2016 Volume 49 Issue 11 Pages 1117-1123
症例は74歳の男性で,十二指腸乳頭部癌に対する亜全胃温存膵頭十二指腸切除術後20か月目にCT,MRIで残膵尾部に脾静脈狭窄を伴う腫瘤を認めた.既往に塩酸ゲムシタビンによる術後補助化学療法と化学療法中の腸閉塞,糖尿病の悪化,慢性関節リウマチに対するメトトレキセート投与があった.残膵癌の診断で残膵全摘術を施行したが,病理組織学的検査で放線菌症と診断された.6か月間アンピシリンを内服し,残膵全摘術後40か月の現在,放線菌症の再発を認めていない.腸閉塞による膵管内への逆行性放線菌感染が,化学療法,免疫抑制剤の使用および糖尿病の悪化などによる易感染状態で顕著化したと考えられた.膵放線菌症はまれであるが,易感染状態では膵頭十二指腸切除術後の感染性合併症の一つとして念頭に置く必要がある.
放線菌症は口腔,気管,消化管の常在菌であるActinomyces israeliiによる慢性化膿性肉芽腫性炎症を来す,まれな感染症である.発生部位は顔面や頭頸部に多く,腹部は22.8%と報告されているが1),1977年から2015年までの医学中央雑誌で「放線菌症」と「膵」をキーワードとして検索した結果(会議録を除く),本邦では1例の報告のみであった2).本症の問題点は診断が困難で悪性腫瘍と誤診されることである2)3).今回,亜全胃温存膵頭十二指腸切除(subtotal stomach-preserving pancreaticoduodenectomy;以下,SSPPDと略記)後の残膵に発症した放線菌症を経験したので,画像診断での問題点とその発生機序について,考察を加え報告する.
患者:74歳,男性
主訴:特になし.
既往歴:40歳時より糖尿病で内服治療中.
現病歴:72歳時に十二指腸乳頭部癌(胆道癌取扱い規約 第6版4)に従うとApbPh,正常型,32×24 mm,tub1+tub2+por1,pT3b,int,INFb,ly2β,v(el)2,ne2,pN0,pHM0,pPM0,pEM0,Stage IIA,R0)に対しSSPPD(膵癌取扱い規約 第6版補訂版5)のSSPPD-IIA-1にて再建)が施行された.術後塩酸ゲムシタビン(1,000 mg/m2)による補助化学療法を受けていたが,術後8か月目の7コース目投与中(総投与量28, 500 mg)に腸閉塞を起こし,イレウス管による減圧治療で改善した.また,術後9か月目の73歳時に慢性関節リウマチを発症し,メトトレキセート4 mg/日を内服加療中であった.糖尿病については腸閉塞発症時HbA1c(JDS値)は5.6%とコントロール良好であったが,術後12,16,19か月目に8.3%,9.7%,9.2%と悪化した.術後20か月目の経過観察CT で残膵尾部に不整な腫瘤を指摘された.
入院時現症:身長165.0 cm,体重53.0 kg,体温36.5°C.腹部は上腹部正中切開創を認めたが,平坦・軟で腫瘤は触知せず,圧痛も認めなかった.
入院時血液生化学検査所見:WBC 5, 400/μl,CRP 0.3 mg/dlと炎症所見は認めなかった.肝腎機能は正常であったが,FBS 440 mg/dl,HbA1c 9.3%と血糖コントロールが不良であった.CEA 4.0 ng/ml,CA19-9 9.7 U/mlと腫瘍マーカーは正常であった.
腹部造影CT所見:残膵尾部に漸増性に造影され,門脈相から平衡相で内部に造影効果の乏しい低吸収域を認める境界不明瞭な腫瘤を認めた(Fig. 1).SSPPD術後16か月目のCT所見と比べ,膵尾部は腫大し,脾静脈狭窄も認めたため,膵癌と診断した(Fig. 2).
Contrast enhanced CT showing a gradually enhanced mass in the portal to equilibrium phase containing a poorly enhanced area (arrows, a–d).
Contrast enhanced CT findings from 14 to 18 months after pancreaticoduodenectomy (a, b). The mass involves the splenic vein (arrow, b).
腹部MRI所見:残膵尾部に脂肪抑制T1強調像で低信号,T2強調像で高信号と低信号が混在する病変を認めた(Fig. 3a, b).T2強調像の高信号の病変は,拡散強調像で異常信号を認めた(Fig. 3c).膵管の狭窄や拡張は認めなかった(Fig. 3d).
