2014 Volume 47 Issue 6 Pages 357-363
症例は44歳の男性で,血尿,左腰背部痛を主訴に近医を受診し腹部CTにて左内腸骨動脈領域に55 mm,35 mm,直腸間膜内に32 mmの,いずれも石灰化を伴う計3個の腫瘤を指摘され紹介となった.鑑別疾患として悪性リンパ腫,間質系腫瘍,骨盤内腫瘍のリンパ節転移などが挙がったがCTにて直腸壁にも石灰化を認めたため,下部消化管の精査を施行し内視鏡検査で下部直腸に粘膜下腫瘤が認められた.生検で直腸カルチノイドと診断され側方リンパ節転移を伴う直腸カルチノイドと診断した.18F-FDG-PET/CTで骨盤内腫瘤3か所にFDGの集積を認め,それ以外に異常集積は認められなかった.内肛門括約筋切除術,左側方リンパ節郭清,回腸人工肛門造設術を施行した.最終病理組織学的検査にて側方リンパ節転移を伴う直腸カルチノイドと診断した.骨盤内腫瘤は直腸カルチノイドのリンパ節転移の可能性があり消化管の精査も必要であると考えられた.
消化管カルチノイドは一般的に低悪性度であり発育も緩慢な良性と悪性の中間に位置する腫瘍と考えられているが,転移の頻度は決して少なくはなく,小さな消化管カルチノイドでもまれにリンパ節転移や肝転移を来すことが知られている1).今回,我々は骨盤内のリンパ節転移巣が発見の契機となった腫瘍径12 mmの直腸カルチノイドの一切除例を経験したので報告する.
症例:44歳,男性
主訴:左腰背部痛
既往歴:特記事項なし.
現病歴:2012年1月,左腰背部痛を自覚し近医を受診した.腹部CTで左尿管の拡張および骨盤内の3か所に石灰化を伴う3~5 cm大の腫瘤が認められた.左尿管由来の腫瘍を疑われ精査目的のため当院に紹介受診となった.
来院時現症:身長163 cm,体重82 kg.貧血・黄疸なし.腹部弾性・軟,腫瘤を触知せず.直腸診で肛門縁より約8 cmの部位に表面平滑,可動性良好な腫瘤を触知した.カルチノイド症候群を疑わせる顔面紅潮・下痢などの症状はなかった.
血液生化学検査所見:血液・生化学検査では異常所見を認めなかった.腫瘍マーカーの内,CEA,CA19-9,IL-2Rは正常値であった.
Intravenous pyelogram(IVP)所見:両側尿管での造影剤の通過は良好で尿管内に腫瘤像を認めなかったが,左尿管は内側に圧排されていた(Fig. 1).

IVP shows no ureteral tumor, but the left ureter is compressed to the right (arrows).
腹部造影CT所見:骨盤内に径55 mm,35 mm,32 mm大の腫瘤を認めた.いずれも内部に石灰化を伴っていた.また,下部直腸壁に微小石灰化を認めた(Fig. 2).

CT shows two masses 55 mm and 35 mm in diameter, respectively, at the left internal iliac region and a mass 32 mm in diameter in the mesorectum (arrows). All three masses have calcifications. There is a small calcification in the rectal wall (arrow).
MRI所見:左腸骨動脈領域および直腸間膜内に腫瘤を認めた.これら腫瘤はT2強調画像で低信号を呈した.
注腸造影X線検査所見:下部直腸左壁に12 mmの陰影欠損を認めた(Fig. 3).

Barium enema reveals a 12 mm wide tumor at the distal rectum.
下部消化管内視鏡検査所見:下部直腸に中心陥凹を伴う粘膜下腫瘤を認めた(Fig. 4).

