2015 Volume 48 Issue 7 Pages 636-643
Enterocolic lymphocytic phlebitis(以下,ELPと略記)は消化管および腸間膜の静脈炎から虚血に至る重篤な疾患である.今回,我々が経験したELP 2症例を報告する.症例1は26歳の男性で,8日前から続く腹痛が増悪し消化管穿孔による汎発性腹膜炎の診断で緊急手術を行った.上行結腸に多発する壁の菲薄化と穿孔を認め,右半結腸切除術を施行した.症例2は32歳の女性で,5日前より続く下痢と腹痛が増強し当院を受診した.腹膜刺激症状およびCTで小腸の限局した浮腫性変化とその口側腸管の拡張,腹水貯留を認め,絞扼性イレウスを疑い緊急手術を行った.空腸が分節状に発赤浮腫と白苔付着を呈し,その口側腸管が拡張していた.小腸部分切除を行った.いずれの症例も病理組織学的に静脈に限局した血管炎とそれに伴う腸管の虚血性変化を認め,ELPと診断した.
Enterocolic lymphocytic phlebitis(以下,ELPと略記)は,消化管および腸間膜の静脈に限局した血管炎により消化管の虚血を来すまれな病態であり1),その概念や原因についてはいまだ不明瞭な点が多い.術前の診断が困難で,通常は手術による切除後の病理組織学的に診断が確定する.今回,我々が経験したELPの2症例について報告する.
症例1:26歳,男性
主訴:上腹部痛
既往歴:小児喘息(最終発作は小学生時).開腹手術歴なし.
現病歴: 39°Cの発熱に対し近医で抗生剤と消炎鎮痛剤を処方され内服していた.発熱4日後より上腹部痛を自覚し,さらに8日後の朝食摂取後に激痛となったために近医を受診した.消化管穿孔による汎発性腹膜炎の診断で2011年7月に当院へ搬送された.
内服薬歴:常用する服薬歴なし.
来院時現症:身長162 cm,体重50 kg,body mass index(以下,BMIと略記)19.腹部全体に圧痛,反跳痛,筋性防御を認め汎発性腹膜炎の所見であった.
血液生化学検査所見:白血球18,600/μl,CRP 18.9 mg/dlと著明な炎症反応の上昇を認めた.凝固能はPT,APTTともに正常範囲内であったがフィブリノゲン695 mg/dl,D-ダイマー4.0 μg/mlと上昇していた.
胸腹部X線検査所見:左右の横隔膜下に遊離ガス像を認めた.
腹部CT所見:上中腹部にかけて遊離ガス像を認め,肝下面にわずかにeffusionの貯留がみられた(Fig. 1).上行結腸から横行結腸の肝曲部は拡張し,内腔には便貯留を認めた.
Abdominal CT shows intraabdominal free air (arrows) and perihepatic effusion (arrowheads).
手術所見:搬送同日,上部消化管穿孔を疑い緊急手術を行った.上腹部には茶色の腹水が貯留しており,右半結腸前面を被覆した大網を剥離すると上行結腸の肝曲部寄りに約10 mm大の穿孔を認め,同部から泥状便が漏出していた(Fig. 2A).穿孔部周囲にも黄白色調の漿膜が憩室様に菲薄化した部位が散在していたため,右半結腸切除術を施行した.手術時間197分,出血量62 mlであった.
A: Intraoperative findings. Perforation and multiple wall thinness of the ascending colon. B: Macroscopic findings of the resected ascending colon. Multiple deep ulcers and perforations are shown (arrows). C: Microscopic findings show venulitis with neutrophilic and lymphocytic infiltrate in the submucosa near the ulcer. A partly organized thrombus can be observed in the inflamed venules. Note the lack of involvement of the adjacent arterioles (HE, scale bar 100 μm).
摘出標本所見:結腸の粘膜面は術中に認めた穿孔部以外にも数mm大から35 mm大までの大小多数の抜き打ち潰瘍が多発していた.潰瘍部の壁は壊死に陥っており一部は穿孔を来していた(Fig. 2B).
