2014 Volume 47 Issue 7 Pages 374-380
症例は62歳の男性で,1991年に他院で胃癌に対する切除術の既往があった.1999年4月に腸閉塞で入院され,肝彎曲部の横行結腸と肝臓,胆囊,腹壁に浸潤した腫瘍を認め結腸右半切除術+肝臓,胆囊,腹壁合併切除術が施行された.病理組織学的検査所見で腫瘍は主として大腸壁外に存在し,組織型は印環細胞癌であった.その後,2000年10月と2003年2月に癌性腸閉塞の手術が施行された.手術は腸閉塞の部分と播種巣の可及的切除術が施行され,いずれも印環細胞癌であった.それぞれの術後に化学療法が施行された.最後に手術を施行した2003年から10年以上たった現在も再発を認めず経過観察中である.初回手術の胃癌も含め全て印環細胞癌で,粘液形質が胃型かつサイトケラチン7(+),20(–)であったため,今回の一連の経過は胃癌の腹膜播種再発として矛盾しないものと考えられた.胃癌として特異な経過と思われ文献的考察を含め報告する.
近年,腹膜播種再発した胃癌であっても化学療法により長期生存の報告が散見されるようになってきた1)2).しかし,一般的には腹膜播種を伴う胃癌の予後は不良である.今回,我々は進行胃癌で腹膜播種を含めた3度の再発に対し手術と化学療法を行い,最終手術後より10年以上の長期無再発生存が得られている症例を経験したため文献的考察を含め報告する.
症例:62歳,男性
主訴:腹部膨満感
既往歴:1991年に他院で胃癌のため幽門側胃切除術を受けていた.胃癌取扱い規約第11版3)による病理組織学的検査所見は印環細胞癌でt2(ss),ly2,v2,n1,P0,H0,M0,Stage IIであった.術前の腫瘍マーカーCEA,CA19-9は正常値であった.腹腔洗浄細胞診は施行されなかった.補助化学療法としてドキシフルリジンを1年間内服していた.
現病歴:1999年4月に腹部膨満感で当院内科を受診し,腸閉塞の診断で入院となった.下部消化管内視鏡検査で肝彎曲部近傍の横行結腸癌と診断され外科転科となった.
入院時現症:体温36.3°C,血圧130/70 mmHg,脈拍60回/分,整.呼吸音,心音に異常を認めなかった.腹部は軽度膨満し,右季肋部に軽度圧痛を認めた.腸蠕動は弱く金属音は聴取されなかった.
血液生化学検査所見:腫瘍マーカーCEA,CA19-9を含めた血液生化学検査では明らかな異常所見を認めなかった.
胸腹部造影CT所見:横行結腸肝彎曲近傍に腫瘤を認め,その口側結腸が拡張していた(Fig. 1).腫瘤は前腹壁と肝臓に接し造影効果を認め浸潤が疑われた.肺転移,肝転移を疑う所見は認められなかった.腹水も認められなかった.
CT shows a tumor (arrows) between the extended transverse colon and the liver.
下部消化管内視鏡検査所見:肝彎曲近傍で横行結腸がほぼ完全閉塞しており,内視鏡は通過できなかった.生検でgroup 5,N/C比が高く低分化型腺癌を疑う所見であった.
手術所見:開腹すると腫瘍は横行結腸と肝臓のS5,胆囊,腹壁に浸潤し,一塊となった腫瘤を形成していたため,結腸右半切除術,肝部分切除術,胆囊摘出術,腹壁合併切除術が施行された.明らかな腹水もなく,術中所見からは大腸原発と考えられ腹腔洗浄細胞診は施行されなかった.
摘出標本:潰瘍形成はあるが周堤は不明瞭で,腫瘤の主たる局在は粘膜下から壁外にあり肝臓にも明らかな浸潤を認めた.肉眼所見から大腸癌の肝浸潤のほか胃癌の腹膜播種再発や胃癌の肝転移巣からの大腸浸潤などが疑われた(Fig. 2).
The mass was accompanied by an ulcer, however the marginal swelling was unclear. The main part of the tumor can be seen from the submucosa to the extramural part of the colon.
病理組織学的検査所見:腫瘍の多くは潰瘍周辺の粘膜下に広く浸潤し,大腸壁を超え肝臓にも浸潤していた(Fig. 3).リンパ節転移は認められなかった.印環細胞を主体にN/C比の高い低分化な腺癌を認めたが(Fig. 4),病理組織学的には大腸原発か胃癌再発かの断定は困難であった.
