2015 Volume 48 Issue 7 Pages 590-595
症例は46歳の男性で,心窩部痛を主訴に受診した.来院時黄疸と,CTにて胆囊結石,右肝円索,輪状膵,多脾症を認めた.また,心臓,肝臓,胃は正位ながら,十二指腸水平脚が上腸間膜動静脈背側を左側から右側に通過,体の左側に上行結腸,右側に下行結腸を認め,十二指腸より遠位消化管の部分内臓逆位症であった.DIC-CTにて総胆管結石を認め内視鏡的治療を試みたが施行不能であり,胆囊摘出術,総胆管切開切石術を予定した.術中所見では胆囊は肝円索裂の左側に位置し,総胆管は門脈左側かつ十二指腸の腹側面を走行,胆囊管は総胆管左側より合流していた.総胆管内に結石は認めなかったが,遺残結石に備えretrograde transhepatic biliary drainageチューブを留置した.部分内臓逆位症例に対し肝胆道系手術を行う際は,慎重な解剖把握と術後合併症対策が必要と考える.
内臓逆位症は胸腹部臓器が左右逆転するまれな先天性異常である1).同疾患は全ての胸腹部臓器が逆転する完全内臓逆位症と,一部臓器が逆転する部分内臓逆位症に分類され,また健常人に比べ解剖学的変異を伴う割合が高い2).今回,我々は部分内臓逆位症,右肝円索,輪状膵に合併した胆囊総胆管結石症に対し,内視鏡的治療が困難で手術治療を行った1例を経験したため報告する.
患者:46歳,男性
主訴:心窩部痛
家族歴:特記すべきことなし.
既往歴:40歳時,腸閉塞に対し胃空腸バイパス術施行(他院).
現病歴:1日前より続く心窩部痛のため当院を受診した.血液検査にて炎症所見,肝胆道系酵素の上昇を認め精査加療目的に入院となった.
入院時現症:身長165 cm,体重50 kg,体温37.4°C,脈拍68回/分,血圧135/88 mmHg,眼球結膜は軽度黄染,上腹部正中に手術痕,心窩部に軽度圧痛.筋性防御・反跳痛はなかった.
入院時血液検査所見:白血球数11,500/μl,CRP 5.32 mg/dlと軽度高値,T-Bil 4.7 mg/dl,AST 1,036 IU/l,ALT 840 IU/l,ALP 917 IU/lと閉塞性黄疸に伴う肝障害を認めた.その他の末梢血一般,生化学,凝固検査の値は基準内であった.
入院時腹部造影CT所見:胆囊は肝左葉下面に位置し,壁は軽度肥厚,頸部に結石を認めた.総胆管は門脈左側で十二指腸の腹側を走行し,輪状膵に絞扼された十二指腸下行脚に開口していた.肝臓は正位であったが,門脈右枝に門脈臍部を認め,右肝円索の形態であった.その他,輪状膵,多脾症を認めた.胃は正位に認めた(Fig. 1).
Contrast-enhanced CT. a) The gallbladder with stones and wall thickening can be seen on the left lobe of the liver. The common bile duct (arrow) is located on the left side of the portal vein. b) A right-sided umbilical portion (arrowhead) is found in the liver with an anatomically normal hepatic vein. The stomach and polysplenia are found in the normal position.
入院後経過:他院でのバイパス手術前の患者の記録を検討したところ,CT画像で,十二指腸の球部から下行脚が正中より左側に存在し,水平脚が上腸間膜動静脈背側を左側から右側に通過していた.輪状膵内では総胆管が十二指腸下行脚右側に開口し,腹側からの膵管は総胆管に合流していたが,背側からの膵管は十二指腸の背側に直接開口していた(Fig. 2).また,上部消化管造影後の腹部X線単純写真では,左側に上行結腸,右側に下行結腸が存在する結腸の逆位を認めた.胸部X線単純写真で心陰影は正位に認めた(Fig. 3).以上の所見より部分内臓逆位症,右肝円索,十二指腸腹側面走行総胆管,輪状膵,多脾症に合併した急性胆管炎(Grade I)と診断した.入院後,保存的治療により症状は改善した.胆管炎の原因検索としてDIC-CTを施行したところ,総胆管内に3 mm大の結石を認めた.肝内外胆管に拡張は認めなかった.待機的に十二指腸内視鏡的切石術を試みるもVater’s乳頭へのアプローチ困難であり施行不能,かつ入院期間中にも軽度の胆管炎を繰り返したため,胆囊摘出術,総胆管切開切石術を早急に予定した.
CT before bypass surgery. a) The duodenum from the bulb to the descending portion (asterisk) is found on the left side. The horizontal part of the duodenum runs from left to right behind the superior mesenteric artery and vein. b) Three centimeters above image a). The ventral duct of the pancreas (arrowhead) joins the common bile duct, which open into the right side of the duodenum. The dorsal duct of the pancreas (arrow) opens directly into the duodenum.
a) Abdominal X-ray after gastrointestinal series shows left-right reversal of the colon. b) Chest X-ray shows the heart in the normal position.