病理組織学的検査所見:潰瘍・穿孔部はUl-II~Ul-IVの抜き打ち状急性壊死性潰瘍の像であり,潰瘍底は壊死を来し好中球浸潤が高度であった.潰瘍周囲の血管は,静脈壁に好中球浸潤とその周囲のリンパ球浸潤を認めた(Fig. 2C).一部の静脈腔内には器質化した血栓を認めた.伴走する動脈には明らかな動脈炎の所見は確認されなかった.静脈炎の所見は,潰瘍・穿孔部から少し離れた部位の粘膜下層および漿膜下層にも認められた.潰瘍・穿孔は静脈炎とそれに伴う血栓形成による虚血性変化により生じたものと考えられ,静脈のみに炎症を認めたことから,ELPの可能性が疑われた.
入院経過:術後の経過に大きな問題はなく,第19病日に退院した.上部・下部消化管内視鏡検査では特記すべき所見はみられなかった.また,ベーチェット病や他の膠原病,全身の血管炎症候群などの可能性も疑い検索したが,有意な所見は認めず,ELPと診断した.
術後3年の現在まで再発は認めていない.
症例2:32歳,女性
主訴:腹痛,嘔吐
既往歴:3年前に両側乳房切除(美容的な観点より).開腹手術歴なし.
現病歴:5日ほど前より下痢,腹痛が出現し,痛みが増強し嘔吐も出現したために2014年5月に当院救急外来を受診した.
内服薬歴:常用する服薬歴なし.
来院時現症:身長168 cm,体重80 kg,BMI 28.腹部正中やや左側に強い圧痛と反跳痛を認めた.
血液生化学検査所見:白血球11,600/μl,CRP 7.5 mg/dlと炎症反応の上昇を認めた.凝固能はPT,APTTともに正常範囲であったがフィブリノゲン463 mg/dl,D-ダイマー7.2 μg/mlと上昇していた.
腹部X線検査所見:中腹部左側に著明な小腸の拡張と鏡面像形成を認めた.
腹部CT所見:上部小腸の限局した浮腫性変化とその口側小腸の著明な拡張を認め,その周囲および骨盤内に腹水貯留を認めた(Fig. 3A, B).
A, B: Abdominal CT shows the markedly dilated (arrows) and thickened edematous wall (arrowheads) of the small intestine.
手術所見:激痛と腹膜刺激症状およびCTで腹水を伴う限局的な小腸壁の浮腫と拡張を著明に認めたことより,内ヘルニアや絞扼性イレウスなどの可能性を考え,来院同日にイレウス管を挿入して緊急手術を行った.腹腔内には黄色透明の腹水が貯留していた.トライツ靭帯から100 cmほど肛門側の空腸が約10 cmにわたり限局的に発赤した浮腫状の変化を呈し,漿膜面には白苔が付着していた(Fig. 4A).内ヘルニアや絞扼などの所見は認めなかったが,同部より口側の腸管が拡張し,色調変化のある腸管は壁が浮腫状に肥厚して内腔が狭窄しイレウス管のバルーンが用手的にも通過しなかった.同部を局所切除し端々吻合した.手術時間84分,出血量59 mlであった.
A: Intraoperative findings. Segmental redness and wall thickness of the jejunum (arrowheads) and dilation of its oral side intestine (arrows). B: Macroscopic findings of the partially resected jejunum. Edematous and wall thickness with multiple ulcers and erosions are shown (arrows). C: Microscopic findings show venulitis with lymphocytic and eosinophilic infiltrate in the submucosa. Note the lack of involvement of the adjacent arterioles (HE, scale bar 50 μm).
摘出標本所見:小腸の粘膜ひだが著明な浮腫状変化を呈し,腫大したひだの頂部に3~6 mm大のびらんもしくは潰瘍が3か所,輪状に分布していた(Fig. 4B).腸間膜付着側漿膜に白苔付着が目立ち,腸間膜対側漿膜は長軸方向に線状に発赤域がみられた.
