The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
Refeeding Syndrome is a Rare Sequela after Surgery for Rectal Cancer
Shinichiro NakadaMotoaki YokoyamaAkihiko TonouchiTakashi ShidaJunichi NakamuraMasaru MiyazakiHiroyuki Yoshidome
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2014 Volume 47 Issue 12 Pages 832-838

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Abstract

症例は79歳の女性で,健診にて便潜血陽性を指摘され精査を施行し,直腸癌の診断にて当科受診した.2013年9月腹腔鏡補助下腹会陰式直腸切断術を施行した.術後第1病日より意識レベルの低下と低カリウム血症を認め,追加検査を施行し,リン・マグネシウムの低値を認め,臨床症状とあわせてrefeeding syndrome(以下,RFSと略記)を来したと考えられた.リン,マグネシウムを補充した後に全身状態の改善が見られた.RFSは一般的に飢餓状態への栄養投与により電解質,水分の不均等な状態となり意識障害,呼吸障害などが出現する病態であるが,近年では高齢者,癌患者におけるRFSも報告されている.RFSは多臓器障害へと進展することがあり,高齢者に対する悪性腫瘍手術が増加している近年では,本疾患も念頭に入れ術後管理を行うことが必要であると考えた.

はじめに

Refeeding syndrome(以下,RFSと略記)は飢餓状態への栄養投与により電解質や水分の不均等な状態となり意識障害や呼吸障害などが出現する病態である1)2).術後に見られるのはまれであるが,今回直腸癌術後に意識障害,低カリウム血症を認め,臨床症状ならびに追加血液検査よりリン・マグネシウムの低下を認めたことからRFSと診断し,治療しえた1例を経験したので文献的考察を含めて報告する.

症例

患者:79歳,女性

主訴:特になし.

既往歴:高血圧,虫垂炎(30歳,手術).

現病歴:2013年7月健診にて便潜血陽性を指摘され,精査を施行し,直腸癌の診断となり手術目的に当科へ紹介となった.術前数か月の1 kg以上の体重減少は認めていない.

生活歴:飲酒,喫煙歴なし.食生活に偏りなし.

身体所見:155 cm,53 kg.BMI: 22 kg/m2

血液生化学検査所見:貧血なし.血清ナトリウムが133 mEq/lと軽度低下を認めたが,その他電解質に異常を認めなかった.腫瘍マーカーの上昇を認めなかった(Table 1).

Table 1  Preoperative blood chemistry data
WBC 8,640​ 103/μl T-Bil 0.7​ mg/dl
RBC 470​ 105/μl AST 27​ IU/l
Hb 13.6​ g/dl ALT 17​ IU/l
PLT 34.1​ 105/μl ALP 319​ IU/l
TP 8.1​ g/dl
pH 7.438 ALB 4.2​ g/dl
PO2 63.1 Ch-E 276​ IU/l
PCO2 36.2 Na 133​ mEq/l
BE 0.1 K 3.8​ mEq/l
HCO3 23.9 Cl 96​ mEq/l
Ca 9.9​ mg/dl
CEA 3.1​ ng/ml P 3.6​ mg/dl
CA19-9 33​ U/ml LDH 283​ IU/l
CK 196​ IU/l
CRP 1.3​ g/dl

下部消化管内視鏡検査所見:下部直腸から肛門管にかけて約20 mm大の2型病変を認めた(Fig. 1a).

Fig. 1 

(a) The endoscopic findings shows type 2 tumor of the rectum. (b) The barium enema shows a tumor at the rectum (Rb-P) indicated by the black arrow.

下部消化管造影検査所見:下部直腸から肛門管にかけて25 mm大の弧状変形を伴う病変を認めた(Fig. 1b).

以上より,下部直腸癌(以下,Rb-Pと略記)の診断で,2013年9月に手術を施行した.

手術所見:腹腔鏡補助下腹会陰式直腸切断術を施行した.手術時間は5時間35分,出血量は35 gであった.

切除標本肉眼所見:Rb-Pに26×24 mm大,1/3周性の2型腫瘍を認めた(Fig. 2a).

