The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
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CASE REPORT
Pseudomyxoma Peritonei Caused by a Ruptured Intraductal Papillary Mucinous Carcinoma of the Pancreas
Takashi KomatsubaraKoji FujimotoHikotaro KatsuraHideaki NishigoriYujiro KokadoNaoki KoizumiTetsuya UeharaMasayuki IshiiHiroshi Higashiyama
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2016 Volume 49 Issue 10 Pages 1016-1022

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Abstract

症例は74歳の男性で,腹部膨満感を主訴に受診した.腹部CTにて腹腔内に多量の腹水の貯留を認め,膵尾部の3 cmの囊胞性病変との交通が疑われた.腹水穿刺を行ったところ,粘調度の高い腹水が吸引された.内視鏡下逆行性膵管造影検査では開大した乳頭から粘液の流出を認め,膵尾部に主膵管と交通する囊胞性病変と膵尾部主膵管の拡張を認めた.膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm;以下,IPMNと略記)の破裂による腹膜偽粘液腫と診断し,膵体尾部切除,脾臓摘出術,腹腔内粘液除去を行った.腹腔内には多量の黄色のゼラチン様物質が貯留し,膵囊胞の破裂部から盲囊内へと連続する瘻孔を認めた.病理組織学的検査所見では主膵管および分枝膵管にかけて粘液性高円柱状の異型細胞が増殖しており,膵管内乳頭粘液腺癌の破裂による腹膜偽粘液腫と診断した.IPMNは近接他臓器に穿破することがあるが,遊離腹腔へ穿破し腹膜偽粘液腫となることは非常にまれである.

はじめに

腹膜偽粘液腫は,粘液瘤の破綻によって粘液産生腫瘍が腹膜へ播種を起こし,ゼラチン様物質が腹腔内へ多量に貯留する病態である1).原因としては虫垂や卵巣原発の腫瘍が多くみられるが,今回,我々は膵管内乳頭粘液腺癌(intraductal papillary mucinous carcinoma;以下,IPMCと略記)を原発とした腹膜偽粘液腫を経験したので文献的考察を加え報告する.

症例

患者:74歳,男性

主訴:腹部膨満感

家族歴:特記すべきことなし.

既往歴:20歳時 十二指腸潰瘍

現病歴:定期健診にて腹水貯留を指摘され精査目的に当院を紹介受診となる.

入院時現症:体温36.6°C,貧血,黄疸なし.腹部は全体に膨満あり,腫瘤は触知せず,圧痛なし.

入院時血液検査所見:血算では異常は見られなかったが,CRP:12.9 mg/dlと炎症反応の上昇を認めた.また,腫瘍マーカーはCEA:5.8 mg/ml,CA19-9:94 U/ml,CA125:56.4 U/mlと上昇を認めた(Table 1).

Table 1  Laboratory data on admission
Laboratory data of blood examination
​WBC 7,600​/μl ​BUN 7.9​ mg/dl
​RBC 382×104​/μl ​Cr 0.7​ mg/dl
​Hb 12.3​ g/dl ​Na 136​ mEq/l
​Plt 43×104​/μl ​K 4.5​ mEq/l
​TP 7.4​ g/dl ​Cl 99​ mEq/l
​T-Bil 0.7​ mg/dl ​CRP 12.9​ mg/dl
​ALB 3.3​ g/dl ​PT 94​%
​AST 20​ IU/l ​APTT 29.6​ sec
​ALT 20​ IU/l ​CEA 5.8​ mg/ml
​γ-GTP 108​ IU/l ​CA19-9 94​ U/ml
​ALP 481​ U/l ​CA125 56.4​ U/ml
​LDH 165​ IU/l ​DUPAN-2 <25​ U/ml
Laboratory data of ascites
​TP 5.0​ g/dl ​ALB 2.4​ g/dl
​CEA 6,278​ ng/ml ​CA125 23.9​ U/ml
​CA19-9 63,600​ U/ml

腹部超音波検査所見:やや高輝度の腹水が多量に貯留していた.

