The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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ORIGINAL ARTICLE
Utility of HDS-R and E-PASS for Prediction of Postoperative Delirium in Elderly Patients Undergoing Gastroenterological Surgery
Koji NumataKazuhito TsuchidaTatsuya YoshidaTomohiko OsaragiKatsuya YoneyamaAkio KasaharaYuji YamamotoNorio YukawaYasushi RinoMunetaka Masuda
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2013 Volume 46 Issue 7 Pages 477-486

Details
Abstract

目的:改訂長谷川式簡易知能評価スケール(Hasegawas dementia scale. Revised;以下,HDS-Rと略記)と周術期合併症のリスク評価法であるestimation of physiologic ability and surgical stress(以下,E-PASSと略記)の術後せん妄発症予測に対する有用性について検討した.方法:術前にHDS-Rによる評価を行った65歳以上の消化器手術症例72例.術後にE-PASSの各スコアを算出し,術後せん妄の有無で2群に分けretrospectiveに比較検討.結果:術後せん妄は19.4%(14/72例)に発症.発症群では非発症群より年齢が高く,performance status(PS)2以上・American Society of Anesthesiologists(ASA)3以上が多く,小野寺らの予後栄養指数(prognostic nutritional index;PNI)・HDS-Rが低値,E-PASSの総合リスクスコアが高値であった(P<0.05).単変量解析で有意差を認めた項目で多変量解析を行った結果,HDS-Rと総合リスクスコア(comprehensive risk score;以下,CRSと略記)(Odds比0.77,30.3,P=0.0031,0.0237)が術後せん妄発症の独立したリスク因子であり,HDS-R 23点以下かつCRS 0.35以上の患者の術後せん妄発症は83.3%(10/12例)と高率であった.結語:HDS-RとE-PASSは高齢者の消化器手術後せん妄発症の予測因子として有用である.

はじめに

せん妄とは,急性の経過で発生する意識障害と見当識障害とを伴う状態であり,通常数日に渡って持続するが,症状には動揺性があるとされる1).術後せん妄は術後早期に起こり,比較的高齢者に多いとされ2),近年の高齢化社会では高齢者の手術割合も増加していることから,その発症も増加しているものと考えられる.術後せん妄の発症機序はいまだに明らかとなっていないが,認知症との関連や周術期の身体的・精神的ストレスなどさまざまな要因が関与していると考えられている3)4).術後せん妄は術後合併症の増加,機能回復の遅れ,在院期間の延長,医療者の負担増加など,術後管理の妨げになるものとして問題視されている.

目的

今回,我々は認知症の程度や患者の状態,手術ストレスが高齢者の術後せん妄発症にどのように影響するかについて,認知症のスクリーニングツールである改訂長谷川式簡易知能評価スケール(Hasegawas dementia scale. Revised;以下,HDS-Rと略記)5)と周術期の合併症のリスク評価として知られているestimation of physiologic ability and surgical stress(以下,E-PASSと略記)6)とによる評価を行い,その他の因子と合わせて術後せん妄発症との関連について検討することとした(Table 1).

Table 1  Hasegawa’s dementia scale. Revised ; HDS-R
1 How old are you? (±2 yrs) 0 1
2 Year, month, date, day? Year 0 1
 1 point each. Month 0 1
Date 0 1
Day 0 1
3 What is this place?
 Correct answer in 5 sec.; 2 points. 0 2
 Correct choice between “hospital? office?’’; 1 point. 0 1
4 Repeating 3 words. 0 1
 1 point each. (To use only one version per test.) 0 1
 Version A: “a) cherry blossom b) cat c) tram’’ 0 1
 Version B: “a) plum blossom b) dog c) car”
5 100−7=? If correct, 1 point. (93) 0 1
If not: skip to item #6.
−7 again=? If correct, 1 point. (86) 0 1
6 Repeat 6-8-2 backwards. 2-8-6 0 1
If not: skip to item#7.
Repeat 3-5-2-9 backwards. 9-2-5-3 0 1
7 Recall 3 words. For each words. a: 0 1 2
 2 points for spontaneous recall. b: 0 1 2
 1 points for correct recall after category cue. c: 0 1 2
8 Show five unrelated common object, then take them back and ask for recall. 0 1 2
 1 point each. 3 4 5
9 Name all vegetables that come to mind. 0 1 2
 No time limit. May remind once. 3 4 5
 Terminate when there is no further answer after a 10 sec, interval.
 For each vegetable name after the 5th one; 1 point.
  1.____ 2.____ 3.____ 4.____ 5.____
  6.____ 7.____ 8.____ 9.____ 10.____
Total score /30

