2013 Volume 46 Issue 2 Pages 85-90
Gardner症候群に伴う後腹膜デスモイド腫瘍に対して施行された胃全摘術後23年目に,十二指腸球部盲端に腺癌が発症した症例を経験した.胃全摘後の盲端となった十二指腸球部癌の本邦報告例はなく,非常にまれであるため報告する.症例は57歳の女性で,26年前に家族性大腸腺腫症に対し大腸全摘を受け,23年前に後腹膜デスモイド腫瘍に対し胃全摘,Roux-en-Y再建の既往があり,このときGardner症候群と診断された.2010年9月に上腹部に腫瘤を触知し,CTでその腫瘤は37 mm大で十二指腸盲端と連続していた.2010年10月に手術を施行し,十二指腸球部に発症した腫瘤は肝臓・膵頭部・総胆管・腹壁に浸潤していたが完全摘出した.摘出標本で十二指腸球部盲端に2型の腫瘍を認め,病理組織学的検査では中分化腺癌であった.術後8か月現在,肝転移が出現し化学療法を施行している.
Gardner症候群は家族性大腸腺腫症(familial adenomatous polyposis;以下,FAPと略記),骨腫,軟部腫瘍を3徴とした常染色体優性遺伝疾患である1)が,現在は遺伝学的検討からGardner症候群とFAPは本質的に同一疾患と考えられている2).一方FAPにおける十二指腸癌の併存頻度は3.7~17%とされており3)~5),非FAP患者に比べかなり高率であるが,FAPにデスモイド腫瘍と十二指腸癌が併存した報告例は非常に少ない6)7).
今回,我々はGardner症候群に伴う後腹膜デスモイド腫瘍に対して行われた胃全摘後23年目に,十二指腸球部盲端に腺癌が発症した症例を経験した.胃全摘後盲端となった十二指腸球部癌の本邦報告例はなく,非常にまれであるため報告する.
患者:57歳,女性
主訴:上腹部腫瘤
既往歴:26年前(31歳)遺伝子検索にてFAPと診断され,大腸全摘を受けた.23年前(34歳)後腹膜デスモイド腫瘍に対して胃全摘,膵尾部・脾・左腎・小腸合併切除,Roux-en-Y再建を受けた.この時Gardner症候群と診断された.
家族歴:FAPの家族内発生なし.長男が肝芽腫(1歳).
現病歴:既往手術に伴う短腸症候群のために近医にて止瀉薬の内服加療中であった.2010年9月に上腹部腫瘤を指摘され,当院へ紹介された.
現症:上腹部正中に40 mm大の硬い腫瘤を触知した.
血液生化学検査所見:CEA 5.3 ng/mlと軽度の上昇を認めた.
CT所見:十二指腸盲端と連続する37×27 mmの腫瘤を認めた.肝臓・膵頭部・総胆管・腹壁との境界が不明瞭であった(Fig. 1).
An abdominal computed tomographic scan, showing the duodenal tumor invading the abdominal wall, liver, common bile duct (CBD), and pancreas.
経皮的針生検で腺癌が検出され,十二指腸癌と診断した.肝臓・膵臓・総胆管への浸潤が疑われたが,主要脈管への浸潤は認めず,切除可能と判断した.
手術所見:上腹部正中で皮膚切開し,浸潤が疑われた腹直筋を切除側に付け開腹した.腹腔内可視範囲に腹膜播腫を認めなかった.腫瘍は十二指腸球部盲端から発生し,肝外側区・膵頭部・総胆管に浸潤していた(Fig. 2).肝浸潤部を切除し,胃十二指腸動脈を結紮切離して視野を展開した.胆囊を摘出し浸潤部総胆管を合併切除した.続いて,腫瘍の肛門側で十二指腸壁を切開し十二指腸乳頭部を確認し,浸潤した膵頭部を合併切除し腫瘍を摘出した.十二指腸は縫合閉鎖し,胆管を端端吻合した(Fig. 3).
a: Intraoperative view, showing the tumor in the first portion of the duodenum invading the abdominal wall and liver. b: Intraoperative view after dissecting the liver, showing the tumor invading the common bile duct (CBD) and the head of the pancreas.
Intraoperative view after complete removal of the duodenal tumor with the surrounding tissue.
摘出標本:十二指腸球部の盲端を粘膜面から観察すると2型の腫瘍を認め,十二指腸原発であることが確認された(Fig. 4).
Gross appearance of the duodenal tumor on the mucosal surface.
病理組織学的検査所見:中分化腺癌と考えられる異型腺管の増殖を認め,漿膜へ浸潤していた.肝臓・膵臓・腹直筋に浸潤を認めたが,胆管への浸潤は認めなかった(Fig. 5).
Microscopic appearance of the tumor, showing moderately differentiated adenocarcinoma of the duodenum (×40).
術後に腹腔内膿瘍を合併したが,経皮的ドレナージにて軽快し,第38病日に軽快退院した.術後8か月経過した現在,肝転移が出現しS-1内服治療を開始した.
