2013 Volume 46 Issue 5 Pages 342-349
von Recklinghausen病(以下,VRDと略記)はしばしば消化管病変を合併することが知られており,今回,我々はVRDに合併した十二指腸乳頭部カルチノイドの1切除例を経験したので報告する.症例は50歳の男性で,検診で肝胆道系酵素の上昇を指摘され当院を受診した.腹部CTにて総胆管から肝内胆管にかけての拡張を認め,上部消化管内視鏡検査では十二指腸乳頭部に表面平滑な15 mm大の隆起性病変を認めた.内視鏡下生検では悪性所見は得られなかったが,乳頭部癌や乳頭部カルチノイドを疑い幽門輪温存膵頭十二指腸切除術を施行した.術後病理組織学的検査所見で十二指腸乳頭部カルチノイドと診断された.また,体表のcafé-au-lait斑と前胸部を中心に多発する弾性軟の結節を認め,病理組織学的検査所見にて神経線維腫の像を呈しており,VRDに合併した十二指腸乳頭部カルチノイドと診断した.
カルチノイドは原腸系臓器・組織に散在する消化管ホルモン産生細胞を母細胞とする内分泌細胞腫瘍であり,気管支や消化管はその好発部位として知られている1).今回,我々はvon Recklinghausen病(以下,VRDと略記)に合併した十二指腸乳頭部カルチノイドの1切除例を経験したので文献的考察を加えて報告する.
症例:50歳,男性
主訴:なし
家族歴:特記すべきことなし.
既往歴:40歳頃から皮膚に多発する弾性軟の結節を指摘.
現病歴:2009年11月,検診で肝胆道系酵素値の上昇を指摘された.腹部超音波検査にて肝内胆管および総胆管の拡張を認めたため,精査・加療目的にて当院消化器内科へ紹介となった.
入院時現症:身長166 cm,体重54.0 kg,眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄染なし.腹部は平坦軟で腫瘤触知せず.全身皮膚に多数の弾性軟の結節と褐色斑を認めた.
入院時血液生化学検査所見:AST 54 IU/l,ALT 74 IU/l,γ-GTP 386 IU/l,AMY 332 IU/l,Lipase 56 IU/lと肝胆道系酵素と膵酵素の上昇を認めたが,ビリルビン値はT-Bil 1.0 mg/dlと正常範囲内であった.腫瘍マーカーはCEA 1.2 ng/ml,CA19-9 8 U/ml,DUPAN-2 25 U/ml,SPAN-1 10 U/mlといずれも正常範囲内であった.
腹部造影CT所見:下部胆管から肝内胆管にかけての著明な拡張を認めた.胆管内部には明らかな結節を認めず,十二指腸乳頭部には早期相で周囲の膵実質に比べて濃染され,後期相で濃度低下を示す内部やや不均一な15 mm大の充実性腫瘤を認めた(Fig. 1).

Abdominal enhanced CT findings. Abdominal CT shows enhanced region of 15 mm at Vater’s papilla in the early phase.
腹部MRI・MRCP所見:下部胆管から肝内胆管にかけての著明な胆管拡張を認めた.胆管粘膜の不整は認めなかった.
ERCP所見:十二指腸乳頭部に表面平滑ながら,凹凸不整で発赤を伴う粘膜下腫瘍様の隆起性病変を認めた(Fig. 2).カニュレーションを試みるも膵胆管内へのカニュレーションはできず,擦過細胞診などは得られなかった.隆起部からの生検では,中等度の炎症細胞浸潤や腺管の過形成変化を認めるのみで明らかに悪性を示唆する所見は得られなかった.

Endoscopic findings. Endoscopic findings show a torose lesion at Vater’s papilla such as a submucosal tumor.
超音波内視鏡検査所見(EUS):十二指腸乳頭部に第2~3層を中心とした内部不均一な10 mm大のlow echoic lesionを認め,それより中枢側の胆管の拡張を認めた.
