The Japanese Journal of Gastroenterological Surgery
Online ISSN : 1348-9372
Print ISSN : 0386-9768
ISSN-L : 0386-9768
CASE REPORT
Pancreaticoduodenectomy and Arterial Revascularization (Right Common Iliac Artery–Common Hepatic Artery Bypass) for Pancreatic Head Carcinoma with a Stricture of the Celiac Artery
Kazunori SasakiTomohide TakahashiSatoru KounoMasakazu WakabayashiDaisuke FujihiraTakuya KoikeHidenori HaraKentarou FunatsuTakeo HokariKazuo Aisaki
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2016 Volume 49 Issue 3 Pages 234-241

Details
Abstract

症例は73歳の女性で,腹部不快感を主訴に受診し,膵頭部癌と診断された.腹部単純CTにて腹腔動脈起始部に石灰化を伴う狭窄像を認めた.腹部造影CTでは正中弓状靭帯狭窄に特徴的な“hooked appearance”は認めず,血管造影では腹腔動脈の狭窄と,上腸間膜動脈から膵アーケード,胃十二指腸動脈から固有肝動脈への求肝性血流,総肝動脈および脾動脈への遠肝性血流を認めた.狭窄の成因として動脈硬化や外因性圧迫の可能性も考え,膵頭十二指腸切除術を施行した.腹腔動脈起始部の索状物切離を行ったが,最終的に肝動脈血流の改善はなく,消化管再建後,右総腸骨動脈-総肝動脈に大伏在静脈にてバイパス術を施行し,術後経過は良好であった.本例では術中に超音波ドプラによる肝内肝動脈血流測定することで,肝血流を簡易かつ安定性を持って評価できた.本疾患の存在を術前に把握することが重要であり,動脈血行再建の準備下に手術に臨むことが肝要である.

はじめに

腹腔動脈(celiac artery;以下,CAと略記)起始部に狭窄や閉塞を伴う症例は,腹部血管造影検査上12.5~49%にみられ1)2),膵頭十二指腸切除術(pancreaticoduodenectomy;以下,PDと略記)例の4~10.5%に合併すると報告されている3)4).通常これらの症例では膵内アーケードが発達するため,CA領域の虚血の変化を来すことはない.しかしながら,PDを施行する際には胃十二指腸動脈(gastroduodenal artery;以下,GDAと略記)を切離する必要がある.このため肝動脈の血流を維持すべく,血行再建が必要か否かを,術前または術中に評価し,適切な術式を決定する必要がある.今回術前の画像検査でCA起始部に狭窄を認め,GDAから求肝性血流を呈した膵頭部癌に対し,PDおよび血行再建を施行した症例を経験したので報告する.

症例

患者:73歳,女性

主訴:腹部不快感

既往歴:腎盂腎炎,白内障

家族歴:特記すべきことなし.

現病歴:2012年5月頃より腹部不快感が出現し,当院を受診した.造影CTで膵頭部腫瘍を指摘され,閉塞性黄疸を認めたため,当院消化器内科に入院した.内視鏡にて胆道ステントを留置し,減黄後に手術目的で外科転科となった.

入院時現症:身長147 cm,体重46 kg,血圧100/64 mmHg,脈拍93回/分,腹部は平坦・軟で圧痛を認めず,表在リンパ節も触知しなかった.

入院時検査所見:末梢血液検査では異常は認めず,生化学検査ではAST 117 IU/l,ALT 141 IU/l,LDH 303 IU/l,γ-GTP 480 IU/l,T-Bil 0.9 mg/dlと肝機能異常を認めた.腫瘍マーカーはCEA 9.4 ng/ml,CA19-9 165.1 U/ml,DUPAN 290 U/ml,Span-1 69 U/mlと上昇しており,耐糖能は空腹時血糖124 mg/dl,HbA1c 6.5%と異常を認めた.