Fig. 2 

(a) Macroscopic specimen shows the type 2 tumor (26×24 mm) in the rectum indicated by the arrow. (b) Histological findings of the tumor reveals moderately differentiated adenocarcinoma (H.E. staining ×400).

病理組織学的検査所見:Adenocarcinoma,tub2,T3,int,INFb,ly0,v3,PM0,DM0,RM0,N0,H0,P0,M0,stage II(大腸癌取扱い規約8版に基づく)(Fig. 2b).

術後経過:術後全身状態は安定しており翌日より離床を開始したが,activities of daily living(以下,ADLと略記)の低下を認め,意識レベルとしてはGlasgow coma scare(以下,GCSと略記):E2V4M6であった.また,血液検査にて血清ナトリウム126 mEq/l,カリウム3.2 mEq/lと低下を認め,輸液内容をナトリウム165 mEq,カリウム24 mEq,1日輸液量2,000 mlとし電解質の補正を試みた.糖質の投与量は93 g/日であった.術後2日目より飲水,3日目より流動食を開始したが,意識レベルに変わりはなかった.術後4日目の血液検査にてナトリウム117 mEq/l,カリウム3.0 mEq/lとさらに低下を認めた.追加検査にてリン2.0 mEq/l(正常値:2.5~4.5),マグネシウム1.3 mEq/l(正常値:1.8~2.4)と低下を認めたため,1日量としてリン酸ナトリウム5 mmol,硫酸マグネシウム10 mEq,カリウム60 mEqを補充した.低ナトリウム血症に関しては輸液過多であったと考え,1日の点滴量を500 mlと水分制限を行ったところ翌日に電解質は血清ナトリウム126 mEq/l,カリウム3.8 mEq/l,リン3.1 mEq/lと改善傾向を認めた.意識レベルはGCS:E4V5M6となり,自力歩行,介助なしで食事摂取をするなどADLの改善も見られた.術後7日目にはリン,カリウム共に正常値となったためリン,カリウムの補充は終了とした(Fig. 3).その後意識レベルの低下,電解質異常を認めず,その他の合併症はなく術後第21病日目に退院となった.

Fig. 3 

The post-operative course. She had developed consciousness disturbance on the first day after surgery, and the blood chemistry examination showed hypophosphatemia and hypokalemia on the 4th day after surgery. She was treated with additional phosphate, potassium, magnesium, administration resulting in an improvement of her consciousness level.

考察

RFSとは第2次世界大戦において飢餓状態の日本人捕虜が食事再開後に心不全を発症した病態として報告された3).長期低栄養患者では,糖不足から脂質・蛋白質の異化が亢進し,インスリン分泌が低下している.そのため,栄養補給を開始,すなわち炭水化物が摂取されることで,糖代謝が亢進し,インスリンが分泌され,血中のリン,カリウム,マグネシウムなどが細胞内へと取り込まれ血清濃度が低下する.リン不足により赤血球中の2,3-diphosphoglycerate(以下,2,3-DPGと略記)は減少する.2,3-DPGは赤血球におけるEmbden-Meyerhof解糖系の副路であるRapoport-Luebering cycleを形成する赤血球解糖中間体であり(Fig. 4),欠乏することにより末梢組織への酸素供給量が減少する.さらに,adenosine triphosphate(ATP)産生も減少し,エネルギー失調から多様な臓器障害へ進展する1)2).このため症状として中枢神経障害,心不全,呼吸不全などのあらゆる臓器障害を来しうる.特にマグネシウム,カリウムなどと比べリンは急激に血清濃度が低下するため,症状が重篤化しやすいといわれている4)

Fig. 4 

The characteristics of the glycolytic pathway in human erythrocytes are shown. The 2,3-diphosphoglycerate (2,3-DPG) is formed as an intermediate between 1,3-bisphosphoglycerate and 3-phosphoglycerate. The sequence of reactions in erythrocytes which conduct the conversion of glucose to energy. The essential part of the cycle is 2,3-bisphosphoglycerate, also called the Rapoport-Luebering cycle.

