2015 Volume 48 Issue 4 Pages 328-336
症例は62歳の男性で,健康診断にて胆道系酵素上昇を指摘され,当院を受診した.画像検査で肝左葉に直径3 cmの腫瘤性病変と,その近傍に拡張した肝内胆管を認めた.胆汁細胞診はclass IIであったが,多数の肝吸虫の虫卵が証明された.本患者にはフナの生食の嗜好歴があった.Praziquantelを内服後,肝吸虫症に合併した肝内胆管癌と考え,肝左葉切除術を施行した.病理組織学的検査は低分化型腺癌であった.腺癌周囲にはリンパ球浸潤や線維化が生じており,慢性胆管炎後の変化が見られた.胆管内には結石などその他の慢性炎症の原因となるものはなく,本症例は肝吸虫症による慢性炎症が胆管癌発生に関与したと考えられた.淡水魚の生食歴などがあれば,糞便検査や十二指腸液検査などを行い,肝吸虫や虫卵を認めた場合は,駆虫するとともに胆管癌合併の可能性を考慮する必要がある.
タイに生息するタイ肝吸虫は,以前より胆管癌との関連が疫学的に証明されており,IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risk to Humansで胆管癌に対する第1群の発癌因子として分類されている.そして,日本に生息するシナ肝吸虫も1994年には第2A群であったが,2012年にはタイ肝吸虫と同様の第1群の発癌因子に分類され,発癌への関与が示された1).寄生虫感染症は減少してきているものの,世界各国からの生鮮食品の輸入や海外渡航の日常化により,今後も流行する危険がある疾患としてとらえるべきである.さらに,寄生虫感染症と発癌との関係が解明されつつある現在では,駆虫薬などを使用し,癌化を予防することが最も重要である.今回,我々は肝吸虫症に合併した胆管癌を経験したので,文献的考察を加えて報告する.
患者:62歳,男性
主訴:健康診断で,肝機能異常を指摘された.
既往歴:特記事項なし.
家族歴:特記事項なし.
生活歴:滋賀県出生で,幼少期から20年ほど前まで琵琶湖で捕れたフナの生食嗜好があった.喫煙歴はなく,機会飲酒であった.
海外渡航歴:なし.
現病歴:2011年3月の健康診断で,胆道系酵素上昇と腹部超音波検査にて肝内胆管の拡張を指摘され,検査・加療目的で当院を受診した.
現症:身長168 cm,体重61 kg.眼球結膜や皮膚の黄染なし.腹部は平坦で圧痛などの所見はなく,肝・脾は触知せず,表在リンパ節も触知しなかった.
入院時血液検査所見:WBC 6,500/μl(Neutro 52.4%,Eosin 1.1%,Baso 0.5%,Mono 8.2%,Lymph 37.8%)であり好酸球増多は認めなかった.GOT 29 IU/l,GPT 16 IU/l,γ-GTP 105 IU/l,ALP 368 IU/l,T-Bil 0.51 mg/dlと胆道系酵素に軽度上昇を認め,HBs抗原とHCV抗体は陰性であった.CEA は2.9 ng/mlで異常なかったが,CA19-9は697 U/mlと高度の上昇を認めた.ICG15分停滞率は12.3%であり,Child-Pugh分類A,肝障害度Aであった.
腹部超音波検査所見:左葉は萎縮し辺縁は鈍化しており,同部位はhypoechoicであった.末梢の肝内胆管にも拡張を認めた.
腹部造影CT所見:肝左葉は高度に萎縮し,中心部に直径3 cmの造影効果不良な腫瘤性病変が見られた.近傍には拡張した肝内胆管を認めた(Fig. 1).
Abdominal CT scan reveals a mass lesion with a diameter of 3 cm in the hepatic left lobe and an adjacent expanded intrahepatic bile duct.
ソナゾイド超音波所見:肝左葉には乏血性腫瘤が明瞭に描出され,辺縁から中心部に向かい徐々に造影された.
ERCP所見:総肝管・総胆管は全域に渡って狭小化していた.右葉後区域枝は北回りで左肝管に合流していた.右葉前区域枝はスムーズに造影されたが,右葉後区域枝と左肝管の合流部付近やそれより末梢の左胆管枝は狭小化し途切れた像として描出された(Fig. 2).
