2013 Volume 46 Issue 6 Pages 448-455
症例は68歳の男性で,心窩部痛を主訴に当院内科を受診した.腹部CTで膵尾部の限局性腫大,囊胞性腫瘤,主膵管の軽度拡張と脾臓の造影不均一を認めた.また,膵体部にhyper vascularな5 mm大の腫瘤も認めた.入院,絶飲食で症状が軽快した後に精査を行った.血液検査ではIgG4が193 mg/dlと高値を示した.ERCPでは,尾側膵管の途絶像を認め,膵液細胞診では疑陽性であった.悪性疾患が否定できず,膵体尾部・脾合併切除術を施行した.病理組織学的検査所見では,膵実質の線維化,形質細胞浸潤,閉塞性静脈炎とIgG4陽性細胞を多数認め,限局性自己免疫性膵炎と診断した.囊胞は仮性囊胞であり,膵体部の腫瘤はislet cell tumorであった.脾臓は梗塞や膿瘍などの所見を認めなかった.今回,我々は腫瘍と鑑別が困難であった膵尾部限局性の自己免疫性膵炎の1例を経験したので報告する.
自己免疫性膵炎(autoimmune pancreatitis;以下,AIPと略記)は,近年世界的に関心が高まるとともに,国際的に統一された診断基準の必要性が認識され,2011年3月に国際コンセンサス基準が公表された1).これまでの診断基準においても,AIPと悪性腫瘍の鑑別は最重要項目の一つとして取り扱われてきた.特に限局型AIPと膵癌との鑑別あるいは合併の問題が注目されており,これらの鑑別のためにも症例の蓄積が重要と思われる.
今回,我々は腫瘍との鑑別が困難であった膵尾部限局性のAIPで,膵仮性囊胞,islet cell tumor,脾造影不均一など多彩な病態を呈した1例を経験し,今後の鑑別に貴重な症例であると考えたので報告する.
患者:68歳,男性
主訴:心窩部痛
現病歴:2010年6月,心窩部痛が出現し当院内科を受診した.38°Cの発熱を伴い,血液生化学検査所見では炎症反応の亢進,肝胆道系酵素の上昇,血清アミラーゼの上昇を認めた.CTでは膵尾部の限局性腫大などの異常所見を認めたため,精査目的で入院となった.
既往歴:高脂血症,糖尿病
常用薬:ロスバスタチン カルシウム製剤
飲酒歴:なし
喫煙歴:20本/日を50年.
入院時現症:意識清明,血圧128/85 mmHg,脈拍75回/分,体温38.0°C,心窩部に圧痛を認めたが,反跳痛,筋性防御を認めなかった.
入院時血液生化学検査所見:WBC 13,500/mm3,CRP 5.73 mg/dlと炎症反応の亢進を認め,AST 42 IU/l,ALT 60 IU/l,LDH 307 IU/l,γ-GTP 55 IU/lと肝胆道系酵素の増加を認めた.また,膵アミラーゼも155 IU/lと増加を認めた.腫瘍マーカーはCEA 3.5 ng/ml,CA19-9 17 U/mlと正常値であった.IgGは基準値内だったが,IgG4は193 mg/dlと増加していた.インスリン,グルカゴン,ガストリンは正常範囲内であった.
腹部CT所見:膵尾部に限局性の腫大を認めた(Fig. 1).膵体部の主膵管は軽度拡張していた.膵尾部に連続する囊胞性腫瘤を認め(Fig. 2),脾臓は造影不均一であった(Fig. 3).膵体部には5 mm大のhyper vascularな腫瘤を認めた(Fig. 4).
Abdominal CT reveals mild edematous change of the pancreatic tail (arrow).
Abdominal CT reveals a cystic lesion connected with the pancreatic tail (arrow).
Abdominal CT shows unevenness in the spleen enhanced (arrow).
Abdominal CT reveals hyper vascular tumor at the pancreatic body (arrow).
絶飲食で腹痛は消失し,炎症反応も正常化したため精査を行った.
上部消化管検査所見:食道裂孔ヘルニア,逆流性食道炎(LA-Grade A)と表層性胃炎を認めた.
EUS所見:膵尾部に多血性の腫瘍と囊胞性病変を認めた.囊胞内には隔壁や結節を認めなかった.
