2014 Volume 47 Issue 4 Pages 223-229
症例は65歳の女性で,下血を主訴に前医受診し高度貧血を認めた.上部・下部内視鏡にても原因不明の消化管出血に対し,造影CTを施行し小腸に強い造影効果を伴う腫瘤を認めた.当院にて小腸カプセル内視鏡およびダブルバルーン小腸内視鏡を施行し,下部空腸に20 mm大のびらん・delleを伴う粘膜下腫瘍様の腫瘤を認めた.消化管出血を伴う空腸gastrointestinal stromal tumorと診断し腹腔鏡補助下小腸部分切除術を施行した.病理組織学的検査所見および免疫組織化学検査所見では中間悪性型の小腸glomus腫瘍であった.消化管原発glomus腫瘍は比較的まれで,そのほとんどが胃原発である.小腸glomus腫瘍は本邦では報告がなく英文報告でも2例しか報告されていない,極めてまれな疾患である.
Glomus腫瘍は四肢末端に好発する比較的まれな疾患であるが,消化管にも発生することが知られている.しかし,その大部分が胃原発であり,小腸に発生するものは極めてまれである1).今回,我々は原因不明消化管出血を契機に発見され,病理組織学的にglomus腫瘍と判明した症例を経験したので報告する.
患者:65歳,女性
主訴:特記すべき事項なし.
家族歴:特記すべき事項なし.
既往歴:高血圧
現病歴:高血圧に対して近医通院中,1年半前から貧血を指摘されるも上部消化管内視鏡検査で異常を認めず,鉄剤内服で経過観察となっていた.2週間前に下血,高度貧血(RBC:171×104/μl,Hb:5.3 g/dl,Ht:16.0%)を認め他院に緊急入院となった.他院での上部・下部消化管内視鏡検査で異常所見を指摘しえず,造影CTにて小腸に強い造影効果を伴う壁肥厚像を認めたため,精査加療目的で当院紹介受診となった.
入院時現症:身長143 cm,体重40.2 kg,脈拍75回/分,整,血圧90/55 mmHg,体温36.7°C,呼吸数18回/分,眼瞼結膜は蒼白,胸腹部に理学的所見を認めなかった.
入院時検査所見:血算はRBC 208×104/μl,Hb 6.7 g/dl,Ht 21.4%で貧血を認めた.生化学検査ではTP 5.3 g/dl,Alb 3.2 g/dl,CHE 165 U/lと前医からの絶食にともなう変化を認めた.CRPは0.09 mg/dlで陰性.止血機能検査はAPTT 29.6秒,PT 94.6%,PT-INR 1.03で正常であった.
腹部CT所見:造影CTにて小腸に強い造影効果を伴う腫瘤陰影を認めた(Fig. 1).
Abdominal CT showing an enhanced tumor (arrow) in the small intestine.
小腸カプセル内視鏡検査所見:びらんを伴った隆起性病変で,潰瘍は認めなかった(Fig. 2A).
Capsule endoscopy showing an elevated submucosal tumor at the small intestine (A). Double-balloon endoscopy of the small intestine disclosed a 20-mm submucosal tumor at the jejunum (B). Intestinography through a double-balloon endoscope showed an elevated lesion (C).
ダブルバルーン小腸内視鏡検査所見:下部空腸に20 mm大の隆起性病変を認めた.色調はやや退色調で粘膜表面にはびらんを伴いdelleを有していた.周囲粘膜の上皮性変化に乏しくgastrointestinal stromal tumor(以下,GISTと略記)を疑う所見であった(Fig. 2B).同時に施行した小腸透視では小腸内腔に突出する陰影欠損を認めた(Fig. 2C).出血を来す可能性が高いと判断し生検は施行せず,手術を前提にマーキングクリップ,点墨を実施した.
以上の所見から消化管出血を伴う空腸GISTと診断し,腹腔鏡補助下小腸部分切除を施行した.
手術所見:臍部に12 mmのカメラポート,左右の側腹部に5 mmのポートを挿入し,3ポートで手術を開始した.腹腔内を観察したところ下部空腸の点墨近傍に,約20 mm大の腫瘍を認めたが漿膜面は正常であった.臍部のポート挿入口を約5 cmに延長し腫瘍部空腸を体外へ誘導,体外操作にて空腸部分切除術を行った.
切除標本:腫瘍径は20×17 mm.平皿状の隆起性病変で潰瘍形成を伴っていた.腫瘍の立ち上がりは明瞭で辺縁は既存の粘膜に覆われていた(Fig. 3).
Gross appearance of the resected specimen. It shows an elevated tumor with an ulcer, and the size of tumor was 20×17 mm.
病理組織学的検査所見:粘膜固有層から固有筋層,漿膜下層にかけて,樹枝状に拡張した血管の増殖巣を認め,粘膜表面ではこれらの血管の高度拡張,破綻による出血,間質の浮腫を伴っていた.拡張した血管周囲の細胞増殖を認め,小さい胞巣構造を形成していた.核には軽度の大小不同や括れがあり,分裂像は4個/HPF程度と多いが異型分裂像は認めなかった(Fig. 4A, B).
The tumor cells proliferating in small nest formation outside the blood vessels (A: H.E., B: H.E.). Immunohistochemical examination shows the positive cells stained with smooth muscle actin and type IV collagen (C: αSMA stain, D: type IV collagen stain).
