2013 Volume 46 Issue 6 Pages 441-447
症例は64歳の男性で,腹痛を主訴に近医を受診.黄疸および胆石を指摘され,当院へ紹介受診となった.超音波検査にて胆石の他に中部胆管に低エコー結節および胆管の拡張を認めた.腹部造影CT,腹部MRIにて中部~下部胆管に造影効果のある腫瘤を認め,腫瘤より中枢の胆管拡張を認めた.中部・下部胆管癌の診断にて幽門輪温存膵頭十二指腸切除術を施行した.病理組織学的検査所見では,膵管合流部異常はなく,乳頭部より3.0 cm肝側の下部胆管に1.5×1.0×0.5 cm大の結節型腫瘍,さらにその肝側1.0 cmの中部胆管に2.0×1.5×1.0 cm大の乳頭型腫瘍を認め,両病変とも管状腺癌であった.また,両病変間には連続性はなく免疫組織学的に一方のみCEA染色が陽性であり,同時性に発生した多発胆管癌であった.同時性に肝外胆管に発生した多発癌の報告例は少なく非常にまれな病態であったため,文献的考察を加え報告する.
重複癌や多発癌の報告例は近年増加している.胆管合流部異常症例では,多発胆道癌の頻度が高いと報告されているが1),合流部異常を伴わない胆道系多発癌の報告は比較的まれである2).胆管合流異常症を除く同時性胆道系重複癌と多発癌の本邦での報告例は,胆囊癌と肝外胆管癌の組み合わせが多く3),肝外胆管の多発癌の報告例は2例4)5)と非常にまれな病態といえる.今回,我々は肝外胆管に発生した同時性多発癌の1例を経験したので,文献的考察を加え報告する.
患者:64歳,男性
主訴:腹痛
既往歴:高血圧症
家族歴:特記事項なし.
職業歴:会社員.印刷業の従事歴なし.
現病歴:当院受診の1か月ほど前から腹痛が出現し,時折発熱を認めていた.近医を受診し,黄疸およびCTにて胆石を指摘され,精査加療目的に当院紹介となった.
来院時現症:身長173 cm,体重80 kg,体温36.1°C,血圧120/70,脈拍78/分.眼球結膜と皮膚に黄染あり.腹部は平坦,軟で上腹部に軽度の圧痛を認めたが,腹膜刺激症状は認めなかった.
来院時血液生化学検査所見:血液一般検査所見では,異常はなかったが,血液生化学検査ではGOT 80 IU/l,GPT 114 IU/l,γ-GTP 576 IU/l,ALP 1,088 IU/l,T.Bil 5.0 mg/dlと肝胆道系酵素とビリルビンの増加を認めた.腫瘍マーカーはCA19-9 138.9 U/ml,CEA 2.4 ng/mlであった.
腹部超音波検査所見:中部胆管に低エコー結節を認めた.同部位より上流の胆管の拡張を認めた.また,胆囊内には8 mm大の結石を認めた.
腹部CT所見:中部から下部胆管内の腫瘤像は,造影で増強効果を認めた.腫瘍の門脈への浸潤は認めなかった.左肝動脈は左胃動脈,右肝動脈は上腸間膜動脈からそれぞれ分岐しており,総肝動脈からは右胃動脈と胃十二指腸動脈のみが分岐していた.胆管に沿うリンパ節(#12b)は7 mm,左肝動脈に沿うリンパ節(#12a)は5 mm,右肝動脈に沿うリンパ節(#12a)は25 mm,総肝動脈に沿うリンパ節(#8a)は10 mmのリンパ節腫大を認めた(Fig. 1).
Enhanced abdominal CT findings. a: Tumor in the middle and lower bile duct is enhanced (arrowheads). b: Arrowhead shows right hepatic artery, and arrow shows lymph node swelling along the right hepatic artery (No. 12a). c: Arrowhead shows left hepatic artery, and arrow shows lymph node swelling along the left hepatic artery (No. 12a). d: Arrowhead shows lymph node swelling along the common hepatic artery (No. 8a), and arrow shows lymph node swelling along the common bile duct (No. 12b).
腹部MRI所見:胆囊管合流部から膵内胆管レベルまで腫瘤像を認め,上流の胆管が拡張していた.MRCPでは,同部位の総胆管は描出されなかった(Fig. 2).