腹部造影CT所見:腹腔内に多量の液体貯留を認め,CT値が高いことから粘液性と思われた.膵体尾部移行部に3 cm大の多房性囊胞性病あり,内部に石灰化を認めた.囊胞が腹水と一部で連続しており,囊胞の破裂が疑われた(Fig. 1).胸水なし.虫垂腫瘍は認めなかった.胆囊底部に壁肥厚を認め,胆囊線筋症が疑われた.

Fig. 1 

Abdominal enhanced CT shows massive ascites throughout the peritoneal space and a 3 cm-sized ruptured cystic tumor in the body of the pancreas (arrow). There was a communication between the cystic mass and ascites within the peritoneal space (arrowhead).

腹部MRI所見:膵体尾部に多房性の囊胞性病変を認め,CT所見と同様に腹水と連続していると考えられた.MRCPにて膵体尾部の膵管拡張を認めた(Fig. 2).

Fig. 2 

Abdominal MRI shows a cystic lesion with a communication with ascites in the T2 weighted image (arrow). MR cholangiography reveals a cystic lesion at the body of the pancreas, and dilation of the main pancreatic duct in the tail of the pancreas (arrowhead).

入院後経過:腹水穿刺を行ったところ,粘調度の高い黄色の粘液であった.CEA:6,278 mg/ml,CA19-9:63,600 U/ml,CA125:23.9 U/mlと上昇を認めた.細胞診では上皮成分を認めず判定不能であった.内視鏡下逆行性膵管造影検査を行ったところ,内視鏡にて乳頭観察時に開大した乳頭から粘液の流出を認めた.造影所見では膵体尾部移行部に主膵管と交通する囊胞性病変と膵尾部主膵管の軽度拡張を認めた.以上の所見より,膵体尾部の膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm;以下,IPMNと略記)の破裂による腹膜偽粘液腫を疑い手術を行った.

手術所見:開腹すると薄い被膜に包まれたゼラチン様物質が盲囊内,ダグラス窩を中心に多量に認められ,壁側腹膜や腸間膜などに癒着していた.粘液を付着していた腹膜や大網ごと可及的に除去し,膵体尾部切除・脾臓摘出を行った(Fig. 3).また,虫垂・胆囊原発の腹膜偽粘液腫の除外のために虫垂切除・胆囊摘出も行った.

Fig. 3 

Operative findings. Abundant yellowish ascetic fluid and multiple gelatinous nodules of various sizes were identified within the peritoneal cavity.

摘出標本所見:膵体部に3 cm大の囊胞病変を認め,膵前面に向かって瘻孔を形成し盲囊内へのゼラチン様物質の貯留部へと連続していた(Fig. 4).虫垂にはゼラチン様物質が癒着していたが虫垂そのものには腫瘍性病変は認めなかった.胆囊には胆囊線筋症を認めた.

Fig. 4 

Macroscopic findings of the resected specimen. A ruptured cystic mass at the body of the pancreas (arrowheads) is observed. Fistula formation is identified between the mucinous tumor covered with omentum and the cystic mass (arrows).

病理組織学的検査所見:主膵管から分枝膵管にまたがって粘液性高円柱上皮が乳頭状に増殖し,構造異型・細胞異型の程度はadenomaに相当するものから明らかにcarcinomaに相当するものまで認められた.異型の目立つ部分では間質への浸潤が見られ,膵管内乳頭粘液癌と診断した(Fig. 5).Mucin pool内にはepithelial componentが浮遊する像が認められ,IPMNの穿破による腹膜偽粘液腫と診断した.

Fig. 5 

Microscopic findings. a: A papillary tumor consisting of various grades of adenoma and adenocarcinoma in the pancreatic ducts is found. b: Infiltration of malignant cells into the pancreatic parenchyma is observed (arrows).

術後経過:手術後12日目にシスプラチン30 mgの腹腔内投与を行った.術後経過は良好で,合併症なく退院した.その後外来にて塩酸ゲムシタビンとS-1による補助化学療法を行い,以降経過観察中であるが,術後5年経過し明らかな再発は認めていない.

