2015 Volume 48 Issue 6 Pages 513-520
症例は66歳の女性で,閉塞性黄疸を主訴に来院した.腹部CTで膵頭部に3 cm大の造影効果に乏しい腫瘤性病変を認め,同部位より末梢の膵管および総胆管・肝内胆管が拡張していた.腫瘤はMRCPの拡散強調画像で著明な高信号を呈しており,PETでは強い集積域を認めたが,全ての検査で胆囊管に異常は認めなかった.以上より,膵癌の診断にて亜全胃温存膵頭十二指腸切除術を施行した.切除標本では,膵頭部に3.5 cm大の灰白色充実性腫瘍を認めた.また,胆囊管に6 mm大の隆起性病変を認め,各種免疫組織染色の結果から主病変と酷似した組織像であり,膵癌の胆囊管転移と考えられた.膵癌の転移経路として一般に血行性・リンパ行性が考えられるが,胆囊管周囲の結合組織には癌細胞の明らかな浸潤を認めず,また胆囊管腫瘍の主座が粘膜・粘膜下層であることより胆汁の逆流による癌細胞の胆管内播種の可能性が示唆された.膵癌の転移経路は一般に血行性・リンパ行性が考えられるが,上行性も考慮する必要があると思われる.
膵癌は周囲臓器への直接浸潤および遠隔転移を起こしやすい癌の一つであり,リンパ節・肺・肝臓への転移が多く認められる一方,胆囊転移は極めてまれ1)2)であり,さらに胆囊管への転移は他に報告を認めない.今回,胆管閉塞により胆汁中の癌細胞が胆囊管へ播種し転移病巣となったと考えられる1例を経験した.
患者:66歳,女性
主訴:眼球結膜の黄染
現病歴:自覚症状は認めなかったが,前医受診の2週間前より家族に眼球結膜の黄染を指摘された.かかりつけ医を受診し,精査加療目的に当院紹介となった.
来院時現症:意識清明,BT 37.0°C,BP 142/90 mmHg,HR 92/minと全身状態は安定していた.眼球結膜の黄染を認めた.
腹部所見:平坦・軟で腹膜刺激症状などの所見は認めなかった.
血液・生化学検査所見:AST/ALT 48/110 IU/lとトランスアミラーゼは軽度上昇しており,またT-Bil 15.7 mg/dl,D-Bil 12.5 mg/dlと直接ビリルビン優位に上昇していた.さらに,CEA 15.9 g/ml(正常値5以下 g/ml),CA19-9 446 U/ml(正常値37以下 U/ml),SPAN-1 122.5 U/ml(正常値30以下U/ml),DUPAN-2 269 U/ml(正常値150以下U/ml)と腫瘍マーカーは上昇していた.
腹部CT所見:膵頭部に3 cm大の造影効果に乏しい腫瘤性病変を認め,同部位より上流の膵管および総胆管・肝内胆管が拡張していたが,胆囊管に異常は認めなかった(Fig. 1).
Abdominal CT shows a 3-cm-diameter, hypodense tumor in the head of the pancreas.
MRCP所見:膵胆管合流異常はなく胆囊管に異常は認めなかった(Fig. 2).
MRCP reveals no tumor in the cystic duct.
PET所見:膵頭部より背側へ突出する長径30 mmにわたる強い限局性集積域を認めた(SUVmax=12.85).また,胆囊管に異常集積は認めなかった(Fig. 3).
FDG-PET is strongly positive at the same site as CT.
以上より,膵頭部癌に伴う閉塞性黄疸と診断した.入院初日にERCPを施行したが,総胆管は下部胆管で腫瘍による圧排を認めカニュレーションできず断念した.減黄目的に同日エコーガイド下にPTGBDを施行した.その後ビリルビンは正常値まで改善し,根治目的に入院第14病日に開腹手術を施行した.
手術所見:黄疸肝の状態であり,肝転移・腹膜播種は認めなかった.亜全胃温存膵頭十二指腸切除,Child変法再建を施行した.膵頭部は体尾部と比べ固く,膵癌の印象であった.胆囊は肝臓に埋没していたが正常で,胆囊管も漿膜側から異常は認めなかった.また,大動脈周囲リンパ節a2・b1も郭清した.
切除標本所見:膵頭部に3.5×2.5 cm大の灰白色充実性腫瘍を認め,総胆管へ直接浸潤していた.また,胆囊管に6×6 mm大のII a様隆起性病変を認めた.
