2016 Volume 49 Issue 10 Pages 1023-1028
症例は57歳の男性で,52歳時にpStage III膵尾部癌に対してリンパ節郭清を伴う膵体尾部切除術を施行し,術後補助化学療法を追加した.術後3年10か月で多発肺転移・肺門リンパ節転移が出現し化学療法を開始した.化学療法中に嚥下障害が出現したため,頭部CT・MRIを施行したところ,右後頭骨に不整な腫瘤を認めた.嚥下障害の原因は頭蓋骨転移による舌下神経麻痺と診断し,骨転移巣に定位放射線治療を施行したが効果は得られなかった.最終的に術後4年8か月で永眠された.膵癌の頭蓋骨への転移はまれであるため報告する.
膵癌は依然予後不良の疾患であるが,化学療法の進歩により生存期間の延長を認めている1).しかし,生存期間の延長に伴い最近では骨転移の併発例が増加している2)3).今回,我々は再発膵癌に対する化学療法継続中に嚥下障害を発症し,頭蓋骨転移と診断された1例を経験したので文献的考察を加えて報告する.
患者:57歳,男性
主訴:特になし.
既往歴:30歳,高尿酸血症.51歳,高血圧症.
家族歴:父親が糖尿病,肝硬変.母親が胃癌.
現病歴:52歳時,人間ドックにてCEAが5.8 ng/ml,CA19-9が156.9 U/mlと高値を指摘され当院にて精査となった.膵尾部癌が見つかり,膵体尾部切除・脾臓合併切除・リンパ節郭清術が施行された.最終病理組織診断はinvasive ductal carcinoma,tubular adenocarcinoma,moderately differentiated type,Pt,2×3 cm,sci,INF γ,ly1,v2,ne0,mpd(−),TS2,T2,CH(−),DU(−),S(−),RP(−),PV(−),A(−),PL(−),OO(−),N1(11d),M0,pStage IIIであった.術後補助化学療法(gemcitabine(以下,GEMと略記)+S-1)を開始したが,3コース施行したところで感染徴候を認めたため中断した.検査の結果,感染性膵仮性囊胞を認めたため,膵管ステント留置,経胃的膵囊胞ドレナージ術を施行した.仮性囊胞の縮小,炎症所見の改善を認めたため,GEM単独による4コース目の化学療法を再開した.しかし,5コース施行したところで息切れが出現し,肺梗塞と診断された.肺梗塞の治療後にGEM単独による化学療法を1コース追加施行し,合計6コースで化学療法は終了となった.
以後外来にて経過観察していたが,術後3年10か月の胸腹部CTで両側多発肺転移および肺門リンパ節転移を指摘された.
再発後の経過をFig. 1に示した.再発病巣に対してGEM単独による化学療法を開始したが,治療開始2か月後に右季肋部痛を認め骨シンチグラフィを施行したところ,多発肋骨転移を指摘されnon-steroidal anti-inflammatory drug(NSAID)の内服を開始した.また,4か月後に右肩痛が出現したが,これは整形外科にて頸椎MRIが施行され,頸椎ヘルニアと診断されて鎮痛補助薬が追加された.GEM療法6コース終了後のCT所見では,両側肺転移,肺門リンパ節転移,多発肋骨転移に加えて,残存膵や肝臓・副腎などにも転移巣が出現し病勢が悪化したため,保険適応となったFOLFIRINOX療法にレジメンを変更した.また,同時期に嗄声を認め耳鼻科診察を受けたところ,増大した肺門リンパ節転移による反回神経麻痺が原因と診断された.FOLFIRINOX療法3コース目開始後に嚥下障害が出現したため,再度耳鼻科領域の精査ならびに脳転移出現の評価目的で頭部CTおよびMRIを施行した.
Progress after recurrence.
頭部CT所見:単純CTでは脳転移や頭蓋内病変などの異常所見は認めなかったが,頭部MRI後の後日に骨条件で評価したところ,右後頭骨~斜台に溶骨性変化を認めた(Fig. 2).
Head CT. a: Plain CT does not show any abnormal findings. b: Bone image CT reveals an osteolytic change to and from the right occipital bone to the clivus suggesting metastasis (arrows).
頭部MRI所見:頭蓋底の右後頭骨~斜台にかけて不均一に造影される約4 cm大の不整な腫瘤を認め,周囲の頸静脈孔や舌下神経管への浸潤も認めた(Fig. 3).
Head MRI. Axial view (a) and coronal view (b). Gadolinium enhanced MRI shows a high-intensity irregular tumor in the base of the skull from the right occipital bone to the clivus (arrows).
以上の画像所見より,頭蓋骨転移による舌下神経障害(球麻痺)が嚥下困難の原因と診断した.
血液検査所見では,骨代謝マーカーのうち骨吸収マーカーである1CTPが33.5 ng/ml,NTXが31.8 nmol BCE/lと高値であり,骨形成マーカーのBAP(骨型ALP)は12.4 ng/mlと正常範囲内であった.