術前の精査では病理組織学的悪性所見は得られなかったが,臨床学的には乳頭部癌や乳頭部カルチノイドを疑い外科的に切除する方針とした.2010年1月手術を施行した.
手術所見:腹腔内に腹水を認めず,洗浄細胞診を提出し結果は陰性であった.腫瘍は十二指腸乳頭部に示指頭大の硬結として触知された.肉眼的に明らかな腫大リンパ節を認めず,幽門輪温存膵頭十二指腸切除術と乳頭部癌取扱規約に準じた2群リンパ節郭清を行った.再建はChild変法で行った.術中,café-au-lait斑様の2 cm大の色素斑を複数個認めたほか,以前より前胸部を中心に多発する弾性軟の結節を指摘されていたため,結節を一部切除し,病理検査に提出した(Fig. 3).手術時間8時間59分,出血量580 mlであった.

Multiple neurofibromatosis at the precordia.
摘出標本:十二指腸乳頭部に一致して,18×15 mm大の粘膜下腫瘍を認めた(Fig. 4).

Macroscopic findings of the resected specimen. Macroscopic findings show a 18×15 mm submucosal tumor at Vater’s papilla.
病理組織学的検査所見:腫瘍は十二指腸乳頭部を主座としており,Oddi括約筋を越えて十二指腸壁に浸潤していた.膵臓側ではOddi括約筋を越える浸潤は認めなかった.リンパ管侵襲,静脈侵襲をそれぞれ中等度認めた.また,円形~類円形の核を有する異型細胞が不規則な胞巣を形成して増殖し,一部に線腔様構造の形成もみられた(Fig. 5).核分裂像はみられなかった(0/10HPF).免疫染色検査にて,synaptophysin,chromogranin A,CD56(神経細胞に発現する細胞接着因子)に陽性を示しており,MIB-1標識率は1.5%と低値であったことから,十二指腸乳頭部カルチノイドと診断された(Fig. 6).また,2010年WHO分類2)に基づいた分類ではneuroendocrine tumor,grade 1に相当していた.また,摘出した#13リンパ節に5個/10個中の転移を認めた.

Microscopic findings of the resected specimen. Microscopic findings of the resected specimen show a tumor growth and cell proliferation in an insular pattern in the submucosal region. (HE stain ×200)

Pathological findings of the resected specimen. Immunohistochemical examinations show a positive stain for synaptophysin, chromogranin A, CD56, and the MIB-1 index was 1.5%. (a: synaptophysin stain ×200, b: chromogranin A stain ×200, c: CD56 stain ×400, d: MIB-1 stain ×400)
病理組織学的検査所見(皮膚病変):真皮浅層に膠原線維を伴った紡錘形細胞の増生が観察され,免疫染色検査ではS-100陽性を示し,神経線維腫と診断された.以上の臨床病理組織学的検査所見から,本患者はNIH診断基準3)の示すVRDの診断基準を満たしており,VRDに合併した十二指腸乳頭部カルチノイドと考えられた.
術後経過:経過は良好で術後20日目に退院した.現在術後2年を経過しているが,再発の兆候は認めていない.
カルチノイドは1907年にOberndorfer4)によって,小腸腫瘍の中で通常の癌腫よりも緩徐に発育する低悪性度腫瘍として報告されたのが始まりであり,その後,消化管カルチノイド腫瘍は粘膜深層の内分泌細胞原基の腫瘍化により発生する内分泌細胞腫瘍と確認された5).
本邦における消化管カルチノイドの中で,十二指腸カルチノイドは直腸(36.2%),胃(27.3%)に次いで3番目に多く,全消化管カルチノイドの16.5%を占める6).しかし,その多くは球部に発生し,十二指腸乳頭部に発生するカルチノイドは消化管カルチノイド全体の1%以下に過ぎないとされている7).