ERCP reveals extensive stenosis of the common hepatic duct and the common bile duct throughout the whole area.
血管造影所見:門脈左枝は根部から閉塞していた(Fig. 3).
Angiography reveals stenosis of the left branch of the portal vein becoming narrow from its roots.
胆汁細胞診:左肝内胆管のブラシ細胞診と総胆管内から採取した胆汁細胞診はclass IIであり,黄色でレモン型の肝吸虫の虫卵を多数認めた(Fig. 4).
A large number of ova of parasites of the lemon-shaded Clonorchis sinensis in yellow were recognized on cytodiagnosis.
糞便検査所見:肝吸虫や虫卵は認めなかった.
患者は滋賀県出生で,幼少期からフナの生食歴があり,長年に渡り肝吸虫が寄生していた可能性があった.ERCPでの胆管全域に渡る狭小化は慢性炎症を示唆する所見であり,胆管内には結石など肝吸虫症以外の慢性炎症の原因となる疾患はなかった.以上より,肝吸虫症による慢性炎症を背景とした肝内胆管癌と考え,駆虫薬であるpraziquantel 40 mg/kg/日,分2を2日間経口投与した後,手術を実施することとした.術前の腫瘍進展範囲としては,ERCP所見からは左肝管と右葉後区域枝合流部付近にまで腫瘍浸潤が及んでおり,さらに血管造影所見からは門脈左右分岐部付近まで腫瘍浸潤が及んでいると考えた.術式としては,肝左葉切除,右葉後区域胆管再建,門脈合併切除を予定した.
手術所見:肝左葉は左門脈閉塞によると思われる著明な萎縮と変色を認め,表在に硬い結節を認めた.術中胆道造影を行い,右葉後区域枝が左肝管に合流しているのを確認した.右葉後区域枝合流部より中枢側の左肝管を切除し,術中迅速組織検査に提出したところ,断端に腺癌を認めた.肉眼的には右葉前区域枝と総肝管の合流部付近まで壁は硬く,この付近まで浸潤があると判断した.そのため,右葉前区域枝切除,総肝管切除を行い,右葉後区域枝もB6,B7分岐部付近まで切除した.再建は右葉前区域枝と総肝管を端々吻合し,内腔に4Frステントを留置し胆囊管断端から体外に誘導した.右葉後区域枝は挙上空腸と吻合し,こちらには4 Frステントをlost stentとして留置した.門脈も予想通り左右第一分岐部付近まで壁は硬く,浸潤が疑われたので,門脈右枝と門脈本幹を3 cm程度切除し,端々吻合を行った.肝左葉切除にSpieghel葉切除を追加し,8番リンパ節と12番リンパ節を郭清した.膀胱頂部に5 mm大の白色結節を一つ認めたため,サンプリングとして摘出した.
摘出標本肉眼所見:萎縮した左葉のほとんどを占める,4.5×4.0 cmの腫瘤形成型で白色の腫瘍組織を認めた(Fig. 5).
The tumor was 4.5×4.0 cm with a white mass formation type.
病理組織学的検査所見:Cholangiocellular carcinoma,moderately-poorly differantated(4.5×4.0 cm size),H2,Ig,Fc(–),FC-Inf(–),Sf(–),S0,Vp4,Vv0,Va0,B4,P1,SM(+),CH,F3,T4,N1,M1,stage IV B,Hr2,D(+),R(+),CurC.
広範囲に中-低分化型腺癌の多所性増生所見を認めた(Fig. 6).右葉後区域枝断端や右葉前区域枝断端,総肝管断端には悪性所見はなかったが,肝門部に向かう索状物内に腫瘍が存在し,肝臓の剥離断面にも腫瘍が及んでいた.また,合併切除した門脈本幹にも腫瘍細胞が増殖していた.8番リンパ節,12番リンパ節ともに転移を認め,さらに永久標本で膀胱頂部の白色結節に腺癌の播種転移を認めた.腺癌周囲の背景肝では,門脈域主体の高度のリンパ球浸潤が見られ,一部では線維性架橋も伴う線維化が生じており,慢性胆管炎後変化に当てはまる所見であった(Fig. 7).PAS,alcinan blue,mucicarmine,Giemsa,Grocott,masson-trichrome染色を行ったが,組織学的に肝吸虫や虫卵は確認できなかった.
