2014 Volume 47 Issue 4 Pages 244-250
直腸精囊瘻はまれながら直腸切除術後の合併症としても生じうる.腹腔鏡下低位前方切除術後の発症例は本邦ではまだ報告がないが,今回,我々は同手術後に直腸精囊瘻を生じた2例を経験し,発症機序について考察したので報告する.症例1は67歳の男性で,直腸RaRb癌に対しD3郭清を伴う腹腔鏡下低位前方切除術を施行しDenonvilliers筋膜も合併切除した.術後9日目より発熱・排尿時痛が出現しCTで直腸精囊瘻の診断となった.症例2は82歳の男性で,直腸Ra癌に対し1例目と同様の手術を施行した.術後12日目から気尿・右睾丸痛を自覚しCTで同診断となった.直腸切除術後の直腸精囊瘻は縫合不全に続発すると考えられ,その際Denonvilliers筋膜切除に伴って露出された精囊の脆弱性が関与すると推察される.保存的治療での軽快を困難とする報告もみられるが,自験例ではいずれも絶食・抗生剤治療が奏効した.
直腸精囊瘻は大腸憩室症や骨盤内の悪性腫瘍などに合併しうるまれな病態である1)2).悪性腫瘍を背景とする場合,直接浸潤2)のみならず手術後あるいは放射線治療後の発症も報告されている3)~5)が,腹腔鏡下低位前方切除術後の発症例は本邦では文献的報告がない.今回,我々は直腸癌に対する腹腔鏡下低位前方切除術後に直腸精囊瘻を呈した2例を経験したので若干の文献的考察をまじえて報告する.
症例1:67歳 男性
主訴:排便時出血
既往歴:虚血性心疾患(ステント留置後)
現病歴:2012年6月頃より排便時出血を認め近医受診し,直腸癌の診断で当科紹介となった.
現症:直腸指診で肛門縁より約7 cmの部位に腫瘍下縁を触知した.
血液生化学所見:特記事項なし.
注腸造影X線検査所見:直腸RaRb左側壁に2.5×3 cm大の2型腫瘍あり.
下部消化管内視鏡検査所見:肛門縁より約7 cmの直腸RaRbに3分の1周性の2型腫瘍を認めた.生検での病理組織学的診断は高分化腺癌であった.
腹部造影CT所見:直腸に造影効果を伴う不整な壁肥厚があり,領域リンパ節の腫大を伴う.明らかな遠隔転移はなかった.
以上より,直腸RaRb癌,cA,cN1,cH0,cP0,cM0,cStage IIIaの診断で腹腔鏡下低位前方切除術,D3リンパ節郭清術(側方郭清なし)を施行した.なお,本症例は早期下行結腸癌の併存があり,腹腔鏡下に下行結腸部分切除も併施した.
手術所見:腹膜播種や肝転移の所見を認めなかった.腫瘍はRaRb左側壁に存在し周囲への浸潤はみられなかった.左結腸動脈温存でのD3郭清を行い,自律神経を温存する層で直腸背側を剥離した.前壁側ではDenonvilliers筋膜を直腸側に付ける層で剥離を肛門側へ進め,その結果精囊は露出された(Fig. 1).腫瘍の肛門側で腸管クリップをかけて直腸内の洗浄を行い,クリップの肛門側を腹腔鏡下にendoscopic linear staplerで切離した.再建は径29 mmのcircular staplerを用いてdouble stapling techniqueでの端端吻合を施した.吻合部は肛門縁から約3 cmであった.Circular staplerで切除されたリングは全周性であり著変を認めなかった.リークテストは行わなかった.
The Denonvilliers’ fascia (asterisk) is resected with the rectum, and as a result, the seminal vesicle (arrow) is exposed.
術後経過:術後早期の経過は良好で術後2日目からの経口摂取再開後も著変なかったが,術後9日目に気尿および排尿時痛が出現し,翌日には39°C台の発熱も出現した.CTで右側を中心とした精囊および膀胱内に気腫像を認め(Fig. 2a, b),直腸精囊瘻の診断で絶食・広域抗生剤治療を開始した.治療開始から3日目には発熱などの症状は軽快した.絶食・輸液管理を継続しつつ18日目に下部消化管内視鏡検査を行ったところ,吻合部の一部に潰瘍形成を認め,縫合不全に伴った発症であることが示唆された(Fig. 3).治療開始より19日目に摂食を再開した後も著変を認めず,22日目に撮影したフォローアップCTでも気腫像の増悪などを認めなかったため同日退院とした(Fig. 4).術後12か月の時点で症状の再燃を認めていない.
a: Abdominal CT demonstrates air bubbles inside the seminal vesicle and the bladder (arrows). b: Abdominal CT also demonstrates air bubbles in the prostate gland and around the anastomotic site (arrows).
