2013 Volume 46 Issue 6 Pages 471-476
浸潤が膣後壁に限局する下部直腸癌は,膣前壁を温存し,膣後壁合併切除により根治切除可能である.膀胱や尿道が温存され,骨盤内臓全摘を回避できることは大きな利点である.当科では,膣後壁浸潤を認めた3例に対し,膣後壁切除を伴う腹会陰式直腸切断術を施行した.膣の単純縫合による再建は困難で,横転皮弁(transposition flap)による膣再建を行った.症例1は会陰創の感染を契機に皮弁が一部離解したが,ドレナージを施行し治癒した.症例3では術後フォロー中に孤立性肝転移を認めた.全例局所再発なく生存中である.本術式は,手術侵襲が小さく,手技も容易であり,優れた術式であると考えられる.
浸潤が膣後壁に限局する下部直腸癌は,膣前壁を温存し,膣後壁合併切除により根治切除可能である.膀胱や尿道が温存され,骨盤内臓全摘を回避できることは大きな利点である.会陰欠損部が大きな場合の再建方法として,薄筋・腹直筋・大腿筋膜張筋・大臀筋などによる再建法は報告されているが,手術侵襲は大きい1)~10).比較的手技が容易な横転皮弁(transposition flap)を用いることで,より低侵襲で膣再建が可能と考えた.検索した範囲では本術式による文献報告は認めなかった.当科では本術式を3症例で経験したので,その手術方法および手術成績につき報告する.
膣後壁浸潤を伴う下部直腸癌で,膣後壁合併切除を伴う腹会陰式直腸切断術と皮弁再建を施行し,根治切除した3症例(2011年1月~2012年7月).
載石位とし,正中切開を行い開腹.S状結腸の外側を癒合筋膜の層で授動し,下腸間膜動脈根部周囲を郭清,S状結腸を切離した.いずれの症例においても,直腸後方への浸潤は認めなかったため,直腸後腔は下腹神経を温存する層で肛門挙筋まで授動した.また,側方の剥離も可能なかぎり行った.
直腸の前方剥離においては,腫瘍の浸潤によって,個々の症例ごとに対応が必要である.なお,自験例では全例術前に骨盤部MRIを施行し,浸潤範囲を評価した.
症例1では腫瘍の浸潤は膣後壁に限局し,子宮への浸潤は認めなかったため,子宮は温存とした(Fig. 1).膣と直腸の間を剥離するが,腫瘍の浸潤部を意識して,その手前で剥離を留めた.続けて会陰操作を行った.症例2,3では婦人科医の協力のもとで,子宮合併切除を行った.子宮摘出方法およびそのpit fallについてはここでは省略する.症例2では子宮への明らかな浸潤を認めないが,皮弁縫合時に膣の可動性が増し,会陰操作において,膣再建がより容易になると考えた.腹腔内で膣壁を全周性に切開し,子宮を先行して摘出した.膣断端を縫合閉鎖し,会陰操作を続けて行った.症例3では直腸癌の子宮頸部への浸潤が疑われた.前方は子宮と膀胱の間を剥離し,腫瘍浸潤のない膣前壁のみ腹腔内より切離しておき,会陰操作を続けて行った.
MRI shows the rectal cancer invading the posterior wall of the vagina (T2 weighted image).
会陰の皮膚切開線は,肛門と膣後壁の腫瘍浸潤部を含めた楕円形に設定した.肛門挙筋を露出させ,背側で尾骨直腸靭帯を切離して,腹腔と交通させた.側方へと剥離を続けた.症例1,2では腫瘍浸潤部の頭側で膣後壁を切離し,腹腔と交通させた.この際に腫瘍に切り込まないように,腹腔側よりナビゲートした.さらに,側方と連続させ,腫瘍を摘出した(Fig. 2a).症例3では膣後壁および子宮頸部浸潤を疑い,腹腔内操作で膣前壁のみ切離されているため,ここへむかうように切離線を描き,直腸・膣側壁後壁・子宮・卵巣を一塊に摘出した.
The transposition flap for vaginal reconstruction. a: Abdominoperineal resection with the posterior wall of the vagina is finished. b: The flap is designed from the thigh to the defected posterior vaginal wall. c: The flap is exfoliated by the subcutaneous level, and transpositioned to the pelvic cavity. d: The flap is sutured in position.
なお,症例1と3では腫瘍摘出後側方郭清を施行したが,症例2は高齢でもあり,施行しなかった.
3. 再建形成外科医協力のもと手術を行った.皮弁作製部の対側の臀部よりあらかじめドレーンを骨盤底に挿入した.左右を比較し,膣欠損がより小さいほうから皮弁を形成した.膣欠損の距離にあわせて皮弁をデザインした(Fig. 2b).無軸型皮弁(random pattern flap)であるため,皮弁先進部の血流を考慮し,幅:長さ=1:1~2,を目安とした.皮下組織のレベルで皮弁を剥離し,膣後壁欠損部へと移動させた(Fig. 2c).膣壁と皮弁は3-0あるいは4-0PDSTMにより単結節縫合し,背側の左右の皮膚は3-0あるいは4-0バイクリルTMにより埋没縫合した(Fig. 2d).なお,本法は載石位のまま再建が可能であるため,会陰部での膣再建と,腹腔操作を同時に施行した.再建操作には約2時間を要した.
