The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
Intraductal Papillary Neoplasm of the Bile Duct Showing High Serum Sialyl LewisX Level
Michinobu UmakoshiMasaya SatakeYoshio KobayashiYoshiaki ShindoYuri SaitouYuichi Tanaka
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2014 Volume 47 Issue 11 Pages 690-696

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Abstract

症例は62歳の女性で,胸部X線写真で左上肺野に異常陰影が指摘された.Sialyl LewisX(以下,SLXと略記)が150 U/mlと高値であり,肺癌が疑われ気管支鏡下生検で中~高分化腺癌が診断された.また,腹部CTでは肝外側区域に約7 cm大の壁在結節を伴う囊胞性病変を認めた.肺癌の治療を先行し左上葉切除術が施行された.根治切除できたが,術後,SLXが2,000 U/ml以上と急上昇した.PET-CTを施行したが異常集積を認めなかった.肝囊胞性病変に対して囊胞性肝腫瘍を疑い,肺切除術の3か月後に肝外側区域切除術を施行した.摘出した標本は一部に結節を伴う多房性囊胞性病変であり,囊胞液は粘液性であった.囊胞液中のSLXは2,000 U/ml以上と高値であった.病理組織学的検査で胆管内乳頭状腫瘍の診断を得た.術後約1か月後にSLXは40 U/mlと低下を認めた.SLXが高値を示した胆管内乳頭状腫瘍の1例を報告す‍る.

はじめに

胆管内乳頭状腫瘍(intraductal papillary neoplasm of the bile duct;以下,IPNBと略記)は膵臓の膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm;以下,IPMNと略記)のカウンターパートとしてWHO分類で新たに提唱された疾患である1).この疾患はIPMNと同様にmalignant potentialがあり外科的切除が必要と考えられているが,術前に病理組織学的検査を行うのは難しく,確定診断をつけるのは難しい.診断は腹部CTや腹部超音波検査において特徴的な画像所見を認めれば比較的容易だが,特徴的な所見を認めない症例では困難である.血中腫瘍マーカーに関しては一部の症例にCEA,CA19-9の上昇を認めることが報告されているのみで,特異的なマーカーは報告されていない.今回,我々はsialyl LewisX(以下,SLXと略記)が高値を示したIPNBの1例を経験したのでここに報告する.

症例

症例:62歳,女性

主訴:特記なし.

家族歴:特記すべきことなし.

既往歴:約20年前より慢性関節リウマチにて当院通院中.

現病歴:慢性関節リウマチにて当院内科通院中,定期検査の胸部X線写真で左上肺野に異常陰影が指摘された.SLXが150 U/mlと高値であり,原発性肺癌が疑われた.気管支鏡検査および生検で中~高分化腺癌と診断された.また,腹部CTでは肝外側区域に約7 cm大の多房性囊胞性病変を認め,壁の一部に壁在結節を伴い腫瘍性病変が疑われた.肺癌の治療を先行する方針とし,左上葉切除術を施行した.術後経過は良好で第7病日に退院となった.病理組織学的検査はpapillary adenocarcinomaで,リンパ節転移を認めなかった.退院後,経過観察していたところ,SLXが2,000 U/ml以上と急上昇した.肺癌の再発,他病変を疑いFDG-PETを施行したが,FDGの異常集積は認めなかった.肝の多房性囊胞性病変がSLX高値の原因として考えられ,壁在結節を伴うことから囊胞性肝腫瘍が疑われた.肺切除術の約3か月後に手術目的で再入院となった.

入院時現症:身長155 cm,体重53 kg,腹部は平坦で軟,術創はなかった.

入院時血液生化学検査所見:Hb 10.2/dlと軽度の貧血を認めたが,その他異常はなかった.腫瘍マーカーはSLX 2,000 U/ml以上と異常高値を示した.その他の腫瘍マーカーはCEA 1.2 ng/ml,CA19-9 11.6 U/ml,AFP 4.0 ng/ml,PIVKA-II 14 AU/mlと正常範囲内であった.