本間ら8)の自験例を含む乳頭部カルチノイドの本邦報告98例についてのまとめでは,平均年齢55.2歳,性別は男性:女性=59:39で,主訴は腹痛が34例(33.3%)と最も多く,黄疸,下血がそれに続いていた.また,無症状のものも28例(27.5%)認められた.カルチノイドの術前診断が得られた症例は44例(44.9%)と低率で,本症例のように術前に確定診断がつかず,乳頭部癌や乳頭部腫瘍の診断で手術が施行されている症例も多くみられた.また,治療としては86例(87.8%)に手術が施行されており,その内訳は膵頭十二指腸切除術49例(50%),幽門輪温存膵頭十二指腸切除術26例(26.6%),局所切除術10例(10.2%),膵頭十二指腸切除術+肝切除1例(1%)と,ほとんどの症例に膵頭十二指腸切除術や幽門輪温存膵頭十二指腸切除術のような侵襲度の高い術式が選択されていた.
消化管カルチノイドの治療として,鈴木ら9)は,①深達度sm以下,径10 mm以下のものは内視鏡的または開腹下に局所切除,②深達度sm以下,径10~20 mmのものは広範な局所切除または腸管の部分切除と近傍の所属リンパ節郭清,③深達度mp以深,径20 mm以上やリンパ節転移が疑われるものは根治的切除術と広範なリンパ節郭清が必要としている.しかし,十二指腸のカルチノイドにおいては,その解剖学的特徴から壁深達度や腫瘍径に加えて,発生部位によっても術式の選択が異なってくると思われ,特に十二指腸乳頭部のカルチノイドでは前述の本間ら8)の報告のように膵頭十二指腸切除術や幽門輪温存膵頭十二指腸切除術などの術式が選択される例が多くなると考えられる.
十二指腸乳頭部カルチノイドに対する内視鏡的乳頭切除の適応として,伊藤ら10)は腫瘍径10 mm未満でCT,EUSなどで周囲への浸潤がなく,リンパ節転移・肝転移も認められない症例としている.しかし,術前診断で周囲への浸潤度やリンパ節転移を正確に診断するのは困難であり,また海外では,乳頭部近傍のカルチノイドは一般の十二指腸カルチノイドと異なり腫瘍径と転移の頻度が必ずしも一致しないとする報告11)や,十二指腸乳頭部のカルチノイドでは腫瘍径20 mm以下であっても47%に転移を認めるとの報告12)もあり,局所切除の適応は慎重に検討する必要があると思われる.
本症例は術中の皮膚生検の結果などからVRDと診断された.VRDは約3,000例に1人の頻度で発生し,皮膚に多発する神経線維腫とcafé-au-lait斑を特徴とする常染色体優性遺伝疾患であり,癌などの悪性腫瘍を合併する他,消化管にはカルチノイドや神経線維腫などの非上皮性腫瘍を合併することが知られている13).前述したように,一般的に十二指腸カルチノイドが乳頭部に発生するのはまれであるのに対し,VRDに合併した十二指腸カルチノイドでは80%が乳頭部に発生する14)とされており,また乳頭部カルチノイド患者の26%にVRDが合併していたとの報告15)もある.VRDと乳頭部カルチノイドとの合併の原因については,VRD患者のカルチノイドは内胚葉と外胚葉の複合体が癌化した結果発生し,その複合体は乳頭部近傍に存在するためとする説11)や,カルチノイドのneuroendocrine originという性質からVRDに合併しやすいという説16)もあるが,一定の見解は得られていない.