Histopathological findings show poorly differentiated adenocarcinoma (HE staining, ×100).
Lymphocytic infiltration and fibrosis occurs around the adenocarcinoma, and changes after chronic cholangitis are shown(HE staining, ×40).
術後経過:術後,外来にてgemcitabine(以下,GEMと略記)による化学療法を実施した.術後6か月のCTにて傍大動脈周囲リンパ節腫大を認め,S-1内服に化学療法を変更した.術後2年のCTにて肝門部に局所再発と考えられる軟部腫瘤を認め,腹膜播種の増大,膀胱転移も認めた.GEM+S-1療法に変更し,肝門部再発病変に対しては放射線照射を行った.しかし,肝門部再発巣の左胃動脈浸潤による腹腔内出血を来し,術後2年7か月に永眠された.
ヒトに寄生する肝吸虫は,タイ,ラオスに生息するタイ肝吸虫Opisthorchis viverrini,日本,中国,台湾,朝鮮,インドシナ半島などの東南アジアに生息するシナ肝吸虫Clonorchis sinensis,ヨーロッパ,シベリアに生息するネコ肝吸虫O. felineusの3種類がある.タイ肝吸虫は胆管癌との関連が疫学的に証明されており,タイでは人口の約10%がタイ肝吸虫に感染し,その7~10%が胆道癌を発生し,毎年2万人程度が胆道癌で死亡している2).本症例のような肝内胆管癌の発生率は,人口10万人あたり87人で世界最高といわれ,タイでの103例の肝内胆管癌患者のcase control studyで,タイ肝吸虫感染者は正常人の5倍の肝内胆管癌合併リスクがあることが示された3).そして2012年には日本に生息するシナ肝吸虫が,タイ肝吸虫と同様の胆管癌発生に関連する第1群の発癌因子に分類され,発癌への関与が示された1).我が国での肝吸虫症の流行地としては岡山県児島湾沿岸,琵琶湖湖畔,八郎潟,筑後川,利根川,吉野川流域が知られている4).寄生虫感染症は減少しているが,依然流行する可能性がある地域として注意すべきである.
肝吸虫は,第一中間宿主であるマメタニシなどの淡水貝に摂食されセルカリアとなり,マメタニシの体から水中に泳ぎだし第二中間宿主であるフナやコイなどの淡水魚に摂食される,もしくは鱗下に侵入し,筋肉内でメタセルカリアとなる.そして,ヒトがその魚を生,または不完全調理のまま摂食して感染する.メタセルカリアは小腸で脱囊し,十二指腸に至り胆汁の流れを求めて胆管,胆囊内に侵入する(Fig. 8).感染後約20日で成虫となり産卵(7,000個/日)を始める.成虫の寿命は10~20年と長く,産卵された虫卵は糞便に混ざって排出される.これら虫体や虫卵が寄生することで,胆管閉塞や胆汁鬱滞が起こり,胆管周囲の慢性炎症を引き起こす.そして,放置すると肝実質に炎症が及び寄生虫性肝硬変となる.病理像は肝臓の間質の増殖,細胞変性,萎縮,壊死などである.
Life cycle of the clonorchis sinensis.
