2015 Volume 48 Issue 10 Pages 834-839
症例は背部痛を主訴とする69歳の女性で,偶然上部消化管内視鏡検査で十二指腸球部に約10 mmの粘膜下腫瘍が発見された.生検の結果,神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor;以下,NETと略記),Grade 1(以下,G1と略記)と診断された.NET-G1で10 mm以下かつ粘膜下層までの深達度の場合,リンパ節転移のリスクが低いので縮小手術の適応と判断され,十二指腸球部を含めた幽門側胃切除術が施行された.病理組織学的検査では粘膜下層内に限局する8 mm大のNETと幽門下リンパ節への転移がみられた.十二指腸NETの本邦報告例21例を集計すると,G1または10 mm以下の場合でも3例にリンパ節転移が発生していた.十二指腸NETの治療に際しては,リンパ節転移リスクが低い条件を満たしていても,潜在的なリンパ節転移リスクを認識する必要性が示唆された.
十二指腸神経内分泌腫瘍は比較的まれな疾患であり,これまで十二指腸カルチノイドとして報告されてきた.2010年WHOの神経内分泌腫瘍(neuroendocrine tumor;以下,NETと略記)における分類で,細胞増殖能(grade;以下,Gと略記)により,NET-G1,NET-G2,neuroendocrine carcinoma(以下,NECと略記)の三つに大別されるようになった1).今回,腫瘍径8 mm,細胞増殖能G1でありながらリンパ節転移陽性であった十二指腸NETを経験したので文献的考察を加えて報告する.
患者:69歳,女性
主訴:背部痛
既往歴:18歳時に虫垂炎に対して開腹虫垂切除術を施行されている.
家族歴:特記すべきことなし.
現病歴:以前より背部痛を主訴に医療機関を受診することがあったが特に異常は指摘されなかった.2012年6月,背部痛が再度出現し,当院を受診し上部消化管内視鏡検査を行ったところ,偶然十二指腸粘膜下腫瘍が発見された.
初診時現症:特記すべきことなし.
血液学的所見:特記すべきことなし.
上部消化管内視鏡検査所見および生検結果:幽門輪に近接する十二指腸球部前壁に粘膜下腫瘍(submucosal tumor;以下,SMTと略記)を認め,狭帯域光観察(narrow band imaging;以下,NBIと略記)では正常粘膜に覆われていた.生検の結果,腫瘍細胞はchromogranin A(+),synaptophysin(+),NCAM(+)と神経内分泌系の形質を有し,増殖している細胞に顕著な異型や核分裂像(<2)はみられず,Ki-67指数は1%程度(≦2%)であった.2010年WHO分類の新分類に基づいてNET-G1と診断された(Fig. 1).
Immunohistochemical stains. Tumor cells showed a low Ki-67 index of about 1% (C) with positive expressions for chromogranin A (A) and synaptophysin (B).
上部消化管造影検査所見:上部消化管内視鏡検査所見と同様に,十二指腸球部前壁に約15 mm大,境界明瞭なSMTを認めた(Fig. 2).
Upper gastrointestinal series. A white arrow indicates a small rounded eminence (about 15 mm in diameter) with clear margins at the anterior wall of duodenal bulb.
腹部造影CT所見:幽門輪に近接する十二指腸球部に強い造影効果を伴う約10 mm大の腫瘤が描出された.リンパ節腫大,他臓器転移,腹膜播種結節を認めなかった.
治療方針:実質的な腫瘍径10 mmのNET-G1であることから,European Neuroendocrine Tumor Society(以下,ENETSと略記)のガイドライン2)に基づけば,超音波内視鏡検査を追加して深達度が粘膜下層(submucosa;以下,SMと略記)に留まることが担保されれば,内視鏡的切除も選択可能な状態であった.そこで,患者に対して説明を行ったが,患者の希望により外科的切除が選択された.術式は,縮小手術として,十二指腸球部を含む幽門側胃切除,Roux-en-Y再建が選択された.
手術所見:肉眼的に,腫瘍は壁内で発育しており漿膜面に露出しておらず,また,胃幽門上下リンパ節ならびに膵頭周囲リンパ節(膵頭後部,上腸間膜動脈,膵頭前部)に転移を疑う肉眼所見を認めなかった.その結果,リンパ節郭清が行われた範囲は,胃癌幽門側胃切除術のD1郭清に相当する小彎リンパ節,大彎右群リンパ節,幽門上リンパ節,幽門下リンパ節,さらに幽門上リンパ節の延長上にある総肝動脈前上部リンパ節となり,それぞれ検体として提出された.