方法

2010年10月から2011年9月までの1年間に当院にて行った全身麻酔下かつ65歳以上の高齢者の消化器手術のうち,術前に本研究に同意を得てHDS-Rによる評価を行った予定手術症例を対象とし,術後せん妄ありの群と術後せん妄なしの群とに分けてそれぞれの患者背景,周術期因子についてretrospectiveに比較検討した.除外基準としては,①6か月以内の定型抗精神病薬(major tranquilizer)の服用履歴のある患者,②重度の認知症や精神疾患のため,意思の疎通が困難と考えられる患者,③術前よりせん妄を生じている患者,とした.また,鼠径ヘルニア・腹壁ヘルニアなど腹壁を主体とする手術は含めないこととした.

術後せん妄の定義はDSM-IVに基づき,看護記録や医師記録,診察所見から術後に以下の所見を認めるものとした.①意識障害のために周囲を認識する意識清明度が低下しており,注意を集中・維持・転換する能力の低下を伴う状態,②認知能力の変化(記銘力低下,見当識障害,言語能力の障害など),あるいは知覚能力の障害が出現するが,これらが既に存在していた認知症によってはよく説明できない,③短期間(通常数時間から数日)に出現し,一日のうちで変動する7)

患者背景としては,年齢,性別,performance status(以下,PSと略記)(2以上/1以下),American Society of Anesthesiologists(以下,ASAと略記)分類(3以上/2以下),小野寺らのprognostic nutritional index(以下,PNIと略記),脳血管障害の既往の有無,HDS-Rについて検討した.E-PASSは患者の生理機能を表す術前リスクスコア(preoperative risk score;以下,PRSと略記),手術の大きさを表す手術侵襲スコア(surgical stress score;以下,SSSと略記),および両者から算出される総合リスクスコア(comprehensive risk score;以下,CRSと略記)から成り6),周術期の総合評価のためCRSについて検討した(Table 2).また,術中・術後因子として,手術難易度(Easy/ Medium以上),手術時間,出血量,輸血の有無,術後経口摂取の開始日,ドレーン抜去までの日数,術後合併症(Clavien-Dindo分類でGrade I以上)8)の有無,術後在院期間について検討した.なお,術後せん妄の発症と術後合併症との関係をみるため,術後合併症にせん妄は含まないこととした.手術難易度については消化器外科学会専門医修練カリキュラムの新手術難易度区分に基づいて3段階に分類した.なお,当院では経鼻胃管については翌日抜去を原則としているため検討項目に含めず,ドレーンの抜去日については全てのドレーンが抜去された日とした.

Table 2  Equations for E-PASS scores
1. PRS= –0.0686+0.00345X1+0.323X2+0.205X3+0.153X4+0.148X5+0.0666X6
X1, age; X2, presence (1) or absence (0) of severe heart disease; X3, presence (1) or absence (0) of severe pulmonary disease; X4, presence (1) or absence (0) of diabetes melitus; X5, performance status index (0–4) ; X6, American Society of Anesthesiologists physiological status classification (1–5).
2. SSS= –0.342+0.0139X1+0.0392X2+0.352X3
X1, blood loss/body weight (g/kg); X2, operation time (h); X3, extent of skin incision (0: minor incision for laparoscopic or thoracoscopic surgery including scope-assisted surgery; 1: laparotomy or thoracotomy alone; 2: both laparotomy and thoracotomy)
3. CRS= –0.328+0.936 (PRS)+0.976 (SSS)

当科での検討開始時点で行っていた術後せん妄対策としては以下の通りである.①術前に家族に術後せん妄についてのパンフレットを渡し,協力を依頼する.②術前に術後せん妄発症時のための身体抑制についての同意書を取得する.③術後せん妄の予防として,夜間就寝時間帯には必要に応じて眠剤を投与使用し就眠のリズムを作る.④術後は早期離床を促し,ドレーンなどの付属物については可及的速やかに抜去する.⑤術後せん妄発症時には家族や医療関係者からの刺激を与えて昼夜の区別をつけるようにし,必要に応じてハロペリドールの点滴静注などの薬物療法を加える.

