2015 Volume 48 Issue 4 Pages 314-320
症例は61歳の男性で,右鎖骨の病的骨折疑いで当院紹介となり精査目的の全身CTにて肝右葉に12 cm大の腫瘍を認めた.13年前に他院で直腸平滑筋肉腫を切除されており,生検にて平滑筋肉腫による異時性転移性肝腫瘍と診断された.発達した右下肝静脈を温存しつつ右肝静脈および中肝静脈の合併切除を伴う肝中央2区域切除を施行し,腫瘍は完全切除しえた.摘出標本の免疫染色検査ではc-kit:陰性,α-smooth muscle actin:強陽性で原発巣と同じ所見であった.術後は外来にて経過観察となっていたが,術後6か月目のCTにて残肝再発,多発肺転移を認めた.化学療法は希望されず,術後14か月目現在,対症療法にて経過観察中である.大腸原発の平滑筋肉腫は肝転移を来しやすいが,その治療法は今日でも肝切除術のみである.根治切除術が可能であれば積極的な外科的切除を施行すべきと考えられた.
消化管平滑筋肉腫はリンパ節転移が少なく,血行性転移や腹膜播種が予後に影響する.肝転移頻度は12~30%とされ,その多くは異時性転移であるが出現時期は24~45か月と遅く緩徐に発育する特徴がある1).今回,我々は直腸原発巣切除後13年経過した後に12 cm大の単発性肝転移再発を来した症例を経験し,肝中央2区域切除にて治療しえたので文献的考察を含めて報告する.
患者:61歳,男性
主訴:右鎖骨病的骨折の疑い.
家族歴:母(B型肝炎),叔母(膵癌),叔父(肝癌)
既往歴:喘息,橋本病,胆石性膵炎,2000年直腸平滑筋肉腫に対し低位前方切除術(他院)
現病歴:2012年12月右上肢を挙上した際に右鎖骨を骨折.近医受診し病的骨折を疑われ当院整形外科紹介.悪性腫瘍検索目的のCTにて肝腫瘍を指摘され消化器内科紹介.右鎖骨骨折部は生検にて悪性所見なく,肝腫瘍が手術適応ありと判断され切除目的に当科紹介となった.
入院時現症:身長170 cm,体重70 kg.結膜 黄疸,貧血(–).腹部は平坦,軟で圧痛(–).右季肋部に腫瘤触知.下腹部正中に手術瘢痕あり.
入院時血液生化学検査所見:ALP 358 IU/l,γ-GTP 86 IU/l,CRP 1.94 mg/dlと胆道系酵素と炎症反応の軽度上昇を認めた.腫瘍マーカーはCA19-9 42 U/mlと軽度上昇を認めた(Table 1).
WBC | 8,400 [/μl] | LDH | 158 [IU/l] |
RBC | 462×104 [/μl] | γ-GTP | 86 [IU/l] |
Hb | 13.6 [g/dl] | Amy | 44 [IU/l] |
Plt | 23.1×104 [/μl] | BUN | 16.4 [mg/dl] |
TP | 7.9 [g/dl] | CRE | 0.74 [mg/dl] |
Alb | 3 [g/dl] | CRP | 1.94 [mg/dl] |
T-bil | 0.8 [mg/dl] | AFP | 2 [ng/ml] |
AST | 15 [IU/l] | PIVKA-II | 14 [mAU/ml] |
ALT | 12 [IU/l] | CEA | 2.2 [ng/ml] |
ALP | 358 [IU/l] | CA19-9 | 42 [U/ml] |
腹部CT所見:肝右葉前区域に直径12 cm大の腫瘍を認めた.辺縁整で周囲との境界は明瞭であった.内部はモザイク状に造影され,中肝静脈に接し左側に圧排していた.右肝静脈は描出されなかった(Fig. 1a).腫瘍尾側には発達した右下肝静脈が走行しており腫瘍との境界は保たれていた(Fig. 1b).
Abdominal enhanced CT findings. (a) A huge well-defined heterogeneous tumor is revealed in the right lobe. The size of the tumor was about 12 cm. The middle hepatic vein is displaced toward the left side (arrow). (b) The inferior right hepatic vein is located inferiorly to the tumor (arrowhead).