MRCP reveals a filling defect in the common bile duct (arrowheads), extending from the cystic duct junction to the intrapancreatic bile duct, and dilatation of the superior bile duct.
ERCP所見:中部・下部胆管内に60 mmの透亮像を認めた.総胆管下端に結石像を認めたため,ESTを追加し,結石を摘出した(Fig. 3).
ERCP shows a 60-mm filling defect in the middle and lower portions of the bile duct (arrowheads). A stone is detected in the lower portion of the bile duct (arrow).
採石の際,腫瘍組織の一部も摘出され,病理組織学的検査に提出したところtubular adenocacinomaの診断であった.
臨床経過:採血にて黄疸を認め,エコー・CT・MRIより中部から下部にわたる胆管癌が疑われた.ERCPにて中部・下部胆管内の透亮像の他,胆管結石を認めたためESTを追加された.結石の採石の際,腫瘍の一部が摘出され,病理組織学的診断にて胆管癌が確定した.中部・下部胆管癌の診断で手術目的に当科紹介となった.切石後,黄疸は軽快しT.Bil 1.3 mg/dlまで低下したため,減黄処置は行わず,手術を行う方針とした.
手術所見:明らかな腹膜播種や肝転移はなく肝十二指腸間膜内に柔らかく腫大したリンパ節を触知した.腫瘍は中~下部胆管に触知した.幽門輪温存膵頭十二指腸切除術を施行し,再建はChild変法にて行った.手術時間6時間19分,出血量1,900 ml.
摘出標本:乳頭部より3.0 cm肝側の下部胆管に1.5×1.0×0.5 cm大の結節型腫瘍,さらにその肝側1.0 cm の中部胆管に2.0×1.5×1.0 cm大の乳頭型腫瘍を認めた.また,膵管合流部異常は認めなかった(Fig. 4a).
a: Resected specimens show a nodular tumor measuring 1.5×1.0×0.5 cm in the inferior bile duct, 3.0 cm above the papilla (arrow), and a papillary tumor measuring 2.0×1.5×1.0 cm in the middle bile duct, 1.5 cm away from the stump of the common bile duct (arrowheads). b: A schema of the resected specimen. The cut surface of A is shown in Fig. 4c. c: A non-carcinomatous duct with a 6 mm diameter is observed between the middle and lower bile ducts (H.E. stain ×20).
病理組織学的検査所見:①下部胆管癌(以下,Bi病変と略記):poorly tubular adenocarcinoma>moderately tubular adenocarcinoma int,INFβ,ly1,v0,pn1,ss,pHinf0,pGinf0,pPanc1a,pDu0,pPV0,pA0,pN0,pHM0,pDM0,pEM0 stage II(Fig. 5a),②中部胆管癌(以下,Bm病変と略記):moderately tubular adenocarcinoma>poorly tubular adenocarcinoma int,INFβ,ly1,v0,pn1,ss,pHinf0,pGinf0,pPanc0,pDu0,pPV0,pA0,pN2,pHM0,pDM0,pEM1 stage III(Fig. 5b)を認めた.Bm病変の腫瘍細胞の多くは粘液を産生していた.さらに,免疫染色検査では,Bi病変 CK(+),CK19(+),CA19-9(+),CEA(–),CK20(–),p53(–),vimentin(–)(Fig. 5c),Bm病変 CK(+),CK19(+),CA19-9(+),CEA(+),CK20(–),p53(–),vimentin(–)(Fig. 5d)であった.両者には6 mmにわたる癌浸潤のない胆管を確認した(Fig. 4b, c).以上より,両者には連続性はなく独立した癌であった.また,#12a(右肝動脈沿いリンパ節)に転移を認めたが,粘液産生所見があり,病理組織学的にBm病変由来のものと考えられた.
Histological findings. a: The tumors consisted mainly of poorly differentiated adenocarcinomas, and partially of moderately differentiated adenocarcinomas (H.E. stain ×400). b: The tumors consist mainly of moderately differentiated adenocarcinomas, and partially of poorly differentiated adenocarcinomas. Moreover, the tumor cells produce mucus (arrowheads) (H.E. stain ×400). c: Immunostaining for CEA in the lower bile duct tumor is negative. d: Immunostaining for CEA in the middle bile duct tumor is positive.
術後経過:経過良好にて,術後25日目に退院した.補助化学療法は行わず,外来で経過観察を行い無再発で術後半年が経過している.