MRI findings of the pancreatic mass showing low intensity in T1-weighted water selective imaging (arrow, a) and low intensity lesions in the high intensity lesion in T2-weighted imaging (arrow, b). Diffusion weighted imaging showing abnormal intensity (arrow, c). MRCP showing a normal pancreatic duct (d).
MRI所見では膵管拡張がなく膵癌よりも膿瘍などの炎症性疾患の可能性が高いと考えられた.しかし,発熱や腹痛などの臨床症状がなく,CRPが正常であったことより炎症性疾患は否定された.膵癌としても非典型的であったが,脾静脈狭窄を認めることより,初期の退形成性膵癌,粘液癌,非典型の内分泌腫瘍を鑑別疾患として挙げた.膵癌取扱い規約 第6版補訂版でTS3,浸潤型,S(+),RP(+),PVsp(+),A(−),PL(−),OO(−),T4,N0,M0,Stage IVaの残膵癌と診断し,残膵全摘術を施行した.
手術所見:膵空腸吻合部より3 cm尾側の残膵に固い境界不明瞭な腫瘤を認めた.膵空腸吻合部より肛門側で挙上空腸を切離し,脾動脈,脾静脈を根部で切離した.上腸間膜動脈左側の神経叢を郭清しながら左副腎を合併切除したが,左副腎周囲から腎前筋膜まで後腹膜組織が硬化していた.大動脈左側,左腎静脈周囲の組織の硬化は軽度であったが,トライツ靱帯周囲の横行結腸間膜は硬化し,合併切除したが,剥離面陽性と判断した.
切除標本所見:膵体尾部は腫大していた(Fig. 4a).膵前漿膜に異常はなく,腫瘤の背側の剥離面に腫瘍の露出は認めなかった.膵癌取扱い規約 第6版補訂版でTS3,浸潤型,S(−),RP(+),PVsp(+),A(−),PL(−),OO(−),DPM(−),T4,N0,M0,Stage IVaと考えられた.しかし,膵臓の割面は白色の弾性硬な組織内に壊死物質と膿瘍形成を認め,腫瘍よりも炎症性病変を疑った.背側の剥離面の脂肪組織との境界は比較的明瞭であった(Fig. 4b).
The resected specimen showing a smooth surface of the anterior surface of the pancreas (a). The cross-sectional surface of the resected pancreas showing abscess formation (b). The dissected peripancreatic tissue margin seems free from the tumor.
病理組織学的検査所見:膵体部は正常膵組織が保たれていたが,膵尾部は好中球浸潤と周囲を形質細胞,リンパ球,組織球の浸潤からなる線維性慢性炎症性肉芽組織を認めた.また,好中球からなる膿瘍の中心に放線菌塊(sulfur granule)(Fig. 5a)と辺縁に好酸性で棍棒状構造物(rod body)を認め(Fig. 5b),放線菌症と診断した.膵尾部の膵組織はほぼ肉芽組織と膿瘍で置換されており,ラ氏島が肉芽組織内に散在しているのみであった.
Histopathological examination showing sulfur granule (a), and rod bodies (arrows, b).
術後経過:血糖コントロールをインスリンの自己注射で行い,アンピシリン1,000 mg/日を6か月内服した.糖尿病はHbA1c 6.6~7.5%(NGSP値)で推移している.残膵全摘術後51か月が経過したが,十二指腸乳頭部癌と放線菌症の再発は認めていない.