腹部MRI所見:内部構造はモザイク状に描出され,周囲との境界は明瞭であった.T1強調像において腫瘍はやや高信号に描出された(Fig. 2a).T2強調像においても同様にやや高信号に描出された(Fig. 2b).T1,T2強調像ともに内部に高信号な部分が散在していた.
Abdominal MRI findings. T1- and T2-weighted images reveal a slightly high intensity tumor with high-intensity areas inside it (a: T1, b: T2).
肝生検結果:腹部超音波下針生検にて平滑筋肉腫が疑われた.前医より直腸病変の組織を取り寄せ,組織所見を比較しこれと同一であったため直腸平滑筋肉腫の肝転移と診断された.
以上より,直腸平滑筋肉腫の転移性肝腫瘍と診断し切除術を施行した.
手術所見:肝中央2区域切除+右肝静脈および中肝静脈合併切除を施行.脈管の処理については,前区域枝は肝門部よりアプローチし動門脈それぞれの前区域枝を同定し肝外で切離した.内側区域枝は門脈臍部よりアプローチし内側区へ分布する動門脈を肝外で切離を行い,上記の処理によって描出されたdemarcation lineを切離線とした.右肝静脈は右葉脱転により露出できたため,下大静脈合流部で切離.中肝静脈の処理については実質切離を先行し,牽引して距離がとれるようになってから左肝静脈との合流部で切離した.門脈後区域枝と右下肝静脈は温存され肝右葉後区域の血流は良好に保たれた(Fig. 3).下大静脈との境界に浸潤はなかった.手術時間:11時間53分,術中出血量:7,732 ml,輸血量:4,280 mlであった.
Intraoperative findings (after resection). Black arrow: right portal vein. Black arrowhead: left portal vein. White arrow: common bile duct. White arrowhead: right inferior hepatic vein.
摘出標本所見:腫瘍の大きさは130×120×130 mm,標本の重さは1,400 gであった.割面上は境界明瞭な白色調の腫瘍であり,内部には一部出血を伴っていた(Fig. 4).
Macroscopic findings. Cut-section reveals a well-defined white tumor, and hemorrhagic focus can be observed inside the tumor.
病理組織学的検査所見:HE染色では異型を伴う紡錘形細胞が増殖しており,核分裂像も散見された(Fig. 5a).右肝静脈,中肝静脈への明らかな浸潤像は認められなかった.免疫染色検査ではc-kit陰性,α-smooth muscle actin(以下,SMAと略記)強陽性,Ki-67の陽性率は37%であった(Fig. 5b).これらの病理組織学的検査所見は直腸平滑筋肉腫と同一であった.
Histological findings. The tumor is composed of spindle-shaped cells with atypical nuclei. Mitotic changes can be seen (in circles) (a: HE staining ×200). Immunohistochemical findings demonstrate that the tumor cells were positive for SMA (b: SMA).
術後経過:術後経過は良好で,合併症なく術後17日目に退院となった.外来にて経過観察中であったが術後6か月後のCTにて肝切離端から離れた位置の肝左葉外側区に2 cm大の再発を認めた.さらに,PET-CTにおいて両肺にも転移巣が出現しており,手術治療は断念した.化学療法は希望されず,術後14か月目現在,対症療法にて経過観察中である.
1970年頃以前までは消化管筋層から発生する腫瘍は,ほとんどが平滑筋に由来するものと考えられていた2).しかし,平滑筋へと分化するものは少なく,1980年代よりgastrointestinal stromal tumor(以下,GISTと略記)の概念が導入された3)4).さらに,Rosai4)はGISTを①smooth muscle type(平滑筋細胞への分化を示すもの),②neural type(神経細胞への分化を示すもの),③combine smooth muscle-neural type(平滑筋細胞,神経細胞の両方への分化を示すもの),④uncommitted type(いずれの細胞への分化も示さないもの)の四つに分類した.現在,平滑筋腫瘍と定義されるものは平滑筋細胞への分化を示す①のみであり,GISTとは異なる疾患と考えられている.また,1998年のHirotaら5)の報告からc-kitなどの免疫組織化学染色が診断に使用されるようになり消化管平滑筋腫瘍と診断される症例はまれとなった.消化管全体の間葉系腫瘍の頻度は,GIST:80~90%,平滑筋腫瘍:7~20%,神経性腫瘍:5~7%程度と報告されている6)7).また,近年の報告例では直腸の間葉系腫瘍における平滑筋腫瘍の頻度は7.6%であり,平滑筋肉腫に限れば5.5%とされている8).