MRCP所見:膵尾部に限局性腫大を認め,連続する囊胞性病変を認めた.主膵管は尾部で途絶していた.胆管像では異常所見を認めなかった.
ERCP所見:尾側膵管の途絶像を認め,囊胞と膵管の交通を認めなかった(Fig. 5).膵管擦過細胞診は判定不能,膵液細胞診では疑陽性の結果を得た.
ERCP shows complete stenosis of the main pancreatic duct at the pancreatic tail.
PET-CT所見:膵尾部に囊胞を伴う腫瘤を認め,SUVmaxは3.4であったが健常部分よりは集積が亢進していた(Fig. 6).囊胞壁にも集積を認めた.
PET-CT shows uptake of 18F-FDG with the SUV max of 3.4 localized in the pancreatic tail.
以上より,強く悪性腫瘍を示唆する所見には乏しいが完全には否定できず,本人と家族に十分に説明のうえで,手術を施行した.
手術所見:上腹部正中切開で開腹した.大網が脾臓,左横隔膜に広汎に癒着していた.胃周囲,大網の静脈は著明に怒張していた.このため,先に脾動静脈を処理した.その後,膵トンネリングを行い,門脈上にてメスを用い膵切離を行った.主膵管を5-0プロリン®で刺通結紮し,膵断端は4-0プロリン®で水平マットレス法にて閉鎖した.脾膵体尾部を後腹膜から授動して,標本を摘出した.
切除標本肉眼所見:膵尾側に囊胞を認め,術前CTの膵腫大,EUSとPETで腫瘤と考えた部位に黄白色で線維化の強い膵組織を認めた.
病理組織学的検査所見:膵尾部の実質組織には,びまん性にリンパ球・形質細胞の浸潤と,小葉構造の破壊を伴う著明な線維化を認めた.腺房は萎縮し,リンパ濾胞の形成も認めた(Fig. 7).一部には閉塞性静脈炎も認められた.抗IgG4抗体(clone HP6025;Binding Site,Birmingham,UK;Dilution 1:1,000)による免疫染色検査では,IgG4陽性形質細胞を多数認めた(Fig. 8).囊胞には上皮細胞を認めなかった.膵体部の腫瘤には被膜に囲まれた比較的小型の核を有する異型の乏しい好酸性細胞の島状,索状の配列を認め,硝子様変性の所見も伴っていた.脾臓には梗塞や膿瘍などの所見を認めなかった.
Pathological findings show a fibrosis with infiltration of plasma cells and lymph follicle formation can be seen in the pancreas tail (HE ×100).
Many infiltrating plasma cells are IgG4 positive on immunohistochemical examination (immunostain ×100).
以上より,膵尾部はAIPと仮性囊胞,膵体部はislet cell tumorと診断した.
術後経過:膵液瘻とドレーンのMRSA感染のため長期ドレナージ管理を必要としたが,保存的に軽快し90日目に退院した.術後3か月目にIgG4は基準値内に低下し,2年3か月経過したが残膵にはAIPの再燃を認めていない.
AIPは,1995年に本邦から世界に発信された疾患概念である2).2002年に日本膵臓学会が提唱した「日本膵臓学会自己免疫性膵炎診断基準2002」が世界初の診断基準である3).しかし,この診断基準では限局性AIPが診断からはずれる可能性があり,臨床診断基準2006では従来びまん性とされていた主膵管の狭細像は,限局性であってもAIPに含まれるように改訂された4).また,この頃から国際的にもAIPに対する関心が高まり,さまざまな国から診断基準が提唱されたが,AIPに対する定義も診断方法にも差異があり混乱を来してきた.このような混乱を解消するために2011年3月に国際コンセンサス基準が公表された1).