免疫組織化学検査所見:vimentin,α-SMA,type IV collagen,HHF35,lamininが陽性で,desmin,c-Kit, S-100蛋白,podoplanin,CD31,CD56,CD68,AE1/AE3,cytokeratin(CAM5.2),EMAが陰性であった(Fig. 4C, D).p53陰性であるがMIB1 index:15%であった.以上から,中間悪性型の小腸glomus腫瘍と診断した.
術後の経過は良好で以降は下血を認めず,術後7日目に軽快退院となった.
上部および下部消化管内視鏡検査を行っても原因不明の消化管出血は,obscure gastrointestinal bleeding(以下,OGIBと略記)と呼ばれる.OGIBは顕在性(overt OGIB)と潜在性(occult OGIB)に分類され,前者は再発または持続する下血や血便などの可視的出血,後者は再発または持続する鉄欠乏性貧血ないし便潜血陽性と定義される.全消化管出血のうち50.2%が上部消化管出血,42.3%が下部消化管出血とされ,小腸が原因である場合は1.2%と少ない2).したがって,小腸出血のほとんどがOGIBであるが,遭遇する機会は比較的少なく診断に難渋することが多い.
近年,カプセル内視鏡(capsule endoscopy;以下,CEと略記)やバルーン内視鏡(balloon assisted endoscopy;以下,BAEと略記)の登場により小腸病変を内視鏡で観察することが可能となった.OGIBの診断・治療アルゴリズム3)においてもこれらのモダリティが推奨され,小腸病変に対する検査診断法は以前と比べ格段に進歩している.本症例においてもOGIBに対してCEで小腸病変が確認され,BAEにより治療方針を決定した.
Glomus腫瘍は,主に四肢末端や体幹皮下の小動静脈吻合部(neuromyoarterial glomus)に存在するglomus体から発生する比較的まれな腫瘍である.20~40歳代の女性に多く,爪床や指尖部に好発し激しい発作性疼痛を伴う良性の血管系腫瘍とされる.まれに消化管にも発生することが知られているが,大部分が胃原発であり他の消化管発生は極めてまれである1).小腸原発glomus腫瘍は本邦では報告がなく,Medlineで検索したところ(キーワード:glomus tumor,small intestine,検索期間:1966年〜2013年7月現在)英文報告が小腸原発で2例4)5),十二指腸原発で3例6)~8)を認めるのみであった(Table 1).
Case no. | Authors/Year | Age/Sex | Chief complaints | Initial diagnosis | Diagnostic approach | Site | Size (mm) | Treatment |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Hamilton4) 1982 |
82/M | none | carcinoid tumor | ultrasonography | jejunum | 40×30×50 | partial resection of jejunum |
2 | Geraghty5) 1991 |
60/M | none | metastatic nodule from rectal adenocarcinoma | laparotomy | ileum | N/A | biopsy only |
3 | Jundi6) 2004 |
46/M | melena | N/A | upper endoscopy | duodenum | 23×15×15 | N/A |
4 | Knackstedt7) 2007 |
65/M | hematemesis | glomus tumor | upper endoscopy | duodenum | N/A | endoscopic mucosal resection |
5 | Shelton8) 2007 |
48/F | melena | neuroendocrine tumor | upper endoscopy | duodenum | 30 | pancreaticoduodenectomy |
6 | Our case | 65/F | melena | GIST | balloon assistedendoscopy | jejunum | 20×17×20 | laproscopic partial resection of jejunum |
自験例を含めこれらの症例を検討したところ,年齢は46~82歳,男女比は1:2と女性が多かった.消化管出血を契機に診断された症例が6例中4例で,自験例を除く3例は十二指腸原発であった.自験例を除く小腸原発2例はいずれも偶発症例であった.消化管出血症例では内視鏡検査で診断が行われているが,OGIBに対して小腸内視鏡検査が施行された報告は自験例が初めてである.まれな疾患であることから術前診断は困難で,内視鏡による生検で術前にglomus腫瘍と診断できた症例は1例のみであった.その他の症例ではカルチノイドや神経内分泌腫瘍などの粘膜下腫瘍と診断されており,自験例においても術前診断はGISTであった.
消化管glomus腫瘍の画像診断に関しては,胃glomus腫瘍についての検討が報告されており,dynamic CTの早期相で均一な強い造影効果が出現し後期相においても造影効果が持続するとされ9),特徴的な血管腫様所見を呈する10).自験例でも造影CTで小腸に強い造影効果を伴う壁肥厚像を認めた.
Glomus腫瘍の病理組織学的検査所見は,淡い好酸性の細胞質と円形の均一な好塩基性の核を有し小血管周囲を胞巣状に増生する.免疫組織化学的には一般的にα-SMA,IV型コラーゲンが陽性であるとされる.
悪性例は極めてまれで,組織学的あるいは臨床的に悪性と診断された報告は40例に満たない.WHO分類による悪性の定義は,1)径2 cm以上の深部発生,2)異型分裂像の出現,3)顕著な核異型,以上の三つの所見いずれかを満たす症例であるが,自験例では異常分裂像は認めず核異型は軽度であることから“uncertain malignant potential”の範疇に分類されると考えられた.
治療法に関しては,増大傾向や出血傾向があるもの,確定診断が得られないものが手術適応となる.glomus腫瘍は悪性例が少なくリンパ節転移もほとんど認めないことから,自験例のような出血を伴う小腸原発症例に対しては,腹腔鏡補助下小腸部分切除術による治療は適当であろう.ただし,小腸原発症例については報告例が少ないこと,病理組織学的診断では中間悪性型であったことから,今後も慎重な経過観察が必要であると考える.
利益相反:なし