腹部CT所見:膵頭部に径2.5 cmの造影効果の乏しい腫瘍が存在しており(Fig. 1),胆管および主膵管の拡張を認めた.単純腹部CTでCAに石灰化を伴う狭窄像を(Fig. 2),3 dimensional-CT angiography(以下,3D-CTAと略記)ではCA起始部は著明に狭窄していたが,いわゆる正中弓状靭帯による狭窄に特徴的な“hooked appearance”は呈さなかった(Fig. 3).CA周囲に腫瘍の浸潤やリンパ節腫大は認めなかった.

Fig. 1 

Enhanced abdominal CT showed a mass 25 mm in diameter, in the head of the pancreas (arrow).

Fig. 2 

Abdominal CT demonstrated calcification at the celiac axis (arrow).

Fig. 3 

Three-dimensional CT angiogram showed marked stenosis without a “hooked” appearance (arrow).

腹部血管造影検査所見:CA造影ではCAから総肝動脈(common hepatic artery;以下,CHAと略記)への血流は確認できず,固有肝動脈(proper hepatic artery;以下,PHAと略記)への血流は上腸間膜動脈(superior mesenteric artery;以下,SMAと略記)から膵アーケード,GDAという求肝性経路にて保たれていた(Fig. 4).

Fig. 4 

Angiogram of the SMA demonstrated that the hepatic arterial flow was supplied via the pancreatic arcade.

以上より,CA起始部狭窄を伴う膵頭部癌と診断した.狭窄の成因は正中弓状靭帯などの外因性圧迫,動脈硬化などいずれの可能性も念頭に置き,血行再建の併施を考慮して,PDを行うこととした.

手術所見:上腹部正中切開にて開腹した.肝転移,腹膜播種は認めなかった.通常の手順とやや異なり,肝動脈血流を保持するため,GDAの結紮切離を最終段階まで行わず,切除をすすめた.PHA,GDA,CHAと順に剥離しテーピングした.CHAからCAの方向にリンパ節廓清を進め,CA根部の周囲組織の索状物を切離し,血管周囲のskeletonizationを行ったところ,CA根部に圧痕像を認めた(Fig. 5).手術開始時からそれ以降も繰り返し超音波ドプラー検査(GE Healthcare Japan LOGIQ P6 11L linear probe)にて肝内左肝動脈の最高流速測定を施行した.索状物切離後は36~41 cm/secと軽度の血流増加を認めたため,PD(SSPPD-II,A-1)を施行した.再建はTreiz靭帯より約20 cmで切離した空腸を結腸前に挙上し,断端より10 cmのところで膵管空腸吻合を柿田式変法で施行した.膵管径は8 mmのため,no stentとした.胆管空腸吻合は,膵管空腸吻合より約10 cm離れた部に一層縫合で施行した.胃空腸吻合は結腸前で端側吻合している.

Fig. 5 

Intraoperative findings. A: The cord compressing the celiac axis was separated and captured. B: Impression was present on the celiac axis, after the dissection of the cord (arrow).

消化管再建終了直後の計測で24 cm/secと明らかな低下を認めたため,血行再建を行う方針とした(Table 1).血行再建は膝下から採取した大伏在静脈を用い,ヘパリン5,000単位静注下,右総腸骨動脈-CHA間にバイパス術を施行した.まずCHAの吻合から始め(Prolene7-0,パラシュート法,端側連続吻合),次に右総腸骨動脈(Prolene6-0,パラシュート法,側々連続吻合)の吻合を行った.バイパスの経路としては結腸前に挙上された再建挙上空腸の背側を走行させている(Fig. 6).吻合後は良好な血流改善を認めた(手術時間10時間35分,出血量865 ml).

Table 1  Intraoperative flowmetry
GDA clamp
(–)
GDA clamp
(+)
After division of restiform substance GDA clamp (–) After division of restiform substance GDA clamp (+) After
reconstruction of digestive tract
After bypass Post operation
LHA flow 36 39 41 42 24 52 56

Doppler ultrasonography was used for measurements.

Fig. 6 

Saphenous vein bypass was performed between the right common iliac artery and the CHA (arrow).