この診断基準の最大のポイントは,type 1 AIPとtype 2 AIPを診断の対象としながらも,これら二つの病型が基本的に異なる臨床病態と考え,それぞれ別個の診断基準を設けた点である5).Type 1 AIPは組織学的にはlymphoplasmacytic sclerosing pancreatitis(以下,LPSPと略記)であり,膵管周囲のリンパ球や形質細胞の密な集積と花筵状の線維化,閉塞性静脈炎で定義され,我が国のAIPの大部分がこれに当たる.Type 2 AIPは組織学的に好中球が膵管上皮に浸潤し,膵管上皮の破壊や膵管内に好中球集積がみられるidiopathic duct-centric chronic pancreatitis(IDCP)あるいはgranulocytic epithelial lesion(GEL)と定義され,欧米ではtype 1が約60%,type 2が約40%と推定されている.Type 1 AIPの診断は,組織学的にLPSPが確認されるか,主要所見(level 1とlevel 2に分類)の組み合わせによって診断される.自験例では,膵臓の病理組織学的検査所見でリンパ球および形質細胞浸潤,線維化,閉塞性静脈炎,IgG4陽性細胞を多数認めたため限局性のAIPと診断した.
AIPの診断基準が検討されるときには,膵癌との鑑別はつねに最重要項目として取り扱われてきた.血中のIgG4値はAIPで有意に上昇するため,AIPの診断において極めて有用な血中マーカーであることは広く知られており,診断基準の項目にも含まれている.しかし,AIPでのIgG4陽性率は80%程度でありIgG4陰性のAIPが存在することや,膵癌の約10%で血中IgG4が上昇することも報告されている6)7)ため,その解釈には注意が必要である.FDG-PETについても,膵癌の診断は感度が85~100%,特異度は67~99%,正診率は85~93%と報告8)されていて,膵炎に対して偽陽性を示す事例がある.また,膵炎でのFDGの集積に関しては約28.5%に腫瘍がないにもかかわらずFDGの高集積が認められ,SUV値が3.4~11.2と悪性を示唆するほどの高値を示した報告もある9).AIPでも活動期には病巣に一致してFDGが集積し,SUV高値になることが報告されており,SUV値のみでAIPと膵癌を鑑別することは困難で危険であると考えられる10).血液学的検査や画像検査で診断がつかない場合には,組織学的検索が推奨される.しかし,EUS-FNAなどは限られた専門施設でしか行うことができず,また採取検体量が少なく,組織学的にAIPの確定診断を得ることは困難なことが多い点が問題である6).このためEUS-FNAなどは悪性腫瘍を否定する意味合いが強い.以上のようにAIPの診断については,膵臓から十分量の膵組織を得ることが困難であるため,臨床所見,血液学的所見,画像所見から総合的に診断せざるをえないのが現状である.癌の診断がつかなかった場合にはステロイドトライアルが考慮される.ステロイドの短期間の使用が膵癌と鑑別できる唯一の非侵襲的な診断法となるが,以前は膵癌と診断して切除される症例の存在が問題であったが,現在はAIPと診断してステロイド治療を受け,手術のタイミングを逃す膵癌症例の増加が問題となっており注意を要する11).自験例においては,IgG4高値とFDG-PETにおけるSUV値が3.4と高値を示したが,これはAIPと膵癌のどちらでも認められる所見であった.膵液細胞診で疑陽性を示したことからも癌を否定できなかったため手術を施行したが,このように悪性腫瘍を否定できない症例は,患者に十分なインフォームドコンセントを行ったうえで外科的切除を行い,病理組織学的検査所見から確定診断をつけるしかないと考えられる.
2002年から2012年3月までの医学中央雑誌で「AIP」,「膵癌」をキーワードとして検索すると,AIPと膵癌の合併例は,会議録が散見されるものの,論文としては4例の報告があった.坂下ら12)の症例は,AIPと診断してステロイド治療を行ったが,膵頭部の腫大は改善したものの膵尾側に腫瘤を認めたため膵尾部切除を行ったところ膵癌であった.ステロイド治療が奏効し炎症が消退したため癌の存在が認識可能となったと推測している.この報告からは,AIPと診断し,治療を開始した後でも悪性疾患の存在を念頭におくことが重要と考えられる.飯田ら13)の症例は,AIPの診断で1年6か月のステロイド維持療法を行った後,3年後に閉塞性黄疸で発症した.ステロイドの再投与を行いAIPは改善したが,その7か月後に膵癌,肝転移,骨転移を認めた.ステロイド投与による免疫抑制が発癌を誘因する可能性について考察しており,長期投与例の膵癌併発例に注意を促している.西澤ら14)の症例は,IgG4高値,体部の限局性主膵管の狭細像からAIPと診断したが,膵癌の合併を否定できず切除を行ったところ癌を認めている.自験例では癌を認めなかったが,これらのような報告があるため明らかな鑑別診断が困難な症例では手術を行うべきであると考えている.柿木ら15)は,切除不能膵頭部癌の診断でgemcitabineによる化学療法を施行し腫瘤が消失したという病歴を有する患者が,その6年後に下部胆管癌と膵頭部癌を発症したIgG4関連硬化性疾患(AIP,硬化性胆管炎)を併存した症例を報告している.これら4例の報告だけでも膵癌の診断時期は異なっている.AIPを診るうえでは,診断,治療中,治療後の長期経過観察の全ての期間において,常に癌の存在を念頭におく必要があると考えられた.