病理組織学的検査所見:小腸壁の粘膜下層が著明な浮腫を呈し,フィブリン様の浸出物と一部に出血像を伴っていた.腸管壁にはリンパ球,好酸球,好中球といった炎症細胞浸潤がみられたが,壁内の静脈壁にリンパ球,好酸球を主体とした炎症細胞浸潤が密にみられ,静脈炎の所見を呈していた(Fig. 4C).一部の静脈炎は好中球の浸潤が目立ち,フィブリノイド壊死の所見を呈していた.静脈炎の所見は,腸間膜内の静脈にも認められた.静脈炎を呈した静脈に伴行した動脈壁に,明らかな動脈炎の所見は認めなかった.粘膜面は絨毛が萎縮して乱れており,3か所の深いびらん~Ul-IIの浅い潰瘍部では,潰瘍底付近の炎症性血管内腔にフィブリン血栓を伴っていた.以上より,小腸壁・腸間膜の静脈炎による虚血性変化と,それに合併した炎症(腹膜炎)を来したものと考えられた.静脈のみに炎症を認めたことからELPの可能性が疑われた.
入院経過:術後の経過は特に問題なく第10病日に退院した.上部・下部消化管内視鏡検査を行い特記すべき所見はみられなかった.全身の血管炎症候群や膠原病,ベーチェット病などを疑い検索をしたが,有意な所見は認めず最終的にELPと診断した.術後2か月の現在,再発は認めていない.
1976年にStevensら2)が本疾患を大腸に発生したリンパ球浸潤を呈する原因不明の壊死性静脈炎として報告し,以降は1989年にSaragaら1)が報告したELP,あるいは1994年にFlahertyら3)が報告したmesenteric inflammatory veno-occlusive disease(以下,MIVODと略記)の病名が主に使用され,報告されている.しかし,他にもintestinal lymphocytic microphlebitis4),intramural mesenteric venulitis5)といったさまざまな呼び名で報告されており2000年にSaragaら6)は発生的用語としてELPの名称が適当と提唱しているが,それ以降も統一されていないのが現状である.Idiopathic myointimal hyperplasia7)も同義とされることも多いが,同一疾患であるのか異論もみられる8).
消化管に起こる血管炎の多くは,通常は慢性関節リウマチ,全身性エリテマトーデス,Henoch-Shönlein紫斑病,Churg-Strauss症候群などの全身性血管炎に伴う局所性病変としてみられ,それらは動脈炎であることがほとんどである.消化管のみに限局する血管炎は少なく,さらに静脈のみに限局したものは非常にまれである5).ELPは本例のように全身性疾患はなく腸管および腸間膜のみに起こる静脈炎で,二次的な血栓形成により腸管の虚血性変化を伴うと考えられる.本症例も2例とも血液生化学検査ではフィブリノゲンとD-ダイマーの上昇を認めており,血栓形成を反映していると考えられた.組織学的には腸管内の細・小静脈から腸間膜の大静脈までさまざまな大きさの静脈における静脈炎を認め,動脈は通常侵されないのが特徴である8).浸潤する炎症細胞はリンパ球(T細胞)が主体で,形質細胞や好酸球浸潤を伴うこともある.亜急性の経過をたどると肉芽腫性静脈炎やmyointimal hyperplasiaの所見を伴うことがある.
症状は数日から数週間にわたる「腹痛」,「嘔吐」,「下痢」,「消化管出血」が多く,内科治療を行うも改善なく症状が増悪して急性腹症を呈し,緊急手術を行い病理学組織学的に診断がつくという経過をとることが多い.粘膜内には非特異的な炎症所見しかみられず病変の主座は粘膜下層以深の静脈であるため9),内視鏡検査での粘膜生検では診断に至らない9)10).手術による切除が唯一の治療法であり診断をつける方法でもある11).ただ,腸間膜の血管造影12)や造影CT10)が診断に有用であるといった報告もみられる.
発症の誘因としては薬剤による過敏反応,サイトメガロウィルス感染,抗リン脂質抗体症候群などの可能性が挙げられている13).また,最近では IgG4関連疾患の可能性を指摘する報告もある11).
