2013 Volume 46 Issue 8 Pages 611-617
症例は62歳の男性で,イレウスを発症し当院受診した.CTで直腸腫瘤による閉塞性イレウス,直腸膀胱瘻を疑い緊急手術(確定診断が付かず人工肛門造設術のみ)を施行した.術後各種検査を施行し直腸憩室炎による直腸狭窄,直腸膀胱瘻と診断し慎重に経過観察(抗菌薬,消炎鎮痛薬内服)を行った.経過観察中直腸膀胱瘻の軽快を認め,初回手術5か月後に根治術を施行した.直腸と膀胱の癒着は予想より軽度であり,直腸膀胱瘻の残存も認めず,狭窄部に対する直腸部分切除術のみという縮小手術にとどめることができた.病理組織学的診断は直腸憩室炎による直腸膀胱瘻であった.直腸憩室炎による直腸膀胱瘻は非常にまれな疾患であるが,良性疾患であるため可及的に手術侵襲を抑えることが重要となる.直腸膀胱瘻の原因が憩室炎である場合は一時的人工肛門を造設し病変部の安静を保ち,保存的加療を行うことにより二期的手術時の侵襲を軽減できる可能性が示唆された.
直腸憩室炎による直腸膀胱瘻はこれまで本邦で2例,海外で3例1)~3)しか報告されていないまれな疾患である.今回,本邦3例目を経験し,適切な診断のもと,病変主座に対して経過観察および二期的手術を行うことによって手術侵襲を最小限に抑えることができたので若干の文献的考察を加えて報告する.
症例:62歳,男性
主訴:腹部痛・腹部膨満感
現病歴:2011年1月頃より左側腹部の疼痛を感じるようになったが放置していた.4月になり,上記主訴を自覚した.軽快しないため近医受診,イレウスの診断で当院紹介受診した.
来院時現症:身長172 cm,体重52 kg,血圧197/125 mmHg,脈拍92 bpm,体温36.9°C.腹部は著明に膨隆し,右下腹部に腫瘤を触知した.腸蠕動音は亢進していた.明らかな腹膜刺激症状は認められなかった.直腸診にて肛門縁から約7 cmのところに急な内腔の狭小化を認めた.粘膜は平滑であり,明らかな腫瘤は触知しなかった.
入院時血液検査所見:CRP:0.25(mg/dl),WBC:7,600(10E6/L)と軽度炎症所見が認められた.CK,LDHなどの逸脱酵素の上昇は認められなかった.腫瘍マーカーはCEA:2.3 ng/ml,CA19-9:59.9 U/mlとCA19-9のみ軽度上昇を認めた.
腹部単純X線検査所見:右下腹部を中心に,腸管ガス像およびニボー像が認められた.
腹部造影CT所見1:S状結腸から上部直腸(rectum above the peritoneal reflection;以下,Raと略記)にかけて約14 cmにわたる,腸管周囲に炎症・浮腫像を認める腫瘤性病変,および多発する憩室が認められた(Fig. 1A).また,同部位より口側の著明に拡張した大腸像が認められた.膀胱内に気泡が認められ,Ra(精囊の頭側約2 cmの部位)と膀胱に瘻孔形成を思わせる像も認められた(Fig. 1B).S状結腸から直腸間膜根部に液体貯溜が認められた(Fig. 1C).
A: Abdominal CT scan shows the sigmoid colon, a rectal diverticulum (red arrow), and a long wall segment showing thickening (length, 14 cm; red arrowheads). B: CT scan shows thickening of the urinary bladder wall (white arrow), air in the bladder (red arrow), and a rectovesical fistula (white arrowhead). C: CT scan shows fluid collection at the root of the sigmoid mesentery (white arrow).
下部消化管内視鏡検査所見1:腫瘤部の狭窄・屈曲が高度であり内視鏡の通過は困難なため,内部を観察することは不可能であった.
術前診断:直腸腫瘤による閉塞性イレウスと診断した.また,直腸腫瘍の膀胱浸潤による直腸膀胱瘻も疑われた.腹膜刺激症状は認められなかったが,保存的加療は困難と判断し同日緊急手術を施行した.
手術所見,術後経過1:腹腔内には血性腹水が認められたが明らかな便臭は認められなかった.腹水細胞診は陰性であった.著明に拡張した上行結腸が認められ,漿膜に一部裂傷を来していた.Ra~S状結腸にかけて腫瘤性病変を触知し,同部位に巻き込まれるように回腸と虫垂の癒着が認められた.直腸癌による閉塞性イレウスが疑われたが病理組織学的診断を確定させた後,根治術を二期的に施行することとした.癒着を剥離後,S状結腸に双孔式人工肛門を造設し手術を終了した.
