2016 Volume 49 Issue 11 Pages 1124-1132
症例は71歳の女性で,腰背部痛を自覚し,腹部超音波検査で膵頭部に腫瘤性病変を認め精査入院となった.入院時CTにて膵頭部に50 mmで辺縁に弱い造影効果を伴い内部は不均一で低吸収域を呈する腫瘤を認めた.入院5日目のCTでは腫瘤は25 mmに縮小し,endoscopic ultrasonography(EUS)ではcystic lesionを伴うlow echoic lesionとして観察された.ERCPでは胆管狭窄を認めたが,膵管に異常は認めなかった.十二指腸乳頭部近傍の潰瘍性病変,膵液や胆汁からも悪性所見は認めなかった.しかし,悪性腫瘍が否定できず開腹膵生検を施行した.開腹では膵頭部に約20 mmの硬い腫瘤を触知した.病理組織学的検査にて,膵腫瘤に悪性所見はなく1型自己免疫性膵炎と診断された.今回,我々はまれな臨床経過をたどり診断に苦慮した1型自己免疫性膵炎を経験したので報告する.
近年,自己免疫性膵炎(autoimmune pancreatitis;以下,AIPと略記)を原型としたIgG4関連の病態と病理組織像を基礎とした研究が進み,AIPと類似した形態を示す疾患,あるいは病態が全身に分布することが明らかになり,IgG4関連硬化性疾患と総称された.さらにはNew England Journal of Medicineに “IgG4-Related Disease” のreviewが掲載されたことによりIgG4関連疾患という概念が全世界的に認知された1).これによりIgG4関連膵炎に関する報告は近年増加傾向にあり,なかには膵癌との鑑別に苦慮した報告も散見される.ただ,実際の臨床現場においては診断に難渋することも少なくはない.
今回,我々はまれな臨床経過をたどり診断に苦慮した1型自己免疫性膵炎の1例を経験したので,文献的考察を加えて報告する.
症例:71歳,女性
主訴:腰背部痛
現病歴:2011年12月より腰背部痛を自覚していた.2か月後に近医を受診したところ,腹部腫瘤を指摘されたため精査加療目的にて当科紹介受診となった.
既往歴:高脂血症,アレルギーなし.
入院時理学的所見:眼瞼結膜貧血なし,眼球結膜黄染なし,上腹部に鶏卵大の腫瘤を触知した.入院時には腹痛,背部痛は消失していた.顎下腺,耳下腺,リンパ節などの腫脹は認めなかった.
入院時血液生化学検査所見:AST 44 IU/l,ALT 79 IU/l,T-Bil 0.8 mg/dl,LDH 522 IU/l,ALP 989 IU/l,γ-GTP 114 IU/lと肝胆道系酵素の上昇,WBC 7,700(SEG 72.6%,LYMPH 17.1%),CRP 8.4 mg/dlと炎症所見の上昇を認めた.アミラーゼ76 IU/lやリパーゼ32 IU/lは正常範囲内であった.腫瘍マーカーではCEA 0.6 ng/ml,CA19-9 14.6 U/ml,Span-1抗原8.0 U/ml,DU-PAN-2 ≤25.0 U/mlと正常であったが,エラスターゼ1 430 ng/dlの上昇を認めた.IgG4 71.1 mg/dlやその他の自己抗体などに異常な所見は認めなかった(Table 1).
WBC | 7.7×103/ cmm | TP | 7.6 g/dl | IgG | 1,010 mg/dl |
RBC | 390×104/ cmm | ALB | 3.9 g/dl | IgA | 153 mg/dl |
Hb | 12.6 g/dl | T-Bil | 0.8 mg/dl | IgM | 63 mg/dl |
Plt | 25×104/ cmm | AST | 44 IU/l | IgG4 | 71.1 mg/dl |
ALT | 79 IU/l | Rf antibody | (−) | ||
Tumor marker | LDH | 522 IU/l | Antinuclear antibody | (−) | |
CEA | 0.6 ng/ml | ALP | 989 IU/l | ||
CA19-9 | 14.6 U/ml | γ-GTP | 114 IU/l | ||
Span-1 | 8 U/ml | BUN | 19 mg/dl | ||
DU-PAN-2 | ≤25 U/ml | Cr | 0.5 mg/dl | ||
Elastase 1 | 430 ng/dl | Na | 142 mM | ||
K | 4 mM | ||||
Cl | 104 mM | ||||
AMY | 76 IU/l | ||||
CRP | 8.6 mg/dl | ||||
GLU | 124 mg/dl |
入院時(来院時)造影CT所見:膵頭部に50 mm大の周囲との境界が不明瞭な腫瘤性病変を認めた.腫瘤は単純CTでlow densityを呈し,造影で周囲に不均一な造影効果を認め,内部は不整形のlow densityを呈した.主膵管の拡張を認めなかった(Fig. 1).
a, b: Abdominal CT on admission shows a 50 mm diameter tumor in the head of the pancreas.