Endoscopy shows a 12 mm wide submucosal tumor with central depression located in the distal rectum.
超音波内視鏡検査所見:粘膜下腫瘤は第3層に一致して低エコー域として認めた.内部に音響陰影を伴う高エコー域を認め石灰化が疑われた.
生検組織病理学的検査所見:類円形核を有する異型細胞が胞巣状に増殖していた.免疫染色検査にてクロモグラニンA(+),シナプトフィジン(+)であり直腸カルチノイドと診断された.
PET-CT所見:骨盤内の3か所にFDGの集積を認め,SUV maxはそれぞれ6.7,6.6,4.9であった.骨盤内以外にFDGの異常集積は認められなかった.
以上より,側方リンパ節転移を伴う直腸カルチノイドと診断し2012年3月,手術を施行した.
手術所見:粘膜下腫瘍を経肛門的に観察し,腸管切離長2 cmを確保するレベルで切除した結果,部分的内肛門括約筋切除術(partial intersphincteric resection;以下,Partial ISRと略記)が必要となった.Covering stomaを回腸を用い造設した.側方リンパ節は#263が腫大しており左尿管を圧排していたが浸潤を認めず容易に剥離可能であり,型通りリンパ節263-lt,273-lt,283-lt,293-ltを郭清した.精巣動静脈,下腹神経は温存した.吻合は経肛門的に全層結節縫合(24針)にて行った.手術時間424分,出血量1,970 mlであった.
摘出標本:下部直腸に径12 mmの中心陥凹を有する粘膜下腫瘤を認めた.また,左内腸骨動脈領域に55 mm,35 mm,直腸間膜内に32 mmの充実性腫瘤を認めた(Fig. 5).

Resected specimen shows a submucosal tumor in the distal rectum, and huge lymph nodes at the internal iliac region and mesorectum.
病理組織学的検査所見:直腸カルチノイド,深達度pSM,ly1,v1であった(Fig. 6).また,左内腸骨動脈領域,直腸間膜内の3個の腫瘤はカルチノイドのリンパ節転移であり,それ以外にも#251に3個の転移を認め合計6個のリンパ節転移を認めた.核分裂像は2/10HPF,Ki-67指数5%でありneuroendocrine tumor G2(WHO分類)と診断した.