The tumor infiltrated from the submucosa to the liver (H.E. ×4). The arrows show the area of infiltration, the lower side is the liver and the upper side is the colon.
Specimens show signet ring cell carcinoma (H.E. ×100). (A) Stomach, 1991. (B) Transverse colon, 1999. The other specimens of the small intestine in 2000 and 2003 were of the same type.
術後経過:1999年5月に手術を施行したのち,テガフール・ウラシルによる化学療法を施行しつつ,外来通院となった.2000年10月に腸閉塞となり保存的治療では軽快せず手術を施行した.開腹すると小腸に腫瘍性狭窄部を認め腸間膜にも腫瘤を認めた.狭窄部の小腸を部分切除し腹膜腫瘍を生検した.いずれも印環細胞癌であった.組織診で腹膜播種と診断されたため腹腔洗浄細胞診は施行されなかった.術後,化学療法として5-FU/CDDP併用療法,5-FU/レボホリナート併用療法を施行したが有害事象共通用語規準4)のgrade 2~3の腹痛,下痢が出現し1クール以上の投与はできず終了した.その後,2003年2月に再び腸閉塞となり再発を疑い手術を施行した.開腹すると小腸に4か所の腫瘍性狭窄部を認め近傍の腸間膜にも腫瘤を認めた.根治性の点からは積極的な切除の意義はないものの腸閉塞の改善と早期の腸閉塞の再発を防ぐ目的で腸間膜の腫瘤も含め4か所全ての狭窄部の小腸を部分切除した.腹腔洗浄細胞診は施行されていないが,肉眼的には腫瘍の遺残は認めなかった.なお組織型は,初回の胃癌を含めて全て印環細胞癌であった(Fig. 4).これまでの経過から一連の経過が胃癌の再発ではないかと強く疑われるようになり,免疫組織学的に精査を行い胃癌と大腸癌の鑑別を試みた.その結果,全ての組織がサイトケラチン7陽性,サイトケラチン20陰性で(Fig. 5, 6),かつ胃型の粘液形質のパターンを有しており(Table 1),胃癌の再発と確定診断を得ることができた.術後,化学療法としてS-1/CDDP併用療法,S-1療法を施行したが,今回も副作用のため1クール以上の投与はできなかった.そのなかで,テガフール・ウラシルは標準量を1週投与3週休薬することで副作用を軽度に抑えつつ治療を継続することができた.2003年の最終手術以降10年5か月間,外来で腫瘍マーカー,CT,PET,内視鏡検査により経過観察を行っているが,現在まで明らかな再発の兆候は認めていない.
Specimens show positive findings for cytokeratin 7 (×100). (A) Stomach, 1991. (B) Transverse colon, 1999. The other specimens of the small intestine in 2000 and 2003 had the same positive results.
Specimens show negative findings for cytokeratin 20 (×100). (A) Stomach, 1991. (B) Transverse colon, 1999. The other specimens of the small intestine in 2000 and 2003 had the same negative results.
Histological type | Cytokeratin 7 | Cytokeratin 20 | HGM | MUC5AC | MUC6 | MUC2 | CD10 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
Stomach (1991) | Signet | + | – | + | +/– | – | – | – |
Transverse colon (1999) | Signet | + | – | +/– | – | – | – | – |
Small intestine (2000) | Signet | + | – | +/– | +/– | – | – | – |
Small intestine (2003) | Signet | + | – | +/– | +/– | – | – | – |
Signet: signet ring cell carcinoma, HGM: human gastric mucin, +: staining, +/–: localized staining, –: no staining
全国胃癌登録調査による胃癌の5年生存率は68.0%で再発形式では腹膜播種が6.5%と最も多く,次いで肝転移3.6%,リンパ節転移2.3%,局所再発0.8%と報告されている5).特に深達度ssの胃癌は進行癌であり腹膜播種再発も少なくない.木村ら6)によれば,術後2年以内の早期に再発した症例の64.7%が腹膜播種再発であったと報告している.一般的に腹膜播種再発は予後不良であるが,近年の化学療法の発達に伴い長期生存例の報告も散見されるようになった1)2).