腸管虚血を伴う重篤な疾患であるにもかかわらず,医学中央雑誌(医中誌WEB ver. 5)で1977年から2014年6月までの「ELP」あるいは「MIVOD」の報告例の検索(会議録は除く)を行ったところ,ELPで2例14)15),MIVODでは3例13)16)17)の計9例と非常に少なく,本報告の2例をあわせても11例のみである(Table 1).年齢は26歳から78歳まで幅広く,男女差はない.主に小腸から右側結腸に発症する報告が多いが,胃に発症することやさらには胆囊や大網といった報告もある14).いずれの症例も比較的急性の経過をたどることが多かった.
No. | Author/ Year |
Final diagnosis | Age/Sex | Clinical presentation | Prodromal symptoms | Preoperative diagnosis | Bowel affected | Comorbidity |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | Hanada14)/ 2003 |
ELP | 65/M | none | unknown | Gastric cancer | stomach | Hypertension |
2 | Takagi16)/ 2004 |
MIVOD | late70s/F | nausea, abdominal pain | 1 month | Mesenteric venous thrombosis | jejunum | none |
3 | Hu13)/ 2005 |
MIVOD | 72/F | acute abdomen | 5 days | Bowel perforation or strangulation or ischemia | jejunum | Cholelithiasis, chronic pancreatitis |
4 | Hu13)/ 2005 |
MIVOD | 75/F | acute abdomen | 6 days | Bowel perforation or strangulation or ischemia | terminal ileum | Hypertension, reumatoid arthritis, breast cancer |
5 | Hu13)/ 2005 |
MIVOD | 31/F | acute abdomen | 1 day | Acute appendicitis | cecum, appendix | none |
6 | Hu13)/ 2005 |
MIVOD | 68/M | acute abdomen | 1 week | Bowel perforation or strangulation or ischemia | jejunum | Hypertension, osteoarthritis |
7 | Hu13)/ 2005 |
MIVOD | 53/M | acute abdomen | 3 days | Bowel perforation or strangulation or ischemia | ileum | none |
8 | Ayata15)/ 2007 |
ELP | 78/M | acute abdomen | unknown | Strangulation obstruction of the small intestine | ileum | Hypertension |
9 | Shirasaka17)/ 2013 |
MIVOD | 49/M | fever, abdominal pain | 8 months | Bowel obstruction (ileocecal tumor) | right hemicolon | Guillain-Barré syndrome |
10 | Our case | ELP | 26/M | abdominal pain | 8 days | Upper bowel perforation | right hemicolon | none |
11 | Our case | ELP | 32/F | abdominal pain, nausea | 5 days | Strungulation obstruction or internal hernia | jejunum | none |
一方PubMedで1950年から2014年6月までの「ELP」あるいは「MIVOD」の報告例を検索すると,ELPは1989年のSaragaら以降23報告,MIVODは16報告である.医中誌の報告例に比べて亜急性の経過をたどるものも多く含まれ,左側結腸の発症例も報告されている10)~12).
Wrightら18)は,組織学的にELPのみを呈する症例のほとんどは回盲部から右側結腸にみられ,myointimal hyperplasiaを伴う症例のほとんどは左側結腸にみられると報告している.その理由としてはFlahertyら3)のmyointimal hyperplasiaは血管炎の二次的な変化であるとの考えに基づき,右側結腸に発症した際には急性虫垂炎を疑い比較的早い段階での手術適応となることが多いが,左側結腸に発症した際には炎症性腸疾患を疑い内科的治療を行うも症状が増悪して手術になるといった亜急性の経過をとる例が多いためと推測している.手術の術式としては,右側結腸では虫垂炎を疑い手術を行うも術中所見で虫垂に問題なく,上行結腸に浮腫をともなう腫瘤様病変を認め,悪性疾患を考慮して右半結腸切除術を行う例が多い9)19)20)一方で,左側結腸では結腸亜全摘が施行される症例も報告されている10)11).
数例の再発例の報告はある11)21)が,基本的には予後は良好で再発はないとされる.本症例2例も現在まで再発は認めていない.
本疾患の報告例が少ないことは,この疾患に対してさまざまな名称が存在することと,最終的な診断が切除された腸管の病理組織学的診断によるため,病理医がどのように診断するかに依存するところが大きいことも要因かもしれない.今後,更なる症例の蓄積による解析が必要と思われる.
利益相反:なし