考察

IPMNは粘液を産生する腫瘍細胞が膵管内に乳頭状に増殖する比較的予後のよい膵腫瘍である2).IPMNはまれに他臓器に穿破することがあり,その頻度はIPMN全体で6.6%,主膵管型では21%,分枝型で3.5%とされ,穿破する臓器は総胆管(63.5%),十二指腸(54.0%),胃(19.0%)などが見られるが3),本症例のように腹腔へ穿破し腹膜偽粘液腫となることは非常にまれである.

腹膜偽粘液腫は粘液癌などが腹腔内に播種し多量の粘液が腹腔内に貯留した病態である.虫垂粘液性腫瘍の破裂によるものが最も多く,その他に卵巣,結腸直腸,胃,胆囊,尿膜管などが原発となることがある4).症状は本例のように腹部膨満,胴囲の増加,腹部腫瘤を呈することが多く,画像所見にて多量の腹水やomental cakeが認められる1).診断は腹水穿刺や腹腔鏡による腹水の性状により診断できるが,粘調度が高いと吸引できないこともある.吸引腹水細胞診では上皮成分が少ないまたは認めないことが多く,本例でも腹水細胞診は上皮成分を採取できず診断はできなかった.

医学中央雑誌(1977~2014年)およびPubMed(1950~2014年)で「IPMN」,「腹膜偽粘液腫」または「pseudomyxoma peritonei」をキーワードとして検索したところ,会議録を除くと現在までに15例が報告されており本例が16例目であった(Table 25)~17).中高齢の男性が多く,検査所見などから検討可能な範囲では主膵管型が6例,分枝型が2例,混合型が6例であった.また,初診時に同時性に腹膜偽粘液腫を認めたものは10例,膵切除術後に異時性に腹膜偽粘液腫を認めたものは6例であった.治療を行った12例のうち10例で膵切除が行われ,1例では完全減量切除cytoreductive surgery(以下,CRSと略記)+腹腔内温熱化学療法(hyperthermic intraperitoneal chemotherapy;以下,HIPECと略記),1例ではHIPECのみが行われていた.

Table 2  Reported cases of pseudomyxoma peritonei with IPMN
No. Author/Year Age Sex Type (location) Tumor size (cm) Synchronous/Metachronous Operation Histology Treatment Prognosis afer PMP
1 Gustafson5)/
1984
89 M BD (body) 2 synchrnous not resected muc. BSC dead
(5 months)
2 Chejfec6)/
1986
57 M unknown (body-tail) 10 synchrnous not resected colloid carcinoma BSC dead
(2 weeks)
3 Zenelli7)/
1998
49 M unknown (—) metachronous PD→TP IPMN 2nd surgery, chemotherapy (5-FU+CDDP) alive
(>19 months)
4 Kurihara8)/
2000
74 M mixed type (head) metachronous PD IPMC BSC dead
(2 months)
5 Mizuta9)/
2005
53 M mixed type (tail) 2 synchrnous omentum resedtion + HIPEC muc. chemotherapy (GEM) alive
(24 months)
6 Imaoka10)/
2006
70 M MD (—) synchrnous not resected por. BSC
7 Imaoka11)/
2006
64 M mixed type (tail) synchrnous DP IPMC none alive
(6 months)
8 Kato12)/
2007
66 M mixid type (head) 2 metachronous PD non invasive IPMC chemotherapy (GEM) dead
(1 month)
9 Lee13)/
2007
55 M BD (body-tail) 5 synchrnous DP invasive IPMC chemotherapy (GEM+CDDP) alive
(3 months)
10 Nepka14)/
2009
82 M MD (head) synchrnous not resected muc. BSC alive
(12 months)
11 Imaoka15)/
2012
74 F mixed type (tail) 4 metachronous PD→TP invasive IPMC chemotherapy (5-FU+CDDP) dead
(36 months)
12 Imaoka15)/
2012
56 M MD (head) metachronous PD IPMN (high-grade dysplasia) 2nd surgery alive
(48 months)
13 Rosenberger16)/
2012
75 M MD (tail) synchrnous DP IPMN (intermediate-grade dysplasia) none alive
(48 months)
14 Rosenberger16)/
2012
75 M MD (body) 3 synchrnous PD non invasive IPMC 2nd surgery, chemotherapy dead
(43 months)
15 Arjona-Sanchez17)/
2014
63 F MD (—) metachronous TP invasive IPMC CRS+HIPEC Alive
(70 months)
16 Our case 74 M mixed type (body-tail) 3 synchrnous DP invasive IPMC intraperitoneal chemotherapy (CDDP) Alive
(60 months)