病理組織学的検査所見:moderately differentiated tubular adenocarcinoma,T2,N2,M0,Stage IIIであった.また,切離した索状物は軽度に肥厚した末梢神経束から構成されていた.

術後経過:術直後AST 71 IU/l,ALT 43 IU/l,T-Bil 0.9 mg/dl,D-Bil 0.1 mg/dl,術翌日AST 60 IU/l,ALT 45 IU/l,T-Bil 0.9 mg/dl,D-Bil 0.1 mg/dl,術後3日目AST 15 IU/l,ALT 22 IU/l,T-Bil 0.7 mg/dl,D-Bil 0.1 mg/dl,術後7日目AST 14 IU/l,ALT 14 IU/l,T-Bil 0.5 mg/dl,D-Bil 0.1 mg/dlと顕著なAST,ALTの上昇は一度も見られず,術後3日目から肝機能は正常化し,3D-CTAでも肝血流は保たれていた(Fig. 7).経過は良好で合併症なく,術後25日目に退院となった.術後補助化学療法としてS-1開始した.術後12か月で多発肺転移および肝転移が出現し,gemcitabineを開始した.術後2年9か月で死亡したが,その間バイパスの閉塞は認めなかった.

Fig. 7 

Postoperative angiogram showed patency of the bypass (arrows).

考察

PDは近年においても手術の難易度が高く,合併症発生率の高い術式である.特にCA起始部狭窄合併例にPDを施行する際には,肝動脈への血流保持が重要である.肝動脈血流の途絶は重篤な虚血性肝障害,肝膿瘍,胆管狭窄を引き起こすといわれ5),縫合不全を起こす要因になる.

CA起始部狭窄の原因として,動脈硬化,大動脈炎などの血管性疾患と,正中弓状靭帯やリンパ節,神経叢などの圧迫による外因性のものがある6).浦上ら7)は自験例と同様のCA起始部狭窄合併例にPDを施行した報告97例をまとめている.CA起始部の狭窄の原因として,正中弓状靭帯が32例(46%)と最も多く,次いで動脈硬化29例(42%)であった.この二つが全体の9割近くを占めていた.

CA起始部狭窄を伴うPD例の手術方針として,狭窄の原因が動脈硬化であれば,肝動脈も含めたCA系領域を確保するため,側副血行路を温存するか,GDAを温存するか,もしくは血行再建を行わなくてはならない.正中弓状靭帯などの外因性圧迫による狭窄であれば,まず圧迫を解除し,血流の再還流を確認する.血流の改善がなければ,血行再建を要する.今回,我々がCA起始部狭窄合併例に対するPDの和文,英文報告例を検索しえたかぎり(医学中央雑誌:1977年~2014年,PubMed:1950年~2014年)では狭窄の原因が動脈硬化の症例は20例あり,側副血行路を温存した症例が2例8)9),GDAを温存した症例が1例10),血行再建した症例は17例4)8)10)~21)であった.血流を温存する手術では,癌の根治性を損なう可能性があり,血管露出操作の難易度が高いため,多くは血行再建例であった.

通常は外因性圧迫によるCA狭窄は,その圧迫を切離すれば血流が再還流することが多いと考えられるが,索状物切離後も血流が改善せずに,血行再建した症例は,検索したかぎりで4例6)22)~24)認めた.その原因は明記されていないが,長期の圧迫により動脈壁が瘢痕化していた症例25)もあった.自験例でのCA起始部狭窄の原因を考察してみる.CA周囲組織の剥離の際,band様の線維性組織がCAの腹側に存在し圧迫しており,これを切離したところCAに圧痕像が確認された.この索状物は術後に病理組織診で神経組織と同定された.術前CTにおいてCA動脈壁に石灰化を認めていることから,動脈硬化性狭窄の可能性も完全には否定できないものであり,また長期の圧迫による動脈壁の器質的な狭窄なども考えられた.