Colonoscopy demonstrates an ulcer formation in a part of the anastomotic site (arrow).
Follow-up abdominal CT reveals that the air bubbles inside the seminal vesicle and the bladder has decreased without any signs of deterioration (arrows).
症例2:82歳 男性
主訴:残便感
既往歴:1992年に胆囊結石症にて開腹胆囊摘出術を受けた.
現病歴:2012年初め頃より便柱狭小化を自覚し近医受診し,直腸癌の診断で当科紹介となった.
現症:上腹部正中切開創あり.その他著変なし.
血液生化学所見:特記事項なし.
注腸造影X線検査所見:直腸Raに亜全周性の2型病変あり.長径は約4.5 cmであった.
下部消化管内視鏡検査所見:肛門縁より約10 cmの直腸Raに2型腫瘍あり.生検での病理組織学的診断は高分化腺癌であった.
腹部造影CT所見:明らかな遠隔転移なし.領域リンパ節の腫大を散見する.
以上より,直腸Ra癌,cSS,cN1,cH0,cP0,cM0,cStage IIIaの診断で腹腔鏡下低位前方切除術,D3リンパ節郭清術(側方郭清なし)を施行した.
手術所見:手術手技は一例目と同様に左結腸動脈温存のD3郭清を行い,Denonvilliers筋膜も切除した.切除再建についても一例目同様に行った.
術後経過:術後早期の経過は良好で,術後8日目に退院した.しかし,術後12日目頃から気尿が出現,術後15日目に当科受診しCTで直腸精囊瘻の診断となった(Fig. 5a, b).症状が軽微であったため経口抗生剤投与にて経過観察を開始したが,翌日(術後16日目)発熱および右睾丸痛を伴うようになり当科再入院となった.絶食のうえ,広域抗生剤投与開始し症状の軽快を得た.治療開始から11日目に退院となり,術後8か月の時点で症状の再燃を認めない.
a: Abdominal CT demonstrates air bubbles inside the seminal vesicle and the bladder (small arrows) and fluid collection behind the anastomotic site (large arrow). b: Abdominal CT also demonstrates a swollen right scrotum (arrow).
腸管精囊瘻は発熱や気尿,尿路感染症状などで発症するまれな病態であり,背景となる疾患・病態には,大腸憩室症,悪性腫瘍,Crohn病,先天奇形,外傷などが挙げられる6)7).このうち大腸憩室症を原因とするものは50~70%にのぼるとされ8),大腸憩室症症例のうち1~4%が腸管精囊瘻を生じるとする報告もある9).悪性腫瘍の浸潤によるものは20%程度であり,大腸癌症例の0.5%に腸管精囊瘻がみられるとされる6).Crohn病症例の2~5%に生じるとされる精囊瘻は主に回腸精囊瘻であり,これは腸管精囊瘻のうち10%に満たない6).
悪性腫瘍に関連する精囊瘻には,前述のとおり直接浸潤のみならず手術や放射線治療に伴う合併症としての報告も見られる.前立腺摘出術に伴うものが多く,直腸癌術後に発症した直腸精囊瘻はまれである.医学中央雑誌(1983年から2012年まで)およびPubMed(1950年から2012年まで)において,「精囊瘻」,「seminal vesicle」,「fistula」,「rectovesical fistula」をキーワードとして検索すると,直腸癌術後の発症例は9例を数えるのみであった(Table 1)3)6)10)~14).これら症例は,1例を除く全ての症例で低位前方切除術後の縫合不全を基盤として発症しており,さらにこのうち海外からの報告1例のみが腹腔鏡下低位前方切除術後の発症であった6).なお,例外となった1例は直腸癌局所再発に対する腹会陰式直腸切断術後に形成された骨盤内膿瘍から発症した症例であった11).