統計学的有意差検定には単変量解析における名義変数の2群間の比率の比較にはFisherの正確検定を,連続変数の比較にはt検定を用い,P<0.05をもって有意差ありとした.また,単変量解析で有意差ありと判定した項目についてはロジスティック回帰による多変量解析とステップワイズ法(変数減少法)を用いて,術後せん妄に影響を及ぼす因子を抽出した.いずれもP<0.05をもって有意差ありとした.統計解析ソフトはR(version 2.13.0)を用いた.文献検索には主としてPubMedと医中誌Web(Ver.5)を用い,PubMedでは「postoperative delirium」,「elderly」をキーワードとして1950~2012年まで,医中誌では「高齢者術後せん妄」,「E-PASS」,「HDS-R」,「せん妄スクリーニング」をキーワードとして1983~2012年までについて検索を行った.なお,本研究については当院の倫理委員会の承認を受けて行った.

結果

今回の検討対象となった症例は72例.年齢平均値は75.6歳(65~92歳),男女比は46:26例.術後せん妄の発症率は19.4%(14例/72例)であった.術後せん妄は全例5日目までに生じており,せん妄の持続期間の中央値は3日間であった(1~11日間).

施行された手術の内訳についてTable 3に示す.高難易度手術(Hard)から低難易度手術(Easy)まで,また上部・下部消化管,肝胆膵と手術の種類は多岐にわたっていた.

Table 3  Details of the operations; extracted from the training curriculum for board certified surgeon in Gastroenterology
Difficulty Operation Number (laparoscopic surgery)
Hard  total gastrectomy 8
n=15  law anterior resection 2
 delirium 26.7% (4/15)  Miles’ operation 4
 distal pancreatectomy 1
Medium  distal gastrectomy 4 (1)
n=28  ileus operation (with bowel resection) 1
 delirium 25.0% (7/28)  ileocecal resection 3
 partial colectomy/sigmoidectomy 5 (1)
 right or left hemicolectomy 7 (1)
 high anterior resection 4 (2)
 choledocholithotomy 4 (1)
Easy  gastrojejunal bypass 1
n=29  partial enterectomy 1
 delirium 10.3% (3/29)  ileus operation 1
 cholecystectomy 18 (13)
 partial hepatectomy 4
 liver cyst fenestration 4

術後せん妄発症群と非発症群とに分けた単変量解析の結果についてTable 4に示す.両群の比較で年齢,PS,ASA分類,PNI,HDS-R,CRSにおいて有意差を認めた.一方で,性別,脳血管障害の既往の有無,手術難易度,手術時間,出血量,輸血の有無,食事開始時期,ドレーン抜去日,術後在院日数のいずれの項目においても有意差を認めなかった.術後せん妄発症群では有意差とはならなかったものの術後合併症の発症が多い傾向を認めた.

Table 4  Univariate analysis of periopeartive factors
Delirium P-value
Present n=14 Absent n=58
Age (year) 80.9±6.80 74.6±5.95 0.002
Sex Male 11 35 0.24
Female 3 23
PS ≦1 7 56 <0.0001
≧2 7 2
ASA ≦2 9 55 0.006
≧3 5 3
PNI 42.3±6.83 46.9±7.54 0.04
Cerebrovascular disease + 3 4 0.13
11 54
HDS-R 17.0±7.60 25.9±3.66 <0.0001
E-PASS (CRS) 0.56±0.22 0.20±0.29 <0.0001
Difficulty of operation Hard/Medium 11 32 0.14
Easy 3 26
Operation time (hr) 3.82±1.15 3.42±1.38 0.33
Blood loss (g) 319±199 397±657 0.53
Blood infusion + 3 12 1.00
11 46
Oral intake ≧3 POD 4 23 0.66
≧4 POD 10 35
Duration of drain placement (day) 5.2±1.2 7.7±12.0 0.50
Postoerative complication + 8 16 0.056
6 42
Hospital stay (day) ≧13 5 30 0.38
≧14 9 28

PS: performance status, ASA: American Society of Anesthesiologist, PNI: prognostic nutritional index, Oral intake: beginning day of oral intake, POD: post operative day

