2013 Volume 46 Issue 2 Pages 143-150
症例は57歳男性で,排便時出血を主訴に受診した.下部消化管精査にて肛門縁より約12 cmの部位に腫瘤を認めた.病理組織学的検査にて,大型の異型細胞が充実性に増殖し,endocrine cell carcinoma(以下,ECCと略記)疑いで低位前方切除術を施行した.病理組織学的検査にてECCの診断となる.大腸癌取扱い規約に従いecc,pSM2,pN1,Stage IIIaであった.腫瘍内にtubulovillous adenoma(以下,TVAと略記)とwell differentiated adenocarcinoma(以下,WDAと略記)の成分が共存していた.p53染色は,TVA,WDA,ECCいずれも陽性,ECCのMIB-1 indexは,TVA,WDAに比べて高値であった.直腸ECCは,予後不良といわれているが,本症例は術後8年7か月無再発生存中で組織発生を考えるうえで興味深かった.
消化管の内分泌細胞由来の腫瘍はカルチノイド腫瘍として総称されてきたが,近年そのなかでも非常に悪性度の高い内分泌細胞癌と悪性度の低い古典的カルチノイドに分類されるようになってきた1)~3).
直腸内分泌細胞癌は,まれな疾患で,予後不良であり標準治療法が確立されていない4)~7).
今回,我々はリンパ節転移を示した早期直腸内分泌細胞癌の長期生存例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する.
患者:57歳,男性
主訴:下血
既往歴:特記事項なし.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:2003年8月初旬より排便時に出血あり,9月初旬より排便時以外にも下血を認めたため当院受診.精査にて直腸癌の診断となる.10月手術目的にて当科入院となる.
入院時現症:身長161.5 cm,体重66.5 kg,体温36.2°C,血圧118/69 mmHg,貧血,黄疸を認めず,腹部は平坦,軟で肝臓,脾臓,腫瘤,表在リンパ節を触知せず.
入院時血液検査成績:血液一般,血液化学検査,腫瘍マーカーは正常.
下部消化管造影X線検査所見:直腸前壁に約4 cmの隆起性病変を認める(Fig. 1).
Barium enema examination showed 4-cm elevated lesion in the rectum.
下部消化管内視鏡検査所見:肛門縁より約12 cmの部位に亜有茎性の腫瘤を認める(Fig. 2).
Colonoscopy shows a semipedunculated tumor 12 cm from the anal verge.
腹部CT所見:骨盤内のリンパ節腫大や遠隔転移の所見は認められなかった.
病理組織学的検査所見:大型の異型細胞が充実性に増殖している.免疫組織化学検査にてneuron specific enolase(以下,NSEと略記),低分子サイトケラチン,neural cell adhesion molecule(以下,NCAMと略記)陽性,高分子サイトケラチン,s-100,epithelial membrane antigen(以下,EMAと略記),クロモグラニン陰性.以上より,直腸内分泌細胞癌と診断し2003年10月低位前方切除術を施行した.
手術所見:腹水,腹膜播種,肝転移を認めず.低位前方切除術,D2郭清を施行した.
摘出標本肉眼所見:腫瘤は,亜有茎性で径42×35 mmであった(Fig. 3).
Macroscopic findings of the resected specimen showed the Isp tumor was 42×35 mm in size.
病理組織学的検査所見:核クロマチンの濃染した異型核を有する癌細胞が充実性あるいは索状配列を示し増殖している.腫瘍の一部では,tubulovillous adenoma(以下,TVAと略記)with moderate atypia,well differentiated adenocarcinoma(以下,WDAと略記),endocrine cell carcinoma(以下,ECCと略記)の成分が混在していた(Fig. 4).EMA,低分子サイトケラチン,NSE,NCAM,シナプトフィジン染色陽性,S-100,高分子サイトケラチン,クロモグラニン,ニューロフィラメント染色陰性.以上より,直腸内分泌細胞癌の診断となる.
Low magnification view of the tumor. The tumor consisted of TVA (arrows), WDA (arrowheads) and ECC. ECC occupied major area of the tumor (HE staining).
TVA部,WDA部,ECC部ともにp53染色は陽性であった(Fig. 5).