術後,診断を確定させるために各種検査を施行した.
MRI所見:Ra前左側壁から腹腔内そして膀胱内に続く瘻孔が認められた(Fig. 2).
MRI shows a rectovesical fistula (white arrow) from the left side of the rectum to the bladder.
膀胱鏡検査所見1:膀胱原発悪性腫瘍の直腸浸潤も考慮し膀胱鏡検査を施行した.膀胱後壁に乳頭状病変が認められた.洗浄細胞診では悪性腫瘍は認められなかった.後壁に瘻孔と思われる陥凹が認められた.
下部消化管内視鏡検査所見2:人工肛門部より下部消化管内視鏡検査を再度施行した.狭窄部内を観察することが可能であった.軽度粘膜肥厚および多数の憩室を認めるのみで,肉眼上・病理組織学的検査上悪性腫瘍を疑わせる腫瘤性病変は認められなかった.明らかな瘻孔の存在は確認できなかった.
上部消化管内視鏡検査所見:上部消化管腫瘍は認められなかった.
注腸透視所見1:Raの前壁より膀胱内に造影剤の流出を認め,瘻孔形成が認められた(Fig. 3a).
a: Gastrografin enema shows the sigmoid colon and rectum, with a stenotic area approximately 14 cm in length (arrowheads). Gastrografin had leaked into the bladder from the rectum (arrow). b: Gastrografin enema performed 4 months after the first operation shows a small rectovesical fistula (arrow) and a stenotic area (length, approximately 12 cm; arrowhead) in the sigmoid colon.
FDG-PET所見:腸管外原発の悪性腫瘍の存在や,腹膜播種などの可能性を否定するため施行した.瘻孔部に膀胱から連続したFDGの集積(SUVmax 5.1)を認めたが,その他胃,前立腺,遊離腹腔内などには明らかな集積は認められなかった.
以上の検査より,悪性病変は認められず,直腸憩室炎による直腸狭窄,直腸膀胱瘻と考えられた.よって炎症,癒着が軽減した後に根治術を行う方針として保存的に経過観察を行った.経過観察中憩室炎,直腸膀胱瘻による膀胱炎と考えられる炎症所見の上昇を認めたため抗生剤(levofloxacin hydrate 500 mg/day)およびNSAIDs(meloxicam 10 mg/day)投与し軽快を得た.また,明らかな気尿は消失し直腸膀胱瘻は軽快したと考えられた.術後5か月が経過したところで各種検査を再度施行した.
膀胱鏡検査所見2:前回認められた膀胱壁の浮腫はほぼ消失し,膀胱後壁頂部よりに瘻孔と考えられる陥凹が頭尾側に並んで2か所認められた
注腸透視所見2:Raより膀胱への造影剤漏出は少量であり極僅かな直腸膀胱瘻の残存が認められた(Fig. 3b).
腹部造影MRI所見:Raに瘻孔と考えられる膀胱との癒着を認めるが,明らかな内腔の連続性は認められなかった.直腸左側後壁よりにhigh intensity areを認め憩室および液体貯溜が疑われた.膀胱後壁の壁肥厚は軽快が認められた.
腹部造影CT所見2:直腸Raと膀胱の癒着を認めたが,5か月前に比べて限局化しており明らかな瘻孔形成は認められなかった.
以上より,直腸膀胱瘻および直腸狭窄に対する根治術を初回手術5か月後に施行した.
手術所見,術後経過:前回手術の癒着を剥離すると,S状結腸~直腸にかけて腫瘤を触知した.憩室部・狭窄部のみを切除することとし,口側切離ラインは人工肛門口側,肛門側切離ラインは直腸膀胱瘻下端とした.S状結腸の授動においては,良性疾患であることを考慮し上直腸動脈(superior rectal artery;以下,SRAと略記)背側に接して剥離を行うことによって確実な神経温存を行った.直腸と膀胱の間には中等度の癒着を認め剥離を行った.最終的に残った強固な癒着部位が瘻孔であると考え,背側にネラトンを通し剥離ラインを明らかにした後,鋭的に癒着を切離し膀胱と直腸を分離した.膀胱内にインジコカルミンにて染色した生食300 mlを注入しleak testを施行したが明らかな漏出は認められず,瘻孔は自然閉鎖したものと考えられた.念のため瘻孔であったと考えられる部位に漿膜筋層縫合を施行し補強を行った.瘻孔は腹膜翻転部の口側に位置しており,Raと考えられた.瘻孔肛門側直腸に狭窄がないことを確認し,瘻孔直下にて直腸を切離した.S状結腸と直腸をcircular staplerにて端端吻合を施行し手術を終了した.