摘出標本所見:腫瘍は,幽門輪に近接する十二指腸前壁を主座とし,粘膜下腫瘍の形態であった(Fig. 3).
The resected specimen. A submucosal tumor measuring 15 mm×10 mm in size was mostly located at the anterior wall of duodenal bulb adjacent to the pyloric ring.
病理組織学的検査所見:腫瘍は,十二指腸球部の粘膜下層内に限局して8×7 mm大の境界明瞭な腫瘤を形成しており,類円形核と両染性細胞質を有する細胞が,粘膜内では胞巣状に,粘膜下層内では,繊細な線維血管性間質を伴って,索状・網状配列をとりながら増殖していた.高度な核異型はみられず,核分裂像も目立たず(<2),Ki-67指数は1%未満であった.幽門下リンパ節に1個転移が認められた(Fig. 4).
Histopathological examination. A) Tumor cells did not exhibit high grade nuclear atypia, and showed low mitotic activity (HE stain, ×20). B) The presence of metastasis was confirmed at the subpyloric lymph node (HE stain, ×4).
術後経過:術後24か月経過した現在,無再発生存中である.
2000年,WHO分類において,神経内分泌への分化を示す腫瘍を全て神経内分泌腫瘍と総称するようになった.これにともなって,旧来カルチノイドと呼ばれた病変は,well differentiated endocrine tumor,well-differentiated endocrine carcinoma,poorly differentiated endocrine carcinomaに分類された.さらに,2010年に公表されたWHOの新分類では,細胞増殖能を核分裂像数とKi-67指数を用いて評価し,NET-G1,NET-G2,NECの三つに分類されるようになった.いまだに「カルチノイド」の名称を用いての報告が散見されるが,本症例はWHOの新分類に従ってNET-G1と診断し報告を行った.
先ず,十二指腸NETの発生頻度について述べる.Neuroendocrine Tumor Workshop Japanの報告3)によると,消化管NETの人口10万人当たりの有病患者数は3.5人,1年間の新規発症数は人口10万人当たり2.1人と推定される.消化管NETの部位別の頻度に関しては,前腸由来(食道,胃,十二指腸)が28.8%,中腸由来(空腸,回腸,虫垂)が5.2%,後腸由来(結腸,直腸)が66.0%とItoら4)は報告している.
次いで,十二指腸NETのリンパ節転移リスクについて考察を加える.ENETSのガイドライン2)では,G1で10 mm以下かつ深達度がSM浸潤までであればリンパ節転移のリスクは低く,内視鏡的切除の適応とされている.しかし本症例では,それらの条件を全て満たしているのにもかかわらず,リンパ節転移が認められた.そこで,G1かつ10 mm以下の十二指腸NETのリンパ節転移症例の本邦報告例の有無を確認するために,2010年から2013年7月までの医中誌Webで「神経内分泌腫瘍」と「十二指腸」をキーワード(会議録除く)として検索したところ,Grade分類が特定可能であった本邦報告例18例5)~22)が抽出され,これに当施設における十二指腸NET症例3例(本症例を含む)を加えて計21例をTable 1に列挙した.なお,深達度別については,一般的に球部病変では胃癌取扱い規約に準じ,乳頭部病変では胆道癌取扱い規約に則っていることから,深達度を同一のパラメーターで比較できず,集計項目から除外した.腫瘍径10 mm以下の十二指腸NET-G1でありながら,砂川ら7)が報告した副乳頭病変1例と中村ら13)が報告した副乳頭病変1例,本症例の球部病変1例の計3例において,リンパ節転移が陽性であった.すなわち,NETの新分類が公表されて間もないものの,本邦では10 mm以下NET-G1のリンパ節転移陽性例が報告されていることが明らかとなった.Soga23)は十二指腸カルチノイド927例を解析し,典型的カルチノイドの場合,リンパ節転移率が腫瘍径5 mm以下で10.6%,6~10 mm以下で13.9%と報告している.さらに,Soga24)は,SM浸潤の消化管カルチノイド1,914例を集計した結果として,腫瘍径5 mm以下の消化管カルチノイド(399例)でも,リンパ節を含む全ての転移率が6%と意外に高いことを指摘している.同研究において,SM浸潤の十二指腸カルチノイド(295例)の場合,その転移率が腫瘍径5 mm以下で8.3%,5.1~10 mmで10.5%であり,10 mm以下で総括すると9.8%に相当した.つまり,十二指腸カルチノイドの転移率は,腫瘍径10 mm以下の条件,さらに深達度SM浸潤を加えた条件においても,看過できない値(10%前後)として捉えるべきである.カルチノイドからNETへと疾患概念は変化しているが,上述した十二指腸カルチノイドのデータは,同様の条件を満たすNET-G1でもリンパ節転移が起こりうることを示唆していると考えられる.実際,今回の検討において内視鏡的切除の適応であるG1で10 mm以下かつ深達度がSM浸潤までの条件に完全に該当していながらリンパ節転移の存在が確認されたことから,ENETSのガイドラインに則って十二指腸NETに対して内視鏡的切除を考慮ないし施行した場合,潜在的なリンパ節転移リスクに留意しておく必要がある.