消化管平滑筋肉腫の転移はリンパ節転移が少なく,血行性転移,腹膜播種が多い.また,血行性転移としては肝臓,肺,腎臓,副腎などが認められるが肝転移が最も多く転移率は12~30%程度である.また,異時性転移の出現時期は平均24~45か月とされている1).しかしながら,これらの報告はGISTに対するc-kit免疫組織化学染色による診断が一般的となる年代以前のものが多く,多数のGIST症例が含まれていたと推測される7).そこで,c-kitの免疫組織化学染色が一般的となった2000年以降の症例に焦点を絞り,大腸の平滑筋肉腫に肝転移を来した本邦報告例を文献的に検討した.医学中央雑誌にて「消化管平滑筋肉腫」,「肝転移」をキーワードに1983年~2013年を検索し,2000年以降の大腸を原発とした症例報告で詳細が確認できたものは自験例を含めて6例であった(Table 2)1)9)~12).平均年齢は63歳,男女比は2:1であった.原発部位は直腸3例,上行結腸1例,盲腸1例,横行結腸1例であり,全例に免疫組織学的検索が施行されていた.SMA陽性が5例,その内c-kit陰性~弱陽性が3例であった.肝転移を認めた時期は同時性肝転移が2例,異時性肝転移は全例12か月以降に認められており,再発までの平均期間は57か月であった.また,本症例の156か月が最長であった.予後については肝切除施行例5例の内,自験例を含めて2例に再発を認めており,再発しやすい疾患であると考えられる11).自験例においてはCTにて残肝再発を認め,再肝切除を検討したものの,PET-CTにてすでに多発肺転移を来していることが判明し手術治療は適応外と判断した.本疾患と鑑別を要する疾患であるGISTの再発までの期間について検索すると,松井ら13)が直腸GIST再発例に関する報告をしている.局所再発,多臓器転移を含む18症例における再発までの平均期間は43か月(7~123か月)であり,自験例同様に5年以上の長期経過後の再発も散見され,共に少ない症例数ではあるが本疾患との大きな差異は認められなかった.
No | Author | Year | Age | Sex | Location of the colon | Immunohistochemistry | Time to liver metastasis (months) | Operation | Reccurence after hepatectomy | Outcome (months) |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Matsumoto9) | 2002 | 72 | F | Rectum | SMA (+) | Simultaneous | Left lobectomy, Radiofrequency ablation | (–) | 7 alive |
2 | Shinotou10) | 2004 | 58 | M | Rectum | N.A | 12 | inoperable | N.A | 9 dead |
3 | Kato1) | 2008 | 59 | M | Cecum | SMA (+), c-kit (–) | 14 | Tumor resection | (–) | 12 alive |
4 | Nakajima11) | 2010 | 76 | F | Transvers colon | SMA (+) | 48 | Extended right lobectomy | (+) | 24 alive |
5 | Oishi12) | 2011 | 53 | M | Ascending colon | SMA (+), c-kit (±) | Simultaneous | Tumor resection | (–) | 19 alive |
6 | Our case | 61 | M | Rectum | SMA (+), c-kit (–) | 156 | Central bisegmentectomy | (+) | 14 alive |
N.A; not available
大腸を含めた消化管平滑筋肉腫の肝転移例においては,全身化学療法,肝動注などの報告はあるものの効果が限定的である現状から,外科的切除が第一選択とされている9).自験例においては,腫瘍の進展により右肝静脈および中肝静脈の合併切除を要したものの肝中央2区域切除により完全切除が施行できた.複数の区域に跨る大きな腫瘍に対しての門脈塞栓術+拡大肝切除や多発転移症例に対する二期的肝切除も,根治を期待して積極的に施行していくべきと考えられる.術後のfollow upは術後6か月で多発転移を来した自験例を考慮すると,3~6か月毎の画像検査による再発検索が必要と考えられた.また,長期に渡る経過観察が必要であるが,自験例のように原発巣切除後13年の期間となると患者の希望や医療者側の都合(主治医の交代など)による定期受診終了がありえる.その際には長期経過後の再発の危険性を十分に伝え,健診の利用や自発的な受診を啓蒙する必要があると考えられた.
利益相反:なし