4. 術後管理特に特別な処置は行わないが,皮弁の汚染を減らすべく,尿道カテーテルは約1週間留置した.
症例の内訳をTable 1に示す.手術時間はそれぞれ437,423,659分,出血量は1,747,609,4,377 mlであった.症例1では膣断端から,症例3では内腸骨静脈からの出血が多く,上記出血量となった.術後在院期間は25,24,43日であった.全例根治切除可能であった.症例1では創感染を認め,皮弁の先進部で膣壁との離解を認めた.ドレナージを会陰創より施行し,治癒した.症例3では神経陰性膀胱を認め,自己導尿手技を会得して退院したが,再建手技とは直接関与のない合併症と考えられた.
No | Age/Gender | Disease | Operation time (min) | Blood loss (ml) | Postoperative hospital stay (days) | Pathology | TNM classification | Complication | Follow up period (months) | Recurrence |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 45/F | Rectal carcinoma | 437 | 1,747 | 25 | Muc | T4 (AI, vagina), N1, M0, Stage IIIB |
Infection of skin flap | 18 | None |
2 | 79/F | Rectal carcinoma | 423 | 609 | 24 | Muc/Tub1 | T4 (AI, vagina), N0, M0, Stage IIB | None | 14 | None |
3 | 71/F | Rectal carcinoma | 659 | 4,377 | 43 | Muc/Tub2 | T4 (AI, vagina), N2, M0, Stage IIIC |
Neurogenic bladder | 12 | Liver metastasis, alive |
Muc: Mucinous adenocarcinoma, Tub1: Tubular adenocarcinoma, well differentiated type, Tub2: Tubular adenocarcinoma, moderately differentiated type
2012年7月現在,症例3において孤立性の肝転移を認めたものの,全例局所再発なく,経過観察中である(観察期間12~18か月).
下部直腸癌が前方に浸潤を起こした場合,男性では前立腺や尿道への浸潤を認めるため,骨盤内臓全摘術が適応となる.女性では膀胱と直腸の間に膣が存在し,これが隔壁となって骨盤内臓全摘術が適応となることはまれである11).
青野ら2)は自験例のように,膣後壁に浸潤した直腸癌に対して,膣後壁合併切除を伴う腹会陰式直腸切断術に関する報告を行っているものの,膣再建手技に関しては不詳である.
膣欠損部が比較的小さな場合には,膣縫合により再建可能である.膣欠損部が大きい場合,尿道を温存した膣管の全切除が理論的には考えられるが,膣と尿道との剥離は困難であり,排尿機能障害を起こす可能性が高いと考える.おおむね膣欠損が2分の1周以上の場合は,皮弁による膣再建を行う必要があると考えている.
進行した直腸癌や肛門管癌の切除後に,会陰の欠損部を補填する方法として,薄筋・腹直筋・大腿筋膜張筋,大臀筋などを用いた皮弁形成術は諸家により報告されているが,再建のために体位変換が必要であったり,筋皮弁を作製したりと,これらの手技の手術侵襲は大きい.井上ら13)は膣再建には内陰部動脈の穿通枝を血管茎とした,pudendal thigh flapあるいは殿溝皮弁による再建を報告しているが,具体的な手術手技に関する文献は乏しい.
Papathanasiouら14)は,陰唇に出現した転移性腫瘍切除後の皮膚欠損に対してtransposition flap で陰唇の再建を行っている.我々はこの応用としてtransposition flapによる膣後壁再建を考案した.医中誌web ver. 5で1983年より2012年7月までに,「直腸癌」,「膣浸潤」,「皮弁」,「横転皮弁」,「transposition flap」をキーワードとして検索したところ,本術式による報告は認めなかった.
本術式の利点としては,通常の腹会陰式直腸切断術による同一の会陰視野で手技が完了できること,つまり再消毒や体位変換が不要であることがあげられる.また,人工肛門造設や閉腹などの腹部操作と会陰再建操作を同時に進行可能であり,他の皮弁による再建法と比較し簡便である.3例を経験し,腫瘍が後壁のみならず側壁浸潤を認めた場合でも,膣前壁が温存可能ならば,本法による再建は可能と考える.
一方で,本術式の欠点としてあげられるのは,implantationのリスクである.腫瘍が膣壁の内腔に明らかに露出していた場合,術野に腫瘍が露出する形となる.観察期間内では局所再発は認めていないものの,今後も本術式の適応に関する検討が必要である.
本術式の検討事項としては,子宮を合併切除すべきかどうかである.症例1では膣後壁のみ浸潤を認めたため,子宮を温存した.術後皮弁の感染と皮弁の一部離解を合併症として認めた.皮弁の緊張が原因の一つと考察した.そこで症例2では,子宮を合併切除することで,膣と皮弁の縫合の際に緊張が緩和されるのではないかと考え,子宮を合併切除した.残存した膣の可動性が増し,縫合が比較的容易となり,術後合併症は特に認めなかった.
本術式の有用性につき今回症例をまとめ報告した.今後も症例を蓄積し,評価を行う予定である.
利益相反:なし