Immunohistochemical staining of p53. TVA (a), WDA (b) and ECC (c) cells demonstrate nuclear p53 expression. In contrast, epithelial cells in adjacent normal mucosa were uniformly negative for p53.
MIB1染色によるMIB1 indexは,TVA部で10%,WDA部で60%,ECC部では,80%であった(Fig. 6).
The proliferation-associated antigen detected by monoclonal antibody MIB1. The labeling indices for MIB1 were respectively 10, 60 and 80% for TVA (a), WDA (b) and ECC (c). MIB1-positive staining of the normal colonic mucosa was observed only in the lower portion of the crypts.
大腸癌取扱い規約(第7版):0型,Isp,42×35 mm,ECC,pSM2,med,INFb,ly1,v1,pN1(3/18),pPM0,pDM0,pRM0,H0,P0,M0,stage IIIa,D2,R0,Cur A.
リンパ節転移巣の組織像は,3個の全ての部位でECCであった.
術後24病日経過良好にて退院.
退院後経過:退院後は,補助化学療法としてレボホリナート,テガフール,ウラシル療法を1サイクル施行するもgrade 2の下痢,口内炎出現し中止,その後,11か月間ドキシフルリジンを投与.2012年5月術後8年7か月無再発生存中.
消化管原発の内分泌腫瘍は,比較的悪性度の低いカルチノイド腫瘍と,高悪性度の内分泌細胞癌に分類されている1).大腸癌取扱い規約第6版では,カルチノイド腫瘍は独立して記載されていたが,内分泌細胞癌は小細胞癌としてその他の癌に含まれていた.しかし,第7版では,カルチノイド腫瘍とともに悪性上皮性腫瘍の項目に内分泌細胞癌が記載されるようになった8).
内分泌細胞癌は,早期より血行性あるいはリンパ行性転移を来す生物学的悪性度の極めて高い腫瘍であると報告されている9).有本ら9)は,1983年から2010年の期間で大腸内分泌細胞癌の術後5年以上生存の本邦報告例は2例のみと報告している10).大腸内分泌細胞癌の報告例は,進行癌,多臓器転移例が多い.本症例は,深達度は,pSMで1群リンパ節転移陽性であった.同様に深達度smの直腸内分泌細胞癌でリンパ節転移陽性例が報告されている11).直腸内分泌細胞癌にて深達度sm,2群リンパ節転移陽性で術後2年2か月後,脳,皮膚,縦隔に転移した死亡例が報告されている12).また,深達度sm,n0,stage IのS状結腸内分泌細胞癌症例が,多発性肝転移,肺転移にて術後9か月で死亡した例も報告されている13).通常の大腸癌において,pSM癌では,約10%にリンパ節転移があるとされている14).直腸内分泌細胞癌と診断された場合は,早期癌であってもリンパ節転移を考慮して,系統的リンパ節郭清を伴う腸管切除術が重要であると思われた.そのためには,内分泌細胞癌の術前病理組織学的診断が非常に重要であると思われる.術前に未分化あるいは,低分化腺癌が疑われた症例には,免疫組織学的検査を追加することが重要である.本症例は,術前に免疫組織学的検査を行い,内分泌細胞癌の診断を得ることができた.しかし,内分泌細胞癌において粘膜下腫瘍様に増大した隆起病変では生検が困難であり,腺癌,腺腫の併存病変では,内分泌細胞癌部位を正確に生検することが難しく術前に内分泌細胞癌と診断されにくいとの報告もある15).
