2013 Volume 46 Issue 5 Pages 350-355
症例は45歳の女性で,直腸癌に対して腹腔鏡下高位前方切除術,D3郭清を施行した.pStage IIIaであり,術後補助化学療法としてmFOLFOX6を施行していたが,9コース施行後の術後半年目の腹部造影CTで肝S5/8,S4に境界不明瞭な低吸収領域を認めた.MRIなど画像検査で,肝転移の可能性が否定できなかったため手術を施行した.手術所見では,S5/8を中心に局所的な鬱血として認められた.S5/8部分切除を施行.迅速病理組織学的検査で,類洞拡張と鬱血を認め,悪性所見はなかった.病理組織学的検査では,正常肝と思われた非腫瘤部に類洞拡張と鬱血を認め肝臓全体がblue liverの所見であり,腫瘤部はさらに高度の類洞拡張と鬱血が認められた.これにより偽腫瘍を形成したと推察された.直腸癌術後のmFOLFOX6施行中に出現し肝転移と鑑別が困難であった,非常にまれな肝偽腫瘍の1例を経験した.
近年,pStage IIIの大腸癌に対しては,術後補助化学療法が推奨され1),予後の延長に寄与している2)3).一方,化学療法による副作用,特にオキサリプラチンを用いたときのblue liverに関する報告が散見される3)4).今回,直腸癌術後の症例に対して,術後補助化学療法としてmFOLFOX6施行中に,画像検査にて肝転移と鑑別が困難であったオキサリプラチンによると思われる,本邦初の肝偽腫瘍を経験したので報告する.
症例:45歳,女性
主訴:なし
既往歴:特記事項なし.
家族歴:特記事項なし.
現病歴:2011年4月に直腸癌(主占居部位は直腸S状部,type 2,3.5×2.5 cm),に対して,腹腔鏡下高位前方切除術,D3郭清を施行した.病理組織学的検査にてtub2>tub1,pSS,H0,P0,pN1(1/37),Stage IIIaと確定した.術後補助化学療法としてmFOLFOX6(一回投与量はオキサリプラチン110 mg/body,ロイコボリン250 mg/body,5-FU急速静注500 mg/body,5-FU持続静注3,200 mg/body,4コース目より減量し,5-FU急速静注400 mg/body,5-FU持続静注2,650 mg/body)を4月より開始した.9コース終了後(総投与量はオキサリプラチン990 mg,ロイコボリン2,250 mg,5-FU急速静注3,900 mg,5-FU持続静注25,500 mg)の術後半年目の腹部造影CT(2011年10月)で,肝臓に辺縁不明瞭な低吸収領域を認め,肝転移が疑われた.
血液検査所見:CEA 4.8 ng/ml,CA19-9 0 U/mlと上昇はなかった.また,軽度の貧血を認めるのみであった.
腹部造影CT所見:動脈相で肝S5/8,S4に低吸収領域,門脈相では淡く造影される腫瘤影を認めた(Fig. 1).
Abdominal enhanced CT scan. a: early phase, low density mass are shown in the liver of segment 5/8 and segment 4. b: portal phase, iso density mass are shown in the liver of segment 5/8 and segment 4.
EOB-プリモビストMRI所見:T1強調画像で,肝S5/8,S4に低信号領域,T2強調画像で,高信号領域,EOB-プリモビスト肝細胞相で,造影欠損として描出される腫瘤影を認めた(Fig. 2).
Abdominal MRI. a: T1, low intensity mass are shown in the liver of segment 5/8 and segment 4. b: T2, high intensity mass are shown in the liver of segment 5/8 and segment 4. c: EOB-Primovist, defective mass are shown in the liver of segment 5/8 and segment 4.
腹部エコー所見:肝S5/8に辺縁不明瞭な低エコー領域として描出された(Fig. 3).
Abdominal echo, low echo area where a border is indistinct is shown in the liver of segment 5/8.
FDG-PET所見:肝臓には異常集積を認めなかった.
以上より,CT,MRI,腹部エコーでは直腸癌の肝転移が疑われたが, FDG-PETでは肝転移とは一致しない所見であった.肝転移の可能性が否定できないことより,肝切除を行う方針とした.
