験したので報告する.症例は70歳の女性で,2009年12月小腸癌のため空腸部分切除を施行した.病理組織学的検査所見は中分化型腺癌(se,ly2,v0,n1)であった.2011年5月右下腹部痛が出現し,同部位にピンポン玉大の腫瘤が出現した.FDG-PETの結果,孤立性の腹直筋転移と診断し,腫瘤摘出術を施行した.病理組織学的検査所見では横紋筋に浸潤する中分化型腺癌が認められ,小腸癌の腹直筋転移と診断した.腹直筋転移切除後1年6か月経過しているが無再発生存中である.小腸癌が腹直筋にのみ転移を来した症例は極めてまれな症例であり,文献を含めて報告する.
原発性小腸癌は比較的まれな疾患である1).また,その部位的特徴から早期発見が困難であり,腸閉塞,出血,穿孔や腫瘤形成のため開腹されることが多い.したがって,手術施行時には進行例が多く,その手術成績は5年生存率で15~26%と報告されている2)~5).我々は,術前診断が可能であり,空腸癌の根治切除後1年で孤立性に腹直筋転移を来した症例を経験したので報告する.
患者:70歳,女性
既往歴:C型肝炎(65歳),胆石(65歳),腹壁瘢痕ヘルニア(68歳)
主訴:右下腹部痛
現病歴:2009年4月より心窩部痛が出現したため,当院受診した.上部消化管内視鏡検査を施行したが慢性胃炎を認めるのみであった.その後,症状は一旦軽快したが,同年11月より再度心窩部痛が出現し,嘔気・嘔吐も出現したため,腹部造影CTを施行した.造影CTでは,十二指腸水平部からトライツ靭帯にかけて十二指腸の拡張とトライツ靭帯付近の小腸に壁肥厚を認めた(Fig. 1).精査が必要と判断し,低緊張性十二指腸造影(Fig. 2)および小腸内視鏡検査(Fig. 3)を施行したところ,トライツ靭帯近傍の空腸に全周性の腫瘍を認めた.病理組織学的検査所見ではGroup-Iであったが,画像検査上,空腸癌と診断した.腫瘍マーカーはCEA=8.7(<5)ng/ml,CA19-9=75.6(<37)ng/mlと上昇していた.同年12月に手術を施行した.開腹所見では,腫瘍はトライツ靭帯より約7 cm肛側に存在していた.口側切離端を確保するため,トライツ靭帯を切離して十二指腸水平脚の遠位側を授動した後に,縫合器を用いて十二指腸を離断し,空腸部分切除およびリンパ節郭清を施行した.吻合は機能的端々吻合を行った.肉眼的には全周性の2型の腫瘍であった(Fig. 4).病理組織学的検査所見では中分化型腺癌であり,UICC分類に基づくとStage III(T3,N1(2/13),M0),ly2,v0であった.術後経過は良好で,術後18日目に退院となった.術後は,UFT+ユーゼルによる補助療法を1年間行った.2011年5月頃より右下腹部痛が出現した.腫瘍マーカーは原発巣切除後は正常範囲であったが,同年6月の血液検査にて CEA=9.3 ng/ml,CA19-9=112.3 ng/mlと上昇を認めたため,再発と考えて精査を施行した.

Abdominal CT showed thickening of the jejunal wall and dilatation of duodenum.

Small intestinal radiography revealed an apple core sign in the jejunum just above the Treitz ligament.

Small intestinal endoscopy showed a type 2 tumor entirely encircling the bowel in the jejunum.

Resected specimen of the jejunum showed a type 2 tumor.
入院時現症:上腹部正中に前回の手術創を認めた.右下腹部に圧痛を伴うピンポン玉大の腫瘤を触知した(Fig. 5).

Schema of local findings. A 3-cm length lump was noted in the patient’s right lower abdomen.
入院時血液検査所見:生化学検査ではAST 51 IU/l,ALP 427 IU/l,Alb 3.3 g/dlとC型肝炎によると思われる肝機能障害を認めた.腫瘍マーカーはCEA 9.8 ng/ml,CA19-9 177.2 mg/mlと上昇していた.
腹部CT所見:単純CTでは右腹直筋下方の肥厚を認め,造影により同部位に径3 cm大のわずかに濃染する境界不明瞭な部位を認めた(Fig. 6).明らかな肝転移やリンパ節転移は認めなかった.

Abdominal CT showed a thickness of right rectus abdominis and contrast-enhanced CT revealed a poorly defined and weakly-enhanced 3 cm mass in the rectus abdominis.
腹部造影CTの結果より空腸癌の腹直筋転移と診断した.
他部位への転移を検討するため,FDG-PETを施行した.
FDG-PET所見:右腹直筋下方にFDGの集積を認めた(Fig. 7).しかし,他部位には集積は認めなかった.

FDG-PET showed a focus of increased FDG uptake in the right rectus abdominis. The standard uptake value (SUV) was 8.38.
以上より,空腸癌術後の孤立性腹直筋転移と診断し,手術を施行した.
手術所見:腫瘍直上の右下腹部に10 cmの皮膚切開を加えて,皮下組織を切離し,腹直筋前鞘を露出した.腫瘍は腹直筋内に存在しており,腫瘍より1 cm離して腹直筋を切除した.腫瘍中心部では腹膜前脂肪に腫瘍が浸潤していたため,腹膜の一部も切除した.検索できる範囲内では,腹膜播種は認めなかった.腹直筋切除部は前鞘,後鞘別に縫合閉鎖し,ヘルニア予防のため腹直筋前鞘に減張切開を加えた.
切除標本:腹直筋内に4×2×2 cm大の境界明瞭な腫瘍を認めた(Fig. 8).