腹部超音波検査所見:肝外側区域に多房性の囊胞性病変を認め,内部に乳頭状の結節を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 

Ultrasonographic examination revealed multiple cystic lesions inside the lateral segment lesion of the liver, which had contained papillary nodules.

腹部造影CT所見:肝左葉外側区の囊胞性病変を認め,一部に小さな壁在結節を伴っていた(Fig. 2).

Fig. 2 

Abdominal CT showed cystic lesions with small nodules inside the lateral segment lesion of the liver (arrowheads).

腹部MRCP所見:肝左葉外側区に全体として約7 cm大の多房性の囊胞性病変を認めた(Fig. 3a).

Fig. 3 

a: MRI showed a cystic lesion 7 cm in diameter inside the lateral segment lesion of the liver. b: PET showed no sign of accumulation of FDG suggestive of malignancy.

PET-CT所見:FDGの異常集積は認めなかった(Fig. 3b).

以上より,肝癌取扱い規約第5版補版における胆管囊胞腺癌,もしくはWHO新分類におけるIPNBや,胆管粘液囊胞性腫瘍(biliary mucinous cystic neoplasm;以下,肝MCNと略記)を疑い外科的切除の方針とし,肝外側区域切除術を施行した.

手術所見:腹腔内には癒着,腹水などを認めなかった.肝外側区域に囊胞性病変を認め,術中エコーにて観察すると,多房性で一部内部が乳頭状に増殖する囊胞性病変を認めた.腫瘍は門脈臍部に接していたが,内側区域には及んでいなかった.18G針で囊胞を穿刺したところ透明な粘液を採取することができ,細胞診とSLXの測定を行った.細胞診の結果はclass IIであった.肝下面で門脈臍部を露出し,外側区域に向かう門脈枝および左肝動脈枝を結紮切離した.術中エコーで腫瘍と左肝静脈の位置関係を確認し,左肝静脈と腫瘍を切離側によけながら肝臓の切離を行った.肝臓を切離しながらB2,B3の胆管を同定し,それぞれ根部で刺入結紮を加え切離した.左肝静脈起始部まで肝臓を切離した後に左肝静脈を切離し,肝外側区域切除術を行った.術中に採取した囊胞液中のSLXは2,000 U/ml以上と高値であった.

病理組織学的検査所見:肝外側区域に多房性の囊胞性病変を認め,内部に透明な粘液と乳頭状増殖した腫瘍を認めた(Fig. 4a, b).囊胞の大部分は粘液産生を有する非浸潤性の腺癌で裏打ちされていたが,一部に腫瘍の浸潤性増殖が認められた.また,卵巣様間質は認められなかった.以上より,WHO分類における浸潤癌を伴うIPNBと診断された(Fig. 5a, b).また,免疫染色検査を行ったところSLXで陽性であった(Fig. 5c).

Fig. 4 

a: The resected specimen showed multiple cystic lesions and clear mucinous material inside the cysts. b: The cut surface of the resected specimen showed tumors with papillary growth.

Fig. 5 

a: Most of the cysts were lined with adenocarcinoma with mucinous production. Ovarian like stroma was not observed. b: The tumor partly invaded the cystic wall (arrowheads). c: Immunohistochemically, the tumor cells were positive for SLX.

術後経過:術後第2病日に経口摂取を開始した.術後経過良好にて第16病日に軽快退院した.術後約1か月のSLXは40 U/mlと低下を認め,術後半年経過したSLXは35 U/mlと正常値となった.術後約1年経過した現在もSLXの上昇,再発を認めず,外来通院中である.

