The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
A Case of Adult Bochdalek’s Hernia Causing Superior Mesenteric Artery Syndrome
Hiroyuki OhtaHirokazu KodamaKyohei KawakamiShoichi TsukayamaShigeichi FujiokaYukimitsu Kawaura
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2013 Volume 46 Issue 2 Pages 151-157

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Abstract

症例は73歳の男性で,腹部膨満と嘔気が1週間持続するため2011年9月に当院を受診した.CTで横行結腸,左腎臓の胸腔内への脱出および十二指腸閉塞を伴うBochdalek孔ヘルニアと診断されて,緊急入院となった.十二指腸閉塞の原因は横隔膜ヘルニア嵌頓により上腸間膜動脈と大動脈の間で十二指腸が狭窄を受けて上腸間膜動脈症候群を呈しているためと考えられた.保存的加療を5日間行ったが症状の改善を認めないため横隔膜ヘルニア修復術を施行した.左横隔膜背側に欠損孔を認め,大網,横行結腸および左腎臓が胸腔内に嵌頓していた.臓器の血流障害はなく腹腔内に還納し,横隔膜欠損部を縫合閉鎖した.術後経過は良好で術後6か月現在,再発徴候は認めていない.文献検索上,上腸間膜動脈症候群を伴う成人Bochdalek孔ヘルニアの報告例はなく,極めてまれな病態であると考えられた.

はじめに

Bochdalek孔ヘルニアは主に胎児期において重篤な呼吸循環障害により発症するが,まれに無症状で経過し成人になって発見され多彩な症状を呈することがある1)2).一方,上腸間膜動脈症候群は十二指腸水平脚が上腸間膜動脈と大動脈や脊椎の間で圧迫され十二指腸の通過障害を来す疾患である3).今回,我々は胸腔内に大網と横行結腸および左腎臓が嵌頓することにより上腸間膜動脈症候群を来した成人Bochdalek孔ヘルニアの1例を経験したので文献的考察とともに報告する.

症例

患者:73歳,男性

主訴:腹部膨満,嘔気

既往歴:70歳より糖尿病のために投薬を受けている.

家族歴:特記事項なし.

現病歴:2011年8月に上腹部の膨満感と嘔気,食思不振が出現した.症状が1週間持続するため当院を受診した.

来院時現症:身長172 cm,体重65 kg,血圧106/73 mmHg,心拍数95回/分,体温35°C.上腹部の著明な膨隆を認めたが,圧痛や筋性防御は認めなかった.

血液生化学検査所見:白血球11,000/mm3,CRP 1.47 mg/dlと軽度の炎症反応を認めた以外に,動脈血ガス分析を含めて特別の異常所見は認めなかった.

呼吸機能検査において%肺活量が61.2%と拘束性換気障害を認めた.

胸腹部X線検査所見:左下肺野に腸管ガスを伴う腫瘤影を認めた(Fig. 1A).胃と十二指腸の著明な拡張を認めた(Fig. 1B).

Fig. 1 

A: Chest X-ray shows an abnormal mass and bowel gas shadow in the left pleural cavity. B: Abdominal X-ray shows enlarged gastric and duodenal gas.

腹部CT所見:左横隔膜欠損部より胸腔内に左腎臓,横行結腸の脱出を認めた(Fig. 2A, B).また,胃,十二指腸は著明に拡張を来し,上腸間膜動脈と大動脈の間で十二指腸水平脚の狭窄を認めた(Fig. 2C).

Fig. 2 

A (horizontal view), B (coronal view): Abdominal CT shows the left kidney (arrows) and transverse colon (arrowheads), incarcerated in the left pleural cavity through the left Bochdalek foramen. C: The stomach and duodenum are extremely dilated. Arrow shows narrowing at the horizontal portion of the duodenum between the superior mesenteric artery and abdominal aorta (arrow).

以上より,左腎臓,横行結腸の胸腔内への嵌頓を来した成人Bochdalek孔ヘルニアおよび随伴して起こった上腸間膜動脈症候群による十二指腸通過障害と診断した.

腹痛が軽度であり高度の脱水を認めたため,まず経鼻胃管を留置し絶飲食のうえ補液による保存的加療を行ったが,症状の改善がなく胃管から多量の排液が持続するため,入院後第5病日に手術を施行した.

手術所見:上腹部L字型切開で開腹した.左横隔膜背側に約7×5 cmの欠損孔を認め,大網と横行結腸および左腎臓が胸腔内に嵌頓していた(Fig. 3).脾臓は脾横隔膜間膜によって固定されており脱出していなかった.ヘルニア囊は認めず,ヘルニア門である横隔膜欠損部周囲の癒着を剥離したうえでヘルニア内容を腹腔側に還納した.各臓器の血流障害は認めなかった.胸腔ドレーンを留置したうえで,横隔膜欠損部を縫合閉鎖した.

Fig. 3 

Operative findings: The greater omentum, transverse colon and left kidney were incarcerated in the left pleural cavity through the left Bochdalek foramen (arrowheads). The hernia contents were reduced into the abdominal cavity.

術後経過:手術後第6病日に胸腔ドレーンを抜去し,第14病日の胸部X線検査において左横隔膜のラインは平滑で術前に見られた下肺野の腸管ガスを伴う腫瘤影は消失していた(Fig. 4).術後経過は良好で第18病日に退院した.また,退院後に撮影した腹部造影CTでは上腸間膜動脈と大動脈の位置関係が正常化しており,十二指腸の狭窄所見は認めなかった(Fig. 5).術後6か月現在,明らかな再発徴候を認めていない.