今回の我々の症例も深達度ssの胃癌であり,術後7年8か月で再発した.当初は再発までの期間も長く大腸,肝臓,胆囊,腹壁を巻き込んだ腫瘤を形成していたため大腸原発か胃癌の再発かを明らかにすることができなった.しかし,その後も2度にわたり腹膜播種再発したこと,最初の胃癌も含め全ての手術標本の組織型が印環細胞癌であったことから一連の経過が胃癌とその再発であると強く疑われたため再検討を行った.組織型については,大腸癌における印環細胞癌はまれで全大腸癌の0.1~2.6%との報告があり7),鑑別の際に参考となる所見である.その他に粘液形質やサイトケラチンの染色パターンに基づく免疫組織学的な検討が有用との報告もある8)~13).粘液形質についてはhuman gastric mucin(HGM)陽性ないしはMUC5ACおよびMUC6陽性,MUC2およびCD10陰性が胃型とされる8)9).本症例においても全ての標本でHGM陽性でMUC2およびCD10陰性の胃型のパターンを示していた(Table 1).また,MUC5ACおよびMUC6については原発と考えられる胃の病変も含め陽性率が低い,ないしは陰性で横行結腸や小腸も同様の発現傾向を示しているものと考えられた(Table 1).しかし,Yaoら8)によれば大腸癌の2.4%が胃型を示すという報告もあり粘液形質のみで原発巣を断定することについては注意が必要である.一方,サイトケラチンについてもサイトケラチン7とサイトケラチン20の染色パターンで胃癌と大腸癌の鑑別が可能であるとされている10)~13).特にサイトケラチン7陽性,サイトケラチン20陰性のパターンは胃癌に極めて特異的とされ大腸癌との鑑別が可能であることが複数で報告されている10)~13).Goldsteinら13)によると,特に印環細胞癌に限定した場合,このサイトケラチン7陽性,20陰性のパターンは胃癌の44%に認められたのに対し,大腸癌では全く認められなかったことから胃癌と診断することが可能あると報告している.我々の症例も全て印環細胞癌でサイトケラチン7陽性,サイトケラチン20陰性のパターンであったことから,胃癌の3度の再発として矛盾ないものと考えられた(Table 1).
初回の再発については腹膜播種再発,肝転移,大腸転移などが考えられるが,病変の局在が粘膜下の大腸壁外が主体であり,その後の再発形式が全て腹膜播種であったことも考慮すると血行性転移である肝転移や,まれな大腸転移よりも腹膜播種再発であった可能性が高いと推定された.癌組織が漿膜面へ露出していない深達度ssの胃癌が腹膜播種する機序については,1)微小露出部位の存在,2)露出部の結合織や中皮による再被覆,3)癌細胞の漿膜のすり抜け,4)リンパ節転移や肝転移など転移巣を介した播種などが考えられている6).さらに,木村ら6)は腹膜播種のリスク因子として,高度のリンパ管侵襲がリンパ節転移とは独立した危険因子として報告している.我々の症例についてもリンパ節転移を伴う高度のリンパ管侵襲を認めており,腹膜播種再発の高リスク症例であったと考えられる.
近年,再発胃癌に対してS-1+CDDP併用療法など有用な化学療法によって長期生存が得られるようになり,その報告が散見されるようになった1)2).本症例においても遂次,術後化学療法を施行してきた.当初は大腸癌の可能性が否定できずレボホリナートを含むregimenも施行されたが,胃癌の確定診断後はS-1+CDDP併用療法,S-1療法を行った.しかし,いずれの化学療法もgrade 2~3の腹痛,下痢が出現し1クール以下しか施行することができなかった.その中でテガフール・ウラシルのみ標準量を1週投与3週休薬することで継続投与が可能であった.非常にフルオロウラシルに感受性が高く副作用が出やすかった可能性があり,そのため低用量ではあったが化学療法が奏効した可能性は否定できなかった.その他,長期生存が得られた理由として胃癌術後から再発までの期間が7年8か月と長期であったことからtumor dormancyも考慮する必要がある.そのため,本症例においては最終手術から10年以上経過した現在も引き続き注意深く経過観察する必要があると考える.
1983年から2013年5月まで医中誌Webで「胃癌」,「腹膜播種」,「長期生存」をキーワードに検索したところ,胃癌術後に複数回再発し遂次手術を行い長期生存が得られているという報告は峯ら14)の報告のみであった.ただし,峯ら14)の報告は初回手術から8年7か月の生存が得られているもので,最終手術からは5か月間無再発で経過している報告であった.本症例のように初回手術から20年以上生存しているだけでなく,さらに最終手術後からも10年以上の長期にわたって無再発であることが確認されたものは自験例のみであった.本症例が極めて特異的な経過であると考えられ文献的考察を含め報告した.
本論文の要旨は第68回日本消化器外科学会総会(2013年7月,宮崎)で報告した.
利益相反:なし