No. | Author | Year | Age | Cause | Resection of Denonvilliers’ fascia | Onset (POD) | Symptoms | Diagnostic method | Treatment | Prognosis |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Goldman10) | 1989 | 76 | anastomotic leakage after LAR | done | 30 | pneumaturia, testicular pain | water-soluble contrast enema | antibiotics, cutaneous vasostomy | remission |
2 | Kollmorgen11) | 1994 | 32 | pelvic abscess after abdominoperineal resection | not recorded | 28 | fever, urethral discharge, dysuria | fistulography | anibiotics, surgical drainage | remission |
3 | Carlin3) | 1999 | 64 | anastomotic leakage after LAR | not recorded | 60 | not recorded | CT with rectal contrast | surgical drainage→ abdominoperineal resection |
death for primary disease |
4 | Kawasaki12) | 2008 | 52 | anastomotic leakage after LAR | done | 15 | fever, hematopneumaturia, melena | CT, water-soluble contrast enema | colostomy | remission |
5 | Sýkora6) | 2012 | 66 | anastomotic leakage after Lap-LAR | not recorded | 11 | fever, pneumaturia, testicular pain |
CT, water-soluble contrast enema | conservative therapy (details unknown) |
remission |
6 | Hiraki13) | 2012 | 48 | anastomotic leakage after LAR | done | 11 | fever, pollakiuria | CT, water-soluble contrast enema | ilesostomy | remission |
7 | Nakajima14) | 2013 | 73 | anastomotic leakage after LAR | done | 37 | fever, pneumaturia, testicular pain |
CT, fistulography | urethral catheterization, antibiotics with oral diet |
remission |
8 | Nakajima14) | 2013 | 76 | anastomotic leakage after LAR | done | 41 | pnerumaturia, testicular pain | CT, water-soluble contrast enema | colostomy | remission |
9 | Nakajima14) | 2013 | 49 | anastomotic leakage after LAR | done | 10 | fever, fecaluria | vasogram under cystoscopic control | drainage→muscle flap closure | remission |
10 | Our case 1 | 67 | anastomotic leakage after Lap-LAR | done | 9 | fever, pneumaturia, dysuria | CT | antibiotics without oral diet | remission | |
11 | Our case 2 | 82 | anastomotic leakage after Lap-LAR | done | 13 | fever, pneumaturia, testicular pain |
CT | antibiotics without oral diet | remission |
これら既報告例に自験例2例を加えた11例を概観すると,年齢は32歳から82歳(中央値66歳)と幅広く,精囊瘻の発症時期は術後9日後から60日後まで(中央値15日)と,いわゆる“major leakage”の好発時期よりも遅発する傾向にある.症状は発熱,気尿,尿路感染症状などが主体であり,精巣上体炎を伴うと睾丸の腫脹および疼痛が合併する.診断のための主なmodalityはCTおよび注腸造影検査である.自験例ではCTで精囊や膀胱内に気腫像を認めたことと理学所見から直腸精囊瘻と診断し保存的治療を開始した.2例とも速やかな軽快が得られたため,結果として注腸造影検査などの追加検査による瘻孔の確認は行わなかった.
なお,これらに生じた縫合不全はいずれも不顕性あるいは保存的治療で軽快したいわゆる“minor leakage”であり,これが限局した膿瘍形成を来して精囊への穿破に至ったと考えられる.また,その際,低位前方切除術に伴ってDenonvilliers筋膜が切除されていれば,それのみでも精囊の脆弱性が増すと考えられるが,さらに剥離に伴って精囊の被膜を損傷する可能性や,staplerで直腸切離や吻合をする際に精囊を損傷する可能性も挙げられる.自験例では,staplerを用いる際に周囲組織を巻き込んでいないことを腹腔鏡での観察によって確認しているが,2例ともDenonvilliers筋膜を切除する層で剥離を行っており,精囊は露出されて脆弱な状態であった.他の症例を見ても,11例中少なくとも8例ではDenonvilliers筋膜を切除したとの記述がなされており,これが共通する危険因子であると推察される.ちなみに,腹膜炎を来し速やかな外科手術施行を必要とするような“major leakage”であった場合には限局的な炎症~膿瘍形成を生じにくく,そのため精囊瘻を合併する可能性はかえって低くなることが推察される.
治療については,ドレナージが奏効せず腹会陰式直腸切断術を要した症例が1例,同じく保存的治療が奏効せず人工肛門造設術を要した症例が3例であった.侵襲的な治療がなされた例としては,この他にドレナージ不応のため薄筋筋弁を用いたものの瘻孔が閉鎖せず,腹直筋筋弁で閉鎖を得た症例が報告されている14).一方自験例2例を含め,保存的治療のみで軽快を得た症例の方が多い.人工肛門造設術が第一選択であるとする文献も見られる12)が,まずは保存的治療から開始すべきであると思われる.ただし,保存的治療での経過観察期間をいたずらに伸ばすことのないよう,外科的治療介入を要するタイミングについては常に考慮しておくべきである.保存的治療および外科的治療のいずれを行われた症例も,癌死した1例を除く全例で軽快が得られており,直腸精囊瘻自体の予後は良い.
近年の腹腔鏡手術普及を反映し,腹腔鏡手術での瘻孔閉鎖術やさらには手術支援ロボットを用いた瘻孔閉鎖術についての報告もなされている15)16).また,OVESCO®と呼ばれる幅広のクリップを用いた内視鏡的瘻孔閉鎖術も試みられており,低侵襲性の面から優れた選択肢の一つになりうるものと思われる17).
利益相反:なし