単変量解析で有意差を認めた項目について多変量解析を行ったところ,HDS-RとCRSが独立したリスク因子であった(Table 5).そこで,HDS-RとCRSについて,ROC曲線からHDS-R=23点(AUC=0.87),CRS=0.35(AUC=0.87)をカットオフ値とした(Fig. 1).この値からクロス表を用いて陽性予測値・陰性予測値・正確度について検討したところ,HDS-Rによる術後せん妄発症の陽性予測値は54.5%,陰性予測値96.0%,正確度83.3%,CRSは陽性予測値50.0%,陰性予測値95.8%,正確度80.6%であり,両者の併用では陽性予測値は83.3%,陰性予測値93.3%,正確度91.7%と陽性予測値・正確度が上昇した(Table 6a~c).さらに,対象を,i)HDS-R≧24点かつCRS<0.35,ii)HDS-R≦23点または,CRS≧0.35のいずれかを満たす,iii)HDS-R≦23点かつCRS≧0.35,の3群に分類したところ,それぞれにおける術後せん妄発症率は,i)0.0%,ii)18.2%,iii)83.3%,と有意な差を認めた(Fig. 2).

Table 5  Multivariate analysis of risk factors
Variable Odds ratio 95% CI P-value
HDS-R 0.77 0.648–0.915 0.0031
CRS 30.3 1.580–582.0 0.0237

CI: confidence interval

Fig. 1 

ROC curves for cut-off value for HDS-R and CRS associated with postoperative delirium. AUC: area under the curve

Table 6  The relationship between HDS-R score or CRS and the incidence of postoperative delirium
Delirium (+) Delirium (–)
a) HDS-R≦23 12 10
HDS-R≧24  2 48
b) CRS≧0.35 12 12
CRS<0.35  2 46
c) HDS-R≦23 and CRS≧0.35 10  2
HDS-R≧24 or CRS<0.35  4 56

a) HDS-R: positive predictive value=54.5%, negative predictive value=96.0%, accuracy=83.3%. b) CRS: positive predictive value=50.0%, negative predictive value=95.8%, accuracy=80.6%. c) Both: positive predictive value=83.3%, negative predictive value=93.3%, accuracy=91.7%.

Fig. 2 

Risk stratification by HDS-R and CRS.

考察

術後せん妄は広く知られた術後合併症である.その発症率は0%~73.5%までと報告によりさまざまである9).心血管外科領域や股関節手術で特に多いとされるが,腹部手術では10~20%台の発症率といった報告が一般的である10)11)

現在の我が国では高齢化が進み,年々高齢者の割合が高くなってきている.2010年には65歳以上の人口割合が23.0%を超えており12),約4人に1人は高齢者という状況である.そのため,手術患者に占める高齢者の割合も必然的に増加していると考えられる.術後せん妄は高齢者に多いとされており,今後術後せん妄がさらに増加することは容易に予想され,術後せん妄についての研究の重要性はさらに高くなると考えられる.

せん妄は通常単一の要因で起こるものではなく,多くの要因が関与するとされている13).要因として挙げられているものは報告によりさまざまであるが,①患者自身の状態に関わるもの,②周囲の環境や介入によるもの,の二つに大きく分類することができる.手術患者については,①としては術前の患者背景(術前因子)が,②としては周術期に患者へかかるストレス(手術因子)が,それぞれこの二つに当てはまると考えられる.今回用いたE-PASSは年齢・PS・ASA・併存疾患の有無といった項目からなるPRSと,手術時間・出血量と体重の比・皮膚切開の大きさといったSSS,さらにそれらを統合したCRSという三つの項目から成り,術前因子と手術因子とをバランス良く合わせ持つ評価法であるため,術後せん妄の予測に有用であると考えた.実際,E-PASSの有用性を示唆する報告もみられている14)

また,せん妄の症状は認知症の周辺症状に似ており,術前の認知症の有無は術後せん妄の危険因子として重要であるという報告も多い4)8)15)~17).認知機能のスクリーニングツールとしてはHDS-RやThe Mini Mental State Examination(MMSE)18)などがあるが,いずれもスクリーニングツールとして感度・特異度とも80~90%で有意な差はないとされている19).HDS-Rを術後せん妄予測のスクリーニングとして用いた報告が散見され,その有用性が示唆されている20)21)ことから,E-PASSには含まれない認知機能評価法として本邦で広く用いられているHDS-Rを併せて用いることとした.

その他,消化器外科手術術後せん妄発症の危険因子として睡眠薬・向精神病薬の常用16)21),周術期の輸血22)23),栄養状態不良23)などが報告されている.当院では常勤の精神科医師がおらず,精神疾患の患者が比較的少ないと考えたため,睡眠薬・向精神病薬の常用の有無については検討項目に含めなかった.