Resected specimen showed a tumor measuring 4×2×2 cm in the muscle.
病理組織学的検査所見:横紋筋に浸潤する中分化型腺癌を認めた(Fig. 9).

Microscopic findings showed a metastatic moderately differentiated adenocarcinoma in the striated muscle.
術後経過:術後経過は良好で術後12日目に退院した.術後補助療法としては,大腸癌治療に準じてFOLFOX療法を8クール施行した.現在はS-1による補助療法を行っているが,転移巣切除後18か月を経過しているが,明らかな再発は認めておらず,腹直筋切除部のヘルニアも生じていない.
十二指腸を除く原発性小腸癌は全消化管悪性腫瘍の約0.3~4.9%とされており,比較的まれな疾患である1).好発部位は空腸癌ではトライツ靭帯から60 cm以内,回腸癌ではBauhin弁から40 cm以内とされており6),我々の症例でもトライツ靭帯近傍に発生していた.
小腸癌の肉眼形態は隆起型,潰瘍型に分類され,潰瘍型はさらに非狭窄型,管状発育型,輪状狭窄型に分類され,輪状狭窄型が最も多いとされている7).症状としては,腹痛,嘔吐などの腸閉塞症状,下血,貧血,体重減少などが挙げられるが6),典型的な症状に乏しく,有用な診断方法がなかったため,早期診断が困難であるとされていた.
近年,原発性小腸癌に対する検査法としてカプセル内視鏡検査やダブルバルーン内視鏡検査が発達してきている8).上述した原発性小腸癌の好発部位を考慮すれば,生検が可能なダブルバルーン内視鏡検査が有用と思われる.今回の症例においても小腸内視鏡検査で確定診断が得られた.最近ではマルチスライスCTの普及により,腹腔内臓器の詳細な情報が得られるようになり,詳細な検討により小腸癌の指摘も可能であると考える.本症例においても,CTにおいて十二指腸水平脚の拡張とトライツ靭帯付近の小腸壁肥厚を指摘することができた.輪状狭窄型の小腸癌が最も多いことを考慮すれば,CTにおいて限局性の小腸壁肥厚と口側の小腸拡張を認めた場合には小腸癌も考慮して,さらなる精査を進めるべきである.
治療法としては手術が第一選択であり,腫瘍と所属リンパ節を含めた小腸切除が行われる.小腸の所属リンパ節とは,腸間膜リンパ節と上腸間膜動脈沿いのリンパ節であり9),今回の症例でも主幹動脈と考えられた第一空腸動脈を根部で結紮切離し,上腸間膜動脈根部周囲を郭清した.しかし,小腸癌の多くは発見時には進行例が多いため,治癒切除率は60~70%と低く,5年生存率は15~24%と予後不良であるとされている2)~5).切除不能小腸癌に対しては化学療法が考えられるが,標準的なレジメンは確立されておらず,胃癌や大腸癌に準じたレジメンやgemcitabineを使用したレジメンが報告されている10).今回の症例でも,原発巣切除後に大腸癌の術後補助療法に準じて,UFT+ユーゼルの投与を行っていたが,再発を来した.小腸癌の転移再発に対して手術を施行したという症例は極めてまれである11)~15).小腸癌の多くが,診断時に遠隔転移を伴っていることが多いためと考えられる16).今回の症例では,FDG-PETにより他部位には明らかな再発を認めなかったことから手術による切除を選択した.
小腸癌の腹壁転移は非常にまれであり,医中誌Webで「小腸癌」,「腹壁転移」をキーワードとして1983年から2012年12月までの期間を検索したかぎり,原発性小腸癌の腹壁転移は本症例を含めて3例のみであった11)17).腹壁転移の機序としては,直接浸潤,リンパ行性転移,血行性転移,腹膜播種性転移,implantationなどが考えられるが,今回の症例では,原発巣がトライツ靭帯近傍に存在していたこと,初回手術時にはドレーンは挿入していなかったこと,腹壁切除時には明らかな腹膜播種は認めなかったことから腹直筋への血行性転移によるものと考えられる.固形癌の筋肉転移はまれである18).腹直筋など骨格筋への転移は腫瘍の全身への血行性転移の部分的な症状であり,終末期の病態と考えられるとの報告もある19).実際,固形癌の筋肉転移の予後は不良であり20),この点からも全身への血行性転移の終末像と考えられる.しかしながら,孤立性筋肉転移に対して切除を含めた治療により長期生存が得られている症例もある20).したがって,孤立性筋肉転移であることが確認できた場合には,切除を視野に入れた集学的治療を考慮すべきである.今回の症例では,FDG-PETを行い,腹直筋以外には転移巣が存在しないことが確認できたので,手術による切除を施行した.腫瘍の骨格筋転移の診断にFDG-PETが有用であるとされており21),自験例でも診断に有用であった.また,自験例では治療法の選択にも有用であった.
小腸癌に対する化学療法として.S-1やFOLFOXが有効であったとする報告があり14)22)23),我々の症例でも,腹壁転移切除後にFOLFOXおよびS-1の投与を行っている.しかし,これらの化学療法がどの程度再発を予防できているかは不明である.欧米では大腸癌に準じた化学療法や温熱療法などが臨床試験として行われており,その結果が待たれる.
利益相反:なし.