重複癌の定義としては,Warrenら6)が提唱した「各腫瘍は一定の悪性像を示し,互いに離れた部位を占め,かつ一方の腫瘍が他方の腫瘍の転移でないこと」が一般的である.日本癌治療学会・癌規約総論では7),「異なる臓器にそれぞれ原発性の癌が存在するものを重複癌,同一臓器内に同じ組織型の癌が多発するものを多発癌とし,同一臓器内に異なる組織型の癌が存在する場合は重複癌と呼称することもある.多発癌と重複癌をあわせて多重癌と称する」としている.すなわち,多発癌と診断する際には,一方が他方の転移ではないことを証明しなければならない.癌腫の増殖様式の違いやCEAやp53などの免疫組織染色とDNAのploidy patternを診断根拠とする報告もある8)9)が,その証明には難を要する.
自験例では,組織型は同じであったが,肉眼的所見や分化度は異なっていた.また,両者の間には肉眼的には1 cm,組織学的にはFig. 4cの通り6 mmにわたる正常胆管像を認め,非連続性が示された.また,免疫組織学的にはいずれもCK,CK19,CA19-9が陽性,CK20,p53,vimentinが陰性であったが,CEAはBm病変のみ陽性であった.以上より,各々は独立した癌であり肝外胆管に同時性に発生した多発癌と考えられた.
Bm病変の腫瘍細胞の多くは,粘液を産生していたが,粘液による臨床症状や胆管拡張を呈することはなかった.その点でも本症例とは異なるが,過剰な粘液を産生・分泌する胆管腫瘍として胆管内乳頭状腫瘍(intraductal papillary neoplasm of bile duct;以下,IPNBと略記)という疾患概念がある.IPNBは肝外胆管,肝門部胆管,左右肝管,肝内大型胆管にみられ,胆管被覆上皮の乳頭状増殖が共通してみられ,さらに粘液産生像,胆管の拡張が同時にみられることが多く,形態学的な多様性を形成するのが特徴である10).
近年,高齢化や画像診断の進歩により重複癌や多発癌の報告例が増加している.胆管合流部異常症例では,多発胆道癌の頻度が高いと報告されているが1),合流部異常を伴わない胆道系多発癌の報告は比較的まれである2).胆管合流異常症を除く同時性胆道系重複癌と多発癌の本邦での報告例は,胆囊癌と肝外胆管癌の組み合わせが多い3).胆管癌と胆管癌の重複癌と多発癌については医学中央雑誌において「胆管癌」,「多発癌」,「重複癌」,「会議録除く」をキーワードとして1983年~2011年まで検索したかぎりでは7例であった.そのうち同時性の肝外胆管多発癌は2例4)5)であり,自験例が本邦報告3例目と非常にまれな病態であった(Table 1).自験例以外の2例は,術前より重複癌あるいは多発癌が疑われていた.胆道系の重複癌や多発癌では,各々の深達度や転移病変か否かの診断によって術式や予後に関与することがある11)といわれているため,術前診断が重要と考えられる.自験例ではMRCPにおいても両病変を識別することは不可能であり,術前に診断することが困難な症例であったと考えられた.
No | Author | Year | Age/sex | Location (tumor size (cm)) | T factor | N | Pathology | Recurrence | Prognosis |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Hayashi4) | 1982 | 60 F | Bm (1.5×1.4×1.2) Bm (0.5×0.4×0.5) | T1(fm) T1(fm) | N0 | pap pap | ||
2 | Shimamura5) | 2009 | 66 M | Bm (2.3×1.7×3.0) Bi (1.2×0.6) | T2(ss) T1(fm) | N0 | tub3 tub1 | liver metastasis | Dead 20 m |
3 | Our case | 64 M | Bm (2.0×1.5×1.0) Bi (1.5×1.0×0.5) | T2(ss) T2(ss) | N1 | tub2 tub3 | none | Alive 7 m |
Blank means data is not addressed
平井ら12)は膵管胆管合流異常がなくても,胆管上皮は同時性または異時性に胆道癌が発生する傾向を有していると述べている.本症例のように同時性に癌が多発するということは,残存する胆管に異時性に癌が発生する可能性が高いことが考えられる.したがって,多発癌,重複癌の症例では,特に残存組織からの異時性の発癌に注意するとともに自験例のように術前診断が困難な場合でも,重複癌,多発癌の可能性を十分に考慮したうえで術前検索を行うことが重要であると考えられた.
利益相反:なし