2015 Volume 48 Issue 10 Pages 855-861
虫垂憩室炎と虫垂鋸歯状腺腫は,それぞれ比較的まれな疾患である.今回,我々はその両者を併発した症例を経験したので報告する.患者は73歳の男性で,右下腹部痛を主訴に来院し,腹部造影CTで虫垂腫大および周囲の脂肪織濃度上昇と,虫垂壁から突出する囊胞状の小隆起を認めた.急性虫垂憩室炎と診断し,同日緊急手術を施行した.腹腔内には膿性腹水が貯留し,切除した虫垂の虫垂間膜側に3個の憩室を認め,そのうち一つの憩室が穿孔していた.病理組織学的診断で憩室は仮性憩室であり,虫垂根部に鋸歯状腺腫を認めた.虫垂憩室炎と虫垂鋸歯状腺腫を併発した本邦報告例はなく,極めてまれな症例と考えられた.
虫垂憩室炎と虫垂鋸歯状腺腫は,それぞれ比較的まれな疾患であり1),その両者を併発した報告はない.今回,我々は急性虫垂憩室炎の診断で虫垂切除術を施行し,病理組織学的診断で憩室穿孔および虫垂鋸歯状腺腫を認めた1例を経験したので報告する.
患者:73歳,男性
主訴:右下腹部痛
既往歴:43歳時に十二指腸潰瘍に対し幽門側胃切除術施行
現病歴:前日の夕食後より心窩部痛を自覚し,翌日朝より右下腹部痛が出現した.増悪傾向にあったため,当院を受診した.
入院時現症:体温37.8°C,血圧136/78 mmHg,脈拍80回/分,McBurney点に一致して圧痛があり,Blumberg sign陽性で筋性防御を認めた.
血液検査所見:WBC 9,300/mm3,CRP 0.025 mg/dlと軽度の炎症反応を認めたが,その他の生化学検査に異常所見を認めなかった.
腹部CT所見:虫垂は著明に腫大,肥厚し,周囲の脂肪織濃度上昇を伴っていた.CT前額断で虫垂壁から突出する囊胞状の小隆起を認めた.明らかな腹水貯留やfree airは認めなかった(Fig. 1).
Abdominal enhanced CT: A) the white arrow shows a swollen appendix with surrounding fat tissue (coronal section). B) the black arrow indicates the probable cystic region of the appendix (frontal section).
以上所見より,限局性腹膜炎を伴う急性虫垂憩室炎と診断し,同日,緊急手術を施行した.
手術所見:傍腹直筋切開で開腹した.虫垂周囲に膿性腹水が貯留し,虫垂は著明に発赤・腫大していた.さらに,虫垂根部近傍に穿孔を認め,同部からゼリー状の粘液が漏出していた(Fig. 2).粘液を細胞診検査に提出したが,悪性所見は認めなかった.回盲部に炎症の波及はなく,虫垂根部で処理は可能と判断し,虫垂切除術を施行した.
Intraoperative findings: the appendix was very swollen. Its proximal edge was perforated (arrow).
切除標本所見:虫垂の全長は5.5 cmで,虫垂壁は著明に肥厚していた.虫垂根部近傍に隆起性病変があり,その末梢の虫垂間膜側に3個の憩室を認め,その内の一つが穿孔していた(Fig. 3).
Macroscopic findings of the resected specimen: the appendix had three diverticula (black arrows), and one of them was perforated. A serrated adenoma is located at the base of the appendix (white arrow).
病理組織学的検査所見:憩室穿孔部の粘膜は脱落し,炎症細胞の著明な浸潤を認めた.憩室部の筋層は欠損しており,仮性憩室であった(Fig. 4A).憩室の一つに伸展する腫瘍性病変を認め,核偽重層化および好酸性の細胞質と鋸歯状の腺管分枝像を呈しており,鋸歯状腺腫と診断した.切除断端は陰性であった(Fig. 4B).以上より,鋸歯状腺腫を伴う虫垂仮性憩室炎および憩室穿孔と最終診断した.
Histological findings: A) interrupted muscular layer (arrows) and diverticulum reached the subseroral layer. Inflammatory cells infiltrated from the proper mucosal layer to the submucosal layer at the bottom of the diverticulum (Desmin stain). B) the high power view obtained from the base of the appendix showed a serrated adenoma, which had nuclearpseudostraitification, eosinophilic cytoplasm of columnar cells, and branching of serrated glands (HE stain ×100).
術後経過:術後経過は概ね良好で,術後6日目に退院した.退院後,外来にて大腸内視鏡検査を施行したが他病変は認めず,現在も定期的に診察を継続している.