入院第5病日腹部超音波検査所見:膵頭部の腫瘤は25 mm大に縮小し,内部はhigh,low混在した不均一な腫瘤として描出された(Fig. 2).入院時(来院時)に施行したCTと比較してsizeの縮小を認めたため,再度CTを施行した.
Abdominal ultrasound 5 days after admission shows the tumor decreased 25 mm in diameter.
入院第5病日造影CT所見:超音波検査と同様に腫瘤の縮小を認めた(Fig. 3).
a: non-contrast, b: arterial phase, c: portal venous phase, d: equilibrium phase. Abdominal CT 5 days after admission reveals the tumor decreased in 25 mm diameter.
ERCP所見:側視鏡の観察において,乳頭部近傍に糜爛を伴った粘膜の不整を認めた.同部位の生検結果からは炎症性変化のみで悪性所見を認めなかった(Fig. 4).造影所見では,主膵管に変形や狭窄,硬化像,狭小化像は認めなかったが,中下部胆管において約50 mmにわたり緩やかな狭小化像を認めた.胆汁細胞診,膵液細胞診の結果はともにClass IIであった(Fig. 4).
ERCP shows the duodenal ulcer closed the duodenal papilla, the stricture of lower bile duct.
超音波内視鏡(endoscopic ultrasonography;EUS)検査所見:腹部超音波検査所見と同様に膵頭部に約25 mmの内部はlow densityでcystic lesionを含む腫瘤性病変を認めた.超音波内視鏡下穿刺吸引法(endoscopic ultrasound-fine needle aspiration;EUS-FNA)を試みるも,十分な検体が得られなかった(Fig. 5).
EUS shows the tumor with the cystic lesion 25 mm in diameter.
短時間で変化を伴うと考えられる十二指腸憩室や腫瘍から十二指腸への瘻孔形成も低緊張性十二指腸造影にて認めなかった.
これらの検査所見から腫瘤形成性膵炎を考慮したものの,悪性腫瘍を完全に否定できなかったため,本人,家族とも十分に相談し開腹下での膵生検を施行した.
手術所見:膵頭部は全体的に硬く表面は通常の膵表面の色調であった.針生検は膵頭部に対して直接4回施行した.術中迅速病理にて悪性所見は認めなかった.術後経過は良好であった.最終的に入院からの治療は除痛目的の非ステロイド性抗炎症薬(non-steroidal anti-inflammatory drug;NSAID)の内服のみであった.
病理組織学的検査所見:針生検による病理組織検体において悪性は認めず,形質細胞を主体とした炎症細胞の集族が観察された(Fig. 6).免疫組織学的に浸潤細胞の検討したところ,多数のCD79α陽性細胞,CD3陽性細胞,CD68陽性細胞が認められ,CD20陽性細胞はこれらに対して比較的少数にとどまっていた(Fig. 7).以上より,浸潤細胞の大部分が形質細胞,T細胞,組織球であることを支持する結果となった.形質細胞におけるIgG4の多寡を検討したところ,IgG4陽性細胞が大部分を占めていた.また,炎症浸潤細胞の目立つ部位では強拡大1視野あたり50個程度のIgG4陽性細胞が観察された(Fig. 8).これらの病理組織学的検査結果,膵実質の画像所見と膵外病変より腫瘤形成性1型自己免疫性膵炎と診断された.退院後は,外来通院としているが再燃は認めていない.
Histological findings of pancreas needle biopsy reveal plasma cells.
Immunohistological study reveal that sites of CD79α, CD3, CD68 are positive, and CD20 is negative.
Immunohistological study reveals IgG4-positive plasma cells are detected.
AIPは1995年に日本から世界に発信された膵疾患である2).しかし,疾患概念は世界中へ普及するとともに変動し,考え方が異なる部分が存在した.本邦における自己免疫性膵炎はすなわちlymphoplasmacytic sclerosing pancreatitis(以下,LPSPと略記)であり硬化性胆管炎,硬化性唾液腺炎などの種々の硬化性の膵外病変をしばしば合併する.その組織像は膵臓と同様にIgG4が関与する炎症性硬化性変化であることから,自己免疫性膵炎はIgG4関連の全身疾患と考えられている3)4).
一方,欧米では約半数の自己免疫性膵炎患者においてgranulocytic epithelial lesion(GEL)を認め,idiopathic duct-centric chronic pancreatitis(以下,IDCPと略記)と称される.これらはIgG4の関与がほとんどなく,発症年齢が若く,急性膵炎や炎症性腸疾患の合併をしばしば認める5).IDCPは欧米に多く,本邦では極めて少なく6)7),近年,自己免疫性膵炎を型分類してLPSPを1型(type 1),IDCPを2型(type 2)と呼ぶようになった8)9).
自己免疫性膵炎の診断基準は2002年に日本膵臓学会から世界で初めて提唱されたが10),基準に合致しない自己免疫性膵炎の存在が明らかになりより多くの症例を診断できるように主膵管狭細像の範囲の規定を除き,血性IgG4高値を加えた新基準が2006年に改訂された11).その後も韓国12)やアメリカ13)から本邦の診断体系には含まれないステロイドの反応性や膵外病変が盛り込まれた自己免疫性膵炎の診断基準が報告され,変遷を経ている.そして,現行の国際コンセンサスによる自己免疫性膵炎診断基準が2011年に作成された14).