AIPとislet cell tumorの合併については,「AIP」,「islet cell tumor(膵島腫瘍)」または「膵内分泌腫瘍」をキーワードとして医学中央雑誌で同期間検索(会議録を除く)したが,報告はなかった.「AIP」,「膵腫瘍」での検索においても,膵癌以外の膵腫瘍合併の報告を認めなかった.自験例のislet cell tumorは膵体部の5 mmと微小な病変であり,限局性AIPを認めた膵尾部とも離れているため,関連性はなく偶然の併存であったと思われる.なお,AIPにしばしば合併する膵外病変である硬化性胆管炎,後腹膜線維症,胆囊壁肥厚,頸部・肺リンパ節腫大,唾液腺の腫大などは国際コンセンサス基準においても他臓器所見として含まれているが,自験例ではいずれも認めなかった.
AIPと膵仮性囊胞の合併については,「AIP」,「膵仮性囊胞」をキーワードとして医学中央雑誌で同期間検索(会議録を除く)したところ,2例のみであった.木藤ら16)は20 cm大の巨大膵囊胞を契機に発見されたAIPを報告し,岡本ら17)は膵仮性囊胞を伴うAIPでステロイドの内服により囊胞が消失したまれな症例を報告している.AIPに膵仮性囊胞が合併することは比較的少ないとされており,Murakiら18)の報告によれば6%とされている.Murakiら18)は考察で,典型的な慢性膵炎の膵仮性囊胞は組織壊死や膵液の停滞により引き起こされることに比べ,AIPでの仮性囊胞は炎症反応が活発な状態で発生するため,この疾患の活動性と密接に関連して形成されるかもしれないと述べている.自験例においても,急激な腹痛など急性膵炎に伴う症状から発症しており,膵仮性囊胞が急性炎症のため急速に形成された可能性が推測された.
自験例では脾臓の造影不均一を認めたのだが,脾門部の血管の怒張などから膵癌の血管浸潤による脾梗塞などの存在を疑った.同様の検索では,AIPと脾梗塞の合併の報告を認めなかったが,1983年から2012年3月までの医学中央雑誌で「膵仮性囊胞」と「脾梗塞」をキーワードとして検索(会議録を除く)すると3例の報告を認めた.初野ら19)は,膵仮性囊胞,無症候性脾囊胞の1切除例を報告し,脾囊胞を形成した原因として急性膵炎に伴う血流障害で生じた脾梗塞も原因の一つではないかと推測している.また,杉山ら20)は脾梗塞を合併した膵仮性囊胞の1例を報告している.その考察の中で,急性膵炎,慢性膵炎,膵癌などの膵疾患による脾静脈血栓症が限局性の門脈圧亢進症を併発するが,脾動脈のような大血管は弾力性に富み,血管内圧が高く,血流も速いため膵疾患が脾動脈を介する脾梗塞は来しがたいと述べている.自験例では,病理組織学的検査所見で脾梗塞や脾膿瘍などの所見を認めず,脾動静脈にも閉塞を認めなかった.しかし,CTで脾門部の血管の怒張を認め,術中所見では胃周囲や大網の静脈の怒張を認めたことから,AIPが脾静脈系に影響を及ぼし,限局性の門脈圧亢進症を併発したために脾臓の造影が不均一となった可能性が考えられた.
AIPの治療においては,診断,治療,その後のフォローアップにわたり常に膵癌の存在を念頭に置くことが大切であり,確実に鑑別する方法がない現在,膵癌の診断または,その合併が否定できない場合には手術を行うことが肝要であると考えられた.今後も症例の蓄積と検討を重ね,さらなる診断の精度の向上が必要であると考えられた.
利益相反:なし