病理組織学的検査所見:膵癌取扱い規約上,主病変はPh,TS2(3.5×2.5 cm),nodular type,tub1,int,INFβ,ly3,v2,ne1,mpd(–),pT3:pCH(+),pDU(–),pSX,pRP(+),pPV(–),pA(–),pPL(–),pOO(–),pN3(No. 16),pStage IV b,pPCM(–),pBCM(–),pDPM(–)であった.HE染色で膵腫瘍は腺腔構造を形成する高~中分化の管状腺癌を認め(Fig. 4),総胆管浸潤部・胆囊管腫瘍も同様の所見であった(Fig. 5).標本のthin sliceを作成し,悪性所見の認める部位にマッピングを施したうえで再構築したところ,膵腫瘍と胆囊管腫瘍に連続性は認めなかった(Fig. 6).また,免疫染色検査した膵原発部,総胆管浸潤部,胆囊管腫瘍部の3か所全てで同様の染色結果(CK7(+),CK20(軽度+),p53(–),CA19-9(+),MUC5AC(+),MUC1(+),MUC2(–),CDX2(–),CA125(+))であった(Fig. 7).これらの結果より,3か所の標本とも同様の染色結果の傾向を呈しており,胆囊管腫瘍は主病変と同一と考えられた.また,胆道癌に染まることが多いp53が染まっていないため,胆管癌というより膵癌が妥当と思われ,膵癌の胆囊管転移と診断した.術後経過は良好であったが,術後4か月に多発肝転移,癌性腹膜炎が出現し,6か月目に原病死した.
Based on the histological findings, the pancreatic tumor was diagnosed as tubular adenocarcinoma (tub1, muc). (HE stain ×100)
The cystic duct tumor is located between the mucosa and submucosa. (HE stain ×20, ×100)
The resected specimen shows a solid tumor of 3.5 cm located in the pancreatic head, and an elevated lesion of 6 mm in the cystic duct.
Immunohistological study reveals that all sites were CK7-positive, CK20-positive, p53-negative, CA19-9-positive.
異なった臓器に孤立性の悪性腫瘍を認める場合,それを重複癌とするかあるいは一方を他方の転移とするか診断することは容易ではない3).本症例の場合,全ての病理組織学的検査所見が互いに酷似している点から胆囊管腫瘍は転移性病変と考えたが,より厳密に転移性病変であると証明するには,孤立病変各々に対しmicrodissection法によるLOH(loss of heterozygosity)解析を行い,同一のLOHパターンを確認するという方法もある4)5).医中誌Webにて「膵癌」,「胆囊管転移」,「胆囊管癌」,「胆囊転移」をキーワードとして1983年~2013年の期間で検索したところ,会議録を含め本邦において膵癌の胆囊管転移の報告はなく,膵癌・原発性胆囊管癌の重複例が1例6),胆囊への転移例が3例3)認められた.すなわち膵腫瘍と胆囊・胆囊管腫瘍を同時に認める症例自体,極めて少ない.なお,剖検例での報告ではあるが,膵癌の胆囊転移は7.4%に認められた7).
膵癌の転移経路として一般的に血行性・リンパ行性が考えられる.胆囊転移の機序として,リンパ節転移・リンパ管侵襲と,それに伴うリンパ管閉塞・異常なリンパ経路の発達により胆囊壁内の間質内にリンパ行性転移する8)とされる.本症例ではリンパ管侵襲,神経周囲浸潤,脈管侵襲を認め,さらに16番リンパ節転移陽性であり全身疾患としての傾向が強い進行癌の状態ではあったが,胆囊管近傍の神経叢・脈管を含む結合組織・肝十二指腸間膜内リンパ節には癌細胞の浸潤を認めなかったことより,リンパ行性転移は考えにくいと思われる.次に,膵臓のdrainage veinはほぼ門脈系に流入しており,循環路順にみると肝臓が最初の濾過臓器である.血行性転移臓器のうちの93.9%を肝臓が占めるが9),本症例では肝転移含め胆囊管以外の臓器への転移を認めなかったため,血行性転移も否定的であった.さらに,血行性・リンパ行性による胆囊転移は胆囊壁の間質内(固有筋層)を中心に病変が広がり粘膜面に異常を来さないことが多いが10),本症例の場合,胆囊管腫瘍の病変の主座は粘膜・粘膜下層にあった(Fig. 5).これまで膵癌の胆囊管転移の報告がないことも考慮すると,本症例の場合は通常の血行性・リンパ行性転移とは異なる転移経路が生じたためと思われた.膵胆管合流異常でみられる膵液逆流の化学的刺激(hyperplasia-dysplasia-carcinoma sequence)により発生する11)重複性病変は一般的だが,本症例の発生機序はそれとは異なると思われる.肝病変から胆管管腔を介した胆管内播種の報告12)もあり,閉塞性黄疸を伴う胆道腫瘍症例において経皮経肝胆道ドレナージ(PTCD)経路に約5%の症例で播種性転移を認める13)~15)点からも,本症例は癌細胞の胆管内播種の可能性が考えられた(Fig. 8).一般的に膵頭部腫瘤による閉塞性黄疸の術前には減黄処置がなされるが減黄不要との報告も散見され,上行性経路を考慮した場合,処置の有無にかかわらず早期の手術が望ましいと思われる.なお,悪性腫瘍の胆囊への転移は原病の悪性度が高くかなり進行した段階で生じるため,予後不良であり生存期間中央値は8.7か月であるが16),本症例も術後6か月後に永眠された.
The cystic duct tumor is due to disseminated metastasis along the path of the bile duct from the pancreatic head carcinoma.
膵癌の転移経路は一般に血行性・リンパ行性が考えられるが,上行性も考慮する必要があると思われる.
利益相反:なし