症状としては少数寄生では無症状であるが,1,000匹以上の多数寄生では食欲不振や腹部膨満,下痢,上腹部痛などが出現し,肝障害が進行すると腹水貯留や黄疸が出現する5)~7).そして,この胆管周囲の慢性炎症が発癌に関与していると考えられている.タイ肝吸虫感染ハムスターにニトロソ化合物を投与すると胆管癌が誘発されることが以前より証明されている.このニトロソ化合物のようなイニシエーターが加わった状態で肝吸虫の持続感染が起こると,慢性炎症による機械刺激がプロモーターとなり胆管上皮のturn overをはやめ,発癌に至るのではないかと推測されている8)~13).さらに,川本ら14)は炎症性発癌に深く関与しているCOX2およびCOX2/PGE2 pathwayとリンクして活性化するEGFR,HER2,HER3の発現が寄生虫関連胆管癌の発生,進展にどのように関与しているかを検討した.その中でCOX2は正常胆管上皮,過形成上皮,癌となるにつれ陽性率が増加し,EGFR,HER2,HER3はそれぞれ約20~30%の陽性率を示し,特に寄生虫非関連肝内胆管癌と比べEGFRの発現が有意に高かったと報告している.肝吸虫症の診断は糞便中ないし胆汁中の虫卵の検出であるが,検出困難な場合は血清学的診断法としてdot ELISA法,さらにより感度の高いmicroplate ELISA法が有用であるとの報告がある11).重症感染では貧血を来し,好酸球増多,IgE値の上昇が見られる.治療は駆虫薬であるpraziquantelの経口投与を行う.Praziquantelの投与量は寄生虫ごとで異なるが,肝吸虫では20~40 mg/kg/日,分2,2~3日間の経口投与で,約8割の症例で駆虫できるとされている15)~18).本症例ではpraziquantel投与前の便虫卵検査が陰性であり,かつ病変を切除したことより,駆虫できたと判断し術後は投与しなかった.しかし,術後のドレーンチューブ内にも肝吸虫を認め,再度praziquantel投与を行い虫体の消失を確認した例もあり19),効果判定としてpraziquantel投与後1週間程で虫卵検査や抗肝吸虫抗体検査を行うことや,手術例ではドレーンチューブ内の肝吸虫の有無を調べることなどが必要である.
国内での肝吸虫症に合併した胆管癌の報告としては,医学中央雑誌で期間を1983~2013年,「肝吸虫」で検索し,そのうち胆管癌を合併したものは本症例を含むと20例あった(Table 1)8)11)19)~34).黄疸や腹痛などの有症状が16例に見られ,無症状では肝機能異常などが見られた.また,19例でPTCDやERCPでの胆汁細胞診で肝吸虫や虫卵を認め,肝吸虫の診断に至っていた.また,記載があった中では11例に淡水魚の嗜好歴があり,滋賀県の琵琶湖,秋田県の八郎潟,群馬県の利根川での報告があった.駆虫薬は11例で使用されていた.肝吸虫は主に2次分枝より末梢の肝内胆管に寄生するとされ,肝内胆管癌との合併が以前よりいわれていたが,報告されているものでは肝内胆管癌3例,肝門部胆管癌7例,中部胆管癌4例,下部胆管癌4例,十二指腸乳頭部癌2例であった.また,胆管癌以外では膵頭部癌に合併した肝吸虫症の報告が数例あり,肝細胞癌や胆囊癌,肺癌などとの合併例も報告されている21)35)~37).
No. | Author | Year | Sex | Age | Residence | Chief complaints | Raw fresh-water fish intake | Method for diagnosis of clonorchiasis | Location of bile duct carcinoma | Treatment |
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1 | Nishio20) | 1984 | M | 39 | from Korea | jaundice | yes | cytodiagnosis of the bile | common hepatic duct | surgical operation |
2 | Yagisawa21) | 1984 | M | 50 | Akita | jaundice | unknown | cytodiagnosis of the bile | common hepatic duct | unknown |
3 | Nemoto22) | 1989 | M | 66 | unknown | abdominal pain | unknown | cytodiagnosis of the bile | inferior bile duct | surgical operation |
4 | Chisaki23) | 1990 | M | 78 | unknown | jaundice | unknown | cytodiagnosis of the bile | common hepatic duct | unknown |
5 | Chisaki23) | 1990 | M | 48 | unknown | unknown | unknown | cytodiagnosis of the bile | common hepatic duct | unknown |
6 | Fukunaga24) | 1993 | F | 59 | Ibaragi | jaundice | none | cytodiagnosis of the bile | common hepatic duct | praziquantel, surgical operation |
7 | Lee25) | 1994 | M | 64 | unknown | jaundice | unknown | cytodiagnosis of the bile | intrahepatic bile duct | praziquantel, radiation, hyperthermia |