虫垂憩室症は比較的まれな疾患であり,Collins1)によると虫垂切除例と剖検例を合わせた71,000例中1,065例(1.5%)と報告している.虫垂憩室は全層構造を保った真性憩室と固有筋層を欠く仮性憩室に大別されるが,真性憩室は本邦報告12例とまれで2),大部分が仮性憩室である.成因は虫垂内圧の上昇によって血管貫通部などの腸管壁抵抗性減弱部を通じて粘膜が脱出することによるとされており,虫垂間膜側に多発することが多い.その穿孔率は虫垂炎の3.0~9.2%と比較し,33.3~60.0%と圧倒的に高い3)~5).
これまで虫垂憩室炎を術前に診断することは困難とされてきたが5),近年の画像診断の向上により,超音波検査やCTによって術前診断は可能とする報告も散見される6).自験例においても,CT前額断で小囊胞状構造物を認め,術前に虫垂憩室炎と診断している.術前診断がついた際の治療方針として,炎症を伴う有症状の症例では,容易に穿孔や膿瘍形成を生じることから,手術が一般的であるが,無症状で偶然発見された虫垂憩室症の予防的切除については,一定の見解は得られていない7).
一方,虫垂原発の良性腫瘍もまれな疾患で,Collins1)の報告によるとその頻度は0.08%(71,000例中57例)とされている.本邦においては,2012年に24例の症例報告の集計(会議録を除く)8)があり,それに加えて2014年5月までに29例9)~12)(自験例を含む)の症例報告を認めた.虫垂の良性腫瘍は大腸腫瘍に準じて分類し13),管状腺腫,絨毛腺腫,管状絨毛腺腫,鋸歯状腺腫に分けられるが,29例の病理組織学的診断は管状腺腫11例(37.9%),絨毛腺腫6例(20.7%),管状絨毛腺腫6例(20.7%),鋸歯状腺腫4例(13.8%),組織型不明2例(腺腫・腺腫性ポリープ)であった.
虫垂良性腫瘍の治療は,基本的に虫垂切除術や盲腸切除術などの局所切除でよく,術後に病変が判明した場合も切除断端が陰性で悪性所見を認めなければ追加切除は不要であり,大腸良性腫瘍と同様の経過観察でよいとされている.しかし,実際には,術前検査で腫瘍性病変を認めた場合,癌の合併を考慮してリンパ節郭清を伴う回盲部切除術が選択されていることが多い8)9).虫垂鋸歯状腺腫の症例においても,術前診断された2症例11)14)はいずれも回盲部切除術を施行されていた.
虫垂憩室と虫垂腫瘍との関係においては,Dupreら15)が,成人における後天性虫垂憩室と虫垂腫瘍との合併が48%と非常に高率であることを報告している.しかし,本邦においては,医中誌Web版で『虫垂憩室』と『虫垂腫瘍』をキーワードに検索したところ,1977年から2014年5月までにこれらを併発した報告例は自験例を含めて14例16)~28)(会議録を除く)と非常に少ない.虫垂腫瘍や虫垂憩室の頻度を考慮すると,これらを併発するも虫垂炎として手術され,詳細な病理組織学的検査が行われなかった症例が多数存在している可能性が考えられる.
今回集計を行った14例の内訳は,第7版大腸癌取扱い規約13)によると粘液囊胞腺腫5例,杯細胞型カルチノイド4例,虫垂腺癌4例(1例粘液囊胞腺腫と重複),Peutz-Jeghers型ポリープが1例であり,鋸歯状腺腫に憩室を伴った症例は自験例のみであった(Table 1).これらの症例は全例とも仮性憩室であり,14例中7例18)24)~28)が憩室穿孔し,4例18)23)26)が多発していた.虫垂憩室発生の原因は,12例で腫瘍による虫垂内圧の上昇としており,自験例においても,虫垂根部に腫瘍が存在し,虫垂末梢の軽度拡張と虫垂間膜側の憩室多発を認めたことから,腫瘍や粘液産生による虫垂内圧の上昇が原因と考えられた.