内分泌細胞癌の発生母地に関しては,1.先行した一般組織型腺癌から発生,2.先行したカルチノドから発生,3.非腫瘍性多分化幹細胞から発生,4.非腫瘍性幼弱内分泌細胞から発生の四つの経路が推定されており1の経路が最も多いと報告されている1).自験例では,TVA,WDA成分が見られることより,1の発生機序が推察された.通常の大腸癌には,正常粘膜上皮から腺腫を経て発生するもの(adenoma-carcinoma sequence)と腺腫を経由することなく発生するもの(de novo癌)とが存在する.前者における多段階発癌の分子機構の詳細が明らかになっている16).それは,大腸癌が腺腫を経て発生する過程には,多種の遺伝子異常の蓄積が必要であるが,まず腺腫ができる過程には,APC遺伝子の異常が関与し,次に腺腫が増大して異型を増していく過程には,K-ras遺伝子の異常の関与が必要である.そして,p53遺伝子の異常は異型腺腫から癌化への最終段階に関与するものと考えられている16)17).通常の大腸癌のp53の免疫組織学的検討では,腺腫で10%,癌では60%陽性と報告されている18).内分泌細胞癌においてマイクロダイセクションの手法を用いてAPC,DCC,p53のloss of heterozygosity(LOH)解析を行ったところ腺癌と内分泌細胞癌が同一の細胞から発生することが示唆された19).本症例においては,TVA,WDA,ECC部いずれにおいてもp53陽性であった.また,早期内分泌細胞癌の検討において直腸早期内分泌細胞癌は高分化型管状腺癌と腺管絨毛腺腫の深部に共存しており,内分泌細胞癌の組織発生について,分化型腺癌の粘膜内深層部に腺癌細胞の分化(あるいは化生)により,増殖力の旺盛な腫瘍性内分泌細胞cloneが生じ,これが急速に増殖して内分泌細胞癌が形成されると報告されている20).本症例においては,腫瘍の大部分はECCであったが,腫瘍の辺縁部にTVA,WDAが混在しており上記説とも一致し,ECCにおいても一般大腸癌におけるadenoma-carcinoma sequence のようなadenoma carcinoma endocrine cell carcinoma sequenceの存在を示唆すると思われた.岩渕ら2)3)は,内分泌細胞癌の組織発生の腫瘍経路は,腺癌,腺腫細胞の分化により出現する内分泌細胞に由来すると報告している.本症例においては,TVA,WDA成分は極一部にすぎず腫瘍の大部分あるいは,粘膜下層への浸潤部もECCであり,リンパ節転移巣の組織像もECCのみであったことよりECCの増殖,転移能の高さが示唆された.また,細胞増殖能の指標とされるMIB1染色においてもECCのMIB1 indexは,80%とTVAの10%,WDAの60%に比べて旺盛な増殖能が裏打ちされた.
内分泌細胞癌に対する治療は,通常の大腸癌と同様にリンパ節郭清を伴った外科的切除が原則となる21).我々の症例のようなIsp型sm直腸ECCにおいて,ポリペクトミーを施行し,切除断端陽性であったため全層切除を追加した症例が,極めて予後不良な経過を辿ったため,リンパ節郭清を伴う直腸切除をするべきであったと報告されている22).内分泌細胞癌においてmpに浸潤せずリンパ管侵襲,リンパ節転移がない1 cm以下の腫瘍は,局所切除が推奨され,1–2 cmの腫瘍は,10–20%に転移が見られるため根治(radical)手術が推奨され,リンパ管侵襲あるいは,リンパ節転移陽性あるいは,2 cm以上の腫瘍では,リンパ節郭清を伴った根治手術が推奨される11).
大腸内分泌細胞癌は,診断時にはすでに進行している例が大半であり,治癒切除が行えても早期再発症例が多く,化学療法に対しても一般に抵抗性であるため予後不良である23).現在,内分泌細胞癌に対して確立された化学療法あるいは,術後補助療法のレジメはない.我々は,術後補助療法としてレボホリナート テガフール ウラシル療法を行ったが,副作用にて,ドキシフルリジンに変更し1年間投与を行い術後無再発生存中であるが,その効果については明らかではない.現在通常の大腸癌に対して抗vascular endothelial growth factor(VEGF)抗体あるいは,抗epidermal growth factor receptor(EGFR)抗体とオキサリプラチンを含むFOLFOX療法,イリノテカンを含むFOLFIRI 療法が大腸癌の標準化学療法となっているが,内分泌細胞癌での有用性についてはいまだ明らかになっていない22)24)~26).我々の症例と同様にTVA,WDAが混在した直腸ECCが報告されているが,同時性肝転移を認め術後抗VEGF抗体+FOLFOX療法を施行されたが,術後3か月後に死亡している27).CPT-11+CDDP療法が奏効し長期生存した症例も報告されている10)28).一方で化学放射線療法が奏効し長期生存が得られた症例が報告されている29).今後,標準的な化学療法の確立が望まれる.
利益相反:なし