Case | Author | Year | Age | Sex | Location | Grade | Tumor size (mm) | Lymph node metastasis |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Seshimo5) | 2010 | 75 | M | Descend | G1 | 18 | N(–) |
2 | Hasebe6) | 2010 | 53 | M | Acc Papilla | G1 | 13 | N(+) |
3 | Sunakawa7) | 2010 | 37 | F | Acc Papilla | G1 | 7 | N(+) |
4 | Sakurai8) | 2010 | 78 | F | Papilla | G2 | 20 | N(+) |
5 | Haruki9) | 2010 | 73 | M | Bulb | G1 | 20 | N(+) |
6 | Saikawa10) | 2010 | 71 | F | Papilla | G3 | 18 | N(+) |
7 | Otowa11) | 2011 | 79 | M | Papilla | G3 | 14 | N(+) |
8 | Yagi12) | 2011 | 62 | M | Papilla | G1 | 25 | N(–) |
9 | Nakamura13) | 2011 | 40’s | F | Acc Papilla | G1 | 10 | N(+) |
10 | Harima14) | 2011 | 60’s | M | Bulb | G1 | 14 | N(+) |
11 | Beppu15) | 2012 | 67 | F | Papilla | G3 | 13 | N(–) |
12 | Arai16) | 2012 | 61 | F | Acc Papilla | G1 | 19 | N(+) |
13 | Yamamoto17) | 2012 | 59 | F | Descend | G2 | 30 | N(+) |
14 | Kinoshita18) | 2012 | 48 | F | Papilla | G1 | 20 | N(+) |
15 | Yamada19) | 2012 | 74 | F | Acc Papilla | G1 | 10 | N(–) |
16 | Adachi20) | 2012 | 63 | M | Papilla | G2 | 11 | N(–) |
17 | Yoshioka21) | 2012 | 67 | M | Papilla | G1 | 23 | N(+) |
18 | Kato22) | 2013 | 76 | M | Papilla | G3 | 15 | N(–) |
19 | Our case 1 | 73 | F | Bulb | G2 | 6 | N(+) | |
20 | Our case 2 | 65 | M | Bulb | G1 | 8 | N(–) | |
21 | Our case 3 | 69 | F | Bulb | G1 | 8 | N(+) |
最後に,十二指腸球部に発生したNETに対する手術治療について述べる.二村25)は,膵頭部領域癌の縮小手術として十二指腸球部(第1部)であれば胃十二指腸切除術が適応となると述べている.同術式のリンパ節郭清としては膵頭周囲リンパ節郭清を注意深く行い,膵頭後部・上腸間膜動脈・膵頭前部リンパ節のいずれかに転移を認める場合には躊躇することなく膵頭十二指腸切除に切り替えた方が良いことを推奨している.消化管NETのリンパ節郭清はそれぞれの部位の癌取扱い規約に準じた定型的なリンパ節郭清が行われることが多い.しかしながら,十二指腸癌の取扱い規約は確立されておらず,各施設の裁量で行われているのが実状である.今後,適切な切除範囲とリンパ節郭清範囲を決定するためには,WHO新分類に基づいた症例報告が蓄積されていく必要がある.
利益相反:なし