術後創感染症を認め入院期間が延長したが,その他経過良好で術後7日目に膀胱カテーテル抜去,術後18日目に退院となった.
切除標本所見:切除した直腸の長さは24 cmであった.狭窄は長軸方向に7 cmの長さにわたり,膀胱との剥離部の漿膜面に厚い瘢痕組織を伴っていた.同部位の直腸内腔には二つの陥凹を認めた(Fig. 4a).陥凹にゾンデを挿入するも対側に貫通せず,膀胱剥離部とも一致することより同部位が自然閉鎖した瘻孔であると考えられた.割面では瘻孔と診断した管腔内には粘膜を認めるが全層性ではなく所見に矛盾しないと考えられた(Fig. 4b).病理組織学的には,瘻孔と診断した部位は先端が直腸漿膜下層まで到達しており,周囲に毛細血管の増生や出血,線維化を伴う大腸粘膜上皮が認められた(Fig. 4c).同所見は漿膜下層まで達する陳旧性の憩室炎であり,全層性に達していないため明らかな瘻孔との断定は困難であった.しかしながら,経過観察中に閉塞した瘻孔としても矛盾しないと考えられ,総合的に憩室炎による直腸膀胱瘻と診断した.
a, b: Macroscopic findings of the resected specimen. In the thickening wall, there are two fistulas which are not fully penetrating the wall. c: Histological findings (×10 H&E). At the bottom of the fistula, the fistula is closed and there are colon mucosa accompanied with many capillaries and bleeding, fibrosis.
直腸膀胱瘻は比較的まれな疾患4)である.原因は,直腸癌5),前立腺癌6),クローン病7),サイトメガロウイルス腸炎8),虫垂癌9),家族性大腸ポリポーシス10),神経因性膀胱11),陰茎癌腹膜転移12),異物13),尿路感染14),直腸憩室炎1)~3),前立腺炎15)など多岐にわたる報告がある.中でも,本症例のような直腸憩室炎が原因であるものは非常にまれである.1983年~2012年9月までの期間にて医中誌webで検索(検索用語「直腸膀胱瘻/直腸憩室炎」)したところ本邦では2例1)2)報告されているのみであった.また,1950年~2012年9月までの期間にてPubMedでも検索(検索用語「rectovesical fistula/ rectal diverticulitis」)したところ,3例3)報告されているのみであった.したがって,直腸膀胱瘻の鑑別診断としてあらかじめ憩室炎を念頭におかないと診断にたどり着くことは難しいと考える.
また,直腸憩室炎は良性疾患であるため,悪性疾患である直腸癌との鑑別が重要となる.診断方法としては,病変部の病理組織学的検査がゴールドスタンダードであるが,本症例のように病変部の狭窄・屈曲が強く施行することが困難な場合が多い.その場合術前の画像診断が重要となるが,そのポイントとしてChintapalliら16)の報告が有用である.同氏らはCTにて憩室炎を疑う所見として,10 cm以上にわたる病変,腸間膜根部の液体貯溜,腸管外液体・空気貯留,腸管周囲の炎症・浮腫の存在を挙げている.また,直腸癌を疑う所見としては,5 cm以内にわたる病変,腸管周囲リンパ節の腫脹,急な内腔狭小化,腸管内に突出する病変の存在を挙げている.本症例では,14 cmにわたる病変,腸管周囲の炎症性浮腫,腸間膜根部の液体貯溜を認め憩室炎の所見に矛盾しなかった.
大腸膀胱瘻の治療としては,保存的に軽快したという報告は少なく17)18),外科治療が必要となることが多い.しかしながら,良性疾患であるため侵襲は最小限に抑えることが重要である.術式としてはこれまでの結腸膀胱瘻の報告をみると低位前方切除および膀胱部分切除12)13),Hartman手術19),Miles手術20)さらには骨盤内臓全摘術21)などが選択されている.また,比較的発症早期に根治術が施行されており,本症例のように病変主座に対して経過観察を行った報告は見当たらない.本症例では一時的人工肛門造設術を行うことにより大腸イレウスの改善および直腸膀胱瘻部の安静化を図るとともに,精査にて直腸癌との鑑別診断を行った上で慎重な経過観察を行った.その結果,炎症を沈静化・癒着を軽減させた後に二期的な根治術を行うことができた.手術の際は,直腸と膀胱の癒着剥離は容易で,良性疾患と診断しており切除時に周囲マージンを確保する必要はないため手術侵襲を最小限に抑えることができた.
利益相反:なし