手術所見:開腹すると胆囊は肝円索の左側,肝左葉に肝床部を認めた.総胆管は門脈左側で十二指腸の腹側を走行し,胆囊管は総胆管左側に合流していた.術中胆道造影を行い,さらに総胆管を切開し胆道ファイバーを用いて検索するも明らかな結石は認めず,結石は腸管内へ排出されたと思われた.術後遺残結石への対応のため,胆管左枝(B3)からretrograde transhepatic biliary drainage(以下,RTBDと略記)チューブを留置し手術終了した(Fig. 4).
a) Intraoperative findings. The gallbladder is found between the left lobe of the liver and the right-sided round ligament (arrowhead). The cystic duct joined the left side of the common bile duct, which was found on the left side of the portal vein (arrow). b) Schema summarizing intraoperative and CT findings.
術後経過:術後経過は良好で,RTBDチューブをクランプした状態で術後10日目に退院した.術後1か月目に再度RTBDチューブ造影を行い遺残結石のないことを確認し,チューブ抜去を行った.術後8か月現在,症状の再燃なく経過している.
内臓逆位症は胸腹部臓器の全てまたは一部が左右逆転する先天性異常で,6,000~8,000例に1例の頻度とされる1).本症は完全内臓逆位症と部分内臓逆位症に分類され,その比率は4.3:1であるが,一部の逆位では臨床的に診断が困難なため実際の部分内臓逆位症の頻度はこれより多いと考えられている.また,64%と高率に合併奇形を有し,心血管系の奇形,無脾・多脾,肝胆膵の形態異常,腸回転異常の順に頻度が高い2).
部分内臓逆位症の症例報告は少なく,医学中央雑誌で「部分内臓逆位症」または「部分的内臓逆位症」をキーワードとして検索すると,1977年から2014年6月までの論文報告は10編11症例であった3)~12).報告された11例を検討したところ,全例に胃と脾臓の逆位を認めたが,自験例は逆位が十二指腸より肛門側の消化管のみに限局され,胃,脾臓,肝臓は正位という点で,過去の報告例に対して特徴的な部分内臓逆位症であった.部分内臓逆位症は,胎生第3週頃に決定される左右側性の異常により生じるとされる13).本症例では,側性の異常により胎生第6週から第10週にかけて起こる原始腸ループの回転が,本来の回転方向とは逆方向に270度回転したことで,その形態が形成されたと推察された.原始腸ループの逆回転により総胆管と腹側膵芽は十二指腸の腹側方向へ移動し,総胆管の十二指腸右側合流と輪状膵の成因となったと考えられた(Fig. 5).
Partial situs inversus in this case was probably formed by inverse rotation of the primitive gut loop.
本症例では,総胆管結石症に対しはじめに内視鏡的治療を試みたが,Vater’s乳頭へのアプローチ困難のため施行不能であった.この点について,輪状膵と胃空腸バイパスで治療された腸閉塞の既往より十二指腸狭窄の存在は予想可能であり,はじめから手術を考慮すべきであったと考えている.手術では,術中胆道造影と胆道ファイバーによる検索で明らかな総胆管結石は認めなかった.しかし,二つの検査を併用しても2%に結石の見逃しは起こるとされる14)ため,遺残結石切石に備えてRTBDチューブを留置した.また,術中胆道造影検査において造影剤の十二指腸への排出は良好なことから今回の総胆管結石は胆囊からの落下結石が原因と考え,胆道再建術は行わなかった.輪状膵に対しては,既にバイパス手術が行われていること,現時点で黄疸はないことから追加手術は不要と判断した.本症例のように輪状膵や上部消化管の位置異常を伴う胆道結石症例では,術後に内視鏡的あるいは経皮的アプローチによる処置がともに困難となる場合が考えられ,術後遺残結石に対して慎重な備えが必要と考える.今回は,我々は総胆管に対し直線的にアプローチ可能なRTBDチューブを選択した.
一方で右肝円索は,門脈分岐の破格に伴う肝円索の位置異常であり,山本ら15)はその発生頻度を0.38%と報告している.肝円索に対し胆囊が左側になるため,これまで「左側胆囊」と報告されることが多かったが,その本質は肝円索の変位であり,胆囊自体は通常の肝右葉と左葉の境界に位置すると考えられている16).衣袋ら17)の検討では,内臓逆位症13例のうち5例に右肝円索を認め,内臓逆位症は右肝円索の高リスクグループとされたが,先に述べた部分内臓逆位症の11報告例では,肝円索,あるいは肝円索と胆囊の明らかな位置関係異常の記載は1例11)のみであった.
右肝円索は胆道系そのものに位置異常はなく,肝臓が正位の場合,胆囊管は通常通り総胆管の右側に合流する15).しかし,自験例では正位の肝臓に対して胆囊管は総胆管の左側に合流していた.これは先に述べた部分内臓逆位形成の影響の際に,胆囊の位置が左方に変位したためと考えられた.
部分内臓逆位症は逆位の形が一定せず,さらにさまざまな奇形を合併する率が高い.自験例では十二指腸を起点とする逆位に右肝円索と輪状膵を合併し,治療に際して総胆管と胆囊管の走行や術後遺残結石への備えに留意した.部分内臓逆位症例に対し胆道系手術を行う際は,症例ごとにより慎重な解剖の把握と術後処置への備えが必要と考えられた.
利益相反:なし