Fig. 4 

Postoperative chest X-ray reveals abdominal organs have returned to their original positions and the diaphragmatic line has become normal.

Fig. 5 

Enhanced abdominal CT after surgery demonstrates normalization of the superior mesenteric artery and disbandment of duodenal stenosis.

考察

Bochdalek孔ヘルニアは先天性横隔膜ヘルニアの中で最も頻度が高く,多くは新生児期に発症し重篤な呼吸障害を呈するが,約10%の症例で成人での発症を認めるとされる1)2).諏訪ら4)による成人Bochdalek孔ヘルニア117例の集計によると,脱出臓器では大腸88例,胃55例,脾臓53例,小腸52例,大網39例,膵臓7例,腎臓6例とされ,腸管や脾臓の脱出が多く,本症例で認めた腎臓の脱出はまれである.また,諏訪ら4)は初発症状として呼吸困難や胸背部痛などの胸部症状を呈する症例が56例であるのに対して,腹痛や嘔気・嘔吐などの腹部症状を呈する症例が81例であったと報告している.これは肺が発達した成人例では脱出腸管の閉塞による消化器症状を来しやすく,胸腔内で脱出腸管が拡張して肺を圧迫するようになってから呼吸器症状を呈するようになるためと考えられる.

一方,上腸間膜動脈症候群は十二指腸水平脚が上腸間膜動脈と大動脈や脊椎の間で圧迫され十二指腸の通過障害を来す疾患である3).発生機序としては上腸間膜動脈と大動脈の狭角度などの解剖学的異常に加えて,体重減少による上腸間膜動脈周囲のクッションとなる脂肪織の減少5),大腸切除術や癒着による腸間膜の牽引6)7)などの誘因が加わり発症するとされている.本症例では左腎臓および横行結腸の胸腔内への嵌頓に伴い左腎静脈および腸間膜が頭側へ牽引された結果,上腸間膜動脈の走行が右背側へ圧排を受けたことにより上腸間膜動脈と大動脈の間で十二指腸水平脚が狭窄を受けやすい解剖学的構造を呈し,上腸間膜動脈症候群を来したものと考えられた.手術前後のCT所見をもとに上記の考察を図解で示した(Fig. 6).また,十二指腸が上腸間膜動脈と大動脈の間を通過する部位における上腸間膜動脈の走行について大動脈との位置関係(角度および距離)をCT画像で計測したところ,術後は角度が7度,距離が15 mmであったものが,術前にはそれぞれ45度,12 mmとなっており,上腸間膜動脈の走行の偏位により十二指腸閉塞を来しやすい解剖学的状況であったことが推測される(Fig. 7).

Fig. 6 

IVC: inferior vena cava, LRV: left renal vein, SMA: superior mesenteric artery. A (post-operation), B (pre-operation): Diagrams demonstrate the position of SMA, LRV and duodenum. SMA is pressed toward the right in the dorsal direction before surgery (arrows).

Fig. 7 

A (post-operation), B (pre-operation): Diagrams demonstrate the position of the aorta and SMA. In post-operation, the angle and interval are 7 degrees and 15 mm respectively, compared with 45 degrees and 12 mm before surgery.

本邦において「Bochdalek孔ヘルニア」,「上腸間膜動脈症候群」をキーワードとして1983年から2012年3月までの期間において医学中央雑誌で検索したが,上腸間膜動脈症候群を伴う成人Bochdalek孔ヘルニアの報告例はなく,極めてまれな病態であると考えられた.また,「横隔膜ヘルニア」,「十二指腸通過障害」をキーワードとして1983~2012年3月までの期間において医学中央雑誌で検索すると,近藤ら8)が報告した十二指腸通過障害を来した成人Larrey孔ヘルニアの1例のみであった.近藤ら8)の報告では,肝円索左側のヘルニア門より胃前庭部から十二指腸球部が右胸腔内に脱出することに起因する十二指腸閉塞であり,自験例における十二指腸閉塞の発症機序とは異なっていた.

Bochdalek孔ヘルニアを含む横隔膜ヘルニア嵌頓の治療では,脱出臓器の壊死や穿孔を来して重症化する恐れがあり,診断がつき次第なるべく早期の手術を検討する必要がある9)10).自験例では来院時に高度の脱水状態であったため,まず補液を含めた保存的加療を行い循環動態の改善を図ったうえで手術を施行した.術式では開腹操作による脱出臓器の還納とヘルニア門である横隔膜欠損部の閉鎖が基本であるが,胸腔内の広範な癒着や感染が疑われる場合には開胸操作を加える必要が生じる可能性もある.また,近年は低侵襲である内視鏡下手術を施行した報告も散見されるようになっている11)12).ヘルニア囊については存在する場合でも切除しないことが多いが,再発はほとんどないとされている.また,ヘルニア門の閉鎖法は縫合閉鎖が主であるが,欠損孔が大きく縫合では緊張がかかる場合には,感染のリスクがない条件下において人工メッシュを用いる方法も有用である.メッシュを用いた際には癒着を軽減するために可能であれば腹膜などにより被覆するのが良いとする報告もある13)

横隔膜ヘルニアの診断にはCTが有用であり,病態と全身状態を評価して適切なタイミングと方法により修復術を施行することが大切である.特に自験例のように消化管の通過障害を伴う場合にはヘルニアに伴う解剖学的異常が原因であり保存的に治癒することはないと考えられるため,可及的速やかに手術を行う必要があるといえる.

利益相反:なし

文献
 

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