今回の検討では多変量解析の結果でHDS-RとE-PASSのCRSとが独立した危険因子であり,術後せん妄予測因子として有用であることが示唆された.HDS-Rについてはオッズ比0.77であり,CRSはオッズ比30.3であった.つまりHDS-Rが1低くなると術後せん妄発症のリスクがおよそ1.3倍高くなり,CRSが0.1上昇すると発症リスクがおよそ3.03倍上昇するということがいえる.

また,対象の層別化のためにHDS-RとCRSのカットオフ値をROC曲線により求め術後せん妄に対する予測力を検討すると,HDS-R・CRSとも陽性予測値は50%程度と十分なものではなかったが,陰性予測値は95~96%,正確度80%と比較的良好な結果が得られた.さらに,HDS-R低値(HDS-R≦23点)とCRS高値(CRS>0.35)の両リスク因子の保有個数で3群に層別化した結果では,i)のリスク因子なし(=低リスク)群では術後せん妄発症率は0.0%であったが,iii)の両リスク因子を有する(=高リスク)群では83.3%と大きな差を認めた.この結果からは両リスクを有する高リスク群では術後せん妄の発症率が高いと考えられ,転倒やルート・ドレーン自己抜去などの事故発生や他の患者とのトラブルなどの弊害を防ぐため,身体抑制,個室入室による家族付き添い,可及的早期退院を目指すなどといった積極的な管理を行うことも考慮すべきと考えられる.

HDS-Rは簡便な九つの質問で完了するものであり,E-PASSの各スコアも特別な機材を必要とせず,簡単な問診と麻酔記録のみから算出可能である.また,両者とも点数化できることにより客観的な評価ができる.以上の点から,汎用性が高いリスク評価方法であると考えられる.両者の違いとしてはHDS-Rは術前に評価するため,手術因子とは全く独立して決定されるが,CRSについては術前因子のPRSと手術因子のSSSとを総合したスコアであるため,術後に評価を行うものであり,手術内容により変化するものだということである.

実際にHDS-RとE-PASSを使用するのであれば,まず術前にHDS-Rで評価し,HDS-Rが低値の場合は術後せん妄のリスクが高いと考える.ここでさらにCRSも高値となれば術後せん妄のリスクは非常に高いと考えられるが,逆にCRSを低下させることができれば術後せん妄発症のリスクを低下させることにつながる可能性がある.CRSの低下にはPRSまたはSSSの低下が必要であり,PRSは手術とは独立した項目により術前に決定されるが,SSSについては出血量と体重の比や手術時間,手術創の長さ(小切開や腹腔鏡手術/通常の開腹手術/開胸+開腹手術の3段階に分類)から決定されるため,術者や術式の検討や術中出血量の軽減を図ることにより低下させることができる.例えば熟練医を術者とすることにより出血量の減少や手術時間の短縮を図ることや可及的に腹腔鏡下手術を選択することなどが挙げられる.以上より,結果としてSSSさらにはCRSが低下すれば,術後せん妄発症のリスクが低下する可能性が示唆される.

今回の検討では,術後せん妄の有無について主に看護記録や医師記録の記載を用いているが,主観的な判断となりやすく,やや正確性に乏しい可能性がある.この点を考慮すると,今後の検討には客観的な判断材料としてdelirium screening tool(DST)24)やdelirium rating scale(DRS)25)といった診断ツールを使用することでより正確な評価が可能であるものと考えられた.また,今回は周術期にせん妄への予防法として前記の通り患者にせん妄についての術前オリエンテーションを行ったり,睡眠リズムを整えたり,ドレーンなどの付属物の早期抜去を行うといったことで予防を行っていた26)27)が,これらがどの程度効果があったのかを判断することは難しく,介入の有無によりランダム化した検討を行うべきであると考えられた.さらに,今回の検討では症例数は72例と限られたものであり,また各種消化器外科手術を含んでいることから,今後はより多くの対象でのprospectiveな検討を行い,今回の結果についてvalidationを行っていく必要があると考えられた.

今回の検討から,「HDS-R低値」と「E-PASSのCRS高値」は術後せん妄発症におけるリスク因子であり,特に両者が当てはまる症例では術後せん妄発症のリスクが高いことが示唆された.周術期において術後せん妄の発症をある程度予測することができれば,せん妄発症に対する早期発見・早期対策を行うことが可能と考えられ,本報告のようにHDS-RとE-PASSとによる予測を行う方法が有用であると考えられる.

利益相反:なし

文献
 

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