本症例は1型自己免疫性膵炎診断基準の主要項目レベル2に記載されている膵臓の組織像LPSPの条件を満たしていた.すなわち,LPSPの条件のうち,1)膵管周囲の著明なリンパ球と形質細胞の浸潤,好中球浸潤は認めない,2)多数(>10個/強拡大)のIgG4陽性細胞の浸潤が認められた.条件に含まれる閉塞性静脈炎やstoriform fibrosisは針生検で検体量が少量ということもあり確認できなかった.また,本症例では血清IgG4は正常範囲であるが,免疫組織学的にはIgG4陽性細胞が認められた.さらには,ステロイドの治療は行わず,NSAIDのみで腫瘤の縮小を認めている.
画像所見に関しては不確定型を示し,膵管の狭小化像,膵臓のび慢性腫大などの典型的な自己免疫性膵炎を考える画像所見は乏しかった.膵外病変として胆管は中下部で約50 mmにわたり緩やかな狭小を認めたが閉塞はなく,胆汁細胞診や膵液細胞診はともにClass IIであった.
以上より,1型自己免疫性膵炎の診断基準では確診には至らず,1型自己免疫性膵炎準確診となった.
一方,Hirataら15)よりreactive fibroinflammatory pseudotumor(以下,RFPと略記)of the pancreasすなわち膵炎症性偽腫瘍の3症例報告がなされている.そこでの症例はいずれも主膵管の狭窄を来し,膵癌の鑑別疾患としてあげられている.また,リンパ球と形質細胞の強く浸潤しており,自己免疫性膵炎の亜型と見なしている.清水ら16)はRFPと炎症性筋線維芽細胞性腫瘍(inflammatory myofibroblastic tumor)を包括して,広義の炎症性偽腫瘍(inflammatory pseudotumor;以下,IPTと略記)として呼称しており,また膵臓では非常に希少と報告している.IPTは筋線維芽細胞や線維芽細胞への分化を示す紡錘形細胞と結合組織の増生,形質細胞やリンパ球の浸潤を特徴とする病変であり,やはり自己免疫性膵炎の亜型と考えられる.
Hirataら15)や清水ら16)によれば,本症例もIPTと類似する点は認めているが,合致はせず最終診断に難渋した.
しかしながら,最終的には,2011年に作成された国際コンセンサスによる自己免疫性膵炎診断基準14)により,本症例は1型自己免疫性膵炎と判断した.
前述したように自己免疫性膵炎診断基準は2002年に日本膵臓学会から世界で初めて提唱され現行の診断基準に至っているが,基準に合致しない自己免疫性膵炎症例の存在も明らかになっており,本症例もその一つに当たるものと考えられた.
短期間での形態変化についてであるが,入院時CTと入院後5日目CTと比較では腫瘍壁の変化というよりは,腫瘍内部の囊胞成分が縮小したと考えられた.囊胞成分内容の縮小に関しては,①自然吸収された,②膵管へ排出された,③腫瘍に隣接した十二指腸潰瘍部分を介して十二指腸へ排出されたなどの推測がされるものの,あくまでその域を出ない.自然吸収するには短時間であり,ERCPでは囊胞と主膵管の交通性はない.また,低緊張性十二指腸造影でも異常所見はなく,腫瘍と十二指腸間に瘻孔形成は認められなかった.最終的に得られたのは針生検による検体のみであり,明らかな腫瘍縮小の機序は不明のままであった.また,腫瘍内成分が膿瘍と考えるには,入院時や入院前後での発熱のエピソードはなかった.医学中央雑誌で,「自己免疫性膵炎」,「膵腫瘍」,「膵囊胞」をキーワードに1977年から2015年まで検索したところ9例の報告があり,仮性囊胞5例,膵管内乳頭粘液性腫瘍1例,単純囊胞1例,貯留囊胞2例であった17)~25).9例中8例で主膵管の狭窄もしくは途絶を認めた.腫瘍や囊胞の変化に関して,手術施行された4例は不明だが,ステロイド治療を施行された5例中4例で縮小変化を認め,1例は胆管狭窄に伴う黄疸などの症状は改善したが囊胞に変化は認めなかった.ステロイドにて変化を認めた4例はいずれも最短で1か月の期間を要しており,5日間という短時間に腫瘍や囊胞が縮小する報告例はなかった17)~19)21)23).腫瘤形成性1型自己免疫性膵炎が短期間に著しく形態変化を来した報告はなく大変希少であると考えられた.
自己免疫性膵炎は念頭に浮かべていなければ診断に難渋することも少なくない.さらには,本症例のように診断基準に合致しない症例も多く,今後症例を蓄積してさらなる解析が行われることが重要と考えられた.
利益相反:なし