Gardner 症候群は1958年にSmith1)により定義されたFAP,骨腫,軟部腫瘍を3徴とした常染色体優性遺伝性疾患である.その後APC遺伝子の関与8)や多形質発現性の遺伝子異常9)などが報告され,現在はGardner症候群とFAPは本質的に同一疾患と考えられている2).FAPは大腸全域に100個以上の腺腫性ポリープが出現し,確実に癌化する常染色体優性の遺伝性疾患であり,全消化管を含む全身疾患であることが証明されている10).全胚葉由来の組織に腫瘍性病変や過形成性病変を合併し,内胚葉では消化管ポリープ・甲状腺腫,外胚葉では表皮囊胞・中枢神経腫瘍・網膜色素上皮異常,中胚葉では骨腫・デスモイド腫瘍を合併することが多く,大腸・胃・十二指腸・甲状腺で悪性化する可能性が高いとされている10)11).大腸癌は30歳代でほぼ100%発癌するため,現在では予防的大腸全摘が施行されている.胃癌,十二指腸癌や甲状腺癌の相対リスクは,それぞれ2.4倍,331倍,7.6倍である12)13).十二指腸癌の発生頻度は一般的には全消化管癌の0.03~0.19%と低率だが,FAPにおける相対リスクは前述のごとく非FAP患者に比べかなり高率であり,併存頻度は3.7~17%とされている3)~5).
十二指腸癌に対する標準的な治療法は確立していないが,近年では膵頭十二指腸切除術を施行された報告が多い14).自験例では,すでに大腸全摘,胃全摘,小腸部分切除,膵尾部切除,脾摘,左腎摘出が施行されていたため,膵頭十二指腸切除は過大侵襲になると判断して,浸潤部位を含めた十二指腸の局所切除に止めた.確立した化学療法も存在しないが,肝転移に対しては有効であったという報告のみられたS-1内服加療を開始した14).
十二指腸癌を胃全摘後発症という観点から考察する.医学中央雑誌にて,1983年~2010年で「胃全摘」,「十二指腸癌」をキーワードに検索すると,胃全摘後に十二指腸癌を発症したのは2例のみであった.自験例を含めた3例をTable 115)16)に示す.塩田ら15)の報告は,多発胃ポリープに対して行われた胃全摘後13年目に十二指腸第二部に発生しており,既往に直腸癌合併FAPに対する大腸全摘が施行されていた.芝原ら16)の報告は,胃癌に対する胃全摘後17年目に十二指腸第三部に発生しており,既往の横行結腸癌とあわせて3重複癌であった.自験例は後腹膜デスモイド腫瘍に対し行われた胃全摘後23年目に十二指腸球部盲端に発生し,FAPの既往があった.3例中2例にFAPが併存し1例が3重複癌であったことは,いずれも十二指腸癌の発生リスクの高い症例であったことを示唆している.
No | Author/ Year |
Age/Sex | Indication of total gastrectomy | Other past history | Reconstruction after total gastrectomy | Years after total gastrectomy | Location of duodenal carcinoma | Therapy of duodenal carcinoma |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Shiota15) 1999 |
56/M | Multiple gastric polyps | FAP, Rectal carcinoma | Billroth-II | 13 | second portion | Tumorectomy |
2 | Shibahara16) 2000 |
68/M | Gastric carcinoma | Transverse colon carcinoma | Roux-en-Y | 17 | third portion | Partial resection |
3 | Our case | 57/F | Desmoid tumor of retroperitoneum | Gardner’s syndrome | Roux-en-Y | 23 | first portion | Partial resection |
胃全摘後に発症する十二指腸癌の診断は困難なことが多い.なぜならば,現在本邦における胃全摘後の標準的再建法としてRoux-en-Y法が定着しているからである.胃全摘後の再建法にはそれ以外に空腸間置法やdouble tract法があるが,その手技の煩雑さに見合う有用性が証明されておらず,施行頻度はそれぞれ3~4%,2~4%と低い17).一方Roux-en-Y法はその簡便性と安全性により胃全摘後の再建方法として広く普及し胃全摘症例の91~92%で施行されている.しかし,Roux-en-Y法は十二指腸の内視鏡的観察が困難となる欠点を持つ.Roux-en-Y法で再建されていても,最近の機器の進歩によりバルン付き内視鏡によって十二指腸の観察が可能な場合もあるとはいえ,容易とはいえない18).胃全摘後の十二指腸癌発症の本邦報告例をみると,再建方法はBillroth-II法とRoux-en-Y法であり,十二指腸癌の診断は内視鏡による観察でなく消化管造影検査とCTで行われていた.さらに,発症時期は胃全摘後13~23年(平均18年)経過後に十二指腸癌を合併しており,長期間内視鏡による十二指腸の観察が必要なことが示唆される.一般には十二指腸癌の発生頻度は低いためRoux-en-Y法の欠点が臨床的に問題となることはほとんどないが,上述のようにFAP併存や重複癌のような十二指腸癌の発生リスクの高い症例の場合は,十二指腸の内視鏡的観察が可能な再建方法を考慮すべきである.
利益相反:なし