今回,我々が医学中央雑誌で「von Recklinghausen」,「カルチノイド」をキーワードに検索したところ,1983年から2011年で本邦におけるVRDに合併した乳頭部カルチノイドの報告は自験例を含め13例であった(Table 1)17)~27).13例の臨床的特徴は平均年齢46.9歳(20~67歳)で,男性7例,女性6例であった.臨床症状は腹痛5例,黄疸2例,下血1例で,無症状も4例に認められた.治療は記載のあった12例のうち,11例で膵頭十二指腸切除術または幽門輪温存膵頭十二指腸切除術が施行されており,そのうち記載のあった10例全てにリンパ節転移を認めた.リンパ節転移を高頻度に認めた理由としては,腫瘍径が20 mmを超えるような比較的大きいものがほとんどであったことが挙げられるが,中には腫瘍径4 mmの乳頭部カルチノイドに幽門下リンパ節の転移を認めた症例もみられた.
| No. | Author | Age | Sex | Sympton | Preoperative diagnosis | Operation | Size (cm) | Lymph node metastasis |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Eriguchi (1988)17) | 51 | M | abd pain | tumor of Vater’s papilla | LR | 3.5×3×2 | ND |
| 2 | Tanaka (1993)18) | 33 | F | jaundice | carcinoid | PpPD | 4.5×2.5×2.5 | Positive |
| 3 | Takeuchi (2001)19) | 53 | M | abd pain | carcinoid | ND | 1 | ND |
| 4 | Kitamura (2001)20) | 53 | F | abd pain | gastrinoma susp. | PD | 0.4 | Positive |
| 5 | Yamaguchi (2001)21) | 44 | F | abd pain | carcinoid | PD | 2 | ND |
| 6 | Moriyama (2005)22) | 52 | M | abd pain | carcinoid | PpPD | 2.5×2.5 | Positive |
| 7 | Katagata (2005)23) | 67 | M | none | carcinoid | PD | 2.5×2.0×1.3 | Positive |
| 8 | Katagata (2005)23) | 45 | M | jaundice | carcinoid | PD | 4.5×4.0×1.8 | Positive |
| 9 | Nojiri (2007)24) | 46 | M | none | carcinoid | PpPD | 2×1.3 | Positive |
| 10 | Ikeda (2008)25) | 59 | F | none | carcinoid | PpPD | 3×2.5 | Positive |
| 11 | Yasue (2009)26) | 20 | F | ND | carcinoid | PpPD | 3×1.5×1 | Positive |
| 12 | Kawaguchi (2011)27) | 36 | F | melena | carcinoid susp. | PpPD | 2 | Positive |
| 13 | Our case | 50 | M | none | cancer or carcinoid susp. | PpPD | 1.8×1.5 | Positive |
PD: pancreatoduodenectomy, PpPD: pylorus-preserving pancreatoduodenectomy, LR: local resection, ND: not described
2010年に改訂されたWHO分類2)では,内分泌系の性質と表現型を有する膵・消化管腫瘍をneuroendocrine neoplasms(NEN)と総称し,高分化型のneuroendocrine tumor(以下,NETと略記)と低分化型のneuroendocrine carcinoma(NEC)に大別している.NETは増殖能(核分裂像数とMIB-1標識率)に基づいたgradingによりG1とG2に分類されており,これらが従来の消化管カルチノイドに相当するものである28).この病理組織学的分類に加えて,European Neuroendocrine Tumor Society(以下,ENETSと略記)では原発巣の腫瘍径と隣接臓器浸潤,所属リンパ節転移,遠隔転移を考慮したTNM分類による病期分類を提唱しており,治療もこれらの分類に準じたものとなっている29).
NETにおける唯一の根治的治療法は手術療法であり,術前診断で肝転移・遠隔転移を伴わないと診断された場合は積極的な切除手術の適応となる.術式としては,NET G1かつStage I(T1N0)の場合のみ内視鏡的切除術が考慮され,それ以外の場合では所属リンパ節郭清を伴う根治切除を行うことが推奨される29).本症例では術前に肝転移・遠隔転移は指摘されておらず,切除標本のMIB-1標識率は1.5%と低値であったことから2010年WHO分類ではNET G1に相当していた.また,ENETSの提唱するTNM分類では,腫瘍径が1 cmを超え,所属リンパ節転移を認めたことからpStage II(T2N1)に相当しており,根治切除を目的として幽門輪温存膵頭十二指腸切除術と2群リンパ節郭清を施行したことは妥当であったと思われる.
利益相反:なし