8 | Tabuchi26), Mita27) | 1996 | M | 55 | Shiga | jaundice | yes | cytodiagnosis of the bile | common hepatic duct | praziquantel, surgical operation |
9 | Sako28) | 1998 | M | 66 | Shiga | jaundice | yes | cytodiagnosis of the bile | duodenal papillary | surgical operation |
10 | Kamiya19) | 1998 | M | 60 | unknown | none | yes | stool smear | intrahepatic bile duct | praziquantel, surgical operation |
11 | Ishikawa8) | 1998 | M | 74 | unknown | jaundice | unknown | cytodiagnosis of the bile | common hepatic duct | surgical operation |
12 | Kondo29) | 1999 | M | 75 | unknown | jaundice | unknown | cytodiagnosis of the bile | middle bile duct | praziquantel |
13 | Akasaka30) | 2000 | M | 64 | Akita | abdominal pain | yes | cytodiagnosis of the bile | middle bile duct | surgical operation |
14 | Saito31) | 2002 | M | 71 | from Taiwan | jaundice | unknown | cytodiagnosis of the bile | middle bile duct | praziquantel, surgical operation |
15 | Tsutsumi32) | 2002 | M | 71 | unknown | jaundice | yes | cytodiagnosis of the bile | inferior bile duct | praziquantel, surgical operation |
16 | Tanaami33) | 2003 | F | 66 | Gunma | jaundice | yes | cytodiagnosis of the bile | inferior bile duct | anthelmintic drugs |
17 | Tanaami33) | 2003 | M | 70 | Gunma | none | yes | cytodiagnosis of the bile | inferior bile duct | anthelmintic drugs, surgical operation |
18 | Onodera11) | 2007 | F | 37 | from China | abdominal pain | yes | cytodiagnosis of the bile, against Clonorchis sinensis | duodenal papillary | praziquantel, surgical operation |
19 | Maeda34) | 2009 | M | 59 | Shiga | abdominal pain | yes | cytodiagnosis of the bile | middle bile duct | praziquantel, surgical operation |
20 | Our case | M | 62 | Shiga | none | yes | cytodiagnosis of the bile | intrahepatic bile duct | praziquantel, surgical operation |
本患者は無症状であり,健診で肝機能異常を指摘されたことが精査のきっかけとなった.幼少期から琵琶湖の淡水魚であるフナの生食歴があり,糞便検査では虫卵陰性であったが,ERCPの胆汁液から虫卵が検出され肝吸虫症の診断に至った.画像検査ではERCPで胆管全域に渡る狭小化を認め,慢性炎症を示唆する所見であった.病理検査では腺癌周囲に慢性胆管炎後変化を示唆する所見を認め,肝吸虫症による慢性炎症を背景とした胆管癌と考えた.術中所見,病理検査からは術前判断した進展度よりもさらに胆管中枢側に広範囲に腫瘍が進展していた.胆道全域に及ぶ,肝吸虫症による慢性炎症を背景とした胆管癌であり,そのため局所的ではなく広範囲に腫瘍が及んでいたのだと考えた.このように慢性炎症を背景とし広範囲に浸潤が及んでいたケースは他にも報告されており19)34),腫瘍の進展範囲の評価には十分注意が必要である.本症例では肝門部に広範囲に腫瘍が進展していたこと,膀胱頂部の結節が播種転移であったことなどから,術後2年のCTで肝門部に局所再発と考えられる軟部腫瘤を認め,腹膜播種の増大,膀胱転移も認めた.GEMやS-1などの化学療法,放射線照射などを行ったが,術後2年7か月の肝門部再発病変の血管浸潤による腹腔内出血が直接の死因となった.
肝吸虫症が癌化するまでの潜伏期間は30~40年あるとされ,食文化の多様化,海外渡航の日常化により,東南アジアだけの感染症ではなく,また「過去の疾患」ではなく「現在そしてこれからの疾患」としてとらえるべきである.さらに,渡航者のタイ肝吸虫感染だけでなく,我が国に生息するシナ肝吸虫感染も発癌の危険がある重要な感染症としてとらえ,肝吸虫が検出されたらpraziquantelによる駆虫を行い,癌化を未然に防ぐとともに,胆道癌を念頭においた検査をすべきである.
利益相反:なし