放線菌症はグラム陽性嫌気性菌であるActinomyces israeliiによる慢性化膿性肉芽腫性疾患である.放線菌は口腔や気管,消化管の常在菌であり,放線菌症の発生部位としては,顔面や頭頸部が多く,腹部は全体の22.8%といわれている1).腹部放線菌症では回盲部,横行結腸,骨盤部が好発部位とされており,膵原発の放線菌症の報告は極めてまれで,先述の如く本邦では村上ら2)が1例を報告しているのみであった.海外ではJhaら6)が2010年に7例の膵放線菌症を集計報告している.7例中,2例は膵頭十二指腸切除後,1例は慢性膵炎に対する膵管空腸吻合術後,2例は慢性膵炎に対する膵管ステント留置術後で,7例中5例に膵管と消化管の交通を認め,膵管への逆行性感染が原因と考えられた.村上ら2)の症例では,総胆管結石による十二指腸乳頭部近傍の十二指腸-胆管瘻からの膵管内への逆行性感染が原因であった.自験例は膵管空腸吻合術による逆行性感染に加え,腸閉塞が逆行性感染を助長したと考えられる.以上の報告例では糖尿病の合併の詳細は1例のみ記載されていたが,自験例では糖尿病の悪化と抗癌剤,免疫抑制剤による免疫力低下が易感染状態を助長したと考えられた.消化管からの逆行性感染が原因であれば,膵頭十二指腸切除術では逆行性胆道感染による肝放線菌症も考慮する必要がある.1977年から2015年までの医学中央雑誌で「放線菌症」と「膵頭十二指腸切除術」をキーワードとして検索した結果(会議録を除く),5例の報告を認めた7)~11).5例中4例に糖尿病を認めた.1例に胆管炎の既往が認められた.また,1例に低栄養状態を認めた.糖尿病は放線菌症の危険因子と考えられた.CT所見は早期に造影されるもの,晩期に造影されるものなどさまざまで非特異的であった.MRI所見はT1強調像で低信号,T2強調像で高信号を呈し,造影で辺縁が造影される所見が多かった.1例は針生検で放線菌症と診断されていたが,悪性腫瘍を疑った症例が4例で,他の臓器の放線菌症と同様に診断に難渋している報告が多かった.
診断の確立が放線菌症の今後の課題である.非特異的な画像所見を呈する腫瘤像と炎症の周囲への波及のため,悪性疾患と誤診されることがある2)3).非特異的であるが,CTで炎症所見を伴い,炎症の波及による肉芽組織や線維化した部位が不均一に造影される場合は放線菌症を鑑別疾患として考えるべきであると報告されている12).自験例の残膵腫瘤は造影CTの門脈から平衡相で緩徐に造影され,内部に低吸収域が認められ,腫瘍壊死を伴う膵癌を疑った.一方,MRIではCTの低吸収域に一致する部位がT2強調で高信号,また,拡散強調像で異常信号を呈していた.膵管の狭窄を認めず,炎症性腫瘤を疑う所見であったが,炎症反応,臨床症状が乏しく内部壊死を伴う膵癌と診断した.壊死を疑った病変は摘出標本の膿瘍と一致する病変で,MRIが病変を正確に描出していたと考えられた.
確定診断には生検や切除標本による細菌培養や病理組織学的検査が必要である.放線菌の培養には嫌気性培養が必要で,放線菌症が念頭になければ培養は困難なため,組織学的にsulfur granuleを証明することで診断されることが多い.放線菌症を念頭に置いた検査計画が必要である.悪性膵腫瘍が疑われた症例でendoscopic ultrasound-guided fine needle aspiration(以下,EUS-FNAと略記)で放線菌症と診断可能であった報告もあるが13),生検もしくは剖検による組織診を行った放線菌症181例で26%はsulfur granuleを1個のみ,7例では一つのsulfur granuleさえ証明されなかったと報告されている14).組織学的診断にはある程度の検体量が必要で,外科的生検や切除標本が必要と考えられる.自験例は腫瘤が膵尾部に存在し,EUS-FNAは可能であったが,画像所見より膵癌と術前診断していたため,播種を危惧しEUS-FNAは行わなかった.PETも炎症性疾患では疑陽性となることも多く,本疾患で悪性腫瘍との鑑別は困難であると考えられる15).自験例のように悪性腫瘍と誤診された場合,不必要な臓器切除を防ぐために迅速組織診が必要と考えられる3).迅速組織診による本症の診断率の報告はないが,放線菌症と診断できたとの症例報告がある16).Sulfur granuleが検出されなくても,悪性腫瘍との鑑別は可能と考えられる.
腹部放線菌症の治療は一般的にペニシリンの投与が推奨されている.投与期間に一定の見解は得られていないが,結合織に富む病巣は乏血性で薬剤が浸透しにくく,大量・長期投与が望ましいとされている1).自験例はセファゾリンを手術当日のみ投与し,放線菌症と診断が確定した後にアンピシリンを6か月経口投与した.術後51か月の時点で再発なく経過している.術後の投与期間に関しても明確な基準はなく,再発の報告も散見されており17),今後も厳重な経過観察が必要である.
利益相反:なし