BD: branch duct IPMN, MD: main duct IPMN, BSC: best suportive care, PD: pancratoduodenectomy, TP: total pancreatectomy, DP: distal pancreatectomy, muc.: mucinous adenocarcinoma, por.: poorly differentiated adenocarcinoma, HIPEC: hyperthermic intraperitoneal chemotherapy, CRS: complete cytoreduction surgery

IPMNが腹膜偽粘液腫を来すメカニズムとしては,①手術操作による腫瘍細胞の散布,②自然穿破にともなうものとに分けられる.異時性に腹膜偽粘液腫を来した6例はいずれも主膵管型/混合型で,3例は膵頭十二指腸切除術を,1例は膵全摘を,残り2例は膵頭十二指腸切除後の断端陽性/断端再発に対し膵全摘を行っており,術中に粘液が散布され術後に腹膜偽粘液腫を来したと考えられる.このような医原性の腹膜偽粘液腫を来さないためには膵切離や術中膵管鏡を行う際に粘液の散布に注意し,十分に洗浄を行う必要がある.また,術後腹膜偽粘液腫として再発するまでの平均期間は3.5年と長期経過してからであり,もともとIPMN自体の悪性度が低いこともあり,再手術を行うことができた例では比較的予後は良好である.

同時性に腹膜偽粘液腫を来した10例は自然経過に伴う穿破が原因と考えられ,本例もその中に含まれる.その機序は生産される粘液の貯留による膵管内圧上昇によるものと,腫瘍そのものによる浸潤によるものがあるとされており3),本症例は瘻孔部に間質への腫瘍細胞の浸潤が認められることからIPMCの浸潤による穿破と考えられた.また,急性膵炎を反復した後に腹膜偽粘液腫を来した例も報告されており12),炎症による刺激が自然破裂のリスクとなる可能性が指摘されている13)

他臓器穿破例全体では5年生存率は28%で通常のIPMNと比較して予後不良ではあるが,そのうちで切除を行った例では5年生存率は46.5%と報告されており,全身状態を考慮して切除可能な状態であれば積極的に手術を試みるべきと考えられている18).同様に,腹膜偽粘液腫を併発した場合でも初診時または再発時に手術を行った例では無再発で長期生存が得られている症例が報告されており15)16),積極的に切除を目指すことが予後改善につながると考えられる.

腹膜偽粘液腫に対する治療は,欧米ではCRSとHIPECが標準治療とされている19).CRSは腫瘍組織を左右腹膜溝,骨盤腔,右肝下面,左右横隔膜下面から大網・小網切除・脾摘・腹膜切除を行うことで,肉眼的に完全に腫瘍を切除する手技で,HIPECは抗癌剤を含んだ生理食塩水を42°Cに加温し一定時間腹腔内を灌流する方法である1).IPMNによる腹膜偽粘液腫に対しては1例のみ報告があり,術後7年無再発で経過している17).しかし,これらの手術手技の複雑さや侵襲の大きさから,本邦では一般的な施設ではあまり行われておらず,現在施行されているのはごく一部の専門施設に限られている20).現在は原発巣の切除,粘液の可及的な除去に加え,原発巣に準じた全身化学療法または腹腔内投与が行われていることが多く,本例でも原発巣切除と可及的な粘液腫瘍の除去を行った後,抗がん剤の腹腔内投与・全身化学療法を行い長期再発なく経過している.

今回,非常にまれなIPMNによる腹膜偽粘液腫を経験した.IPMNも他臓器原発の粘液性腫瘍と同様に粘液の散布により腹膜偽粘液腫を来す可能性があり,手術操作に伴う粘液の散布には十分注意が必要である.また,IPMNによる腹膜偽粘液腫に対しても積極的な切除・集学的治療を行うことで予後を改善できると考えられた.

利益相反:なし

文献
 

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