動脈再建の方法として,グラフトを用いた再建8)10)12)13)15)~18)21)23)26)~29),動脈の直接吻合による再建4)14)19),CA再建10),血管内ステントによる再建20)などが報告されている.本症例と同様にグラフトによる血行再建した症例は16例認め,その内訳は腹部大動脈-CHAが8例(53%)10)12)15)17)18)21)26)27),SMA-CHAが3例(20%)8)16)28),腹部大動脈-GDA13),腹部大動脈-CA21),外腸骨動脈-脾動脈29),総腸骨動脈-脾動脈29),外腸骨動脈-GDA23)が1例ずつであった.グラフトを用いたバイパスでは,デザインの選択が広がる一方,吻合部が2か所となり,1か所の再建方法より閉塞のリスクが高いと推測されるため,血流量の多い血管の選択は大切であると考えられた.本症例において総腸骨動脈を選択した理由として大動脈レベルでの遮断を要せず,循環動態の不安定化を来すリスクがなく,また比較的大きな流量のinflowを確保できる点があげられる.

また,SMAについては閉塞した場合に,PDでは腸管壊死などの重大な合併症を来すリスクがあるため,選択していない.

手術手技的な点として,切除終了後ただちに血行再建を行うか,あるいは消化管再建後に行うかは一定の見解はない.本症例では,摘出完了後,肝動脈血流は保たれていたため,血行再建の必要性はないと一旦判断していたため消化管再建を先行させた.血行再建のグラフトへの圧迫,変形などを考えた場合,消化管再建終了後に血行再建を行う方が,再建消化管の位置も定まりバイパス径路などをデザインしやすいのではないかと考えている.また,術後の肝機能をみるかぎり,消化管再建後に血行再建を行うタイムロスが,本症例ではまったく問題にならなかった.消化管再建は自由度のある前結腸性に配置し,血行再建時の視野の展開にも支障がない.グラフトは膝下の大伏在静脈を採取し,挙上空腸の背側を走行させた.走行空間に余裕があり圧迫などの弊害は認めていない.CHAへの吻合の配慮として,順行性に吻合させるようにしている.

過去の報告においても,血行再建の要否は術中に頻回の血流評価をすることで,方針を決定していた.評価方法として,トランジットタイム血流計30)31)や肝静脈酸素飽和度測定32)の有用性が文献上みられる.自験例ではトランジットタイム血流計(Medi-stim社製トランジットタイム超音波血流計)とドプラ超音波の二つを使用しながら血流評価した.前者は血管径と計測器とのfittingに不安定さがあり測定値が安定しなかったため,ドプラ超音波による肝内左肝動脈血流の計測を主に行ったが,後者の方が簡便性と測定値の安定性が高く使用しやすかった.術中GDAをテストクランプしての評価,索状物切離前後の評価,検体を摘除後,動脈血行再建後の肝動脈の血流評価をリアルタイムに把握した.さらに,ドプラ超音波は術中だけでなく,術前術後の比較が容易で術直後よりベッドサイドで血流を評価することが可能であり有用であった.

今回得られたデータで興味のある点として,摘除前,GDAをクランプした状態では肝動脈血流低下を認めなかった点である.術前にSMAから膵アーケード,GDAを介する求肝性ルートが明らかであったが,推測される点として,CA狭窄のある部位からある程度血流供給が維持されていたか,あるいは術前に把握されていないcollateral系からの血流供給がなされた可能性もある.

実際には,GDAを結紮切離し,標本を摘除した直後のデータでは肝動脈血流低下をみなかったが,その後消化管再建終了時には,明らかな血流低下を来したことを考えると,我々が通常のPDを行う場合,摘除前のGDAのテストクランプを行うことがあまりあてにはならない場合があることを示唆している.すなわち今回経験した症例のような場合,摘除終了後も閉腹前には必ず肝動脈の血流確認を行う必要性があることを示唆しており,臨床的に興味深い点と考えている.術前に本疾患の存在を十分に検索できていない症例も存在すると推測されるため,これらの点を留意する必要がある.

利益相反:なし

文献
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top