2013 Volume 46 Issue 11 Pages 862-867
症例は50歳の男性で,下腹部痛,嘔吐を主訴に受診した.下腹部に圧痛を認め,白血球数とCRPの上昇を認めた.腹部造影CTで上腸間膜動脈は上腸間膜静脈の右側に位置し,小腸の大部分が椎体の右側に存在していたため,腸回転異常症の存在が示唆された.また,上行結腸はbird’s beak signを伴い著明に拡張しており,whirl like appearanceも認めていたことより結腸軸捻転を疑い,緊急手術を施行した.手術ではnon-rotation型の腸回転異常症を認めた.盲腸と後腹膜との間に索状物を認め,上行結腸は索状物を軸として反時計方向に180°捻転しており,盲腸軸捻転症と診断した.捻転を解除し,腸管壁が菲薄化していた回盲部を切除した.腸回転異常症に腹部症状を伴う場合には,捻転や腸管壊死など緊急手術を要する病態である可能性を念頭に置き,対応することが重要である.
腸回転異常症は,胎生期における十二指腸から横行結腸までの腸管(中腸)の回転ならびに腹膜への固定不全により種々の症状を呈する病態の総称であり,発生頻度は出生1万人弱に1人とされるまれな病態である1).一方,盲腸軸捻転は盲腸を含む上行結腸の一部が長軸方向に捻転する疾患であり,全消化管腸閉塞に占める割合は0.4%,また結腸捻転の中で占める割合も5.9%と極めてまれな疾患である2).今回,我々は腸回転異常症に併発した盲腸軸捻転の1例を経験したので報告する.
患者:50歳,男性
主訴:下腹部痛,嘔吐
家族歴:特記すべきことなし.
既往歴:特記すべきことなし.
現病歴:間欠的な下腹部痛を自覚し様子をみていたが,発症翌日には嘔吐も認めたため当院救急外来を受診した.
来院時現症:身長177 cm,体重70 kg,血圧135/86 mmHg,体温37.0°C.腹部:下腹部に圧痛を認めたが,反跳痛や筋性防御は認めなかった.
来院時血液検査所見:白血球数12,700/mm3,CRP 1.16 mg/dlと炎症反応の高値を認めたが,その他に特記すべき肝・腎機能障害など異常所見は認めなかった.
腹部造影CT所見:水平断にて上腸間膜動脈は上腸間膜静脈の右側を走行し,SMV rotation signを認めた(Fig. 1a).冠状断では小腸の多くの部分が椎体の右側に存在していたため,腸回転異常症の存在が疑われた(Fig. 1b).矢状断では直腸の腹側に拡張した腸管を認め,腸回転異常症の存在を考慮し上行結腸の拡張像と診断した(Fig. 1c).さらに,冠状断で上行結腸にはbird’s beak signを認め,その左側にはwhirl like appearanceを認めており,結腸捻転を疑う所見であった(Fig. 2a, b).しかし,上行結腸の左側には小腸の一部が拡張して存在しており,単なる上行結腸の捻転のみではCT像は説明できなかった.明らかな腸管虚血の所見は指摘できなかったが,上行結腸は著明に拡張しており捻転による絞扼や腸管穿孔の可能性を否定できないため,緊急手術を施行した.
Abdominal CT (a: horizontal view, b: cranial view, c: sagittal view). a: The SMA runs along the right dorsal side of the SMV. SMA: superior mesenteric artery, SMV: superior mesenteric vein. b: Most of the small intestine is located at the right side of the vertebra. S: small intestine, A: ascending colon. c: Dilated ascending colon (A) is located at the ventral side of the rectum (R) .
Abdominal CT (cranial view) shows a bird’s beak sign (arrow) and whirl-like appearance (arrowhead) in the center of the abdomen. Most of the small intestine is located at the left side of the vertebra and dilatate.
手術所見:下腹部正中切開で開腹すると,小児頭大に拡張した上行結腸と,その左側に拡張した小腸を認めた.上行結腸は後腹膜に固定されていなかったが,盲腸と後腹膜の間には1本の索状物が存在していた(Fig. 3).小腸の一部が結腸と索状物の背側を通り結腸の左側に移動しており,それに伴って索状物を軸として反時計方向に180°捻転した盲腸軸捻転症であった(Fig. 4).索状物を切離して捻転を解除すると,non-rotation型の腸回転異常症であった.回盲部は過度の拡張により腸管壁が菲薄化し,腸管壊死が危惧されたため回盲部切除術を施行し手術終了した.
A ligament is detected between the cecum and retroperitoneum during surgery.
Schema of this case. The small intestine is incarcerated in the gap (broken arrow). Cecal volvulus is based on an 180-degree clockwise torsion of the ileocecal region along the ligament’s axis.
病理組織学的検査所見:粘膜固有層を中心に,リンパ球主体の中等度の慢性炎症細胞浸潤を認めた.この状態に覆いかぶさるように小血管の充盈,好中球浸潤および浮腫性変化が出現しており,今回の捻転による所見と推察された.悪性所見は認めなかった.
術後経過は良好で,第14病日に退院した.
腸回転異常症は全発症例の約80%が生後1か月以内に何らかの症状を呈して顕在化する3).残りの約20%は成人まで無症状で経過し,術中や他疾患に対する検査時に偶然発見されることが多い4).そのため成人での症状の発現は全発症例の0.2~0.5%とまれである5).