頭蓋骨転移による症状の緩和目的で定位放射線治療(サイバーナイフ照射:計30 Gy)を施行したが,局所制御効果は乏しく嚥下障害の改善は認められず,以後急速に栄養状態やQOLは低下した.4コース目のFOLFIRINOX療法を再開したが重度の呼吸器症状や発熱性好中球減少症を認めたため,治療を中止しbest supportive care(BSC)の方針となった.最終的には術後4年8か月で永眠された.
膵癌は2009年において本邦悪性腫瘍の死亡者数の第5位を占め,年間約2.7万人が死亡する極めて予後不良の疾患で近年増加傾向にある1)4).切除不能・再発膵癌に対しては化学療法が標準治療と位置づけられ,本邦では2001年にGEM,2006年にはS-1が保険承認されmedian survival time(MST)も6~10か月に延長した5)6).その後も積極的な治療の開発が試みられ,近年ではFOLFIRINOX療法やGEM+nab-paclitaxel療法などの多剤併用療法が適応となり7)8),膵癌診療ガイドラインでも遠隔転移を有する切除不能・再発膵癌の一次治療として推奨されている9).化学療法の治療選択肢が増えたことで,今後さらなる奏効率の向上や生存期間の延長が期待される.一方で生存期間の延長に伴い,これまで問題となることが少なかった遠隔臓器転移による症状の発現が今後増加する可能性が示唆される.特に骨転移は疼痛を伴うことが多く,さらにその転移部位によっては病的骨折や腫瘤形成,脊髄麻痺による歩行困難などの神経症状を来し,患者のQOLを著しく低下させる可能性がある.
骨転移を来しやすい悪性腫瘍としては,乳癌,前立腺癌,肺癌,腎癌,甲状腺癌,悪性黒色腫などが知られており10)11),膵癌の骨転移は1~3%程度とまれである12).井口ら13)によると,骨転移を来した膵癌の原発部位は膵体尾部に多く,転移部位は脊椎が最多で,そのほか肋骨,骨盤,肩甲骨,頬骨への転移が報告されている.癌の占居部位により浸潤する脈管が違い,それが骨転移の頻度の差として現れる可能性が推察されている.膵癌において体尾部癌が骨転移を来しやすい理由としては,門脈から脊椎静脈叢を介した経静脈性転移が関与している可能性が考えられている.Garcia14)の報告によると,骨転移の型は溶骨型が多く造骨型はまれである.また,悪性腫瘍による頭蓋骨転移は骨転移全体の約5%程度とされ15),頭蓋底よりも頭蓋冠に好発する傾向にある.原発巣としては乳癌が最も多く,そのほか肺癌,腎癌,前立腺癌,肝細胞癌などが挙げられる16).Hsiehら17)の報告によると,頭蓋骨転移の際に最も多く認められた症状は痛みを伴う皮下腫瘤で,そのほか神経障害やめまいなどが認められた.
医学中央雑誌にて,1977年から2015年で「頭蓋骨転移」,「膵癌」をキーワードとして文献検索したところ報告例は奥田ら18)の1例のみであった.自験例,奥田ら18)の報告例ともに,原発部位は膵体尾部で,溶骨型の骨転移所見であった.自験例は頭蓋底の右後頭骨~斜台を占居した転移性腫瘍で,周囲の頸静脈孔や舌下神経管への浸潤を伴っており,頸部痛などの疼痛に加えて舌下神経麻痺による嚥下障害や舌萎縮などの球麻痺症状を発現した.このため栄養状態が悪化し,ひいてはQOLの低下を来し,化学療法などの治療継続が困難な状況を招く結果となった.自験例を後方視的に検討してみると,治療経過で肺門リンパ節転移による嗄声を認めていたことや,骨シンチグラフィ,頸部MRIなど既に骨転移の検索をしていたことから,嚥下障害が出現した際の原因として脳転移や頭蓋内病変,肺門リンパ節転移増大による反回神経麻痺の増悪を疑ったが,頭蓋骨への転移は想定していなかった.そのため最初に施行した頭部単純CTでは病変が捉えられず,後日施行した頭部造影MRIでようやく頭蓋骨転移を診断しうる結果となった.適切なmodalityの選択や造影剤使用の有無が転移巣の早期診断には重要であると改めて考えさせられた.
骨転移に対する治療としては,疼痛緩和や神経症状の軽減を目的とした薬物療法(鎮痛剤や破骨細胞抑制作用を有するbisphosphonateやdenosumabなど)および放射線療法を施行する場合が多く,症例に応じては外科的切除や緩和医療などが選択される11)13)19).自験例では定位放射線治療を施行したが,残念ながら症状の改善には至らなかった.
近年化学療法など手術以外の治療法の進歩により,膵癌の長期生存例も増加してきている.それに伴い,今後,本症例報告のように比較的まれな頭蓋骨への転移を合併した症例も散見されることが予想される.遠隔転移の局在の一つに頭蓋骨転移の可能性があることを念頭に置き,迅速な診断と早期の治療介入に努めることが患者のQOL維持に重要であると思われた.
利益相反:なし