本症例では手術翌日に低カリウム,低ナトリウム血症を来し,点滴によりナトリウム,カリウムの補充を行ったが意識レベルの改善はなく,活動性も低下していた.周術期せん妄,軽度認知症による意識レベルの低下との鑑別が困難であった.術後4日目の血液検査にてさらにカリウム,ナトリウムの低下を認め,この原因検索のためにリン,マグネシウムを測定したところ,両者の著明な低下を認めた.臨床症状,血液検査結果よりRFSと診断した.RFSに対する治療としては一般に電解質異常の補正が重要であるといわれているが,本症例ではリン酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,カリウムを補充したところ,翌日の血液検査にて電解質は改善傾向を認め,意識レベル,ADLの改善が見られた.低リン血症の治療として確立された方法は存在しないが,症候性や重度の低リン血症の場合は2時間以上かけて経静脈的に15 mmolあるいは8時間毎に0.08 mmol·kg−1のリン酸投与5),血清リン値に応じてリン酸の経静脈的投与量を決定する1)などの報告がある.本症例では年齢,体重を考え5 mmolとやや少ない量を投与したが,翌日にはリン3.1 mEq/lと改善傾向を認めたため適量であったと考えられた.頻度は少ないがリンの過剰投与により低カルシウム血症,不整脈,腎不全などが起こると報告されているため投与量に注意が必要である4).低ナトリウム血症については,術後4日目の尿中浸透圧は153 mOsm/k,尿中ナトリウム排泄量は29 mEq/lと正常であり,腎機能にも異常ないことから電解質の補正を行う際の全体の輸液量が多かったことが原因であると考えられた.1日の点滴量を500 mlと水分制限を行ったところナトリウムに関しても軽快した.

RFSは長期低栄養状態に起こることが多いため,原疾患として神経性食思不振症や敗血症,重症感染症が背景にある報告例が多いとされている6)~8).医学中央雑誌にて1983年1月から2013年12月までで,「refeeding症候群」または「refeeding syndrome」,「悪性腫瘍」または「癌」をキーワードとして検索(会議録を除く)した結果,報告例は1例のみ9)であり,悪性腫瘍が背景にある症例は非常にまれであるが,PubMedにて1983年1月から2013年12月までで,「refeeding syndrome」,「cancer」をキーワードとして検索を行った結果11件の文献が検索された10)~20).これらの報告を見てみると,担癌状態であることは慢性の栄養障害を引き起こす10)~16).頭頸部癌や上部消化管癌による狭窄に伴う食事摂取量の低下や11)12)17)18),化学療法や放射線療法などによる食欲低下を来す場合10)13)がある.他に癌細胞により産生されるサイトカイン,TNFα,IL1,IL6などによる食欲低下や代謝異常も原因としてあげられる10)17).癌患者における治療上でRFSの認識は低く,RFSは予防を行い,適切な治療を行わないと致死的になりうるため,注意が必要である10)13)18)20)

高齢者であることもRFSの高リスク群と報告されている21)22).入院中の高齢者を対象とした低リン血症の有無による長期予後の検討では,低リン血症を有する群では合併症の発生率が高く有意差を認めた.また,入院中の高齢者では低リン血症が見られることが多く,RFSとなるリスクが高いと報告される21),また,高齢者であることだけでもRFSの起きやすい状態であるとされており22),データ上の低栄養や低リン血症がなくともRFSの注意が必要であると考えられた.

本症例では入院前は術前の体重減少はなく,血液検査上も低栄養は認めていなかったものの,術後低リン血症,低カリウム血症を原因とする意識障害を来した.検査所見からは病態としてRFSであったと考えられた.頭頸部癌や上部消化管癌などでは体重減少が著明となることが多いが,血液検査データ上は低下を来していない報告例もある11).本症例は消化管の狭窄はなく,体重減少も認めず,検査値としても顕在化していなかったものの,高齢者であることも重なり,自己調節機能が働きにくかったと考えられた.RFSは癌患者に対する手術後に発症するケースは少なく,認識も低いが,さまざまな病態を来し重篤な状態となりうるため,術後に低カリウム血症,意識障害などの症状を認めた場合では,その原因としてRFSを鑑別にあげる必要があると考えられた.高齢者の癌手術が増加している近年では本疾患も念頭に入れ術後管理を行うことが必要であると考えられた.

利益相反:なし

文献
 

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