小川ら6)による検討では,手術を施行した成人腸回転異常症の本邦報告例28例の中で,腹部症状を伴っていたのは17例(60.7%)であった.その17例中16例で捻転,2例で腸管壊死を認めていた.成人腸回転異常症に腹部症状を認めた場合には緊急手術を要する可能性があることを考慮するべきである.
腸回転異常症は回転の方向・程度の多様性や固定の有無などにより諸家によりさまざまな分類がなされている7)~9).西島10)はこれらのことを踏まえ,発生異常の視点から,①nonrotation型(無回転型),②incomplete rotation型(不完全回転型),③incomplete fixaton型(不完全固定型)の3群に分類している.自験例ではTreitz靭帯は存在せず,十二指腸は上腸間膜動脈の背側ではなく脊椎の右側を下行していた.西島10)の分類に当てはめると,中腸が腹腔に還納される過程において近位側の十二指腸空回腸脚も遠位側の盲腸結腸脚も回転と固定が起こらなかったnonrotation型であった.
一方,盲腸軸捻転症の発症機転としては,①先天的要因:盲腸の後腹膜への固定不全によるもの,②機械的要因:腹部手術による癒着,腸間膜根部の狭小,索状物などによるもの,③生理的要因:妊娠,精神疾患,過食,便秘,過激な運動,寝たきりなどによるもの,が報告されている11).
ただし,盲腸の固定不全は生後1か月で80%,幼児で21%,健常成人では10~15%に存在しており2),①に加えて②や③の要因が加わり盲腸軸捻転症が発症すると思われる.自験例では先天的要因である盲腸の固定不全(腸回転異常症)に加えて機械的要因である索状物が存在していた.何らかの誘因により小腸の一部が索状物,後腹膜,上行結腸で形成された間隙に嵌入し,それに伴い盲腸軸捻転を起こしたものと考えられた.
腸回転異常症に発症した盲腸軸捻転を医学中央雑誌で1983年から2012年12月までの期間で「腸回転異常症」,「盲腸軸捻転症」を検索語として検索したところ,会議録を除いた報告例は2例,PubMedで1950年から2012年12月までの期間で「malrotation」,「cecal volvulus」をキーワードとして検索したところ,報告例は3例で計5例12)~16)であった.自験例と合わせ6例の腸回転異常に発症した盲腸軸捻転をTable 1に示した.
Authors | Year | Age | Gender | Chief complaint | Preoperative imaging | Preoperative diagnosis | Emergency operation | Type of malrotation | Operation | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Kirks12) | 1981 | 11 | F | VO, AB | Xp | cecal volvulus | no | IR | Ladd’s procedure |
2 | Wada13) | 1996 | 4 | M | AP | Xp | malrotation | no | NR | Ladd’s procedure, appendectomy |
3 | Miyamune14) | 2001 | 41 | F | AP | CT | cecal volvulus | yes | IR | Ladd’s procedure, appendectomy |
4 | Hanna15) | 2010 | 76 | F | AP | CT | perforation | no | NR | right hemicolectomy |
5 | Arulmolichelvan16) | 2012 | 23 | M | AP | CT | malrotation, ileus | yes | NR | Ladd’s procedure |
6 | Our case | 50 | M | VO, AP | CT | malrotation, ileus | yes | NR | ileocecal resection |
VO: vomiting, AP: abdominal pain, AB: abdominal bloating, Xp: abdominal radiograph, NR: non-rotation, IR: incomplete rotation
年齢は4歳から76歳で,男性3例,女性3例であった.6例中5例で腹痛を認めており,そのうち3例で緊急手術が施行されていた.また,術前には2例で盲腸軸捻転症,3例で腸回転異常症と診断されたが,両疾患の併存と診断できていた症例は認めず,正確な術前診断が困難であることが示唆された.近年,multidetector-low CT(以下,MDCTと略記)が腸回転異常症,盲腸軸捻転症の両疾患の術前診断に有用であったとの報告が散見されている17)18).MDCTによるmultiplanar reconstruction(以下,MPRと略記)像にて,①上腸間膜動脈が上腸間膜静脈の右側を走行,②十二指腸は椎体の右側に存在し,treitz靱帯が形成されていない,③上行結腸が左側に存在,などの条件を満たせば腸回転異常症と診断可能であり,自験例でも術前に確定診断することができた.一方,盲腸軸捻転ではbird’s beak signやwhirl like appearanceといった特徴的な所見がMPR像では捉えやすいとされている.自験例では腸回転異常症の存在のため正確な術前診断には至らなかったが.MDCTにより結腸捻転を疑う所見が得られており,診断に有効であった.
腸回転異常症に対する手術は,Ladd靱帯などの異常靱帯を切離し,腸間膜基底部を広くとるLadd手術が一般的である19).さらに,整復後に軸捻転予防目的に腸管を後腹膜に固定する術式を推奨する報告がある20)一方,未施行でも再発率に有意差は認めないとする報告もある21).近年は固定後の癒着や内ヘルニア発生を危惧し固定は不要とする意見が多い22).自験例では回盲部切除を施行したため捻転再発の危険性は低いと判断し,腸管固定は施行せず手術を終了した.
自験例では術前に腸回転異常症の診断が得られており,現在の画像診断技術では腸回転異常症の術前診断は比較的容易であると考えられる.腸回転異常症に腹部症状を伴う場合には,捻転や腸管壊死など緊急手術を要する病態である可能性を念頭に置き,時期を逸することなく手術を行うことが重要である.
利益相反:なし