Case | Author/Year | Age | Sex | Preoperative diagnosis | Pathology of appendix tumor | Operation |
---|---|---|---|---|---|---|
1 | Hashizume16) 1998 |
46 | F | Intussusception of the appendix by a mucinous neoplasm | Mucinous cystadenoma Adenocarcinoma | Cecal resection |
2 | Numata17) 1999 |
28 | F | Peutz-Jeghers syndrom | Polyp of Peutz-Jeghers Type | Appendectomy |
3 | Takatsuka18) 2000 |
67 | F | Acute appendicitis | Signet-ring cell carcinoma | 1st Appendectomy 2nd ileocecal resection with lymph node dissection |
4 | Imamura19) 2000 |
39 | F | Acute appendicitis | Goblet cell carcinoid | 1st Appendectomy 2nd ileocecal resection with lymph node dissection |
5 | Miyagawa20) 2008 |
58 | M | Appendiceal mucinous neoplasm | Mucinous cystadenoma | Appendectomy |
6 | Ohga21) 2011 |
40 | M | Appendiceal mucinous neoplasm with diverticulum | Mucinous cystadenoma | Cecal resection |
7 | Yamashita22) 2012 |
61 | M | Acute appendicitis with diverticulum | Goblet cell carcinoid | 1st Appendectomy 2nd ileocecal resection with lymph node dissection |
8 | Nakagawa23) 2012 |
58 | M | Appendiceal mucinous neoplasm | Mucinous cystadenoma | Appendectomy |
9 | Uchida24) 2012 |
72 | F | An intraperitoneal abscess with perforated appendicitis | Papillay adenocarcinoma | ileocecal resection with lymph node dissection |
10 | Takatsuka25) 2013 |
60 | M | Appendiceal mucinous neoplasm | Mucinous cystadenoma | Cecal resection |
11 | Nitta26) 2013 |
70 | F | An intraperitoneal abscess with perforated appendicitis | Goblet cell carcinoid | Appendectomy |
12 | Yoshimi27) 2014 |
66 | M | Acute appendicitis | Goblet cell carcinoid | 1st Appendectomy 2nd ileocecal resection with lymph node dissection |
13 | Imamura28) 2014 |
81 | M | Perforated appendicitis | Adenocarcinoma in tubular adenoma | Appendectomy |
14 | Our case | 73 | M | Perforated appendiceal diverticulum | Serrated adenoma | Appendectomy |
術前診断された症例は,虫垂腫瘍が5例(全例,粘液囊胞腺腫),虫垂憩室が3例であり,両者を正確に診断しえた症例は1例のみであった.虫垂炎,虫垂憩室炎の術前診断で手術を行った8症例は,いずれも術中に虫垂腫瘍の存在診断には至らず,術後の病理組織学的検査で判明している.術中所見において,虫垂壁より突出する囊状構造物や虫垂内の著明な粘液貯留を認めた場合,粘液囊胞腺腫の可能性を示唆しているが16)21),早期虫垂癌や虫垂腺腫は特異的な所見に乏しく,術後の病理組織学的検査で明らかとなる症例が多い29).自験例においては,穿孔部よりゼリー状の粘液漏出を認め,虫垂腫瘍の可能性を疑い細胞診検査を行ったが異常所見を認めなかった.術前のCTで虫垂憩室を認めていたことより,安全を期すのであれば術中に迅速病理組織学的検査を考慮すべきであったかもしれず,反省すべき点である.切除標本の検討では,全例に虫垂壁の高度な壁肥厚を伴っていたが,いずれも炎症性変化と区別できるものではなく,隆起性病変もしくはポリープ様構造物を認めた症例は自験例を含め3例のみ24)28)であった.14例の術式は,悪性所見を認めた8例中5例にリンパ節郭清を伴う回盲部切除術(4例は虫垂切除の後に追加で施行),粘液囊胞腺腫を含めた6例に盲腸切除もしくは虫垂切除を施行されていた.
虫垂憩室を伴う虫垂癌,粘液囊胞腺腫の12症例においては,膿瘍内に癌細胞を認めた症例が存在するものの,リンパ節転移や再発を認めた報告はない.原発性虫垂癌は発見時にすでに進行癌となっている症例が多く,Stage IVや腹膜播種の割合が高いと報告されているが30),虫垂憩室を伴う虫垂腫瘍の症例は,虫垂憩室炎や憩室穿孔による有症状を契機に発見されるため,虫垂腫瘍としては比較的早期の段階で治療につながっている可能性が考えられる.
急性虫垂炎や虫垂憩室炎を保存的に治療した症例においては,虫垂腫瘍が存在している可能性を考慮し,治療後の大腸内視鏡検査による虫垂開口部の十分な観察が有用であるとの報告がある8)31).保存的加療を行った際に虫垂鋸歯状腺腫が存在していた場合,その担癌率が問題となるが,現在までに鋸歯状腺腫に癌の合併を認めた報告はなく不明である.大腸鋸歯状腺腫の担癌率は,管状腺腫や絨毛腺腫,管状絨毛腺腫の担癌率とほぼ差はない32)との報告があるが,遺伝子レベルにおいて大腸鋸歯状腺腫にはBRAF変異が多いのに対し,虫垂鋸歯状腺腫にはK-ras変異を伴う症例が多いとの違いが報告されており33),虫垂鋸歯状腺腫を大腸鋸歯状腺腫と同等に扱うには注意を要する.現状においては虫垂鋸歯状腺腫を認めた際に,ほかの虫垂良性腫瘍と同様に局所切除を行い,術後の病理組織学的検査によって追加切除を検討することが望ましいと考える.
画像診断の進歩とともに,無症状で偶然発見される虫垂腫瘍や虫垂憩室症の症例が,今後増加してくると予想される.虫垂腫瘍においては早期の外科的切除が望ましいが,虫垂憩室症においては前述のごとく予防的切除に対する一定の見解は得られていない.しかし,本症例のように腫瘍性病変が併存している可能性も十分に考えられ,精査と厳重な経過観察を行い,疑わしい場合は迅速に対応することが肝要であると思われた.
利益相反:なし