考察

従来,胆管囊胞腺腫・腺癌は肝癌取扱い規約第5版補版において,乳頭状増生を示す粘液産生性上皮で覆われた囊胞状の腫瘍と定義されてきた.しかし,近年,粘液産生性胆管腫瘍と胆管囊胞腺腫・腺癌において,前者は膵臓におけるIPMNのカウンターパートとして提唱されているIPNBに相当し,後者のうち卵巣様間質を伴う胆管囊胞腺癌は,病理組織学的類似性から膵粘液性囊胞腫瘍(mucinous cystic neoplasm;以下,MCNと略記)に相当するとの考え方が活発化してきていた.その流れを受け2010年に刊行されたWHO Classification of Tumours of the Digestive Systemではcystadenocarcinomaの名称はなくなり,新たに肝MCNとIPNBが加わった1).肝MCNが胆管と交通のない,粘液産生性上皮より構成される囊胞性腫瘍と定義されることに対し,IPNBは粘液産生の多寡によらず胆管内腔に乳頭状増殖を示す胆管上皮性腫瘍と定義され,従来の胆管乳頭腫,胆管内発育型肝内胆管癌,乳頭型胆管癌,粘液産生胆管腫瘍,胆管囊胞腺腫の一部が包括された概念となっている.したがって,IPNBの画像所見も,び慢性胆管拡張を認めるもの,囊胞状腫瘤として認めるもの,胆管拡張は認めないが胆管内腔に腫瘤を認めるものとさまざまである2).そのなかでも囊胞型のIPNBは肝MCNと画像所見および病理組織学的検査所見において酷似しているが,膵MCNのカウンターパートとされる肝MCNには病理組織学的に卵巣様間質を認め,卵巣様間質の有無が両者の診断を分けるとされる1).従来の胆管囊胞腺腫・腺癌は,WHOの新分類におけるIPNBと肝MCNが混在していた疾患と考えられるが,本症例では卵巣様間質を認めず,WHOの新分類におけるIPNBと診断した.

肝MCNは卵巣様間質が存在することからその発生に原子卵巣原基の散布もしくは遺残が推測され,ほとんどの症例が中年の女性と報告されている3).一方,IPNBは平均年齢が65歳,男女比は16:11と報告されており,IPMNと同様に多段階発癌経路が示唆され,胆道系の前癌病変と考えられている4).こうした疫学的な特徴はあるものの,両者ともに臨床症状は上腹部不快感,腹部腫瘤触知など非特異的なものが多い.IPNB,肝MCNを含めた肝囊胞性腫瘍は腹部CTや,腹部超音波検査で多房性の囊胞内に乳頭状増生を示す腫瘍を認めれば臨床診断につながるが,単房性であったり,囊胞内乳頭状隆起を認めない症例もあり5)~7),この場合は単純性肝囊胞との鑑別が困難である.腫瘍マーカーに関しても,IPNBおよび肝MCNの一部の症例にCEA,CA19-9の上昇を認めることが知られているが6)~9),SLXに関しての知見は明らかでない.

SLXは癌細胞によって合成される糖鎖を特異的な単クローン抗体を用いて検出する腫瘍マーカー検査である.一般に偽陽性が少なく癌特異性の高い抗原とされており,主に肺癌,卵巣癌の腫瘍マーカーとして臨床応用されている10).SLXの基幹構造である2型糖鎖は広く諸臓器の上皮細胞,腺細胞に発現しており,胆道系癌においても36%で陽性となると報告されている11)12).しかし,消化器系癌では1型糖鎖を基幹としたCA19-9のほうが高頻度に検出されるため,消化器系癌の診療においてSLXが測定されることは少ない.胆管囊胞腺癌においては,CEA,CA19-9の上昇を認めた症例,さらには囊胞内容液のCEA,CA19-9を測定し高値を認めた報告例は散見されるが8)9),1983年~2013年の医中誌で「胆管囊胞腺癌」で検索し,73例の報告例のうち,腫瘍マーカーとしてSLXの値に言及した胆管囊胞腺癌の報告例はなかった.IPNBおよび肝MCNのそれぞれに関しては,WHOの新分類からまだ日が浅く,症例の十分な蓄積はなされていない.

本症例では肝切除前のSLXが異常高値を示しており,術後速やかに正常化した.また,囊胞内容液のSLXは2,000 U/ml以上と異常高値を示していたこと,免疫染色検査でSLX陽性であったことから,腫瘍がSLXを合成していたと考えられる.SLXはIPNBにおいて腫瘍マーカーとして有用である可能性が考えられたが,IPNB自体がまれな疾患であること,新しい疾患概念であることからさらなる症例の蓄積が望まれる.

利益相反:なし

文献
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