手術所見:開腹所見では,腹水はなく,腹膜播種,明らかな局所再発はなかった.肝表面は,S5/8に径3 cm大の暗褐色腫瘤を認め,他にも,S4,S6,S7に同様の小腫瘤を認めた.術前に指摘されていたS5/8の腫瘤を切除し,術中迅速病理組織学的検査に提出,類洞の拡張と鬱血の所見を認めたが,悪性所見は認めなかった.その他の腫瘤状変化も,転移ではないと判断し,手術を終了した(Fig. 4).
Photograph showing operative findings and macroscopic findings, a dark brown mass is shown in the liver of segment 5/8.
切除標本肉眼的所見:腫瘤は暗褐色で,表面は平滑,割面では辺縁は明瞭であった.
病理組織学的検査所見:腫瘤部は高度の類洞拡張,鬱血を呈し,中心静脈周囲には線維化を認めた.非腫瘤部は,軽度の類洞拡張と鬱血を認め,blue liverの所見であった(Fig. 5).
Histological examination, a, b: high sinusoid dilatation and congestion. a, c: fibrosis around the central veins. a, d: it is of blue liver in acknowledgment of slight sinusoid dilatation and congestion.
術後経過は良好で,術後15日目に合併症なく退院となった.また,mFOLFOX6投与終了後3か月, 5か月のCTでは,切除しなかったS4の腫瘤影はそれぞれ,縮小,消失していた.
大腸癌治療ガイドライン2010年版では,大腸癌の術後補助化学療法として,オキサリプラチンを用いたFOLFOX4療法,またはmFOLFOX6療法が,他の補助療法と同様に推奨された5)6).オキサリプラチンを加えることによる効果は,MOSAIC試験により,FOLFOX4療法とLV5FU2療法の6年生存率は,それぞれ73%,68.6%と, 5%程度の上乗せ効果があることが示された7).また,術後補助化学療法の期間としては,現時点では半年が標準的となっている8).オキサリプラチンの有害事象として,類洞拡張によるblue liverが知られている3)9).また,5-FU,イリノテカンの有害事象として,yellow liver syndromeがある3).Blue liverの病態は,類洞内皮細胞の障害であり,類洞内皮細胞の剥離により,類洞の閉塞が起き,類洞拡張,鬱血が起こると考えられ,オキサリプラチンが関与していると考えられている3)10).一方,yellow liverの病態は,5-FUの投与により,活性酸素障害が起こり,薬剤性脂肪肝が起こる.さらに,イリノテカンが加わることにより脂肪性肝炎が起こると考えられている3)11).今回,pStage IIIaの症例に,術後補助化学療法としてmFOLFOX6を施行したところ,9コース終了後の腹部造影CTで肝臓に腫瘤影を認めた.FDG-PET所見とは合致しないが,CT所見とMRI所見,エコー所見より,肝転移の可能性が否定できなかったこと,肝表面に腫瘤があり,転移であった場合,肝生検による播種の可能性を考慮し,生検は行わず,肝切除を施行した.結果として,非腫瘤部の肝臓全体に類洞拡張と鬱血を認め,blue liverを来し,腫瘤部では局所的に高度の類洞拡張と鬱血,中心静脈周囲の線維化を認め,このような偽腫瘍形成を来したと思われた.今回,「偽腫瘍」は術前画像にて転移性肝腫瘍と鑑別が困難な腫瘤様病変という意味で用いたが,病理組織学的診断では偽腫瘍形成の原因として,類洞の閉塞により生じた局所的な類洞の拡張,鬱血である.しかし,今回のように限局的であるが,広範囲に鬱血を来す成因としては,血流障害が最も考えられるが,断定しうる積極的な病理組織学的検査所見はなく,それについては更なる症例の収集解析が必要と考えられる.
医学中央雑誌での検索(1983~2011年,キーワードが「偽腫瘍」,「FOLFOX」,または「偽腫瘍」,「化学療法」,「肝臓」)で,化学療法後における,局所の高度鬱血,類洞拡張を伴った肝偽腫瘍の形成の報告はなく,本邦初である.今後,術後補助化学療法として,オキサリプラチンを含むレジメンの使用が増えることより,今回のような症例が増加すると思われる.
診断に関しては,化学療法後のblue liverの検出にSPIO MRIが有用であるとの報告があり12),診断の一助となる可能性がある.また,画像で転移と断定できない場合は,組織生検や,腹腔鏡検査も考慮する必要があると思われる.
今後は,大腸癌術後化学療法による局所の偽腫瘍も念頭において,診断,治療を進める必要がある.
利益相反:なし