Histopathological examination confirms rectal carcinoid localized in the submucosal layers and metastatic carcinoid tumor of the lymph nodes.
術後経過:合併症なく術14日目に退院し,術後3か月で,回腸瘻を閉鎖した.術後19か月現在再発徴候を認めていない.
カルチノイドは1907年Oberndorferによって提唱された,癌腫に類似した細胞異型度の低い特異な組織像を有する良性と悪性の中間に位置する腫瘍である.大腸癌取扱い規約上も,大腸のカルチノイドは消化管腺管内の増殖帯にある未熟内分泌細胞を母細胞として発生する腫瘍で一般的に悪性度は低いとされている2).
しかし,直腸カルチノイドの他臓器転移の頻度は決して少なくはなく,Soga1)は1,271例の直腸カルチノイドの集計で,全体の22.6%(287/1,271)に転移を認めることを報告している.また,直腸カルチノイドの転移部位はリンパ節が60.3%(173/287)と最も多く,ついで肝臓が58.7%(167/287)と多かった.さらに,その転移率は腫瘍径が大きくなるほど増加していた.Shieldsら3)は直腸カルチノイド外科的切除症例100例の検討で,腫瘍径が1~10 mmと小さくても8%のリンパ節転移率が認められ,11~20 mmになると31%の症例にリンパ節転移が存在したことを報告した.また,カルチノイドは中心陥凹を伴う場合,転移率が高くなることが報告されている.吉良ら4)は直腸カルチノイドの腫瘤表面の性状と転移率を検討し,表面平滑例では6.7%にのみ転移を認めたのに対し,中心陥凹例では57.1%と過半数に転移が存在したことを報告した.本症例は腫瘍径が1 cmをわずかに超えるものであったが,中心陥凹を伴い,複数のリンパ節転移巣を形成していたことよりmalignant potentialが高いカルチノイドであると考えられた.
直腸カルチノイドのリンパ節転移報告例は,ほとんどが腸間膜リンパ節への転移で,側方リンパ節転移の報告はまれである.医学中央雑誌で「直腸カルチノイド」,「リンパ節転移」をキーワードに1983年~2013年9月で検索したところ側方リンパ節の転移症例は本症例を含めて7例のみであった(Table 1)5)~10).このうちの1例は側方領域へのリンパ節再発例で,残り6例が同時性側方リンパ節転移であった.これらの受診契機は,便潜血反応陽性,血便や排便時違和感といった症状であり,消化器疾患の診断が容易なものが多かったが,発熱・左下肢浮腫という一見消化器疾患とは無関係と考えられる症状で来院しCTにて確認された腹腔内腫瘤に対する経皮的針生検によりカルチノイドのリンパ節転移と診断された報告例もある7).本症例は左腰背部痛にて来院し,初診時のCTで骨盤内腫瘤のみ指摘され診断に苦慮した.過去の直腸カルチノイドの側方リンパ節転移報告例は1例を除き,側方リンパ節郭清を含む原発巣切除術が施行されている.また,側方リンパ節への再発症例に対して切除可能であれば積極的な切除が行われており,その経過は良好と報告されている.現時点で直腸カルチノイドの側方郭清の治療意義は明らかでないが,側方リンパ節転移を伴う症例でもR0手術を施行することで長期生存に繋がる可能性があると考えられる.
| Case | Author/ Year |
Age/Sex | Origin | Tumor size (mm) | Depth | Vessel invasion | Metastatic lymph nodes | Distant metastasis | operation | OS |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | Ichinokawa5) 2005 |
54/F | Rb | 35 | MP | ly1, v1 | 263rt | NO | APR D3 Recrrence: LND | 44 m/Alive |
| 2 | Tokoro6) 2006 |
53/F | Rb | 21 | MP | ly1, v2 | 251,263lt | Liver | LAR D3 patial hepatectomy | 50 m/Alive |
| 3 | Yamada7) 2007 |
79/F | Rb | 8 | MP | ly0, v0 | 283 | NO | PAE+LND | 30 m/Alive |
| 4 | Yamaguchi8) 2009 |
44/M | Rb-P | 16 | SM | ly1, v0 | 263rt | NO | ISR D2 (prxD3+rt.lat) | 75 m/Alive |
| 5 | Oi9) 2010 |
46/M | Rb | 12 | SM | ly0, v0 | 263rt | NO | LAR D3 | 48 m/Alive |
| 6 | Ohno10) 2013 |
53/F | Rb | 8 | SM | ly2, v1 | 251,283lt | NO | LAR D2 (prxD3+lt.lat) | 3 m/Alive |
| 7 | Our case | 44/M | Rb | 12 | SM | ly1, v1 | 251,263lt | NO | ISR D2 (prxD3+lt.lat) | 15 m/Alive |
M: male, F: femal, Rb: rectum (below the peritoneal reflection), P: proctodeum, APR: abdominoperineal rectal resection, PAE: peranal local excision, LND: lymph node dissection, LAR: low anterior resection, ISR: intersphincteric resction, m: months
本症例で注目すべき点は,原発巣よりリンパ節転移巣のほうがはるかに大きく,そのリンパ節転移が発見の契機となったことである.山川ら11)は巨大リンパ節転移が発見の契機となった小腸カルチノイドを報告しており,小腸カルチノイドでは原発巣に比べてはるかに大きな腸間膜リンパ節転移を来すことがあるとしている.直腸カルチノイドにおいても,本症例のごとく原発巣が小腫瘤でも大きなリンパ節転移を有する場合があり,これを念頭におき腹腔内腫瘤の鑑別疾患に直腸カルチノイドのリンパ節転移を加える必要があると考えられる.
斉藤ら12)の大腸カルチノイド腫瘍の全国集計によると直腸カルチノイドの約75%が下部直腸Rbに発生し,深達度SMまでのものが全体の94.6%であると報告している.このように下部直腸に好発し局所浸潤傾向の少ないカルチノイドに対して外科的切除術を行う際は,術後のQOLを損なわないような肛門温存を目指した術式の選択が重要である13).今回,我々はPartial ISRを行い,肛門を温存し治癒切除することが可能であった.
直腸カルチノイドの補助化学療法および進行・再発例に対する化学療法については有効とされる治療法はいまだ確立されていないのが現状で,自験例でも補助療法は行っていないが,現在すでに人工肛門閉鎖術を施行し,術後19か月経過し無再発生存中である.
利益相反:なし